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【レイナール夫人の回想】

3.レイナール夫人の初夜③ *

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 ずるり、と引き抜かれる男を感じながら、リシアもそっとお腹に手をやった。
 これで、根付けばよいのだけれど。
 世の中の夫婦が、とても大変な思いをして子どもを授かっているのだけは、わかった。


「あの…ありがとう、ございます…」
 我に返る、というのか。
 身体の熱が引いて、頭が冷えれば、とんでもないことをしてしまった、と羞恥に熱くなる。
 けれど、欲しいものを与えてくれた人にお礼は言わなければ、とリシアは羞恥を押し殺した。


 さっと男に背を向けて、ベッドから下りようとすると、背後から伸びた腕がリシアの身体に絡みつく。
「それは、俺の台詞ですが」
「え?」
「すごく、気持ちよかった。 貴女は可愛いし、俺の好みだし。 こんなに気持ちよかったのは初めてだ…」
 ちゅ、ちゅ、と首と肩の付け根あたりに口づけを降らされる。


 ぞわぞわするのに耐えていると、ふっと耳に甘い声が吹き込まれた。
「ただ、貴女の達き顔を見損ねたのだけが、心残りですが」
 言葉の意味はよくわからないが、とても恥ずかしいことを言われたような気がする。
 それでもやはり、お礼を言わねばと思う、自分の真面目さが恨めしい。
「…とても、優しく…丁寧に、大切にしてもらったのはわかりましたから…。 ありがとうございます。 正直、不安だったけれど…貴方で、よかった」


 このひとでなければ、途中で逃げ出していたかもしれない、とすら思う。
 逃げ出さずにいられた理由が、男の髪と瞳の色だけではないような気がしたのだ。


「俺も」
 そう言った男が、リシアの耳にちゅっと口づける。
 高級男娼は、こういったサービスにも余念がないようだ。


「貴女が男を知らなくて…初めてに俺を選んでくれて、感じてくれて、すごく嬉しい」
 男の腕の中が心地よくて、リシアは動けなくなるのでは、という恐怖を抱いた。
 だから、男の腕を解いて、ベッドから下りて、下着とドレスを身につけ始める。 ずき、と身体の中心が痛む気がするが、月の障りの痛みと思うことにする。


 リシアが衣類を身につけているのを、男はきっとじっと眺めているのだろう。
 この、肌がざわつくような、落ち着かないちくちくとする感じは、視線のような気がしたのだ。


「…もう少し、ゆっくりして行かれればいいのに。 身体、つらくはありませんか?」
 男の声が、心配そうに揺れる。
 リシアの身体の心配など、してくれなくていいのに。


 どうせ、もう、二度と会うことはないのだから。


「人を、待たせているのです」
 リシアは、振り返らずに応じた。 意図的に、素っ気ない言い方を選んだ。
 しん、と室内が静かになる。
 気まずくて、早くこの部屋を出て行こう、と思ったときだ。


「………可愛いひと」


 男の声が、そんな言葉を紡いだ。
 思わず振り返ってしまえば、男は菫青石の瞳で真っ直ぐにリシアを見つめている。
 それが、居心地が悪い。


 男の口からなかなか続く言葉が出てこないので、リシアはベッドの上に放り出されている仮面に手を伸ばす。
 すると、仮面に触れたリシアの手に、男の手が重ねられた。


「………名前、を………、教えてはくださらない?」


「え」
 リシアは、目を見張った。
 どうして、そんなことを、聞くのか。
 真っ直ぐに、菫青石の瞳が見つめてくる。


「貴女は、どこの、誰? また、俺と会ってはくださらない?」
 そう、問われて、リシアの頭はすーっと冷える。
 冷静に、なった。


 …ああ、なるほど。 リシアの素性を探っているのか。
 なるべく地味なものを身につけて来たはずだが、こういうところに出入りするのはそもそも、裕福な家の人間だ。
 リシアが客になるとでも思っているのだろうか。
 だから、リシアは首を横に振る。


 そうすれば、男は肩を竦めて目を伏せる。 ふっと息を吐いたようだった。
「今日のところは諦めましょう。 ですが、もし…また、貴女とお会いすることがあったなら、俺は遠慮しませんよ」
 瞼が持ち上がり、菫青石の瞳が、射抜くように強い眼差しをリシアに向ける。


「欲しいものは欲しい。 こんなに強く欲しいと思うものも初めてだ。 絶対に手に入れますから、覚悟なさって?」
 リシアは、男の言う、【手に入れる】がどういう意味なのか、図りかねた。
「でも、わたしは」


 夫のいる身だと、伝えようとした。
 それを口にできなかったのは、遮られたから。
 …果たして、それだけだっただろうか。


「では、こうしましょう」
 男は、優雅な笑みを浮かべた。
 あれは、勝つことに慣れた、支配する者の笑み。


「再び出逢うことがあったなら、運命だと諦めてくださいね?」



 *†*:..。..。..:*†*:..。..。..:*†*:..。..。..:*†*


 戯言だと、思っていた。
 けれど、リシアは今、目の前にその運命の男を見ている。
 そして、自分らしくない夢見がちな乙女のような考えが、頭の中を過った。


 カイトと血が繋がっていないのに、カイトと同じ色彩を持った、この男に出逢えたことがまず、運命なのかもしれないと。

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