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【シャルデル伯爵の手中】
4. レイナール夫人の衝撃
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扉が幾つか続くが、その最奥の部屋へ通された。
「ここが貴女の部屋ですよ」
シャルデル伯爵に続いて扉を閉めずに室内に入ったリシアは、一瞬、言葉を失くした。
明らかに、女性用とわかる部屋だった。
使われている色・素材・意匠…全てを鑑みても、これはただの、客室ではない。 そう知れる。
「…こんなに立派な部屋、用意していただかなくてもいいのに」
その非難を、一応はぼかして伝えてみたのだが、返って来た答えはリシアの想像の斜め上を行った。
「一応配慮はしたのですよ? メイド頭などは、俺の寝室の隣の部屋を準備しようとしましたし、それならば俺は、いっそ俺の部屋へと」
「有り難く、ここを使わせていただきます」
メイド頭が、既婚女性を当主の部屋の隣室に泊まらせようとするなど、シャルデル伯爵家は一体どうなっているのか。
疲れながらも、リシアは気になっていたことを尋ねた。
「…お邸の方たちには、わたしのことを何と説明したのですか?」
「現在はレイナール夫人だが、いずれシャルデル伯爵夫人になる女性だから丁重に、と」
疲れているだけかと思ったが、目眩までしてきた。
目の前の男は、本気でそんなふざけた説明をしたのだろうか。
ああ、きっと、したのだろうけれど。
「それで、お邸の方たちは納得されたのですか?」
「俺が邸に女性を連れ込むのなど初めてですからね」
どうやら、シャルデル伯爵家の使用人たちはリシアを次期夫人候補だと認識しているらしい。 「現在はレイナール夫人だが」をもしかしたら、右から左に聞き流したのかもしれないが。
それよりも意外なのは、このシャルデル伯爵が、邸に女性を連れ込んだことがないということだ。
ちら、とリシアはシャルデル伯爵の美しく整った顔を盗み見る。
シャルデル伯爵は、とても人気がある。 一歩邸の外に踏み出せば、【シャルデル伯爵】の名を聞かないことの方が少ない。
家柄も良く、経済力もあり、加えてこの容姿。 そして、何より、女性の扱いに慣れている。 その男がどうして、女性を邸に連れ込むのが初めてだと言うのだろう。
人妻のリシアにちょっかいを出しているのも、戯れの延長のようなものなのだと思う。
もしくは、リシアを孕ませたのではないかと、気にしているか。
ふっと溜息をつけば、シャルデル伯爵がベッドサイドにトランクを置いて、リシアを振り返った。
「お気に召さないところがあれば、新調しますよ?」
まだ、シャルデル伯爵はリシアがこの部屋を良く思っていないようだというところに引っかかっているらしい。
だから、リシアは尋ねた。
「…新調したように見えるのは気のせいでしょうか?」
「…ここまで女性らしい部屋になっていると、黙っていてもわかってしまいますよね」
シャルデル伯爵は、悪戯を咎められた子どものように、少しだけ罰が悪そうに笑んだ。
通常客室は女性にも男性にも対応できるような造りになっている。
このようにあからさまに女性らしい部屋を客室とは呼ばない。
主を想定して作られた、その主のための部屋だ。
「わたしにそんなにお金をかけずともよいのです」
ぽろっと自分の口から零れた言葉に、リシアは他にも言っておかねばならないことがあったのを思い出す。
「あの、言おうと思っていたのですが、あんなにたくさんプレゼントをいただいても困ります。 特に、アクセサリーは…あんなに高価なもの。 お返ししようと思って持ってきたのです」
再会を果たしたあの日から、毎日リシアの暮らすレイナール新邸にはシャルデル伯爵からの贈り物が届く。
最初は花束だったから、本人が訪ねてこないだけマシか、と考えるようにしていた。
それがいつしかアクセサリーや宝石になり、リシアを閉口させている。
受け取るということは、相手に弱みを握られたり、借りを作ったりことになりそうで、受け取ることが怖い。
けれど、シャルデル伯爵はリシアのそのような気持ちは思いもよらないのだろう。
「貴女が必要ないのなら、捨ててくださればよろしい」
あっさりと、言った。
リシアが、面食らうほどに。
「な」
「貴女の為に用意したのです。 貴女に似合うと思ったから。 返していただいても、俺には用途がない」
どこか拗ねた様子で、シャルデル伯爵はふいと顔を逸らした。
その態度にリシアは、夫が「男としてのプライドもあるからもらっておきなさい」と言っていたことを思い出す。
今のは、そういうことなのだろうか。
なぜか、自分が悪いことをしたような気分になって、リシアはもごもごと口にする。
「では、有り難く頂戴しておきますけれど…」
リシアの言葉を受けて、シャルデル伯爵の顔がリシアに向いたので、リシアはその菫青石の瞳をじっと見つめた。
「お願いです、シャルデル伯爵。 これ以上の贈り物は、本当にお止めになって」
シャルデル伯爵は、是とも否とも答えずに、ただ、笑んだ。
「ディアヴェルですよ、リシア」
リシアの名を呼ぶシャルデル伯爵の声が甘くて、リシアは少しだけ語調を強めた。
「その呼び方も、お止めになって。 特別な仲に聞こえます」
「実際、特別な仲でしょう?」
シャルデル伯爵の切りかえしは、リシアの心情を慮ることはない。
あるいは、あの夜のことを、リシアと彼との間にあったことを意識させて、リシアの反応を見て楽しみたいのだろうか。
だとすれば、とても性格が悪い。
リシアにとって、あの夜の彼は、【二度と会うことのない相手】だった。 だからこそ身を任せたのだというのに。
「少なくとも、俺にとって貴女は、特別なひとですし…。 カイト殿は俺が、貴女に言い寄ることを認めてくださいましたよ?」
時が、止まった気がした。
リシアは声も発せずに、信じ難い思いでシャルデル伯爵を見つめ返す。
誰が、誰に、言い寄ることを、誰が、認めたと?
リシアの表情に何を思ったのだろう。
シャルデル伯爵の表情が気遣わしげなものに変わった。
「ご存じなかった? 貴女の意に反さなければ、俺は何をしても構わないし、俺と貴女が、どういった関係になってもかまわない、というような趣旨だと理解しましたが」
「ここが貴女の部屋ですよ」
シャルデル伯爵に続いて扉を閉めずに室内に入ったリシアは、一瞬、言葉を失くした。
明らかに、女性用とわかる部屋だった。
使われている色・素材・意匠…全てを鑑みても、これはただの、客室ではない。 そう知れる。
「…こんなに立派な部屋、用意していただかなくてもいいのに」
その非難を、一応はぼかして伝えてみたのだが、返って来た答えはリシアの想像の斜め上を行った。
「一応配慮はしたのですよ? メイド頭などは、俺の寝室の隣の部屋を準備しようとしましたし、それならば俺は、いっそ俺の部屋へと」
「有り難く、ここを使わせていただきます」
メイド頭が、既婚女性を当主の部屋の隣室に泊まらせようとするなど、シャルデル伯爵家は一体どうなっているのか。
疲れながらも、リシアは気になっていたことを尋ねた。
「…お邸の方たちには、わたしのことを何と説明したのですか?」
「現在はレイナール夫人だが、いずれシャルデル伯爵夫人になる女性だから丁重に、と」
疲れているだけかと思ったが、目眩までしてきた。
目の前の男は、本気でそんなふざけた説明をしたのだろうか。
ああ、きっと、したのだろうけれど。
「それで、お邸の方たちは納得されたのですか?」
「俺が邸に女性を連れ込むのなど初めてですからね」
どうやら、シャルデル伯爵家の使用人たちはリシアを次期夫人候補だと認識しているらしい。 「現在はレイナール夫人だが」をもしかしたら、右から左に聞き流したのかもしれないが。
それよりも意外なのは、このシャルデル伯爵が、邸に女性を連れ込んだことがないということだ。
ちら、とリシアはシャルデル伯爵の美しく整った顔を盗み見る。
シャルデル伯爵は、とても人気がある。 一歩邸の外に踏み出せば、【シャルデル伯爵】の名を聞かないことの方が少ない。
家柄も良く、経済力もあり、加えてこの容姿。 そして、何より、女性の扱いに慣れている。 その男がどうして、女性を邸に連れ込むのが初めてだと言うのだろう。
人妻のリシアにちょっかいを出しているのも、戯れの延長のようなものなのだと思う。
もしくは、リシアを孕ませたのではないかと、気にしているか。
ふっと溜息をつけば、シャルデル伯爵がベッドサイドにトランクを置いて、リシアを振り返った。
「お気に召さないところがあれば、新調しますよ?」
まだ、シャルデル伯爵はリシアがこの部屋を良く思っていないようだというところに引っかかっているらしい。
だから、リシアは尋ねた。
「…新調したように見えるのは気のせいでしょうか?」
「…ここまで女性らしい部屋になっていると、黙っていてもわかってしまいますよね」
シャルデル伯爵は、悪戯を咎められた子どものように、少しだけ罰が悪そうに笑んだ。
通常客室は女性にも男性にも対応できるような造りになっている。
このようにあからさまに女性らしい部屋を客室とは呼ばない。
主を想定して作られた、その主のための部屋だ。
「わたしにそんなにお金をかけずともよいのです」
ぽろっと自分の口から零れた言葉に、リシアは他にも言っておかねばならないことがあったのを思い出す。
「あの、言おうと思っていたのですが、あんなにたくさんプレゼントをいただいても困ります。 特に、アクセサリーは…あんなに高価なもの。 お返ししようと思って持ってきたのです」
再会を果たしたあの日から、毎日リシアの暮らすレイナール新邸にはシャルデル伯爵からの贈り物が届く。
最初は花束だったから、本人が訪ねてこないだけマシか、と考えるようにしていた。
それがいつしかアクセサリーや宝石になり、リシアを閉口させている。
受け取るということは、相手に弱みを握られたり、借りを作ったりことになりそうで、受け取ることが怖い。
けれど、シャルデル伯爵はリシアのそのような気持ちは思いもよらないのだろう。
「貴女が必要ないのなら、捨ててくださればよろしい」
あっさりと、言った。
リシアが、面食らうほどに。
「な」
「貴女の為に用意したのです。 貴女に似合うと思ったから。 返していただいても、俺には用途がない」
どこか拗ねた様子で、シャルデル伯爵はふいと顔を逸らした。
その態度にリシアは、夫が「男としてのプライドもあるからもらっておきなさい」と言っていたことを思い出す。
今のは、そういうことなのだろうか。
なぜか、自分が悪いことをしたような気分になって、リシアはもごもごと口にする。
「では、有り難く頂戴しておきますけれど…」
リシアの言葉を受けて、シャルデル伯爵の顔がリシアに向いたので、リシアはその菫青石の瞳をじっと見つめた。
「お願いです、シャルデル伯爵。 これ以上の贈り物は、本当にお止めになって」
シャルデル伯爵は、是とも否とも答えずに、ただ、笑んだ。
「ディアヴェルですよ、リシア」
リシアの名を呼ぶシャルデル伯爵の声が甘くて、リシアは少しだけ語調を強めた。
「その呼び方も、お止めになって。 特別な仲に聞こえます」
「実際、特別な仲でしょう?」
シャルデル伯爵の切りかえしは、リシアの心情を慮ることはない。
あるいは、あの夜のことを、リシアと彼との間にあったことを意識させて、リシアの反応を見て楽しみたいのだろうか。
だとすれば、とても性格が悪い。
リシアにとって、あの夜の彼は、【二度と会うことのない相手】だった。 だからこそ身を任せたのだというのに。
「少なくとも、俺にとって貴女は、特別なひとですし…。 カイト殿は俺が、貴女に言い寄ることを認めてくださいましたよ?」
時が、止まった気がした。
リシアは声も発せずに、信じ難い思いでシャルデル伯爵を見つめ返す。
誰が、誰に、言い寄ることを、誰が、認めたと?
リシアの表情に何を思ったのだろう。
シャルデル伯爵の表情が気遣わしげなものに変わった。
「ご存じなかった? 貴女の意に反さなければ、俺は何をしても構わないし、俺と貴女が、どういった関係になってもかまわない、というような趣旨だと理解しましたが」
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