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【シャルデル伯爵の手中】
1.シャルデル伯爵の当惑
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ある日、恋敵――というか、想い人の夫――がシャルデル伯爵邸を訪れた。
執事からの報せを執務室で受けたときは、来たか、と思った。
理由は何となくわかるので、ディアヴェルは表情を引き締めて客間に向かう。
客間の扉を開けたディアヴェルは、意図して華やかな笑みを浮かべてソファに座るカイトに近づく。
「カイト殿、ようこそお越しくださいました」
「ディアヴェル殿、突然押し掛けて申し訳ないね」
一度ソファから腰を上げたカイトは、信じられないくらいに友好的に、ディアヴェルに笑みかける。
不覚にも、予想外の態度に、少々動揺した。
「ああ、いえ、どうぞ」
ディアヴェルが席を勧めれば、カイトはソファにもう一度腰を落ち着けた。
ディアヴェルもソファに座り、じっとカイトを見つめる。
白髪の混じりだした金髪に、自分と同じ菫青石の瞳。
顔立ちも整っており、穏やかに笑む様子からは、若い頃は相当に女性に人気があったのだろうと想像できる。
歳を重ねたからなのか、元からなのかはわからないが、穏やかで包容力がある大人の男といったふうだ。
自分とは、少々、タイプが違う。
だから、瞳の色が同じでも、容貌が似ているとは思われないだろう。
リシアの好みは、こういう男なのか、と思えば、焦げ付くような思いがする。
唯一の救いは、リシアとこの男の間に、肉体の関係はないということか。
ああ、いや、だからこそ逆に、性質が悪いとも言えるのだけれど。
「…ご用件は?」
静かにディアヴェルが問うも、やはり返ってくるのはにこやかな笑みだ。
「貴殿に頼みごとがあって」
あまりに平和な言葉に、ディアヴェルは思わず、目を瞬かせて相手を凝視してしまった。
「…カイト殿が、私に?」
確認すれば、カイトがきょとんとした表情になる。
「? その、拍子抜けという顔はどういうことだろう?」
どういうことだろう、と言われても。
ディアヴェルとしては、罵倒されるか釘を刺されるか、と覚悟をし、宣戦布告すら辞さない覚悟でいたのだから仕方ないだろう。
「ああ、いえ、私はてっきり、貴方の奥様に対する私の行動に、貴方が苦言を呈されにいらしたのかと」
二度目にリシアと別れたあの日から、ディアヴェルは毎日何かしらのプレゼントをレイナール新邸に送らせている。 メッセージもつけているはずなのだが、それに対する応答はない。
まあ、リシアらしいと言えばリシアらしい、とそのことは特に気にしていないが。
「ああ、リーシュへの贈り物攻撃か。 他人の妻へそれほど金銭と情熱を傾けずともいいだろうとは思うけれど、さほど悪いこととは捉えていないよ」
ディアヴェルは、表情が引き攣りそうになるのを耐えた。
カイトが大らかな性質なのもわかったが、今の言葉は嫌味にも取れる。
自分が深読みしすぎなのだろうか。
ディアヴェルは笑みを作ってカイトに返した。
「余裕ですね」
「あまりあれは物欲がないからな。 呆れ顔で頭を悩ませているよ。 金銭と情熱なら、未婚の令嬢にでも向ければいいのに、と」
今度こそ、笑顔が固まりそうになった。
笑顔を保ちはしたものの、今のは、牽制と取って間違いないだろうか?
「他人の妻でも、欲しいものは欲しいのです」
気づけば、腹から湧いた衝動のままに、言葉を発していた。
自分を抑制できなかったことに驚きつつ、ハッとして目の前の男を見る。
カイトは、相変わらず笑んでいた。
「夫を前にしてそれを言うのか?」
カイトの表情には、焦燥も、嫉妬もない。
ただただ、にこやかで穏やかなその様子は、【お前では相手にならない】とでも言われているかのようで、ディアヴェルの中にはっきりとした敵愾心が生まれる。
目の前の男の、菫青石の瞳を、真っ直ぐに見詰めた。
自分と同じ、菫青石の瞳を。
「いけませんか? 私は、リシアが欲しい」
一瞬、沈黙が満ちる。
緊張感に、肌がピリピリする気がしたのだが、それを破ったのはカイトだった。
ふっと、笑った。
その表情に、ディアヴェルは目を奪われる。
にこやかで穏やかな笑みではなく、思わず漏れたような、感情を伴った笑み。
それを見てしまえば、今までカイトの浮かべていた笑みが、カイトがこの世界で生きるための武装であり、標準装備なのだと知れる。
世間で認識されているよりも、そして、先ほどまで自分が思っていたよりも、このカイト・レイナールは掴めない男なのかもしれない。
カイトは、楽しそうに笑んだままで、驚くべき内容を口にした。
「シャルデルに望まれるのなら、それが一時の戯れでなければ構わないと思うよ」
「………は」
ディアヴェルは、そう返すのがやっとだった。
今、目の前の男は、ディアヴェルがリシア――目の前の男の妻――を口説いても構わない、と言ったのか。
それは、リシアが絶対にディアヴェルになびかない自信でもあるのか、それとも、妻をシャルデル伯爵家に売った方が利になるとでも考えているのか…。
けれど、カイトの表情はどうもそういった感じではない。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
ディアヴェルの当惑もなんのその、カイトはさくさくと話を進めようとする。
「そんな話をしに来たのではないのだった。 しばらく所用で邸を空けることになってね。 貴殿の迷惑でなければ、リーシュを預かってはもらえないだろうか?」
そんな話、とカイトがここまでの話を片づけたことも驚きだが、それ以上に…。
ディアヴェルは内心で頭を抱えた。
もしかすると、今目の前に座っているのは、ディアヴェルにとって今まで遭遇したことのない、未知の生物なのではないか。
そんな疑念さえ浮かんでくる。
執事からの報せを執務室で受けたときは、来たか、と思った。
理由は何となくわかるので、ディアヴェルは表情を引き締めて客間に向かう。
客間の扉を開けたディアヴェルは、意図して華やかな笑みを浮かべてソファに座るカイトに近づく。
「カイト殿、ようこそお越しくださいました」
「ディアヴェル殿、突然押し掛けて申し訳ないね」
一度ソファから腰を上げたカイトは、信じられないくらいに友好的に、ディアヴェルに笑みかける。
不覚にも、予想外の態度に、少々動揺した。
「ああ、いえ、どうぞ」
ディアヴェルが席を勧めれば、カイトはソファにもう一度腰を落ち着けた。
ディアヴェルもソファに座り、じっとカイトを見つめる。
白髪の混じりだした金髪に、自分と同じ菫青石の瞳。
顔立ちも整っており、穏やかに笑む様子からは、若い頃は相当に女性に人気があったのだろうと想像できる。
歳を重ねたからなのか、元からなのかはわからないが、穏やかで包容力がある大人の男といったふうだ。
自分とは、少々、タイプが違う。
だから、瞳の色が同じでも、容貌が似ているとは思われないだろう。
リシアの好みは、こういう男なのか、と思えば、焦げ付くような思いがする。
唯一の救いは、リシアとこの男の間に、肉体の関係はないということか。
ああ、いや、だからこそ逆に、性質が悪いとも言えるのだけれど。
「…ご用件は?」
静かにディアヴェルが問うも、やはり返ってくるのはにこやかな笑みだ。
「貴殿に頼みごとがあって」
あまりに平和な言葉に、ディアヴェルは思わず、目を瞬かせて相手を凝視してしまった。
「…カイト殿が、私に?」
確認すれば、カイトがきょとんとした表情になる。
「? その、拍子抜けという顔はどういうことだろう?」
どういうことだろう、と言われても。
ディアヴェルとしては、罵倒されるか釘を刺されるか、と覚悟をし、宣戦布告すら辞さない覚悟でいたのだから仕方ないだろう。
「ああ、いえ、私はてっきり、貴方の奥様に対する私の行動に、貴方が苦言を呈されにいらしたのかと」
二度目にリシアと別れたあの日から、ディアヴェルは毎日何かしらのプレゼントをレイナール新邸に送らせている。 メッセージもつけているはずなのだが、それに対する応答はない。
まあ、リシアらしいと言えばリシアらしい、とそのことは特に気にしていないが。
「ああ、リーシュへの贈り物攻撃か。 他人の妻へそれほど金銭と情熱を傾けずともいいだろうとは思うけれど、さほど悪いこととは捉えていないよ」
ディアヴェルは、表情が引き攣りそうになるのを耐えた。
カイトが大らかな性質なのもわかったが、今の言葉は嫌味にも取れる。
自分が深読みしすぎなのだろうか。
ディアヴェルは笑みを作ってカイトに返した。
「余裕ですね」
「あまりあれは物欲がないからな。 呆れ顔で頭を悩ませているよ。 金銭と情熱なら、未婚の令嬢にでも向ければいいのに、と」
今度こそ、笑顔が固まりそうになった。
笑顔を保ちはしたものの、今のは、牽制と取って間違いないだろうか?
「他人の妻でも、欲しいものは欲しいのです」
気づけば、腹から湧いた衝動のままに、言葉を発していた。
自分を抑制できなかったことに驚きつつ、ハッとして目の前の男を見る。
カイトは、相変わらず笑んでいた。
「夫を前にしてそれを言うのか?」
カイトの表情には、焦燥も、嫉妬もない。
ただただ、にこやかで穏やかなその様子は、【お前では相手にならない】とでも言われているかのようで、ディアヴェルの中にはっきりとした敵愾心が生まれる。
目の前の男の、菫青石の瞳を、真っ直ぐに見詰めた。
自分と同じ、菫青石の瞳を。
「いけませんか? 私は、リシアが欲しい」
一瞬、沈黙が満ちる。
緊張感に、肌がピリピリする気がしたのだが、それを破ったのはカイトだった。
ふっと、笑った。
その表情に、ディアヴェルは目を奪われる。
にこやかで穏やかな笑みではなく、思わず漏れたような、感情を伴った笑み。
それを見てしまえば、今までカイトの浮かべていた笑みが、カイトがこの世界で生きるための武装であり、標準装備なのだと知れる。
世間で認識されているよりも、そして、先ほどまで自分が思っていたよりも、このカイト・レイナールは掴めない男なのかもしれない。
カイトは、楽しそうに笑んだままで、驚くべき内容を口にした。
「シャルデルに望まれるのなら、それが一時の戯れでなければ構わないと思うよ」
「………は」
ディアヴェルは、そう返すのがやっとだった。
今、目の前の男は、ディアヴェルがリシア――目の前の男の妻――を口説いても構わない、と言ったのか。
それは、リシアが絶対にディアヴェルになびかない自信でもあるのか、それとも、妻をシャルデル伯爵家に売った方が利になるとでも考えているのか…。
けれど、カイトの表情はどうもそういった感じではない。
何を考えているのか、さっぱりわからない。
ディアヴェルの当惑もなんのその、カイトはさくさくと話を進めようとする。
「そんな話をしに来たのではないのだった。 しばらく所用で邸を空けることになってね。 貴殿の迷惑でなければ、リーシュを預かってはもらえないだろうか?」
そんな話、とカイトがここまでの話を片づけたことも驚きだが、それ以上に…。
ディアヴェルは内心で頭を抱えた。
もしかすると、今目の前に座っているのは、ディアヴェルにとって今まで遭遇したことのない、未知の生物なのではないか。
そんな疑念さえ浮かんでくる。
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