【R18】レイナール夫人の華麗なる転身

環名

文字の大きさ
上 下
16 / 55
【シャルデル伯爵の手中】

5.レイナール夫人の運命

しおりを挟む
 カイトと同じ、菫青石の瞳に宿る感情。
 それを見て、リシアは愕然とする。
 それもまた、カイトと同じではないのか。
 愛情と、憐憫。


 夫に愛されない可哀想な妻、と、リシアを憐れんでいる?


 カッと頭に血が上るような気がして、その瞳を見ていたくなくて、リシアは顔を逸らした。
「それがシャルデル伯爵夫人になることと同じだとは思いませんが」
「カイト殿は、何かから可愛い貴女を守りたくて妻にしたと仰っていましたよ? それは、妻と言う肩書でしか貴女を守れないということだと俺は解釈しました」
 穏やかに紡がれる言葉だというのに、リシアは目を見張らざるを得なかった。


 あのひとは、シャルデル伯爵に、どこまで話をしているのか。
「ということは、俺が望んでいて、貴女が応じてくだされば、その関係を解消して俺の妻という肩書で貴女を守ってもいいということだ」
 そして、このシャルデル伯爵は、自分の都合のいいように話を解釈し、話を進めるのがとても得意なようだ。


 嫌な男、とシャルデル伯爵を睨みつけたというのに、シャルデル伯爵は笑みで返すのだから気持ちのやり場がない。
「俺と貴女の子どもなら、どちらに似ても可愛いとも言ってくれましたし」
 ああ、本当にとんでもないことまで、言ってくれたものだ。


 リシアにあの場所を勧めたのはカイトだが、リシアが乙女でなくなったことにまで気づいているというのか。
 その相手が、シャルデル伯爵というところまで?
 そんなことを考えていたリシアの耳に、シャルデル伯爵の声が突き刺さる。


「…ですが、カイト殿を見て、貴女があの夜、俺を選んだ理由はわかりました」


 リシアは思わず、ぎくり、とした。
 静かな、声音だった。
 けれど、リシアはその声音の中に、若干の苛立ちと、落胆のようなものを感じる。
 その理由はわからなかったけれど。
 そろり、と視線を上げたリシアの目に映ったのは、微笑んだシャルデル伯爵だった。


「俺の髪と、目の色が、貴女の夫に似ていたからですね?」


 ただ、淡々と述べる声。
 けれど、その表情は慈愛に満ちた聖母のようであって、リシアは不思議な想いに囚われる。
 まるで、そのことを、【赦す】とでも言われているかのような。
 だから、目を伏せたリシアは罪の意識を感じながらも、頷いた。 懺悔、した。


「…その、通りです」


「…それでも、構いませんよ」
 ぽつり、と小さな声が落ちて、リシアはシャルデル伯爵を見る。
「え」


「…いくつか質問に答えていただきたいのですが…」
 けれど、シャルデル伯爵は何事もなかったかのような表情でリシアに尋ねる。
「…あの夜、あの場所に行けば子胤がもらえる、と貴女に教えたのは、カイト殿ですか?」
「…そうです、けれど」
 どうしてそれを知っているのか。
 肯定すれば、シャルデル伯爵は、はぁぁと溜息をついた。


「…信じられない…」
 シャルデル伯爵の反応は正しい。


 どこに、妻に不貞を勧める夫がいるというのだろう。
 現に、ここにいるのだから、仕方ないとは思うが。


 突然、シャルデル伯爵の腕が伸びて、はしっとリシアの二の腕を掴んだ。
「あれから、ああいう場所には出入りされていないでしょう?」


 なぜか、尋問されているようで、リシアは反抗的な気分になる。
「どうして、貴方に言う必要が?」
 かなり素っ気なく、シャルデル伯爵の質問に対する答えにもなっていないのだが、なぜか彼はほっと安堵したようだった。


「ああ、よかった。 あのとき限りなのですね…。 あの後も、何度か貴女を探しました。貴女が、他の男に子胤をせがんでいたらと思うと、いてもたってもいられなくて…」
 そうか。 この男は、あれからもああいう場に顔を出していたということか。
 何となく、もやもやした嫌な気分になる。


 大体、この男はリシアをどれだけ尻軽だと思っているのだろう。
 あの夜この男にそれを求めたのは、この男がたまたま、プラチナブロンドに菫青石の瞳を持っていたからだ。
 青い瞳は珍しくない。 紫の瞳は割合的にはさほど少なくない。
 けれど、角度によって色彩を変える菫青石の瞳というのは、かなり珍しい。
 その偶然を逃して、次にいつ出逢えるとも限らなかったから、大胆になれただけだというのに…苛々してきた。


 けれど、シャルデル伯爵はリシアの苛立ちには全く気付かないらしい。
 麗しいばかりの笑みで、誘うようにリシアに微笑みかけてくる。


「貴女が欲しいもの、俺はいくらだって貴女に差し上げます」
 向けられる、菫青石の瞳が熱い。


 二の腕を掴んでいたシャルデル伯爵の手は、今やリシアの手を握っており、ゆっくりとリシアの手を持ち上げる。
 リシアの瞳をじっと見つめたままで、シャルデル伯爵はリシアの手に唇を寄せた。


「その代わり、俺には、貴女を頂戴」
 手の甲に触れる唇の柔らかさと温かさに、ぞわりとする。


 ああ、あの夜、リシアはとんでもないものに捕まったらしい。


 逃れたくて足掻いても、逃れられないのが運命で、それゆえ残酷なものだと聞いたことがある。
 リシアは、目の前の美貌の青年を見つめた。


 確かにその意味で、彼はリシアの運命の男なのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

元上司に捕獲されました!

世羅
恋愛
気づいたら捕獲されてました。

処理中です...