23 / 55
【シャルデル伯爵の手中】
12.レイナール夫人の後悔
しおりを挟む
リシアは、自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
この男は、何てことを口にするのか。 それも、とても、嬉しそうに。
リシアが反応できずにいると、そっとシャルデル伯爵の手がリシアへと伸ばされる。
リシアがぎゅっと目を瞑って、自身を護るように身を縮ませていると、耳に苦笑するような音が届いた。
次いで、大きな手がリシアの前髪をかきあげる。 あらわになった額に触れた、ふに、と柔らかい感触に、リシアは思わず目を開く。
間近に、困ったように笑む、シャルデル伯爵の顔があった。
「怖がらせたのなら、申し訳ありません。 俺の、可愛いひと」
それだけ言うと、シャルデル伯爵はすい、とリシアから離れる。
え、とリシアは脱がされたネグリジェを引き寄せて身体を隠しながら身を起こす。
シャルデル伯爵は自分が脱ぎ捨てたフロックコートを拾い、リシアに笑みかけた。
「では、失礼しますね」
パタン…と閉まる扉と、その向こうに姿を消したシャルデル伯爵に、リシアは呆然とする。
期待をしたわけではない。
断じてない、が、あのまま最後までされてしまうのだと思っていた。
なんだろう、この、もやもやとした感じは。
やはり、リシアはシャルデル伯爵に遊ばれているだけなのだろうか。
最初から、わかっていたはずではないか。
シャルデル伯爵のようなひとが、戯れ以外で、人妻のリシアに声をかけたり手を出したりすることなどない、と。
なのにどうして、自分は、こんなにも苦しくなっているのか。
「っ…」
リシアは、シャルデル伯爵の感触を忘れたくて、ネグリジェでごしごしと身体を擦った。
忘れたい。 この身体が覚えている、シャルデル伯爵を。
ごしごしと身体を擦り続けていると、かちゃりと扉が開いて、リシアはびくっとする。
「失礼しますよ、リシア」
「っ…!?」
リシアは慌ててネグリジェで身体を隠したが、シャルデル伯爵はリシアがネグリジェで身体を擦っていた場面を見たらしかった。
申し訳なさそうな笑みを見せられる。
「…ああ、やはり御不快でしたね」
シャルデル伯爵の手は、盥を抱えていた。
近づいてきたシャルデル伯爵は、その盥をヘッドボードに置いてくれる。
「申し訳ありません、説明をしていけばよかったですね。 俺の使う湯を張ってもらったところなので、貴女が身体を清める湯を貰って来ました」
あの、シャルデル伯爵が、自ら盥を持って?
にわかには信じ難いことだが、現在目の前で起きているのだから仕方ない。
そして、リシアは気づく。
メイドに頼まなかったのは、シャルデル伯爵が、リシアの体裁を気遣ってくれたからか、と。
「…俺に舐められたままで眠るのは、気持ち悪いでしょう? 夜着も替えた方がよろしい」
リシアは、シャルデル伯爵の言葉に衝撃を受ける。
舐められたままで気持ち悪い、なんて、思わなかった。
夢中になって肌を擦ったのは、戯れでそういうことをされるのが嫌で、シャルデル伯爵の感触を、肌が覚えているのが嫌だったからで…。
それは、一体、どうして?
自問したリシアは、もっともらしい答えを見つけてしまって、ぼっと赤くなる。
「…どうか、しましたか?」
不思議そうに問いかけてくるシャルデル伯爵に、リシアはふるふると首を横に振った。
「いいえ、…ありがとう、ございます」
シャルデル伯爵は、物言いたげな顔をしていたが、結局は引き下がることにしてくれたらしい。
「これは、そのままどこかに置いておいてくだされば、メイドが片づけます。 貴女のおかげでいい夢が見られそうだ。 お休みなさい、リシア。 いい夢を」
「…貴方も」
リシアが返せば、シャルデル伯爵は目を見張る。
言葉が返ってくるとは期待もしなかった、という風だ。
照れたような笑みを浮かべたシャルデル伯爵が、扉の向こうに消えるのをリシアは見届けて、両手で顔を覆った。
どうして、気づいてしまったのだろう。
気づいたところで、何も生まれない。
誰も幸せになんてならない。
好きだ、なんて。
この男は、何てことを口にするのか。 それも、とても、嬉しそうに。
リシアが反応できずにいると、そっとシャルデル伯爵の手がリシアへと伸ばされる。
リシアがぎゅっと目を瞑って、自身を護るように身を縮ませていると、耳に苦笑するような音が届いた。
次いで、大きな手がリシアの前髪をかきあげる。 あらわになった額に触れた、ふに、と柔らかい感触に、リシアは思わず目を開く。
間近に、困ったように笑む、シャルデル伯爵の顔があった。
「怖がらせたのなら、申し訳ありません。 俺の、可愛いひと」
それだけ言うと、シャルデル伯爵はすい、とリシアから離れる。
え、とリシアは脱がされたネグリジェを引き寄せて身体を隠しながら身を起こす。
シャルデル伯爵は自分が脱ぎ捨てたフロックコートを拾い、リシアに笑みかけた。
「では、失礼しますね」
パタン…と閉まる扉と、その向こうに姿を消したシャルデル伯爵に、リシアは呆然とする。
期待をしたわけではない。
断じてない、が、あのまま最後までされてしまうのだと思っていた。
なんだろう、この、もやもやとした感じは。
やはり、リシアはシャルデル伯爵に遊ばれているだけなのだろうか。
最初から、わかっていたはずではないか。
シャルデル伯爵のようなひとが、戯れ以外で、人妻のリシアに声をかけたり手を出したりすることなどない、と。
なのにどうして、自分は、こんなにも苦しくなっているのか。
「っ…」
リシアは、シャルデル伯爵の感触を忘れたくて、ネグリジェでごしごしと身体を擦った。
忘れたい。 この身体が覚えている、シャルデル伯爵を。
ごしごしと身体を擦り続けていると、かちゃりと扉が開いて、リシアはびくっとする。
「失礼しますよ、リシア」
「っ…!?」
リシアは慌ててネグリジェで身体を隠したが、シャルデル伯爵はリシアがネグリジェで身体を擦っていた場面を見たらしかった。
申し訳なさそうな笑みを見せられる。
「…ああ、やはり御不快でしたね」
シャルデル伯爵の手は、盥を抱えていた。
近づいてきたシャルデル伯爵は、その盥をヘッドボードに置いてくれる。
「申し訳ありません、説明をしていけばよかったですね。 俺の使う湯を張ってもらったところなので、貴女が身体を清める湯を貰って来ました」
あの、シャルデル伯爵が、自ら盥を持って?
にわかには信じ難いことだが、現在目の前で起きているのだから仕方ない。
そして、リシアは気づく。
メイドに頼まなかったのは、シャルデル伯爵が、リシアの体裁を気遣ってくれたからか、と。
「…俺に舐められたままで眠るのは、気持ち悪いでしょう? 夜着も替えた方がよろしい」
リシアは、シャルデル伯爵の言葉に衝撃を受ける。
舐められたままで気持ち悪い、なんて、思わなかった。
夢中になって肌を擦ったのは、戯れでそういうことをされるのが嫌で、シャルデル伯爵の感触を、肌が覚えているのが嫌だったからで…。
それは、一体、どうして?
自問したリシアは、もっともらしい答えを見つけてしまって、ぼっと赤くなる。
「…どうか、しましたか?」
不思議そうに問いかけてくるシャルデル伯爵に、リシアはふるふると首を横に振った。
「いいえ、…ありがとう、ございます」
シャルデル伯爵は、物言いたげな顔をしていたが、結局は引き下がることにしてくれたらしい。
「これは、そのままどこかに置いておいてくだされば、メイドが片づけます。 貴女のおかげでいい夢が見られそうだ。 お休みなさい、リシア。 いい夢を」
「…貴方も」
リシアが返せば、シャルデル伯爵は目を見張る。
言葉が返ってくるとは期待もしなかった、という風だ。
照れたような笑みを浮かべたシャルデル伯爵が、扉の向こうに消えるのをリシアは見届けて、両手で顔を覆った。
どうして、気づいてしまったのだろう。
気づいたところで、何も生まれない。
誰も幸せになんてならない。
好きだ、なんて。
1
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる