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【シャルデル伯爵の手中】
9.レイナール夫人の油断
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言い寄る、と言いつつも、何もないままに十日が過ぎたので、リシアは油断していたのだと思う。
そして、そういうときに限って何事かは起こるものなのだ。
コンコン、という軽いノックの音が聞こえた。
「リシア、まだ起きていますか?」
「っはい」
起きていますか、という問いに反射的に「はい」と答えただけで、それは入室の許可ではなかった。
だが、シャルデル伯爵は入室の許可と取ったようで、がちゃりと扉が開く。
目を見張ったシャルデル伯爵がいて、そっとリシアから目を逸らした。
「?」
「…リシア、その格好で不用意に男を招き入れるのはいかがなものかと…」
口元を手で覆ったシャルデル伯爵がごにょごにょと言っている。
だが、リシアに入室の許可を出したつもりはない。
そして、先程、時計が夜の十時を示す音を告げたばかりだ。 リシアはそれを聞いて、ベッドに入ったのだから。
女性の部屋を訪れるのに適切な時間とは言えない。
けれど、リシアはこの十日ほどを通して、シャルデル伯爵が理由もなくリシアの部屋を訪うことはないということも学んだ。
そして、リシアの記憶違いでなければ、今日は大きな商談があるとかでシャルデル伯爵は出かけていたはずだ。
「…お帰りなさいませ、で合っています? 御用があったのでは?」
上体は起こしているが、ベッドに入ったままというのは不躾かもしれない、とリシアはそっと布団から脚を出してベッドの縁に腰掛ける。
そうすれば、シャルデル伯爵はリシアに近づいてきて、そっと小脇に抱えていたものを差し出した。
「これを、貴女に」
包みに包まれたものを、リシアは受け取る。
ショコラをお土産に貰ってから、シャルデル伯爵はどこかに出かけると必ず何かお菓子を買って来てくれるようになった。
リシアが厨房に立ち入らないことで、シャルデル伯爵邸のコックがあからさまに安堵しているのを、シャルデル伯爵も知っているのだろう。
だからリシアは、コックのためと自分のために、有難くそれを頂戴することにしていた。
贈った側も、贈ることで文句を言われるより、喜んでもらえるもののほうが嬉しいのだろう。
リシアとしては第一に、贈り物をしないという選択肢を選んでほしいのだが。
なんだろう、と思いながら包みを解いたリシアは、喜色を満面にあらわしていたかもしれない。
「これ…!」
「貴女が探していらした本です」
シャルデル伯爵邸の蔵書は面白いのだが、リシアが最近読んでいるシリーズものの本の途中の一冊がなくて、先に進めずにいたのだ。
「買ってきてくださったの?」
ぱっと顔をあげれば、シャルデル伯爵は微笑んでくれた。
「ええ、偶然に見つけまして。 ですから、早く貴女にお渡ししたくて、不躾とは思いながらも参った次第で…」
「ありがとうございます」
食事の際にシャルデル伯爵に、本のことを聞いただけだったのだが、そんなことを覚えていてくれたなんて。
…ひとつ、本当に偶然に見つけたのか?という疑問は残るけれど。
なんだかそれが嬉しくて、自然と微笑みが浮かぶ。
「ここに置いておいてもよいですか? 明日、早速読みたいので」
「構いませんよ」
リシアはそそくさと立ち上がり、本棚に本を仕舞いに行く。
後は寝るばかり、とリシアはシャルデル伯爵に就寝の辞を述べた。
「では、おやすみなさいませ、良い夢を」
のだけれど、なぜかシャルデル伯爵はその場から立ち去る気配がなく、すっと手を伸ばしてリシアの頬に触れる。
「本当に、貴女は無防備ですね。 確かに、カイト殿が【守らなければ】という気になるのもわからなくはない…」
頬に触れた手が、撫でるように動くものだから、リシアは慌てて身を引く。
すぐ後ろにはベッドがあったので、身を引いた勢いのままに、足がベッドに当たって座りこむ形となった。
これではシャルデル伯爵の思うつぼではないか。
リシアは、毅然とした態度を取らねばと、目の前に立つシャルデル伯爵をきっと睨んだ。
「シャルデル伯爵、言葉と行動が一致していません」
「どうして? 俺は貴女を、大切に守って、愛して、可愛がりたい…」
シャルデル伯爵は床に跪くと、リシアのネグリジェの上からそっと膝に口づける。
その瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。
見上げる、シャルデル伯爵の菫青石の瞳が、揺らめいて見える。
「あの日…貴女も気持ちよくなったでしょう…? 一度男を知った女性が、その感覚を忘れられるはずがないんです。 覚えていらっしゃるでしょう…?」
「覚えて、なんて」
リシアはふい、と顔を逸らしてわざと素っ気ない言い方をした。
このままではまずい、と本能が警鐘を鳴らしている。
けれど、ここはシャルデル伯爵邸で、リシアの部屋にシャルデル伯爵がいるという状況はよろしくない。
誰がどう見ても、リシアがシャルデル伯爵を招き入れたとしか思わないだろう。
人を呼ぶことはできない。
後は、シャルデル伯爵が思い直して、この部屋から出て行ってくれることを願うしか…。
リシアはシャルデル伯爵に縋るような視線を向けたのだが、全く伝わらなかったようだ。 それを媚びている、もしくはリシアの意図とは違うことを期待していると誤解されたか。
「いないですか…? では、これは何?」
シャルデル伯爵が右手の人差指の背で、そっとリシアの胸を擽った。
「ぁ」
びくり、と反応したのは、反射だ。
決して、気持ちよかったわけではない、のに。
そして、そういうときに限って何事かは起こるものなのだ。
コンコン、という軽いノックの音が聞こえた。
「リシア、まだ起きていますか?」
「っはい」
起きていますか、という問いに反射的に「はい」と答えただけで、それは入室の許可ではなかった。
だが、シャルデル伯爵は入室の許可と取ったようで、がちゃりと扉が開く。
目を見張ったシャルデル伯爵がいて、そっとリシアから目を逸らした。
「?」
「…リシア、その格好で不用意に男を招き入れるのはいかがなものかと…」
口元を手で覆ったシャルデル伯爵がごにょごにょと言っている。
だが、リシアに入室の許可を出したつもりはない。
そして、先程、時計が夜の十時を示す音を告げたばかりだ。 リシアはそれを聞いて、ベッドに入ったのだから。
女性の部屋を訪れるのに適切な時間とは言えない。
けれど、リシアはこの十日ほどを通して、シャルデル伯爵が理由もなくリシアの部屋を訪うことはないということも学んだ。
そして、リシアの記憶違いでなければ、今日は大きな商談があるとかでシャルデル伯爵は出かけていたはずだ。
「…お帰りなさいませ、で合っています? 御用があったのでは?」
上体は起こしているが、ベッドに入ったままというのは不躾かもしれない、とリシアはそっと布団から脚を出してベッドの縁に腰掛ける。
そうすれば、シャルデル伯爵はリシアに近づいてきて、そっと小脇に抱えていたものを差し出した。
「これを、貴女に」
包みに包まれたものを、リシアは受け取る。
ショコラをお土産に貰ってから、シャルデル伯爵はどこかに出かけると必ず何かお菓子を買って来てくれるようになった。
リシアが厨房に立ち入らないことで、シャルデル伯爵邸のコックがあからさまに安堵しているのを、シャルデル伯爵も知っているのだろう。
だからリシアは、コックのためと自分のために、有難くそれを頂戴することにしていた。
贈った側も、贈ることで文句を言われるより、喜んでもらえるもののほうが嬉しいのだろう。
リシアとしては第一に、贈り物をしないという選択肢を選んでほしいのだが。
なんだろう、と思いながら包みを解いたリシアは、喜色を満面にあらわしていたかもしれない。
「これ…!」
「貴女が探していらした本です」
シャルデル伯爵邸の蔵書は面白いのだが、リシアが最近読んでいるシリーズものの本の途中の一冊がなくて、先に進めずにいたのだ。
「買ってきてくださったの?」
ぱっと顔をあげれば、シャルデル伯爵は微笑んでくれた。
「ええ、偶然に見つけまして。 ですから、早く貴女にお渡ししたくて、不躾とは思いながらも参った次第で…」
「ありがとうございます」
食事の際にシャルデル伯爵に、本のことを聞いただけだったのだが、そんなことを覚えていてくれたなんて。
…ひとつ、本当に偶然に見つけたのか?という疑問は残るけれど。
なんだかそれが嬉しくて、自然と微笑みが浮かぶ。
「ここに置いておいてもよいですか? 明日、早速読みたいので」
「構いませんよ」
リシアはそそくさと立ち上がり、本棚に本を仕舞いに行く。
後は寝るばかり、とリシアはシャルデル伯爵に就寝の辞を述べた。
「では、おやすみなさいませ、良い夢を」
のだけれど、なぜかシャルデル伯爵はその場から立ち去る気配がなく、すっと手を伸ばしてリシアの頬に触れる。
「本当に、貴女は無防備ですね。 確かに、カイト殿が【守らなければ】という気になるのもわからなくはない…」
頬に触れた手が、撫でるように動くものだから、リシアは慌てて身を引く。
すぐ後ろにはベッドがあったので、身を引いた勢いのままに、足がベッドに当たって座りこむ形となった。
これではシャルデル伯爵の思うつぼではないか。
リシアは、毅然とした態度を取らねばと、目の前に立つシャルデル伯爵をきっと睨んだ。
「シャルデル伯爵、言葉と行動が一致していません」
「どうして? 俺は貴女を、大切に守って、愛して、可愛がりたい…」
シャルデル伯爵は床に跪くと、リシアのネグリジェの上からそっと膝に口づける。
その瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。
見上げる、シャルデル伯爵の菫青石の瞳が、揺らめいて見える。
「あの日…貴女も気持ちよくなったでしょう…? 一度男を知った女性が、その感覚を忘れられるはずがないんです。 覚えていらっしゃるでしょう…?」
「覚えて、なんて」
リシアはふい、と顔を逸らしてわざと素っ気ない言い方をした。
このままではまずい、と本能が警鐘を鳴らしている。
けれど、ここはシャルデル伯爵邸で、リシアの部屋にシャルデル伯爵がいるという状況はよろしくない。
誰がどう見ても、リシアがシャルデル伯爵を招き入れたとしか思わないだろう。
人を呼ぶことはできない。
後は、シャルデル伯爵が思い直して、この部屋から出て行ってくれることを願うしか…。
リシアはシャルデル伯爵に縋るような視線を向けたのだが、全く伝わらなかったようだ。 それを媚びている、もしくはリシアの意図とは違うことを期待していると誤解されたか。
「いないですか…? では、これは何?」
シャルデル伯爵が右手の人差指の背で、そっとリシアの胸を擽った。
「ぁ」
びくり、と反応したのは、反射だ。
決して、気持ちよかったわけではない、のに。
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