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【シャルデル伯爵の術中】
8.レイナール夫人の偽装
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「…義母上様ではないですか」
その声に、言葉に、リシアはぎくりとする。
そして、ぎこちない動きで、声のした方を見た。
そこには案の定、リシアが予測した人物がいた。
「…ダニエレ…」
「…リーシュ、そちらは?」
リシアの反応に、カロラインはその男のことを警戒しているようだ。
先ほどまでの和やかな表情ではなく、表情が硬い。
「夫の、息子でダニエレと。 ですから、わたしとは義理の母子になります」
そう、リシアが目の前の男性を説明するも、カロラインの表情は硬い。
もしかすると、リシアの緊張を感じ取っているのかもしれない、と思った。
リシアは必死に自然を装おうとする。 その時点で不自然さが混ざることには気づいていなかった。
「こちらは、カイト様が懇意にしていらっしゃる、フレンティアの辺境伯夫人です」
リシアが紹介すれば、ダニエレは近づいてきて、カロラインの手を取り、その手の甲に口づけるふりをする。
「ダニエレ・レイナールと申します、どうぞよろしく」
「カロラインと申します」
カロラインは微笑んだが、それは表面上の笑みだと、リシアは気づいた。
ダニエレは、カロラインの手をそっと下ろすと、リシアに視線を向ける。
「父について行かれたのかと思っていた。 新邸を訪ねたら、執事に不在だと言われたから」
リシアは、カイトの読みが当たっていたことに、表情が強張るのを感じる。
きちんと、微笑めているだろうか。
ダニエレの目が、一度カロラインに向き、リシアに戻った。
「…義母上様、他国の辺境伯のところでご厄介になっているのですか? 父のご友人であれ…いえ、ご友人だからこそ、ご厚意に甘えていてはいけないのでは?」
ダニエレは、邸を不在にしているリシアが、カロラインのところで世話になっていると思ったようだ。
リシアは、横目でカロラインを窺った。
ダニエレの発言をカロラインはどう受け止めたのだろう。
カロラインは、リシアがレイナール新邸にいるものと思っているはずだ。
けれど、リシアの心配をよそに、カロラインは微笑んでいた。
「貴方は、リシアがわたしたちの迷惑だと言いたいのですか? そんなことは全くありません」
空気を読んでくれたカロラインの切り返しに、リシアは感動する。
毅然とした態度のカロラインの言葉は、先ほどよりも流暢に聞こえた。
「カロライン、何かあったか?」
そこに響いた、聞き覚えのある声に、リシアはほっとする。
「あなた」
それは、カロラインも同様だったようで、ほっと安堵の表情になる。
辺境伯が、近づいてくる。
けれど、シャルデル伯爵は距離のあるところで立ち止まったまま、リシアではなく、ダニエレを驚愕の表情で見ていた。
近づいてきた辺境伯は、リシアに問う。
「こちらは?」
「カイト様の御子息で…ダニエレと」
「ああ、ではリーシュにとっては、義理の息子ということだね」
そう微笑みながらも、辺境伯がダニエレに向ける視線には温度がない。
「この方が、リーシュがわたしたちの迷惑なのではと心配されていて」
カロラインが辺境伯に訴えれば、辺境伯は快活に笑う。
「ダニエレ殿、ご心配なく。 リーシュが私たちの迷惑など、ありえませんから」
そうすれば、ダニエレは皮肉げに表情を歪める。
笑んだだけだったのかもしれないが、リシアには、そのように映った。
「…そうですか。 では、義母をよろしくお願いします」
いかにも、義母を心配する息子、といった様子で頭を下げたダニエレが、去っていく。
シャルデル伯爵が動いたのは、ダニエレがシャルデル伯爵とすれ違ってからだった。
「…すみません」
どこかぎこちなくも見える動きで近づいてくるなり、シャルデル伯爵はそのように謝罪した。
「…何、が、です?」
リシアがきょとんとしていると、シャルデル伯爵は肩を落とした。
「困っていらっしゃったようだったのに、何もできませんでした」
その返答に、リシアは笑いそうになったが、笑う場面ではないと気を引き締める。
「いいえ、あそこにいてくださってよかったです。 貴方が出てきたのでは、話がこじれそうですから」
シャルデル伯爵邸――独身の若い男の邸で世話になっているなど知られては、問答無用で強制回収されかねない。
それが一番、リシアには恐ろしい。
けれど、リシアはシャルデル伯爵の顔を見て、ふと気づく。
どこか、表情が硬い。
もしかすると、辺境伯との商談が上手くいかなかったのだろうか。
そんなことを考えているリシアの耳に、辺境伯の声が届いた。
「あと数日は私たちもエルディース国内にいるから、リーシュは我が邸に滞在しているということにしておくよ」
「え」
つまり、それは。
リシアが固まっていると、辺境伯はきょとんとした。
「彼に、リーシュがシャルデル伯爵邸の客人になっていると知れてはまずいだろう?」
ああ、なるほど、先のダニエレの言で、リシアがレイナール新邸にいないことが明らかになってしまったからか。
リシアをエスコートしているシャルデル伯爵の邸に身を寄せていると考えるのは自然なことだ。
リシアは、頬が熱を持つのを感じる。
独身の、若い男の邸に身を寄せる人妻のリシアを、この辺境伯夫妻がどう思うかと考えると、怖い。
それが、カイトや、シャルデル伯爵にどう影響するのか。
身体が震えそうになったときだった。
「シャルデル伯爵。 レイナール夫人を頼むよ。 先ほどの【息子】を見れば、カイトが君に夫人を預けたのも納得だ」
辺境伯のその言葉に、リシアはほっと胸を撫で下ろす。
リシアは自分の夫であるカイトのことを、器の大きな男だと思っていたが、この辺境伯もどうやら、器の大きな男であるらしい。
その声に、言葉に、リシアはぎくりとする。
そして、ぎこちない動きで、声のした方を見た。
そこには案の定、リシアが予測した人物がいた。
「…ダニエレ…」
「…リーシュ、そちらは?」
リシアの反応に、カロラインはその男のことを警戒しているようだ。
先ほどまでの和やかな表情ではなく、表情が硬い。
「夫の、息子でダニエレと。 ですから、わたしとは義理の母子になります」
そう、リシアが目の前の男性を説明するも、カロラインの表情は硬い。
もしかすると、リシアの緊張を感じ取っているのかもしれない、と思った。
リシアは必死に自然を装おうとする。 その時点で不自然さが混ざることには気づいていなかった。
「こちらは、カイト様が懇意にしていらっしゃる、フレンティアの辺境伯夫人です」
リシアが紹介すれば、ダニエレは近づいてきて、カロラインの手を取り、その手の甲に口づけるふりをする。
「ダニエレ・レイナールと申します、どうぞよろしく」
「カロラインと申します」
カロラインは微笑んだが、それは表面上の笑みだと、リシアは気づいた。
ダニエレは、カロラインの手をそっと下ろすと、リシアに視線を向ける。
「父について行かれたのかと思っていた。 新邸を訪ねたら、執事に不在だと言われたから」
リシアは、カイトの読みが当たっていたことに、表情が強張るのを感じる。
きちんと、微笑めているだろうか。
ダニエレの目が、一度カロラインに向き、リシアに戻った。
「…義母上様、他国の辺境伯のところでご厄介になっているのですか? 父のご友人であれ…いえ、ご友人だからこそ、ご厚意に甘えていてはいけないのでは?」
ダニエレは、邸を不在にしているリシアが、カロラインのところで世話になっていると思ったようだ。
リシアは、横目でカロラインを窺った。
ダニエレの発言をカロラインはどう受け止めたのだろう。
カロラインは、リシアがレイナール新邸にいるものと思っているはずだ。
けれど、リシアの心配をよそに、カロラインは微笑んでいた。
「貴方は、リシアがわたしたちの迷惑だと言いたいのですか? そんなことは全くありません」
空気を読んでくれたカロラインの切り返しに、リシアは感動する。
毅然とした態度のカロラインの言葉は、先ほどよりも流暢に聞こえた。
「カロライン、何かあったか?」
そこに響いた、聞き覚えのある声に、リシアはほっとする。
「あなた」
それは、カロラインも同様だったようで、ほっと安堵の表情になる。
辺境伯が、近づいてくる。
けれど、シャルデル伯爵は距離のあるところで立ち止まったまま、リシアではなく、ダニエレを驚愕の表情で見ていた。
近づいてきた辺境伯は、リシアに問う。
「こちらは?」
「カイト様の御子息で…ダニエレと」
「ああ、ではリーシュにとっては、義理の息子ということだね」
そう微笑みながらも、辺境伯がダニエレに向ける視線には温度がない。
「この方が、リーシュがわたしたちの迷惑なのではと心配されていて」
カロラインが辺境伯に訴えれば、辺境伯は快活に笑う。
「ダニエレ殿、ご心配なく。 リーシュが私たちの迷惑など、ありえませんから」
そうすれば、ダニエレは皮肉げに表情を歪める。
笑んだだけだったのかもしれないが、リシアには、そのように映った。
「…そうですか。 では、義母をよろしくお願いします」
いかにも、義母を心配する息子、といった様子で頭を下げたダニエレが、去っていく。
シャルデル伯爵が動いたのは、ダニエレがシャルデル伯爵とすれ違ってからだった。
「…すみません」
どこかぎこちなくも見える動きで近づいてくるなり、シャルデル伯爵はそのように謝罪した。
「…何、が、です?」
リシアがきょとんとしていると、シャルデル伯爵は肩を落とした。
「困っていらっしゃったようだったのに、何もできませんでした」
その返答に、リシアは笑いそうになったが、笑う場面ではないと気を引き締める。
「いいえ、あそこにいてくださってよかったです。 貴方が出てきたのでは、話がこじれそうですから」
シャルデル伯爵邸――独身の若い男の邸で世話になっているなど知られては、問答無用で強制回収されかねない。
それが一番、リシアには恐ろしい。
けれど、リシアはシャルデル伯爵の顔を見て、ふと気づく。
どこか、表情が硬い。
もしかすると、辺境伯との商談が上手くいかなかったのだろうか。
そんなことを考えているリシアの耳に、辺境伯の声が届いた。
「あと数日は私たちもエルディース国内にいるから、リーシュは我が邸に滞在しているということにしておくよ」
「え」
つまり、それは。
リシアが固まっていると、辺境伯はきょとんとした。
「彼に、リーシュがシャルデル伯爵邸の客人になっていると知れてはまずいだろう?」
ああ、なるほど、先のダニエレの言で、リシアがレイナール新邸にいないことが明らかになってしまったからか。
リシアをエスコートしているシャルデル伯爵の邸に身を寄せていると考えるのは自然なことだ。
リシアは、頬が熱を持つのを感じる。
独身の、若い男の邸に身を寄せる人妻のリシアを、この辺境伯夫妻がどう思うかと考えると、怖い。
それが、カイトや、シャルデル伯爵にどう影響するのか。
身体が震えそうになったときだった。
「シャルデル伯爵。 レイナール夫人を頼むよ。 先ほどの【息子】を見れば、カイトが君に夫人を預けたのも納得だ」
辺境伯のその言葉に、リシアはほっと胸を撫で下ろす。
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