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第三部 鏡の表
49.原子力教団(6)訪問者
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――天核珠とは『天帝』のオーラ核のことだ――。
アキトは力なく、説明するようにさやかへ告げた。
さやかの実家の書斎。その神棚にあったのは『天核珠』と呼ばれる天帝のオーラ核。オーラ核とは、ムーカイラムラーヴァリーで生きとし生けるもの全てが、その命を終えるときに表れる物質。動物や魔物、虫から植物まで。そして人間からも、一定の確率で出現する。
オーラ核にはさまざまな用途があり、特に状態の良いものは、機人制御のための重要な核となるのだ。
さやかはアキトとの会話から、将人に「何事か」と問い詰められそうになったが、緊急の電話が将人に入ったおかげで難を逃れることができた。
将人が急いで病室を出たあと、ふたりは将人が買ってきてくれた、朝食代わりのサンドイッチを食べる。アキトは美味そうにツナサンドを食べ、さやかはタマゴサンドだった。
ふたりは食べながらテレビ画面を見入る。緊急特番で、バシュタ教団への強制捜査をLIVE中継しているのだ。
上空にいるヘリからの中継も映し出されていた。教団信者による、校舎上から下へ放たれるボウガンの矢。対して警官側も放水車で応戦している。さやかはこの場面を見て、以前何かの番組で見た『あさま山荘事件』の映像を思い出した。その映像でも同じように、放水車から放水していたからだ。
対象が極左組織の過激派だろうが狂信者だろうが、警察権力の突入映像はマスコミ各社の格好のネタとなり、全ての放送局で激しく中継されている。現場のレポーターが、門の向こうへ入ろうとしていたが、それを警備の警官が押しとどめていた。
テレビスタジオでも中継を見ながら、今回の強制捜査に関する内容を伝え、コメンテーターが無責任な意見を交わしあっている。
警視庁から、マスコミに開示されている強制捜査の理由。
一つは北畠総務大臣の暗殺容疑。それと原子力規制法違反の疑い。『原子炉』そのものが存在している可能性を述べてはいるコメンテーターもいたが、どちらかというと、違法な核物質の所持容疑で盛り上がっている。
それはそうだろう。まさか国に隠れて原子炉をこんな都心に作るとは、普通では到底考えられないことなのだ。
さやかは情報をよく知るために、別の放送局にチャンネルを変えてみた。そこでは『なぜ教団が総務大臣を暗殺したのか?』のお題で論争をしている。
曰く、教団を捜査していた警視庁の管轄が総務省だったからだと、渋い感じの男性コメンテーターが語っていた。
大臣の亡くなった妻、その教え子が作った教団であること。まだそこまでの情報をつかんでいるマスコミは、いないようだった。
アキトも食い入るようにテレビを見ている。
「叔父さんたちが気になりますね」
さやかは心配するように、アキトにそう問いかける。
彼女に聞かれたアキトは、一瞬「えっ?」という顔つきになった。
「あっ、いや、ええと……どっちかというとテレビ自体が面白い」
アキトの返答に、さやかは首をかしげ「どうして?」という表情になる。
「面白い? でも、バラエティとかじゃなく、報道番組ですよ?」
「う~ん。俺からしたら、この中の全てが興味の尽きないことばかりなんだよ」
そう言われたさやかは「まぁ、確かにこの世界の住人じゃないアキトさんからしたら、テレビに対する感覚がわたしたちとは違うかもしれない」と思った。
「それにしても、叔父さんもですが、代田さんは大丈夫でしょうか? その……」
アキトが目線をテレビ画面から、さやかに移す。
「さやかは、トモーラがあそこにいたら危ないと考えているのだろう?」
アキトは、彼女が危惧する理由をわかっていた。さやかはうなずきながら答える。
「はい……そうです。アキトさんが教えてくれたこの病院屋上でのときのように、トモーラが暴れたらどうなるか……」
アキトは、冷静に考えるような顔をした。
「そこまで心配する必要はないだろう」
アキトからは、思いもよらない答えが返ってきた。
「そうですか?」
さやかは「なぜ?」という表情を作りながら問い返す。それに対してアキトは、自分を納得させるように口を開いた。
「そうだな……」
アキトは言葉を選びながら、話を続ける。
「たしかにあいつの飛ぶオーラ、聖なる光があの場で使われたら危険だ。でもオーラは、無限に出せるわけじゃない。特に神器を使うには、それこそ普通に使うよりも多くのオーラが必要になるだろう。俺は前回、奴と戦ったときにそう感じた。もしそうなったら、最初のうちはある程度の被害がでるかもしれない。でも、いくらなんでも多勢に無勢だ。数で押されたら、奴にでも対処はできない。それに常守さんのような警官は、拳銃を持っているだろう?」
アキトは冷静だった。純粋に対処できるかどうかを見極めている。彼は職業軍人なのだ。
彼の言葉に対して、さやかは返答する。
「えぇ……たしかに携帯はしていると思います。全員ではないでしょうけど……」
「だとすれば、トモーラでも抵抗し続けるには無理があるのさ」
「…………」
アキトがそう思うのなら、そうなのだろうとさやかは思った。でも、ある程度の被害は発生するのだ。被害に対する感覚は、あの世界で争いに慣れているアキトとさやかでは違うのだ。
『……今、なにやら動きがあったようです!』
テレビの中のアナウンサーから、緊張した声が聞こえてきた。
『教団側からスピーカー越しに、何か要求があるようです!』
そのスピーカー越しの音は、テレビを通じての声なので「ガーガー」と鳴っているだけでよく聞こえない。
数分後、スタジオのアナウンサーが、概略した内容を伝えてきた。それは「原子炉の冷却系統を止める」と、教団側が伝えているとのことだった。
テレビの中は大混乱……。コメンテーターたちも右往左往に激論している。「パッ」と見て、動物どうしがわめいているようにしか見えないせいか、滑稽に見える。こういうのを見ると、見ている人はかえって落ち着くものだ。
「さやか、これって危険なやつだよな?」
アキトはテレビ画面を指差しながら、静かな感じで彼女に聞いてきた。
「どれくらいヤバいんだ?」
「ええと……どれくらいやばいと言うか、本当なら、ある意味日本の終わりくらい……」
「日本の終わり?」
アキトは、よくわからないような顔つきになる。
「簡単に説明すると、原子炉を動かすには危険な核燃料が必要なのです。その核燃料は発熱しており、冷却系統の設備を稼働させ、常に冷やす必要があります」
「でも奴らは、冷却設備を止めると言っているんだろう? 止めると結果的にどうなる?」
アキトは続けて聞いてくる。彼にも分かるように説明しないといけないと、さやかは頭の中で整理した。
「冷却が止まれば、核燃料は溶けてしまいます。これをメルトダウンと言い、さらに容器の底が溶けて、容器の外に漏れることをメルトスルーと言います。結果的に周辺一帯は、有害な放射能によって汚染されてしまうでしょう。もちろん人体への影響も計り知れません」
今の説明で、アキトは理解できただろうかと、さやかは不安になる。
「周辺への汚染ってどれくらいだ?」
「規模にもよりますけど、関東全域。それ以上の被害が及ぶことも否定できません。そして程度にもよりますが、放射能の影響は100年以上残ることも考えられます……」
アキトは、さやかの説明した被害規模を頭の中で整理しているような顔つきになったが、しばらくして口を開いた。
「それは、途方もない大惨事だよな?」
アキトは冷静な表情のまま、確認するように聞いてきた。
「はい……」
さやかは「わたしたちの空気って、思ったより緊張感がないかな?」と感じながら、アキトへ返事をし、話を続ける。
「だけど、いくら何でも、彼らが本気でそんなことをするとは思えません。脅しではないでしょうか?」
そう彼女は、控えめに反論した。
さやかは、この世界に生きる人間としての一般論を述べたにすぎないが、アキトはそれに対して言い返す。
「さやかはそう言うが、あいつらはやばい奴らだろう? なんだっけ、狂信者? いやテロリストだったか? そういう奴らはどんな行動をとるか……」
ガラッッ!
「好きに言ってくれるじゃないの!」
突然扉が開いて、若い女が病室に入ってきた。まさかの登場に、アキトとさやかはあっけにとられる。
「あなたは……」
さやかはそう言ったが、入ってきた女を見たことがあった。先日神社で彼女を拉致しようと襲ってきた連中の一人。「なんかツンツンしていた人で、たぶんわたしが蹴りを入れた人だ」と、さやかは思い出した。
「こんなところにまで、何しにきた!」
アキトがさやかをかばうように、前に出る。
女は面白くなさそうに、アキトの言葉に対して言い返す。
「私だって加治の敵討ちはしたかったけど、今のあんたに会うつもりなんてなかったわよ」
女はアキトの問いかけに対して、不服そうに答えた。
「だったらなぜ来た? お前らの作った原子炉が、とんでもない被害を起こそうとしているのに!」
アキトの口調は厳しい。警戒のためか、身体からオーラが張り巡らされているのが、感じ取れる。
――あれ? なんでわたし、自分の世界でもオーラを感じ取れるのだろう?
さやかは心の中で疑問を抱く「向こうでのオーラに慣れ過ぎたせいだろうか?」彼女は一瞬そう感じたが、別の声が割って入ってきた。
「あれはブラフだ。実際にやるわけないだろう」
「「!!!」」
女のうしろから、男が現れる。
その男は、病室に入ると静かに扉を閉めた。
さやかにとっては、はじめて会う相手なのに誰だかわかる。常守が前回、写真を見せてくれたからだ。
「トモーラ……」
アキトがその名を口にする。
さやかは、トモーラと呼ばれる人を見た。
彼は変装のつもりなのか、サングラスをしている。年齢は30過ぎと聞いていたが、そんな歳には見えない。普通に20代前半くらいに見えた。
身長はアキトほど高くはないが、さやかよりは高いので低いわけではない。耳が隠れるくらいの短髪で、髪の色は青みがかった黒。ハーフっぽくもあるが、中性的な感じもする。病室に入ってから静かにサングラスを外し、冷たい目つきで部屋を見渡した。その視線がさやかで止まり、彼女の心臓が一瞬跳ねる。だがまたすぐに、サングラスを掛けなおした。
十分イケメンの部類だったが、アキトとは異なるイケメンにさやかは感じた。線の細い感じで、少なくとも微笑んでいたら、女性から嫌悪感を持たれることはないだろう。
サングラス越しからでも、彼の目線がさやかに向いているのがわかった。
アキトにもそれがわかったのか、トモーラの目線からさやかを遮るように前にでる。
「ブラフだと……。いったいなにをしに来た? あそこにいないのはなぜだ? なぜここに来た?」
さやかは思った「アキトさんの質問3連発……。最初と最後は同じ質問……」
「うるさいわね。もう、あそこでトモーラのやるべきことは終わったのよ」
トモーラの横にいる女が、代わりに答える。
目の前の女は、相変わらずなんかツンツンしていた。背はさやかより高いしスタイルも良い。長髪で顔立ちもスマートで、素直に美人だとさやかは感じる。
もうちょっと言葉遣いが柔らかかったら上品に見えるのに「もったいない」と、さやかは心の中で言った。
「はぁ~」
さやかは周りに対して、強調するように息を吐いてから、アキトの前にでる。
「さやか!」
アキトが再度、さやかの前に出ようとする。
「大丈夫アキトさん。わたしは怖くない」
彼女は、トモーラの正面に立つ。サングラス越しだろうが、彼の眼を見ながらさやかは口を開いた。彼女の眼は真剣そのもので、強い決意が見て取れる。
「あなたが、父と母を手にかけたのですか? だとしたら理由を教えてください」
さやかは、一番知りたいことを聞いた。
その言葉を口にするのは、さやかにとって耐えがたいほどの苦痛だったが、彼女はその眼をトモーラからそらさず、彼からの答えを待った……。
アキトは力なく、説明するようにさやかへ告げた。
さやかの実家の書斎。その神棚にあったのは『天核珠』と呼ばれる天帝のオーラ核。オーラ核とは、ムーカイラムラーヴァリーで生きとし生けるもの全てが、その命を終えるときに表れる物質。動物や魔物、虫から植物まで。そして人間からも、一定の確率で出現する。
オーラ核にはさまざまな用途があり、特に状態の良いものは、機人制御のための重要な核となるのだ。
さやかはアキトとの会話から、将人に「何事か」と問い詰められそうになったが、緊急の電話が将人に入ったおかげで難を逃れることができた。
将人が急いで病室を出たあと、ふたりは将人が買ってきてくれた、朝食代わりのサンドイッチを食べる。アキトは美味そうにツナサンドを食べ、さやかはタマゴサンドだった。
ふたりは食べながらテレビ画面を見入る。緊急特番で、バシュタ教団への強制捜査をLIVE中継しているのだ。
上空にいるヘリからの中継も映し出されていた。教団信者による、校舎上から下へ放たれるボウガンの矢。対して警官側も放水車で応戦している。さやかはこの場面を見て、以前何かの番組で見た『あさま山荘事件』の映像を思い出した。その映像でも同じように、放水車から放水していたからだ。
対象が極左組織の過激派だろうが狂信者だろうが、警察権力の突入映像はマスコミ各社の格好のネタとなり、全ての放送局で激しく中継されている。現場のレポーターが、門の向こうへ入ろうとしていたが、それを警備の警官が押しとどめていた。
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警視庁から、マスコミに開示されている強制捜査の理由。
一つは北畠総務大臣の暗殺容疑。それと原子力規制法違反の疑い。『原子炉』そのものが存在している可能性を述べてはいるコメンテーターもいたが、どちらかというと、違法な核物質の所持容疑で盛り上がっている。
それはそうだろう。まさか国に隠れて原子炉をこんな都心に作るとは、普通では到底考えられないことなのだ。
さやかは情報をよく知るために、別の放送局にチャンネルを変えてみた。そこでは『なぜ教団が総務大臣を暗殺したのか?』のお題で論争をしている。
曰く、教団を捜査していた警視庁の管轄が総務省だったからだと、渋い感じの男性コメンテーターが語っていた。
大臣の亡くなった妻、その教え子が作った教団であること。まだそこまでの情報をつかんでいるマスコミは、いないようだった。
アキトも食い入るようにテレビを見ている。
「叔父さんたちが気になりますね」
さやかは心配するように、アキトにそう問いかける。
彼女に聞かれたアキトは、一瞬「えっ?」という顔つきになった。
「あっ、いや、ええと……どっちかというとテレビ自体が面白い」
アキトの返答に、さやかは首をかしげ「どうして?」という表情になる。
「面白い? でも、バラエティとかじゃなく、報道番組ですよ?」
「う~ん。俺からしたら、この中の全てが興味の尽きないことばかりなんだよ」
そう言われたさやかは「まぁ、確かにこの世界の住人じゃないアキトさんからしたら、テレビに対する感覚がわたしたちとは違うかもしれない」と思った。
「それにしても、叔父さんもですが、代田さんは大丈夫でしょうか? その……」
アキトが目線をテレビ画面から、さやかに移す。
「さやかは、トモーラがあそこにいたら危ないと考えているのだろう?」
アキトは、彼女が危惧する理由をわかっていた。さやかはうなずきながら答える。
「はい……そうです。アキトさんが教えてくれたこの病院屋上でのときのように、トモーラが暴れたらどうなるか……」
アキトは、冷静に考えるような顔をした。
「そこまで心配する必要はないだろう」
アキトからは、思いもよらない答えが返ってきた。
「そうですか?」
さやかは「なぜ?」という表情を作りながら問い返す。それに対してアキトは、自分を納得させるように口を開いた。
「そうだな……」
アキトは言葉を選びながら、話を続ける。
「たしかにあいつの飛ぶオーラ、聖なる光があの場で使われたら危険だ。でもオーラは、無限に出せるわけじゃない。特に神器を使うには、それこそ普通に使うよりも多くのオーラが必要になるだろう。俺は前回、奴と戦ったときにそう感じた。もしそうなったら、最初のうちはある程度の被害がでるかもしれない。でも、いくらなんでも多勢に無勢だ。数で押されたら、奴にでも対処はできない。それに常守さんのような警官は、拳銃を持っているだろう?」
アキトは冷静だった。純粋に対処できるかどうかを見極めている。彼は職業軍人なのだ。
彼の言葉に対して、さやかは返答する。
「えぇ……たしかに携帯はしていると思います。全員ではないでしょうけど……」
「だとすれば、トモーラでも抵抗し続けるには無理があるのさ」
「…………」
アキトがそう思うのなら、そうなのだろうとさやかは思った。でも、ある程度の被害は発生するのだ。被害に対する感覚は、あの世界で争いに慣れているアキトとさやかでは違うのだ。
『……今、なにやら動きがあったようです!』
テレビの中のアナウンサーから、緊張した声が聞こえてきた。
『教団側からスピーカー越しに、何か要求があるようです!』
そのスピーカー越しの音は、テレビを通じての声なので「ガーガー」と鳴っているだけでよく聞こえない。
数分後、スタジオのアナウンサーが、概略した内容を伝えてきた。それは「原子炉の冷却系統を止める」と、教団側が伝えているとのことだった。
テレビの中は大混乱……。コメンテーターたちも右往左往に激論している。「パッ」と見て、動物どうしがわめいているようにしか見えないせいか、滑稽に見える。こういうのを見ると、見ている人はかえって落ち着くものだ。
「さやか、これって危険なやつだよな?」
アキトはテレビ画面を指差しながら、静かな感じで彼女に聞いてきた。
「どれくらいヤバいんだ?」
「ええと……どれくらいやばいと言うか、本当なら、ある意味日本の終わりくらい……」
「日本の終わり?」
アキトは、よくわからないような顔つきになる。
「簡単に説明すると、原子炉を動かすには危険な核燃料が必要なのです。その核燃料は発熱しており、冷却系統の設備を稼働させ、常に冷やす必要があります」
「でも奴らは、冷却設備を止めると言っているんだろう? 止めると結果的にどうなる?」
アキトは続けて聞いてくる。彼にも分かるように説明しないといけないと、さやかは頭の中で整理した。
「冷却が止まれば、核燃料は溶けてしまいます。これをメルトダウンと言い、さらに容器の底が溶けて、容器の外に漏れることをメルトスルーと言います。結果的に周辺一帯は、有害な放射能によって汚染されてしまうでしょう。もちろん人体への影響も計り知れません」
今の説明で、アキトは理解できただろうかと、さやかは不安になる。
「周辺への汚染ってどれくらいだ?」
「規模にもよりますけど、関東全域。それ以上の被害が及ぶことも否定できません。そして程度にもよりますが、放射能の影響は100年以上残ることも考えられます……」
アキトは、さやかの説明した被害規模を頭の中で整理しているような顔つきになったが、しばらくして口を開いた。
「それは、途方もない大惨事だよな?」
アキトは冷静な表情のまま、確認するように聞いてきた。
「はい……」
さやかは「わたしたちの空気って、思ったより緊張感がないかな?」と感じながら、アキトへ返事をし、話を続ける。
「だけど、いくら何でも、彼らが本気でそんなことをするとは思えません。脅しではないでしょうか?」
そう彼女は、控えめに反論した。
さやかは、この世界に生きる人間としての一般論を述べたにすぎないが、アキトはそれに対して言い返す。
「さやかはそう言うが、あいつらはやばい奴らだろう? なんだっけ、狂信者? いやテロリストだったか? そういう奴らはどんな行動をとるか……」
ガラッッ!
「好きに言ってくれるじゃないの!」
突然扉が開いて、若い女が病室に入ってきた。まさかの登場に、アキトとさやかはあっけにとられる。
「あなたは……」
さやかはそう言ったが、入ってきた女を見たことがあった。先日神社で彼女を拉致しようと襲ってきた連中の一人。「なんかツンツンしていた人で、たぶんわたしが蹴りを入れた人だ」と、さやかは思い出した。
「こんなところにまで、何しにきた!」
アキトがさやかをかばうように、前に出る。
女は面白くなさそうに、アキトの言葉に対して言い返す。
「私だって加治の敵討ちはしたかったけど、今のあんたに会うつもりなんてなかったわよ」
女はアキトの問いかけに対して、不服そうに答えた。
「だったらなぜ来た? お前らの作った原子炉が、とんでもない被害を起こそうとしているのに!」
アキトの口調は厳しい。警戒のためか、身体からオーラが張り巡らされているのが、感じ取れる。
――あれ? なんでわたし、自分の世界でもオーラを感じ取れるのだろう?
さやかは心の中で疑問を抱く「向こうでのオーラに慣れ過ぎたせいだろうか?」彼女は一瞬そう感じたが、別の声が割って入ってきた。
「あれはブラフだ。実際にやるわけないだろう」
「「!!!」」
女のうしろから、男が現れる。
その男は、病室に入ると静かに扉を閉めた。
さやかにとっては、はじめて会う相手なのに誰だかわかる。常守が前回、写真を見せてくれたからだ。
「トモーラ……」
アキトがその名を口にする。
さやかは、トモーラと呼ばれる人を見た。
彼は変装のつもりなのか、サングラスをしている。年齢は30過ぎと聞いていたが、そんな歳には見えない。普通に20代前半くらいに見えた。
身長はアキトほど高くはないが、さやかよりは高いので低いわけではない。耳が隠れるくらいの短髪で、髪の色は青みがかった黒。ハーフっぽくもあるが、中性的な感じもする。病室に入ってから静かにサングラスを外し、冷たい目つきで部屋を見渡した。その視線がさやかで止まり、彼女の心臓が一瞬跳ねる。だがまたすぐに、サングラスを掛けなおした。
十分イケメンの部類だったが、アキトとは異なるイケメンにさやかは感じた。線の細い感じで、少なくとも微笑んでいたら、女性から嫌悪感を持たれることはないだろう。
サングラス越しからでも、彼の目線がさやかに向いているのがわかった。
アキトにもそれがわかったのか、トモーラの目線からさやかを遮るように前にでる。
「ブラフだと……。いったいなにをしに来た? あそこにいないのはなぜだ? なぜここに来た?」
さやかは思った「アキトさんの質問3連発……。最初と最後は同じ質問……」
「うるさいわね。もう、あそこでトモーラのやるべきことは終わったのよ」
トモーラの横にいる女が、代わりに答える。
目の前の女は、相変わらずなんかツンツンしていた。背はさやかより高いしスタイルも良い。長髪で顔立ちもスマートで、素直に美人だとさやかは感じる。
もうちょっと言葉遣いが柔らかかったら上品に見えるのに「もったいない」と、さやかは心の中で言った。
「はぁ~」
さやかは周りに対して、強調するように息を吐いてから、アキトの前にでる。
「さやか!」
アキトが再度、さやかの前に出ようとする。
「大丈夫アキトさん。わたしは怖くない」
彼女は、トモーラの正面に立つ。サングラス越しだろうが、彼の眼を見ながらさやかは口を開いた。彼女の眼は真剣そのもので、強い決意が見て取れる。
「あなたが、父と母を手にかけたのですか? だとしたら理由を教えてください」
さやかは、一番知りたいことを聞いた。
その言葉を口にするのは、さやかにとって耐えがたいほどの苦痛だったが、彼女はその眼をトモーラからそらさず、彼からの答えを待った……。
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