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【シャルデル伯爵の手中】
5.レイナール夫人の運命
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カイトと同じ、菫青石の瞳に宿る感情。
それを見て、リシアは愕然とする。
それもまた、カイトと同じではないのか。
愛情と、憐憫。
夫に愛されない可哀想な妻、と、リシアを憐れんでいる?
カッと頭に血が上るような気がして、その瞳を見ていたくなくて、リシアは顔を逸らした。
「それがシャルデル伯爵夫人になることと同じだとは思いませんが」
「カイト殿は、何かから可愛い貴女を守りたくて妻にしたと仰っていましたよ? それは、妻と言う肩書でしか貴女を守れないということだと俺は解釈しました」
穏やかに紡がれる言葉だというのに、リシアは目を見張らざるを得なかった。
あのひとは、シャルデル伯爵に、どこまで話をしているのか。
「ということは、俺が望んでいて、貴女が応じてくだされば、その関係を解消して俺の妻という肩書で貴女を守ってもいいということだ」
そして、このシャルデル伯爵は、自分の都合のいいように話を解釈し、話を進めるのがとても得意なようだ。
嫌な男、とシャルデル伯爵を睨みつけたというのに、シャルデル伯爵は笑みで返すのだから気持ちのやり場がない。
「俺と貴女の子どもなら、どちらに似ても可愛いとも言ってくれましたし」
ああ、本当にとんでもないことまで、言ってくれたものだ。
リシアにあの場所を勧めたのはカイトだが、リシアが乙女でなくなったことにまで気づいているというのか。
その相手が、シャルデル伯爵というところまで?
そんなことを考えていたリシアの耳に、シャルデル伯爵の声が突き刺さる。
「…ですが、カイト殿を見て、貴女があの夜、俺を選んだ理由はわかりました」
リシアは思わず、ぎくり、とした。
静かな、声音だった。
けれど、リシアはその声音の中に、若干の苛立ちと、落胆のようなものを感じる。
その理由はわからなかったけれど。
そろり、と視線を上げたリシアの目に映ったのは、微笑んだシャルデル伯爵だった。
「俺の髪と、目の色が、貴女の夫に似ていたからですね?」
ただ、淡々と述べる声。
けれど、その表情は慈愛に満ちた聖母のようであって、リシアは不思議な想いに囚われる。
まるで、そのことを、【赦す】とでも言われているかのような。
だから、目を伏せたリシアは罪の意識を感じながらも、頷いた。 懺悔、した。
「…その、通りです」
「…それでも、構いませんよ」
ぽつり、と小さな声が落ちて、リシアはシャルデル伯爵を見る。
「え」
「…いくつか質問に答えていただきたいのですが…」
けれど、シャルデル伯爵は何事もなかったかのような表情でリシアに尋ねる。
「…あの夜、あの場所に行けば子胤がもらえる、と貴女に教えたのは、カイト殿ですか?」
「…そうです、けれど」
どうしてそれを知っているのか。
肯定すれば、シャルデル伯爵は、はぁぁと溜息をついた。
「…信じられない…」
シャルデル伯爵の反応は正しい。
どこに、妻に不貞を勧める夫がいるというのだろう。
現に、ここにいるのだから、仕方ないとは思うが。
突然、シャルデル伯爵の腕が伸びて、はしっとリシアの二の腕を掴んだ。
「あれから、ああいう場所には出入りされていないでしょう?」
なぜか、尋問されているようで、リシアは反抗的な気分になる。
「どうして、貴方に言う必要が?」
かなり素っ気なく、シャルデル伯爵の質問に対する答えにもなっていないのだが、なぜか彼はほっと安堵したようだった。
「ああ、よかった。 あのとき限りなのですね…。 あの後も、何度か貴女を探しました。貴女が、他の男に子胤をせがんでいたらと思うと、いてもたってもいられなくて…」
そうか。 この男は、あれからもああいう場に顔を出していたということか。
何となく、もやもやした嫌な気分になる。
大体、この男はリシアをどれだけ尻軽だと思っているのだろう。
あの夜この男にそれを求めたのは、この男がたまたま、プラチナブロンドに菫青石の瞳を持っていたからだ。
青い瞳は珍しくない。 紫の瞳は割合的にはさほど少なくない。
けれど、角度によって色彩を変える菫青石の瞳というのは、かなり珍しい。
その偶然を逃して、次にいつ出逢えるとも限らなかったから、大胆になれただけだというのに…苛々してきた。
けれど、シャルデル伯爵はリシアの苛立ちには全く気付かないらしい。
麗しいばかりの笑みで、誘うようにリシアに微笑みかけてくる。
「貴女が欲しいもの、俺はいくらだって貴女に差し上げます」
向けられる、菫青石の瞳が熱い。
二の腕を掴んでいたシャルデル伯爵の手は、今やリシアの手を握っており、ゆっくりとリシアの手を持ち上げる。
リシアの瞳をじっと見つめたままで、シャルデル伯爵はリシアの手に唇を寄せた。
「その代わり、俺には、貴女を頂戴」
手の甲に触れる唇の柔らかさと温かさに、ぞわりとする。
ああ、あの夜、リシアはとんでもないものに捕まったらしい。
逃れたくて足掻いても、逃れられないのが運命で、それゆえ残酷なものだと聞いたことがある。
リシアは、目の前の美貌の青年を見つめた。
確かにその意味で、彼はリシアの運命の男なのだろう。
それを見て、リシアは愕然とする。
それもまた、カイトと同じではないのか。
愛情と、憐憫。
夫に愛されない可哀想な妻、と、リシアを憐れんでいる?
カッと頭に血が上るような気がして、その瞳を見ていたくなくて、リシアは顔を逸らした。
「それがシャルデル伯爵夫人になることと同じだとは思いませんが」
「カイト殿は、何かから可愛い貴女を守りたくて妻にしたと仰っていましたよ? それは、妻と言う肩書でしか貴女を守れないということだと俺は解釈しました」
穏やかに紡がれる言葉だというのに、リシアは目を見張らざるを得なかった。
あのひとは、シャルデル伯爵に、どこまで話をしているのか。
「ということは、俺が望んでいて、貴女が応じてくだされば、その関係を解消して俺の妻という肩書で貴女を守ってもいいということだ」
そして、このシャルデル伯爵は、自分の都合のいいように話を解釈し、話を進めるのがとても得意なようだ。
嫌な男、とシャルデル伯爵を睨みつけたというのに、シャルデル伯爵は笑みで返すのだから気持ちのやり場がない。
「俺と貴女の子どもなら、どちらに似ても可愛いとも言ってくれましたし」
ああ、本当にとんでもないことまで、言ってくれたものだ。
リシアにあの場所を勧めたのはカイトだが、リシアが乙女でなくなったことにまで気づいているというのか。
その相手が、シャルデル伯爵というところまで?
そんなことを考えていたリシアの耳に、シャルデル伯爵の声が突き刺さる。
「…ですが、カイト殿を見て、貴女があの夜、俺を選んだ理由はわかりました」
リシアは思わず、ぎくり、とした。
静かな、声音だった。
けれど、リシアはその声音の中に、若干の苛立ちと、落胆のようなものを感じる。
その理由はわからなかったけれど。
そろり、と視線を上げたリシアの目に映ったのは、微笑んだシャルデル伯爵だった。
「俺の髪と、目の色が、貴女の夫に似ていたからですね?」
ただ、淡々と述べる声。
けれど、その表情は慈愛に満ちた聖母のようであって、リシアは不思議な想いに囚われる。
まるで、そのことを、【赦す】とでも言われているかのような。
だから、目を伏せたリシアは罪の意識を感じながらも、頷いた。 懺悔、した。
「…その、通りです」
「…それでも、構いませんよ」
ぽつり、と小さな声が落ちて、リシアはシャルデル伯爵を見る。
「え」
「…いくつか質問に答えていただきたいのですが…」
けれど、シャルデル伯爵は何事もなかったかのような表情でリシアに尋ねる。
「…あの夜、あの場所に行けば子胤がもらえる、と貴女に教えたのは、カイト殿ですか?」
「…そうです、けれど」
どうしてそれを知っているのか。
肯定すれば、シャルデル伯爵は、はぁぁと溜息をついた。
「…信じられない…」
シャルデル伯爵の反応は正しい。
どこに、妻に不貞を勧める夫がいるというのだろう。
現に、ここにいるのだから、仕方ないとは思うが。
突然、シャルデル伯爵の腕が伸びて、はしっとリシアの二の腕を掴んだ。
「あれから、ああいう場所には出入りされていないでしょう?」
なぜか、尋問されているようで、リシアは反抗的な気分になる。
「どうして、貴方に言う必要が?」
かなり素っ気なく、シャルデル伯爵の質問に対する答えにもなっていないのだが、なぜか彼はほっと安堵したようだった。
「ああ、よかった。 あのとき限りなのですね…。 あの後も、何度か貴女を探しました。貴女が、他の男に子胤をせがんでいたらと思うと、いてもたってもいられなくて…」
そうか。 この男は、あれからもああいう場に顔を出していたということか。
何となく、もやもやした嫌な気分になる。
大体、この男はリシアをどれだけ尻軽だと思っているのだろう。
あの夜この男にそれを求めたのは、この男がたまたま、プラチナブロンドに菫青石の瞳を持っていたからだ。
青い瞳は珍しくない。 紫の瞳は割合的にはさほど少なくない。
けれど、角度によって色彩を変える菫青石の瞳というのは、かなり珍しい。
その偶然を逃して、次にいつ出逢えるとも限らなかったから、大胆になれただけだというのに…苛々してきた。
けれど、シャルデル伯爵はリシアの苛立ちには全く気付かないらしい。
麗しいばかりの笑みで、誘うようにリシアに微笑みかけてくる。
「貴女が欲しいもの、俺はいくらだって貴女に差し上げます」
向けられる、菫青石の瞳が熱い。
二の腕を掴んでいたシャルデル伯爵の手は、今やリシアの手を握っており、ゆっくりとリシアの手を持ち上げる。
リシアの瞳をじっと見つめたままで、シャルデル伯爵はリシアの手に唇を寄せた。
「その代わり、俺には、貴女を頂戴」
手の甲に触れる唇の柔らかさと温かさに、ぞわりとする。
ああ、あの夜、リシアはとんでもないものに捕まったらしい。
逃れたくて足掻いても、逃れられないのが運命で、それゆえ残酷なものだと聞いたことがある。
リシアは、目の前の美貌の青年を見つめた。
確かにその意味で、彼はリシアの運命の男なのだろう。
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