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【シャルデル伯爵の術中】
1.シャルデル伯爵の乱心
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シャルデル伯爵に惹かれているかもしれない、と気づいたリシアは、その気持ちを殺すことを決意した。
リシアはもう既に、カイト・レイナールの妻なのだ。
カイトの顔に泥を塗ることはできない。 たとえカイトがそれをよしとし、シャルデル伯爵が迫ってこようとも、だ。
毅然とした態度でシャルデル伯爵に対応する、リシアはそれを当面の目標として掲げた。 のだが。
「夜会?」
リシアが問い返せば、シャルデル伯爵は深く頷いた。
「そうなんですよ、パートナー必須ということで、困っているのです。 ですので、貴女に助けていただきたいと…」
とても困っている、という顔をしているが、パートナー必須の夜会に伴うパートナーがリシアで、誰が得をするのだろう。
リシアが胡乱な目をしていると、シャルデル伯爵の傍らに立っていた執事のサイフォンが冷やかに告げた。
「…ディアヴェル様、未来の奥様に嘘はよろしくありません」
執事の裏切りとも取れる発言に、シャルデル伯爵は軽く目を見張っている。
見張った後で、やはり軽く執事を睨んだようだった。
「…サイ、お前は誰の味方なんだ」
「シャルデル伯爵家の未来の味方です。」
いっそ清々しいほどにきっぱりと、執事は告げる。
主従の意見の違いはどうでもいいとして、シャルデル伯爵がリシアに嘘を言っているというのは気になった。
「サイフォンさん、どういうことです?」
「リシア様、サイとお呼びくだされば、お答えいたします」
無償では教えない、交換条件ということらしい。
主従揃っていい性格をしている。
でも、これくらいでなければ、シャルデル伯爵家の執事は務まらないのかもしれない。
「サイ、これでよろしいですか?」
リシアが執事の求めるままに名を呼べば、執事は満足そうに頷いた。
「夜会はありますが、パートナーは必須ではありません。 ディアヴェル様は夜会を時間の無駄と考えていらっしゃるので、自分の利益になることがなければ参加されません」
豪商貴族は損得勘定も得意なようだ。
リシアの件も損得勘定で切り捨ててくれれば楽なのに。
「それで?」
「事業のために顔を繋ぎたい相手が来るという情報があるのですが、その方がレイナール夫人に会いたいと仰っているという情報も、同時にありまして」
リシアは思わず目を瞬かせて執事を見る。
「…わたし?」
人違いではないのか、という思いを込めたのだが、執事にはこっくりと頷かれてしまった。
つまり、リシアで間違いない、と。
「…カイト様が懇意にされている方かしら。 だとしたら、わたしは参加しても構いません」
レイナール夫人に会いたいのであれば、リシアは応じるべきだ。
そうすると、シャルデル伯爵の表情が曇った。
「………俺は嫌です。」
絞り出すような声音に、最初にリシアを夜会に誘ったのは誰だ、と喉から出かかった。
「…ディアヴェル様」
だが、リシアの喉から何か出る前に、サイフォンがシャルデル伯爵を窘めてくれた。
優秀な執事である。
「リシア、嫌なら嫌と、無理なら無理と言ってくださっていいのですよ?」
「わたしはレイナール夫人ですから」
ぐっと迫ったシャルデル伯爵にリシアがきっぱりと告げれば、シャルデル伯爵は一度ぐっと唇を引き結んだ後で項垂れた。
「っ…俺は嫌です…! どうしてこんなに綺麗な貴女を、万人の目に触れさせねばならないのですかっ…!? シャルデル伯爵夫人になった後ならまだしも、これ以上敵を増やしたくはありません…!」
「………シャルデル伯爵には何が起きているのです?」
何か悪い発作だろうか、と執事を見れば、執事はにっこりと笑んだ。
「妄想が暴走しているだけですので、お気になさらず。 夜会用のドレスも仕立ててございますので、よろしくお願いします」
そうか。 準備は万端ということか。
高価なプレゼントはいらないと、あれほど言ったというのに、どうやらシャルデル伯爵には届かなかったらしい。
「…ほかに余計なものは仕立てていませんよね?」
「…私が知る限りでは」
リシアが念を押せば、執事はそう応じるが、一瞬何か考えるような間があった。
歯に挟まった物言いであることも気になる。 断言はしてくれないらしい。
リシアはもう既に、カイト・レイナールの妻なのだ。
カイトの顔に泥を塗ることはできない。 たとえカイトがそれをよしとし、シャルデル伯爵が迫ってこようとも、だ。
毅然とした態度でシャルデル伯爵に対応する、リシアはそれを当面の目標として掲げた。 のだが。
「夜会?」
リシアが問い返せば、シャルデル伯爵は深く頷いた。
「そうなんですよ、パートナー必須ということで、困っているのです。 ですので、貴女に助けていただきたいと…」
とても困っている、という顔をしているが、パートナー必須の夜会に伴うパートナーがリシアで、誰が得をするのだろう。
リシアが胡乱な目をしていると、シャルデル伯爵の傍らに立っていた執事のサイフォンが冷やかに告げた。
「…ディアヴェル様、未来の奥様に嘘はよろしくありません」
執事の裏切りとも取れる発言に、シャルデル伯爵は軽く目を見張っている。
見張った後で、やはり軽く執事を睨んだようだった。
「…サイ、お前は誰の味方なんだ」
「シャルデル伯爵家の未来の味方です。」
いっそ清々しいほどにきっぱりと、執事は告げる。
主従の意見の違いはどうでもいいとして、シャルデル伯爵がリシアに嘘を言っているというのは気になった。
「サイフォンさん、どういうことです?」
「リシア様、サイとお呼びくだされば、お答えいたします」
無償では教えない、交換条件ということらしい。
主従揃っていい性格をしている。
でも、これくらいでなければ、シャルデル伯爵家の執事は務まらないのかもしれない。
「サイ、これでよろしいですか?」
リシアが執事の求めるままに名を呼べば、執事は満足そうに頷いた。
「夜会はありますが、パートナーは必須ではありません。 ディアヴェル様は夜会を時間の無駄と考えていらっしゃるので、自分の利益になることがなければ参加されません」
豪商貴族は損得勘定も得意なようだ。
リシアの件も損得勘定で切り捨ててくれれば楽なのに。
「それで?」
「事業のために顔を繋ぎたい相手が来るという情報があるのですが、その方がレイナール夫人に会いたいと仰っているという情報も、同時にありまして」
リシアは思わず目を瞬かせて執事を見る。
「…わたし?」
人違いではないのか、という思いを込めたのだが、執事にはこっくりと頷かれてしまった。
つまり、リシアで間違いない、と。
「…カイト様が懇意にされている方かしら。 だとしたら、わたしは参加しても構いません」
レイナール夫人に会いたいのであれば、リシアは応じるべきだ。
そうすると、シャルデル伯爵の表情が曇った。
「………俺は嫌です。」
絞り出すような声音に、最初にリシアを夜会に誘ったのは誰だ、と喉から出かかった。
「…ディアヴェル様」
だが、リシアの喉から何か出る前に、サイフォンがシャルデル伯爵を窘めてくれた。
優秀な執事である。
「リシア、嫌なら嫌と、無理なら無理と言ってくださっていいのですよ?」
「わたしはレイナール夫人ですから」
ぐっと迫ったシャルデル伯爵にリシアがきっぱりと告げれば、シャルデル伯爵は一度ぐっと唇を引き結んだ後で項垂れた。
「っ…俺は嫌です…! どうしてこんなに綺麗な貴女を、万人の目に触れさせねばならないのですかっ…!? シャルデル伯爵夫人になった後ならまだしも、これ以上敵を増やしたくはありません…!」
「………シャルデル伯爵には何が起きているのです?」
何か悪い発作だろうか、と執事を見れば、執事はにっこりと笑んだ。
「妄想が暴走しているだけですので、お気になさらず。 夜会用のドレスも仕立ててございますので、よろしくお願いします」
そうか。 準備は万端ということか。
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「…ほかに余計なものは仕立てていませんよね?」
「…私が知る限りでは」
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