30 / 55
【シャルデル伯爵の術中】
7.レイナール夫人の動揺
しおりを挟む
辺境伯の後に続くリシアの傍らには、シャルデル伯爵もいる。
辺境伯がシャルデル伯爵を警戒していたように、シャルデル伯爵も完全には辺境伯に気を許しているわけではないらしい。
辺境伯の連れ合いは、人の多い場所が苦手ということで、別室で休んでいるらしかった。
通された場所は扉のある部屋ではなく、待合席のような場所であり、廊下を行き来する人の往来もあるから安心だ、とリシアも思った。
そこには何人かの人がいたが、人目を避けるようにしてぽつんと一人で座る老婦人がいた。
「カロライン」
辺境伯に呼ばれて、老婦人が顔を上げた。
あからさまにほっとした表情ではあるが、なぜかリシアの顔を見て、固まったようだった。
夫である辺境伯はそれに気づかないのか、気づいていて気にしていないのか、笑顔で紹介を始める。
「妻のカロラインだ。 カロライン、カイトの言っていた、レイナール夫人、リシアだよ」
「………」
カロラインはリシアの顔を凝視したまま、言葉が出ない様子だった。
まるで、幽霊か何かに遭ったようだ、と思いながら、リシアは呼びかける。
「カロライン、様?」
そうすれば、カロラインはハッとしたようだった。
初対面の人間の顔を、不躾にじろじろと見ていたことを恥じるかのように、慌てた様子で目を伏せた。
「…ごめんなさい、わたくし、エルディース語が、得意でなくて、なんといったらいいか…」
たどたどしい様子で、ゆっくりとそう語ったカロラインは、一度夫である辺境伯を見た。
そして、フレンティア語で何か言った様子だったが、リシアにはわからなかった。
シャルデル伯爵はわかっただろうか。 後で聞いてみよう、と思う。
カロラインの言葉に、辺境伯が頷くと、カロラインはリシアに向き直る。
「リシアさん、お付き合い、くださる?」
おっとりと優しく笑むカロラインは、とても感じの良い女性で、リシアはカロラインに好意を抱いた。
「はい」
リシアが頷くと、カロラインがもう一度辺境伯に何かを告げる。
そうすれば、辺境伯は声を上げて笑った。
「『どうせ貴方は、そこの御方と商談なのでしょうから、無粋なお話は余所でやってくださいな』、ということだから、場所を移そうか。 シャルデル伯爵」
「ええ」
そう、応じたはずのシャルデル伯爵の顔が、リシアに向く。
「…俺を置いて先に帰ったりなさらないと約束してくださいね? 俺には貴女を無事に送り届ける義務があるのですから」
「わかりましたから、早く行かれては? 辺境伯をお待たせしています」
完全にはリシアの言葉に納得していない様子の、シャルデル伯爵の背がリシアから遠ざかって行き、リシアはほっと息をついた。
その様子をじっと見ていたらしいカロラインが、不思議そうにリシアに問う。
「…しゃるでる、はくしゃく? 彼は、カイトの息子ではないの?」
ああ、そうか。
カロラインは、カイトと親交があるらしい辺境伯の妻なのだ。
リシアと一緒にいるのが、カイトの息子と思うのは当然の流れである。
「お隣、失礼しますね」
リシアは意識して、ゆっくりと、しっかりした発音、わかりやすい言葉を意識しながら、言う。
そうすれば、カロラインは「どうぞ」と返してくれたので、カロラインの隣に腰を下ろした。
「彼、は、夫の息子では、ありません。 夫は、遠くに出掛けています。 今夜の付添いを、彼に頼みました」
リシアの説明に、カロラインは「そうなの」と頷いた。
カロラインは、リシアに色々なことを聞きたがった。
カイトは辺境伯だけでなく、その妻のカロラインとも懇意にしていたようで、リシアのことを予想以上に知っていたのだ。
おかげで、話題は尽きずに、楽しく過ごすことができた。
途中で、辺境伯かシャルデル伯爵に命じられたらしいボーイが、アルコールではなく紅茶とお茶菓子を用意してくれたのも有難かった。
そして、リシアは会話の中であることに気づく。 カロラインは、カロラインが言うほどエルディース語が不得意なわけではない。
リシアが話したことを問い返すこともなければ、きちんと言葉を紡ぐ。
「カロライン様、とても、エルディース語がお上手ですよ?」
そうすれば、カロラインは微笑んだ。
「ありがとう、…リーシュと、呼んでも?」
一瞬、リシアは考えたが、
「はい、どうぞ」
とすぐに答えた。
【リーシュ】というのは、カイトがリシアを呼ぶ愛称だ。
それがリシアはあまり好きではない。
子ども扱いされているように聞こえるからだ。
けれど、目の前の老婦人に比べれば、リシアはまだまだ子どもだから致し方ないだろう、とリシアが決着したときだ。
「…義母上様ではないですか」
その声に、言葉に、心臓が止まるのではないか、と思った。
辺境伯がシャルデル伯爵を警戒していたように、シャルデル伯爵も完全には辺境伯に気を許しているわけではないらしい。
辺境伯の連れ合いは、人の多い場所が苦手ということで、別室で休んでいるらしかった。
通された場所は扉のある部屋ではなく、待合席のような場所であり、廊下を行き来する人の往来もあるから安心だ、とリシアも思った。
そこには何人かの人がいたが、人目を避けるようにしてぽつんと一人で座る老婦人がいた。
「カロライン」
辺境伯に呼ばれて、老婦人が顔を上げた。
あからさまにほっとした表情ではあるが、なぜかリシアの顔を見て、固まったようだった。
夫である辺境伯はそれに気づかないのか、気づいていて気にしていないのか、笑顔で紹介を始める。
「妻のカロラインだ。 カロライン、カイトの言っていた、レイナール夫人、リシアだよ」
「………」
カロラインはリシアの顔を凝視したまま、言葉が出ない様子だった。
まるで、幽霊か何かに遭ったようだ、と思いながら、リシアは呼びかける。
「カロライン、様?」
そうすれば、カロラインはハッとしたようだった。
初対面の人間の顔を、不躾にじろじろと見ていたことを恥じるかのように、慌てた様子で目を伏せた。
「…ごめんなさい、わたくし、エルディース語が、得意でなくて、なんといったらいいか…」
たどたどしい様子で、ゆっくりとそう語ったカロラインは、一度夫である辺境伯を見た。
そして、フレンティア語で何か言った様子だったが、リシアにはわからなかった。
シャルデル伯爵はわかっただろうか。 後で聞いてみよう、と思う。
カロラインの言葉に、辺境伯が頷くと、カロラインはリシアに向き直る。
「リシアさん、お付き合い、くださる?」
おっとりと優しく笑むカロラインは、とても感じの良い女性で、リシアはカロラインに好意を抱いた。
「はい」
リシアが頷くと、カロラインがもう一度辺境伯に何かを告げる。
そうすれば、辺境伯は声を上げて笑った。
「『どうせ貴方は、そこの御方と商談なのでしょうから、無粋なお話は余所でやってくださいな』、ということだから、場所を移そうか。 シャルデル伯爵」
「ええ」
そう、応じたはずのシャルデル伯爵の顔が、リシアに向く。
「…俺を置いて先に帰ったりなさらないと約束してくださいね? 俺には貴女を無事に送り届ける義務があるのですから」
「わかりましたから、早く行かれては? 辺境伯をお待たせしています」
完全にはリシアの言葉に納得していない様子の、シャルデル伯爵の背がリシアから遠ざかって行き、リシアはほっと息をついた。
その様子をじっと見ていたらしいカロラインが、不思議そうにリシアに問う。
「…しゃるでる、はくしゃく? 彼は、カイトの息子ではないの?」
ああ、そうか。
カロラインは、カイトと親交があるらしい辺境伯の妻なのだ。
リシアと一緒にいるのが、カイトの息子と思うのは当然の流れである。
「お隣、失礼しますね」
リシアは意識して、ゆっくりと、しっかりした発音、わかりやすい言葉を意識しながら、言う。
そうすれば、カロラインは「どうぞ」と返してくれたので、カロラインの隣に腰を下ろした。
「彼、は、夫の息子では、ありません。 夫は、遠くに出掛けています。 今夜の付添いを、彼に頼みました」
リシアの説明に、カロラインは「そうなの」と頷いた。
カロラインは、リシアに色々なことを聞きたがった。
カイトは辺境伯だけでなく、その妻のカロラインとも懇意にしていたようで、リシアのことを予想以上に知っていたのだ。
おかげで、話題は尽きずに、楽しく過ごすことができた。
途中で、辺境伯かシャルデル伯爵に命じられたらしいボーイが、アルコールではなく紅茶とお茶菓子を用意してくれたのも有難かった。
そして、リシアは会話の中であることに気づく。 カロラインは、カロラインが言うほどエルディース語が不得意なわけではない。
リシアが話したことを問い返すこともなければ、きちんと言葉を紡ぐ。
「カロライン様、とても、エルディース語がお上手ですよ?」
そうすれば、カロラインは微笑んだ。
「ありがとう、…リーシュと、呼んでも?」
一瞬、リシアは考えたが、
「はい、どうぞ」
とすぐに答えた。
【リーシュ】というのは、カイトがリシアを呼ぶ愛称だ。
それがリシアはあまり好きではない。
子ども扱いされているように聞こえるからだ。
けれど、目の前の老婦人に比べれば、リシアはまだまだ子どもだから致し方ないだろう、とリシアが決着したときだ。
「…義母上様ではないですか」
その声に、言葉に、心臓が止まるのではないか、と思った。
1
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる