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第四部 鏡面の裏
55.シャンテウ空域会戦(5)蛇の吐息
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――今から言う船隊の運用を要求します……。お願いしたいのは――。
ケリーさんがマイクを使って話をしていた。
相手は、機士団長さんらしい。わたしを含む、周囲の乗務員たちは聞き耳を立てている。ケリーさんの話している内容は、なにか現実味がなく……と言うより「えっ? これからそれやるんですか?」みたいな内容。そう……ここは戦場だった(泣)。
ケリーさんは、一旦マイクから口を離したが、コンソールに付いている別のボタンを押し、再度マイクを通じて話しはじめた。内容は、先ほど団長さんと話していたことと同じだったが、所々で別の内容も付け加える。
ケリーさんがマイクを切った。
「それではさやかさん。準備ができ次第、そこの席に着いてください。ベルトはちゃんと肩からしてくださいね。激しく揺れることになりますから」
「あっ、はい!」
わたしは急いでお手洗いを済ませ、水とエネルギーバー(仮)を準備してから席に座った。身体を固定するシートベルトも忘れない。
……よし。これで大丈夫!(仮)
「では、開始してください」
ケリーさんが、マイクに向かってそう言うと、ブリッジの右手、下の方から煙が上がったのが見えた。それはハンガーの整備員が細工してあげたものだった。これで被弾したように見えるはず(仮)。
「アロンゾ、低速で前進。続いて機関室、降下開始!」
ガクン!
ケリーさんの号令と共に、アロンゾが少し前へ進んで降下をはじめた。
ガックン!
「えっ?」
(きゃ――!!!)
だがそれは……降下というよりも急降下……。いや……落下に見せかけるための『落下』そのもの……。
アロンゾはどんどん降下して行く。落下速度は上がり、わたしの身体に下からの圧力がかかる。シートベルトがなかったら、とうに頭を天井にぶつけていたことだろう。
ジッと我慢の子。クールに見えるであろうわたしの心の中では「おっ、おっ、おじるぅ~!」と叫んでいるのでありました。
地表に近づい(落ち)ていくアロンゾ……。
「まだです。もう少し……」
ケリーさんがマイク越しに話す。ケリーさんの顔色は変わらず冷静な感じだ。(今怖くて、わたしの涙が少量、上に向かって流れました……)
前(下?)を見ると、地上で動いている戦車らしき車両が見えた。
「今です! 急上昇! さやかさん!」
「はいっいぃ~!」
わたしの両手は、目の前のコンソールから出ているレバーを掴んでいた。わたしはそこからアロンゾの出力機関に向かってオーラを放つ。なんとなく場所はわかっている。細い線のようなオーラをアロンゾの各部署に張り巡らしていたからだ。
「いっけぇぇえええ――!」
総舵手の女性。アンナマリーさんの掛け声が聞こえた。名前は本人から教えてもらったが、たぶん、わたしよりも若いだろう。彼女が懸命に操縦桿を引っ張っている。
今度は、船体が急上昇したことによる圧力が上から降ってきた。あまりの圧力に一瞬気持ち悪くなる。
(口から光が零れるぅ~!)
それをこらえながら、わたしは自分のオーラを供給し続けた。
アロンゾの船体を地上スレスレで戻すことに成功。その瞬間、あまりのことだったのか、地上では多くの兵隊さんたちが、腰を抜かして地面に座り込んでいるのが見えた。
(それは怖かろう……。わたしだったら間違いなく腰が砕けている……)
アロンゾは、地表からあまり上昇せずに進む。
しばらく進み前方を見ると、谷のようなものが見えた。谷と言ってもV字ではなく、左右が直角で門のようだった。
アロンゾはその谷間に突入する。まるで左右が壁と壁に挟まれているような細い道。そのスキマはアロンゾ3隻分くらいしかない。谷のいたる所からは木々が伸びている。
時々、アロンゾの両側面から伸びているアームの先端が木に当たったり、谷の壁を擦る……。たまに、鳥や虫らしき物体がブリッジの正面窓に追突する。弾かれるだけなら良いが、中には「グシャ!」と窓に跡が付く。
(グロい……)
アンナマリーさんが、額から汗を流しながら操縦していた。さすがにここでは速度は出せないので慎重に操縦している。
「ケリーさんは、この場所を知っていたのですか?」
わたしは何気に聞いてみた。ちなみに今は低速なので、オーラを流す業務は休憩中......。
ケリーさんが、わたしをチラッと見る。
「あれ? アキト隊長言ってなかったんですね。この辺りから少し行けば、アキト隊長のご実家があるブルハーン領ですよ。僕もそこの人間なので、この辺にはわりと詳しいのです」
(ええと……まったく聞いておりません)
わたしは首をかしげて「No!」という表情で答える。
それを見て、ケリーさんは申し訳なさそうに右手を上に挙げて首と一緒に振る。
谷は、クネクネと蛇のように蛇行していた。
「この谷は、形状から『蛇道』と呼ばれています」
ケリーさんは、わたしを安心させるように教えてくれた。
「そうなんですね。そう言えばわたしの知ってる所にもクネクネと曲がる『蛇道』と呼ばれる道があります」
東京都台東区にある『蛇道』。その近くには『谷中』と呼ばれる地名があったな……。
(谷の中か……)
「アンナマリー。低空のまま、さらに速度を落としてください。例のタイミングに合わせます」
「はい!」
アンナマリーの元気な声がブリッジに響く。
「総員、自身の周りに気を付けてください。ここからは激戦となります。ベルトも再確認願います」
ケリーさんはマイクに向かってそう言った。
「あとは、団長を信じるだけです……」
ダルマ機士団長マルセル・ロイナーは、駆逐船アロンゾの整備員ケリー・サーバインからの策を聞いた。
戦時下とはいえ、臨時で許可された駆逐船の船長。しかも、一回の整備員の言うことを聞くなど通常ではありえない。
だが、ケリー・サーバインを取り巻く環境は特別だった。それを知るのはわずか5人。
彼とザッシュ・マイン。今は亡きケリーの師であるゲルマリック・プレイル。ブルハーン家当主。そして最後の一人が重要で、それは現アルパチア国王ケンネリウスだった。
この会戦の作戦案は、表向き総団長である王国第二王子のグラティノスと、その幕僚たちから出ているが、裏の作戦案はザッシュから出たものである。ザッシュの作戦案はマルセル・ロイナーを通じて国王から許可された。そして、この裏の作戦案に必要不可欠な要素がケリー・サーバインだった。
前線に、アラゴの全船隊が突入してきた時点で、圧倒的に不利な状況に陥った。このままだと、ザッシュ案が成功する前に戦線が崩壊してしまう。だからこそ、マルセル・ロイナーはケリーの案を採用することにした。
前線に突入してきたアラゴ船隊は、紡錘陣形を取って、空域中央部に布陣していたアルパチア本隊。シャクティ機士団へ攻撃をしかけてきた。
アルパチア側から見て、右翼のタイシャク機士団は、その攻撃から本隊を守るべく、船隊を中央側に移動。シャクティ船隊の前へ出て、敵に対する壁となったが、アラゴ船隊はそのままタイシャク船隊へ突入。タイシャク船隊を食い破る。その攻撃により、タイシャク船隊は旗船が小破。駆逐船2隻が大破で、2隻が中破。戦える船は機船である巡洋船と、駆逐船が2隻のみとなる。
とは言え、アラゴ船隊の進行方向を変えることには成功したので、シャクティ機士団の正面中央から突入されることはなく、アラゴ船隊はアルパチア側から見て、シャクティ船隊の左側へ逸れた。
アラゴ船隊は、そのまま速度を上げて前進するように見える。戦術上、そのままシャクティ船隊の左側面から後方へ回れば、後から追い付いていたシャルメチアの船隊と、前後からの挟撃が可能になるからだ。
元々、シャクティ船隊の左翼にはダルマ船隊が布陣していたが、今はシャルメチアの右翼船隊と戦っており、嵐のように動くアラゴ船隊に対応できるようには見えない。
アラゴ船隊は、ダルマ・シャクティ両船隊の間を前進して通過するかに見えた。
しかし、アラゴ船隊は途中で逆噴射をかけて、そのまま左方向へ、90度の急速旋回を開始する。
アラゴ船隊の目的は、シャクティ船隊の後方へ回ることではなく、シャクティ機士団の左側面からの再突入であった。
シャクティ船隊から見て右側。アラゴ船隊から見て、前方シャクティ船隊の奥向こうには、シャルメチアの左翼船隊が向かってきており、残存のタイシャク船隊と、シャクティ船隊の右側面へ攻撃を加えている。これによって、シャクティ船隊は両側から挟撃されるはずだった。
『今だ! 全船(撃)てー!』
マルセル・ロイナーの掛け声と共に、ダルマ機士団全船からの砲撃がアラゴ船隊の後方へ向けて放たれる。アラゴ船隊の左旋回が完了したタイミングでの砲撃だった。
通常なら、素早く移動するアラゴ船隊の動きに、タイミングを合わせて砲撃を加えるなど到底不可能な話だった。
だが、マルセル・ロイナーには、事前からそれがわかっていた。なので、アラゴ船隊が旋回するタイミングに合わせて、ダルマ船隊も右方向へ旋回。砲撃の射線を敵船隊の後方へもっていくことができたのだ。
「あのサージアのヒヨッ子は、この展開が読めたのか……。末恐ろしいことだな」
マルセル・ロイナーが口にする。
「ダルマ船隊、前進せよ! 砲撃の手を緩めるな!」
この号令と共に、今度はダルマ船隊が、アラゴ船隊の後方へ向かって船隊を移動させる。
「船長、どうしやす?」
アラゴ船隊。レンダ機士団の旗船である戦船バンシールのブリッジで、乗務員に問われる船長。
「どうにもこうにも、こうなってはそのまま前進するしかあるまいて。この位置に留まっていたら後ろから食い破られる……。全船前方に向けて前進!」
船長は、ため息を吐いて椅子に座り直す。
「それにしても、後ろの船隊と戦っていたシャルメチア船隊はどうした? やられたのか?」
事実、シャルメチアの右翼船隊はダルマ船隊によって多大な被害を受けていた。そして、その被害により、ダルマ船隊を追うことができない状態だったのだ。
ダルマ船隊に後方から攻撃され、押される形になったアラゴ船隊はそのまま前進する。アラゴ船隊に押される形になったシャクティ船隊は、反撃できる状況ではなく、弾けるように分散した。その奥にいたシャルメチア船隊は状況を呑み込めず、突入してくるアラゴ船隊に押される形となる。
結果的に、前線にいた敵船隊の大部分が、ダルマ船隊に押し込まれる形で奥側に。当初の形で言えば、シャルメチア軍左翼の奥にまで戦場が移動した。
そして、その奥には『蛇道』と呼ばれる谷の出口が存在する。
「慌てるな! いくら押し込まれようと全体の優位は変わらん! 一旦集結せよ!」
シャルメチア船隊の司令官らしき人物が声を荒げる。
だが、そのとき船体が大きく揺れた。
「「「なんだ? どうした!」」」
周囲にいる船も、全てが同じように揺れている。
揺れはだんだん大きくなり、船の制御が取れなくなっていた。
それは谷から近いシャルメチア船隊から始まり、シャクティ船隊を通過したアラゴ船隊へも移る。
「どうした! なぜこんなに揺れる?」
アラゴ船隊。バンシールの船長が叫ぶ。
「左奥側から風が! 強風が襲ってきます!」
周囲に見える船が、バランスをとれずに強風に流される。
「チッ! 全船纏まるな! 離れろ。巻き込まれるぞ!」
それは、戦場の様相を大きく変えていた。
強風にあおられて、制御できない船体。近くの船どうしが衝突する。
制御できないベイスタが、近くの駆逐船に衝突。強風による強さも加わり、お互いに爆散する。
アラゴ船隊は、紡錘陣形を取り纏まっていたせいでさらに混乱した。
「一旦陣形を解く。全船散開!」
機人も例外ではなくバランスが取れない。できるのは強風が届かない場所へ移動することだった。
「こんな強風が来るなんて聞いてないぞ! わぁ!」
船内で身体を固定していない者は、船内を転がる。隔壁にぶつかる。中には外へ放り出された者もいた。
強風の正体。それは、シャルメチア船隊の奥側にある谷。『蛇道』から吹き出していたのだ。
アルパチア各船隊はシャルメチア・アラゴより『蛇道』から離れている分、影響は少なく、敵が混乱しているそのスキに合流をはたそうとしている。
今だ混乱が収まらないシャルメチア・アラゴ両船隊のいた辺りは、強風のせいで中央から真っ二つに分断されていた。まるで……一本の長い蛇のような道が空にできている。
そして、そのときがやってきた。
『蛇道』の奥から、強風と共に一隻の駆逐船が飛び出してきたのだ。
ケリーさんがマイクを使って話をしていた。
相手は、機士団長さんらしい。わたしを含む、周囲の乗務員たちは聞き耳を立てている。ケリーさんの話している内容は、なにか現実味がなく……と言うより「えっ? これからそれやるんですか?」みたいな内容。そう……ここは戦場だった(泣)。
ケリーさんは、一旦マイクから口を離したが、コンソールに付いている別のボタンを押し、再度マイクを通じて話しはじめた。内容は、先ほど団長さんと話していたことと同じだったが、所々で別の内容も付け加える。
ケリーさんがマイクを切った。
「それではさやかさん。準備ができ次第、そこの席に着いてください。ベルトはちゃんと肩からしてくださいね。激しく揺れることになりますから」
「あっ、はい!」
わたしは急いでお手洗いを済ませ、水とエネルギーバー(仮)を準備してから席に座った。身体を固定するシートベルトも忘れない。
……よし。これで大丈夫!(仮)
「では、開始してください」
ケリーさんが、マイクに向かってそう言うと、ブリッジの右手、下の方から煙が上がったのが見えた。それはハンガーの整備員が細工してあげたものだった。これで被弾したように見えるはず(仮)。
「アロンゾ、低速で前進。続いて機関室、降下開始!」
ガクン!
ケリーさんの号令と共に、アロンゾが少し前へ進んで降下をはじめた。
ガックン!
「えっ?」
(きゃ――!!!)
だがそれは……降下というよりも急降下……。いや……落下に見せかけるための『落下』そのもの……。
アロンゾはどんどん降下して行く。落下速度は上がり、わたしの身体に下からの圧力がかかる。シートベルトがなかったら、とうに頭を天井にぶつけていたことだろう。
ジッと我慢の子。クールに見えるであろうわたしの心の中では「おっ、おっ、おじるぅ~!」と叫んでいるのでありました。
地表に近づい(落ち)ていくアロンゾ……。
「まだです。もう少し……」
ケリーさんがマイク越しに話す。ケリーさんの顔色は変わらず冷静な感じだ。(今怖くて、わたしの涙が少量、上に向かって流れました……)
前(下?)を見ると、地上で動いている戦車らしき車両が見えた。
「今です! 急上昇! さやかさん!」
「はいっいぃ~!」
わたしの両手は、目の前のコンソールから出ているレバーを掴んでいた。わたしはそこからアロンゾの出力機関に向かってオーラを放つ。なんとなく場所はわかっている。細い線のようなオーラをアロンゾの各部署に張り巡らしていたからだ。
「いっけぇぇえええ――!」
総舵手の女性。アンナマリーさんの掛け声が聞こえた。名前は本人から教えてもらったが、たぶん、わたしよりも若いだろう。彼女が懸命に操縦桿を引っ張っている。
今度は、船体が急上昇したことによる圧力が上から降ってきた。あまりの圧力に一瞬気持ち悪くなる。
(口から光が零れるぅ~!)
それをこらえながら、わたしは自分のオーラを供給し続けた。
アロンゾの船体を地上スレスレで戻すことに成功。その瞬間、あまりのことだったのか、地上では多くの兵隊さんたちが、腰を抜かして地面に座り込んでいるのが見えた。
(それは怖かろう……。わたしだったら間違いなく腰が砕けている……)
アロンゾは、地表からあまり上昇せずに進む。
しばらく進み前方を見ると、谷のようなものが見えた。谷と言ってもV字ではなく、左右が直角で門のようだった。
アロンゾはその谷間に突入する。まるで左右が壁と壁に挟まれているような細い道。そのスキマはアロンゾ3隻分くらいしかない。谷のいたる所からは木々が伸びている。
時々、アロンゾの両側面から伸びているアームの先端が木に当たったり、谷の壁を擦る……。たまに、鳥や虫らしき物体がブリッジの正面窓に追突する。弾かれるだけなら良いが、中には「グシャ!」と窓に跡が付く。
(グロい……)
アンナマリーさんが、額から汗を流しながら操縦していた。さすがにここでは速度は出せないので慎重に操縦している。
「ケリーさんは、この場所を知っていたのですか?」
わたしは何気に聞いてみた。ちなみに今は低速なので、オーラを流す業務は休憩中......。
ケリーさんが、わたしをチラッと見る。
「あれ? アキト隊長言ってなかったんですね。この辺りから少し行けば、アキト隊長のご実家があるブルハーン領ですよ。僕もそこの人間なので、この辺にはわりと詳しいのです」
(ええと……まったく聞いておりません)
わたしは首をかしげて「No!」という表情で答える。
それを見て、ケリーさんは申し訳なさそうに右手を上に挙げて首と一緒に振る。
谷は、クネクネと蛇のように蛇行していた。
「この谷は、形状から『蛇道』と呼ばれています」
ケリーさんは、わたしを安心させるように教えてくれた。
「そうなんですね。そう言えばわたしの知ってる所にもクネクネと曲がる『蛇道』と呼ばれる道があります」
東京都台東区にある『蛇道』。その近くには『谷中』と呼ばれる地名があったな……。
(谷の中か……)
「アンナマリー。低空のまま、さらに速度を落としてください。例のタイミングに合わせます」
「はい!」
アンナマリーの元気な声がブリッジに響く。
「総員、自身の周りに気を付けてください。ここからは激戦となります。ベルトも再確認願います」
ケリーさんはマイクに向かってそう言った。
「あとは、団長を信じるだけです……」
ダルマ機士団長マルセル・ロイナーは、駆逐船アロンゾの整備員ケリー・サーバインからの策を聞いた。
戦時下とはいえ、臨時で許可された駆逐船の船長。しかも、一回の整備員の言うことを聞くなど通常ではありえない。
だが、ケリー・サーバインを取り巻く環境は特別だった。それを知るのはわずか5人。
彼とザッシュ・マイン。今は亡きケリーの師であるゲルマリック・プレイル。ブルハーン家当主。そして最後の一人が重要で、それは現アルパチア国王ケンネリウスだった。
この会戦の作戦案は、表向き総団長である王国第二王子のグラティノスと、その幕僚たちから出ているが、裏の作戦案はザッシュから出たものである。ザッシュの作戦案はマルセル・ロイナーを通じて国王から許可された。そして、この裏の作戦案に必要不可欠な要素がケリー・サーバインだった。
前線に、アラゴの全船隊が突入してきた時点で、圧倒的に不利な状況に陥った。このままだと、ザッシュ案が成功する前に戦線が崩壊してしまう。だからこそ、マルセル・ロイナーはケリーの案を採用することにした。
前線に突入してきたアラゴ船隊は、紡錘陣形を取って、空域中央部に布陣していたアルパチア本隊。シャクティ機士団へ攻撃をしかけてきた。
アルパチア側から見て、右翼のタイシャク機士団は、その攻撃から本隊を守るべく、船隊を中央側に移動。シャクティ船隊の前へ出て、敵に対する壁となったが、アラゴ船隊はそのままタイシャク船隊へ突入。タイシャク船隊を食い破る。その攻撃により、タイシャク船隊は旗船が小破。駆逐船2隻が大破で、2隻が中破。戦える船は機船である巡洋船と、駆逐船が2隻のみとなる。
とは言え、アラゴ船隊の進行方向を変えることには成功したので、シャクティ機士団の正面中央から突入されることはなく、アラゴ船隊はアルパチア側から見て、シャクティ船隊の左側へ逸れた。
アラゴ船隊は、そのまま速度を上げて前進するように見える。戦術上、そのままシャクティ船隊の左側面から後方へ回れば、後から追い付いていたシャルメチアの船隊と、前後からの挟撃が可能になるからだ。
元々、シャクティ船隊の左翼にはダルマ船隊が布陣していたが、今はシャルメチアの右翼船隊と戦っており、嵐のように動くアラゴ船隊に対応できるようには見えない。
アラゴ船隊は、ダルマ・シャクティ両船隊の間を前進して通過するかに見えた。
しかし、アラゴ船隊は途中で逆噴射をかけて、そのまま左方向へ、90度の急速旋回を開始する。
アラゴ船隊の目的は、シャクティ船隊の後方へ回ることではなく、シャクティ機士団の左側面からの再突入であった。
シャクティ船隊から見て右側。アラゴ船隊から見て、前方シャクティ船隊の奥向こうには、シャルメチアの左翼船隊が向かってきており、残存のタイシャク船隊と、シャクティ船隊の右側面へ攻撃を加えている。これによって、シャクティ船隊は両側から挟撃されるはずだった。
『今だ! 全船(撃)てー!』
マルセル・ロイナーの掛け声と共に、ダルマ機士団全船からの砲撃がアラゴ船隊の後方へ向けて放たれる。アラゴ船隊の左旋回が完了したタイミングでの砲撃だった。
通常なら、素早く移動するアラゴ船隊の動きに、タイミングを合わせて砲撃を加えるなど到底不可能な話だった。
だが、マルセル・ロイナーには、事前からそれがわかっていた。なので、アラゴ船隊が旋回するタイミングに合わせて、ダルマ船隊も右方向へ旋回。砲撃の射線を敵船隊の後方へもっていくことができたのだ。
「あのサージアのヒヨッ子は、この展開が読めたのか……。末恐ろしいことだな」
マルセル・ロイナーが口にする。
「ダルマ船隊、前進せよ! 砲撃の手を緩めるな!」
この号令と共に、今度はダルマ船隊が、アラゴ船隊の後方へ向かって船隊を移動させる。
「船長、どうしやす?」
アラゴ船隊。レンダ機士団の旗船である戦船バンシールのブリッジで、乗務員に問われる船長。
「どうにもこうにも、こうなってはそのまま前進するしかあるまいて。この位置に留まっていたら後ろから食い破られる……。全船前方に向けて前進!」
船長は、ため息を吐いて椅子に座り直す。
「それにしても、後ろの船隊と戦っていたシャルメチア船隊はどうした? やられたのか?」
事実、シャルメチアの右翼船隊はダルマ船隊によって多大な被害を受けていた。そして、その被害により、ダルマ船隊を追うことができない状態だったのだ。
ダルマ船隊に後方から攻撃され、押される形になったアラゴ船隊はそのまま前進する。アラゴ船隊に押される形になったシャクティ船隊は、反撃できる状況ではなく、弾けるように分散した。その奥にいたシャルメチア船隊は状況を呑み込めず、突入してくるアラゴ船隊に押される形となる。
結果的に、前線にいた敵船隊の大部分が、ダルマ船隊に押し込まれる形で奥側に。当初の形で言えば、シャルメチア軍左翼の奥にまで戦場が移動した。
そして、その奥には『蛇道』と呼ばれる谷の出口が存在する。
「慌てるな! いくら押し込まれようと全体の優位は変わらん! 一旦集結せよ!」
シャルメチア船隊の司令官らしき人物が声を荒げる。
だが、そのとき船体が大きく揺れた。
「「「なんだ? どうした!」」」
周囲にいる船も、全てが同じように揺れている。
揺れはだんだん大きくなり、船の制御が取れなくなっていた。
それは谷から近いシャルメチア船隊から始まり、シャクティ船隊を通過したアラゴ船隊へも移る。
「どうした! なぜこんなに揺れる?」
アラゴ船隊。バンシールの船長が叫ぶ。
「左奥側から風が! 強風が襲ってきます!」
周囲に見える船が、バランスをとれずに強風に流される。
「チッ! 全船纏まるな! 離れろ。巻き込まれるぞ!」
それは、戦場の様相を大きく変えていた。
強風にあおられて、制御できない船体。近くの船どうしが衝突する。
制御できないベイスタが、近くの駆逐船に衝突。強風による強さも加わり、お互いに爆散する。
アラゴ船隊は、紡錘陣形を取り纏まっていたせいでさらに混乱した。
「一旦陣形を解く。全船散開!」
機人も例外ではなくバランスが取れない。できるのは強風が届かない場所へ移動することだった。
「こんな強風が来るなんて聞いてないぞ! わぁ!」
船内で身体を固定していない者は、船内を転がる。隔壁にぶつかる。中には外へ放り出された者もいた。
強風の正体。それは、シャルメチア船隊の奥側にある谷。『蛇道』から吹き出していたのだ。
アルパチア各船隊はシャルメチア・アラゴより『蛇道』から離れている分、影響は少なく、敵が混乱しているそのスキに合流をはたそうとしている。
今だ混乱が収まらないシャルメチア・アラゴ両船隊のいた辺りは、強風のせいで中央から真っ二つに分断されていた。まるで……一本の長い蛇のような道が空にできている。
そして、そのときがやってきた。
『蛇道』の奥から、強風と共に一隻の駆逐船が飛び出してきたのだ。
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