ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第四部 鏡面の裏

51.はじまりの前

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 駆逐船アロンゾの中。アキトは、機士用の狭い個室で目を覚ました。居住空間の狭い駆逐船で、畳二畳ほどの空間といえども、個室を使えるのは船長と機士の二人だけだ。船の指揮をする船長はもちろんだが、最大戦力である機人をる機士は、あらゆる面で優遇されている。

 アキトはベッドから起き上がり、右手を額に当ててため息をつく……。

 彼は、さやかの世界でのことを思い出していた。

 教団本部への強制捜査。突然現れたトモーラと、テレビ画面から見た原子炉事故。

 続いて出現した神官と思われる白いローブの女性と、その圧倒的なオーラ。

 そしてその女性は、最後トモーラに排除されたのだ。

 その後に起こった原子力エネルギーの消滅と、代田が起こしたオーラの光……。

 結局のところ……なぜああなったのか……。肝心なことは不明なままだ。

 アキトには、将人が病室から出ていったあとの記憶がない。推測するにさやかの前で寝てしまい、消えてしまったとしか考えられなかった……。

 次にさやかに会えるとしたら、この会戦が終結したあとだろう。

 だがそれは、生きて戻ればの話だ。

「なさけない……俺はさやかに対して、なんの言葉もかけることができなかった……」

 アキトは悔しさを感じながら狭い個室を出ると、目の前に広がる天空が視界に入った。

 すでに、太陽が現れはじめているので周囲は明るい。

 身体で感じられる巡航速度。空の向こうに、同じ船隊の駆逐船が見えた。

 船体外側に面している通路を進むと、アロンゾの胴体部から外側に伸びているアームが見える。その先端には、ぶら下がるようにしてオハジキが係留けいりゅうされていた。

 そのままアロンゾの両端に、大きく開かれているハッチからハンガーへ入ると、すでに動いている整備員が数人見える。

「あっ!」

 突如聞こえたその声がした方向に顔を向けると、ジャマールがいた。

「どうしたジャマール、その俺を見て気まずそうな声は?」
「えっと……」

 ジャマールがアキトから目を離し、知らないふりをするようにどこかに行こうとした。

 アキトは素早く右手を伸ばし、逃げようとしたジャマールのえりぐりを掴む。

「なんだ、その行動は?」
「なんでもな……いで……」

 ジャマールはアキトのほうを見ずにしらばっくれようとしたが、ほかの声が耳に届く。

「ジャマールさ~ん! 追加でお願いした緑ロンブリーグリスは持ってきて……」

 アキトはその声に「ん?」と感じながら、聞こえた方向に素早く顔を向けた。

「くれま……」

 声を放った彼女がこちらに顔を向けたアキトに気づく。

「えっと……おはよう……ございます……」
「「…………」」

 そこにはさやかがいた。アキトを見た彼女は目線をそらし、気まずそうな顔つきになる。

 アキトはさやかのほうに、勢いよく近づく。

 近づくにつれ、彼女の表情が引きつる。

「えっ! ご……ごめんなさ……い……。えっ?」

 その瞬間、アキトは両腕でさやかを抱きしめていた。

「「…………」」

 彼は心の奥底で叫ぶ。「本当に俺は大馬鹿だ。なにがさやかを守るだ。さやかはいつも自分自身で動き、困難を乗り越えている。行き当たりばったりの俺とは違う。それなのに……なのに……ん? なのに???」

 アキトは抱きしめた両腕を一瞬でさやかから引き離し、そして口にだす。

「ちょっと待て、なんでさやかがここにいる? 確か……基地で別れたはずだよな?」

 アキトはそう言うと、さやかはなんだか気まずそうに顔をそむけた。

「「…………」」
「あっ……えぇと……実は……」

 さやかは若干言いづらそうにしていたが、横から違う声が入った。

「昨夜、隊長が休んでから到着したんですよ」

 アキトは、その声のした方向を見る。そこにはケリーが立っていた。

「到着した? いったいどうやって?」

 アキトは、自分の顔をさやかに戻し、その彼女の顔を「ジッ」と覗き見る。

「説明してもらおうか?」
「ええっと……はい……。ハァ~」

 さやかは、諦めたようにため息をついた。

「実は昨夜、基地でアキトさんたちを見送ったあとに、ナギサさんに声を掛けられました」

 アキトはその名を聞き、一瞬さやかが何を言っているのかわからなかったが、すぐに現実に引き戻された。

「ん? ナギサ? ナギサって、ナギサ・ベイクか? ザッシュ副団長の従者の?」

 まさかこんなところで出てくるとは思っても見なかった名前に、アキトはなんどもその名を繰り返す。

「はい、そうみたいです。そのあと、ナギサさんのオハジキに乗せてもらいアロンゾまで送っていただきました」
「なんで? どうして……そうなった?」

 さやかの話を聞き、アキトはそう口に出す。

「アロンゾに到着したら、すでにアキトさんはお休みになっていて……そのまま……」

 彼は右手を額に当てながら「困った……」と口にし、考える。すでに船隊は出発してかなりの距離を進んでいる。今さら引き返すことなどできない。オハジキに乗せて、どこか地上にある村にでも……。いや、戦時下の今、なにがあるかわからないのでそれはそれで危険だ。

「っていうか、なんでこうなる!」

 再びアキトが口に出して叫び顔をあげると、その目の先にはケリーがいた。

「おい、ケリー!」

 アキトはケリーに近づく。

 ケリーは、いつもの癖である手を上にあげて、首と一緒に振る動作をする。

 だが、アキトはケリーの顔を右手で押さえ、その動作を強引に止めた。

「ケリー! いったいどういうことだ! そんな都合よくさやかの前にナギサが現れるわけがない。お前……副団長にさやかのことも話したな! なぜだ!」

 アキトの凄まじい勢いに、ハンガーの中にいる整備員たちは凍りつく。

 しかし、ケリーの顔つきは堂々として、アキトを睨み返している。

「さやかさんの力が必要だと思ったからです」
「なんだと……だとしても、さやかを危険にさらしていい理由にはならんだろう!」
「そのことは……純粋に申し訳ないと感じています」

 ケリーが臆せず言い返す。

「だったら!」

 アキトの剣幕にも、ケリーの表情は変わらない。

「僕の……感情ではどうしようもできない部分。整備士として……いえ、サージアとしての技術的な探求心。それと……」
「待て! サージアとしての探求心だと……。そもそも、お前はまだサージアとして認められてはいないだろう!」

 アキトは怒りに我を忘れて、ケリーの言葉をさえぎった。

 サージアとして認められるためには、少なくとも正式に数名のサージア。またはそれに近い地位を持つ者の推薦が必要だった。

 ケリーはアキトの遮りにも負けずに言い返す。

「冷静に考えました。この戦いに勝利するためには、さやかさんの力がどうしても必要です」
「わからん! パラムスを強化するだけで、アーケームに勝てるとでもいうのか?」
「それは違います」

 ケリーは否定する。

「では、なんだ!」

 アキトは言い放つが、ケリーは、彼の眼を正面から見据えながら言う。

「この会戦に……勝利するためです」
「な、なんだと……。この会戦にだと。お前はいったいなにを……!!!」

 アキトはそこで思い当たる。「まさか! 副団長の策って、そもそもさやかの力が前提で……」

 そう思ったとき、彼の腕を誰かが掴んだ。

 さやかだった……。

「アキトさん。ケリーさんのせいではないの……」

 さやかは、彼に訴えるように話し出す。

「これはわたしの意思です。アキトさんは、わたしをあっちで助けてくれた。力になってくれた。わたしも……こちらでアキトさんを助けたいのです。そして……わたしには、この戦いでやれることがある!」
「やれること……」

 アキトは、さやかの言った言葉をそのまま口にする。

「できることから目を背けてはいけないでしょう? 確信は持てないけど……もう一人。わたしを助けてくれた人は、できることから逃げなかったであろうあの人は……。その人のように……わたしは行動したいんです」
「!!!」

 ――構わない。念のための連絡先だ。これ以上は聞かない――。

 アキトの頭の中で、さやかが言ったその人の声と顔が頭に浮かんだ。実際に会った時間や、話したことは多くない。でも……あの原子炉でのオーラの光は、到底忘れられるものではなかった。

「だから……お願いします」

 アキトは、さやかの訴えるような表情を見た。その眼には揺るぎない信念が見え、今のアキトにはそれを拒絶できるほどの何かを持ちえなかった……。

「……わかった」

 アキトは、自分の不甲斐なさを嚙み締めるように答えた。さやかは彼の言葉を聞き安心したように言う。
 
「ありがとう……アキトさん」
「ケリー」

 アキトはさやかの言葉を半分聞き流しながら、ケリーのほうを向く。

「この戦いが終わったら、全部話してもらうぞ」

 ケリーを睨みつけるように言い放った。

「はい。わかりました」

 ケリーの返答に、ハンガー内の空気がやわらぐ感じが漂う。

「それでは、さやかさん。パラムス強化の続きをしましょう」

 ケリーがさやかのほうを向き、話しかける。

「はい♪」

 さやかの楽しそうなその声と、得体の知れない微笑みに、なぜかアキトの背筋が一瞬寒くなった。そしてケリーのほうを見るが、ケリーはアキトに応えるように、首と手首を同時に振っている。
 
 それからアキトは朝食を取った。さやかはすでに食事を済ませていたようで、ジャマールと一緒に食べる。

 戦時とはいえ、基地を出たばかり。ハムとチーズ、野菜が挟まったパン。それと温かいトマトのスープで、十分ましなものだった。

「隊長にしては怒り過ぎ……。さやかのことが気になるのはしょうがないにしても、彼女同伴の戦場なんて贅沢すぎるでしょ。イチャついて抱き着いてるし……」

 アキトは、ジャマールの頭を軽くひっぱたいた。強く叩いたわけではないので、ジャマールは気にしない。そのまま頭をクシャクシャにしてやる。

 アキトは「それにしても、こいつ……いつのまにか、さやかを呼び捨てにしているな……」と、途中から手に力を込めようとした。そのとき……。

「隊長。俺、悔しいっす!」

 突然、ジャマールがそう口にした。

「なにがだ?」

 アキトは、ジャマールの頭から手を離して、口にパンを放り込みながらそう言った。

「俺……昨日の夜にさやかを乗せてきたオハジキで、あいつ……ナギサを見たんすけど。今の俺じゃあいつに勝てないです」
「どうしてわかる?」

 アキトは率直に聞く。ジャマールとナギサは同い年で同期、オハジキの乗務員になったのも同じ時期。それにナギサ自身がザッシュ副団長に売り込んだにせよ、先にナギサの才能に目をつけたのもザッシュだった。

「あいつの出すオーラは俺よりも強く、もうスペイゼ乗りでおさまるもんじゃなかったです。隊長は知ってましたよね?」
「あぁ……すまん。俺の力不足だ」

 オーラは、ある一定量以上になり、質が変われば感じ取れる。

 アキトはザッシュやレイカーとは違い、人に教えるのが正直上手くない。その差がジャマールとナギサ、二人の成長差となったのだろう。とは言え、あくまでもナギサと比べたらだ。ほか隊のスペイゼ乗りと比べたら、ジャマールも十分優秀だった。

 ジャマールの悔しさは、生まれながらの差もあるだろう。ナギサは元上級貴族の中級貴族。対してジャマールは平民の出身だ。一般的に生まれ持ったオーラの量や質は、貴族のほうがまさっている。そのため、生まれ持ったオーラの差は無視できない。

「お前の目標はレイカーだろう。あいつの背中を追いかけろ」

「はい……」

 アキトはそう言ったが、貴族である「俺の背中」とは言えなかった。元平民のレイカーのほうが希望は持てるのだ。



 ハンガーに戻ると、さやかがなにやらブツブツ言っていた。(ちょっと不気味)

「どうした?」

 アキトは心配になり聞いてみると、さやかはその声に振り返る。彼女の表情には「ん?」というか「なんで?」のような雰囲気が見て取れた。

「あっ、アキトさん。なんだか……素材が足りないというか……」
「なに! それは大変だ。使用する量が不足してるのか?」

 アキトの大げさな様子を見て、さやかは「いえいえ」と両手を振る。

「そう言う意味ではないのです」

 アキトは「?」のような顔をする。

「ここで使用する分は十分足りてる感じなのですが……。そもそも今まで私が処理した素材って、もっと量は多かった気がするんですよね……」 

 アキトは「ん? それは……ケリーの奴が」そう悟った瞬間、船の振動で身体が軽く揺れる。全体から感じていた空気の圧力が変化したのだ。アロンゾが速度を落としたようだった。

「もうすぐ、シャンテウ平原上空に到着するな……」

 アキトはそう呟くと、さやかの顔を見返した。

 数時間後に会戦が始まる……。

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