ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第三部 鏡の表

47.原子力教団(3)まきひろ

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 東北の地方都市である青森県青森市。幼い頃の思い出としてあるのは、父親が博打で作る借金と、母親の懸命に働く姿。そして、一歳違いの妹の怯えるような顔だけだった。代田牧弘まきひろの、うしろについて歩くだけの妹。まきひろの幼い子供心にも、妹だけは守らねばと感じていた。

 父親は外に女を作り、たまにしか家に帰ってこない。母は借金を返すために昼はスーパー、夜はホステスとして働く。妹を守れるのは彼一人。

 それでも母のいるスキマを狙って、毎日のように家にやってくる借金取り。その都度まきひろは、怯える妹を部屋のスミに隠れさせ、借金取りの相手をした。

「お母さんは今いません」
「食べるものもありません」

 何度……この言葉を言っただろうか。同情を買うためにも、彼は食べることを控え痩せて見えるようにしていた。

 当時のことは、彼の記憶の中から消えることはない。

 いつのまにか父親は姿を見せなくなっていたが、まきひろが中学に入ってすぐに母から、父とは離婚していたのだと世間話のような軽い感じで告げられた。

 借金は引き続き母が返していたので、家は貧しいまま。

 ところが高2の冬に、父親が突然現れた。久しぶりに見た父親の印象は、変わらずやさぐれたままだった。

 父は母がいないときに家にきていたが、妹に何を言ったのかはわからない。でも彼女は酷く震えていた。

 それから一カ月後。まきひろは妹を連れて買物に出かけたが、その道すがら、突然妹が立ち止まる。

 ふたりが進む方向には父が歩いていた。その父を見て、妹はいきなり道路に向かって走り出したのだ。トラックが向かってきている。そこに急に飛び出した妹。とても助けられる状況ではなく、妹はそのトラックにひかれて死んだ。

 父と妹の間で、何があったのかはわからない。だがその二か月後、母が部屋で死んでいるのを見つけた。原因は一酸化炭素中毒。遺書は無かったので事故だと処理されたが、自殺だとまきひろは感じる。

 なぜなら、家の中を片付けていたら父の残した借金、その完済した証明書が見つかったからだ。最後に返済した額が多い。返済日は、妹が亡くなる三日前だった。

 まきひろは問いただしたくて父を探した。自分の怒りをぶつける相手は、父しかいなかったからだ。あのときの彼には、間違いなく父に対する殺意があっただろう。

 父を見つけたのは、警察に呼ばれて行った病院だった。

 その場にいた年配の刑事によると、父は知り合いの男を殺そうとしたらしい。

 だが、結果的にその男に返り討ちに遭い、持っていたナイフで逆に刺された。現場の人の話によると、妹の名前を叫び「ごめん」と言っていたそうだ。

 いったい何があったのか、まきひろには推測することしかできない。相手の男は父の博打仲間だった。正当防衛と主張したらしいが、暴力団の組員で前科があった。結果的に男は懲役14年となった。

 この事件で知り合った年配の刑事は、あれこれと世話を焼いてくれた。余りにも生きる気力をなくした彼を放ってはおけなかったらしい。

 生きるための目標も、守るための妹もいなくなったまきひろは、ただ空虚に日々を生きていたのだ。

 自己の主張すらもできなくなった彼は、その刑事の勧めるままに警察学校へ入る。

 警察学校を出てからは、交番勤務になった。

 21歳のとき。パトロール中に偶然にも北畠きたばたけ沙也加さやかを助けることになる。

 道路沿いのパーキング。突然飛び出してきた車。

 車の経路上には、まきひろを含め数人が目に入った。車を避ける行動はもちろんだったが、目の前には親子がいる。中学生くらいの女の子。そして、その奥にいた母親。

 女の子が妹に重なり、衝動的に身体が動いた。

 すばやく腕を伸ばして、女の子を抱きかかえ車を避ける行動を取る。

 間一髪で車を避けることはできたが、その勢いで二人とも地面に転がった。

 車は道路を直進して、ガードレールに激突して止まる。

 女の子は、地面に倒れた衝撃でまだ起き上がれない。まきひろは半分起き上がり、車が通り過ぎた辺りを仰ぎ見る。

 そこには、数人が倒れていた。苦しそうに地面をはっている者。立ったまま呆然としている者。腰を抜かしたように手を前に伸ばして助けを求めている若者。そして......助けられなかった女の子の母親……。

 その光景とは別に、彼はそのとき、今度こそは「妹を助けることができた」と感じていた。とても周りの惨状にはそぐわない感情だったが、確かにそう感じたのだ。

 あのときのやり直しなのだと……。

 だが、その感情はすぐに消し飛ぶ。

 起き上がった女の子が、倒れて動かなくなった母親の側にいったからだ。

 母親の身体に追いすがりながら泣いている光景を見て、すぐに「悔しさ」という感情に変わり、彼はその思いにおおわれる。

 ――また助けられなかった。家族を守れなかった……。

 ――――――――。



 ――何かが破裂する音が聞こえた――。

 マリーがチェルノブイリで聞いたと言った、怪獣が叫ぶような音だろうか。

 代田が頭上を見たその瞬間、ローブの男が浮遊していたままで、突然その場から消えた。

 彼は倒れているマリーを見る。さっきまでの冷静だった顔つきが、嘘のように緊迫した表情に変わっていた。

 ビービービービー!!!

 体育館の中で、緊急ブザーのような音が鳴りはじめた。パトライトのような回転式の照明も回る。作業していた信徒たちも、慌てるように動きだす。

 ……ガーガー……。

『全員、早急に退避して!』 

 いつのまにか、マリーの腕には旧型のマイクが握られていた。建屋の壁にも設置されていたらしい。

 彼女は、緊迫した表情のままで訴える。

「聞こえる、外の警官たち! いい! 冗談じゃないからよく聞いて! 破裂した音が聞こえたでしょう。冷却設備を止めたのではなく破壊されたわ。状況は一刻を争うから、緊急に避難して! はやく!!!」

 マリーは言い終わると、マイクを手から離す。

「あなたもこれを付けて! どれだけ役に立つかわからないけど」

 マリーが代田に、防塵用のマスクを投げてよこす。

 彼はマリーの真似をしながら、そのマスクを着けた。

「これからどうするんだ?」
「今から確認するのよ。あなたも退避しなさい」

 マリーはそう言うと、今にも崩れそうになっている建屋に入った。

「一人だけで何ができんだよ!」

 代田はそう言いながら、自分も続けて建屋に入る。

 建屋の中に入ると、温度が上昇しているのがわかった。一瞬でマスクが曇ったからだ。

 マリーは建屋の奥で、崩れた瓦礫をどかそうとしたが、重くて上手く動かせない。代田は近寄り、うしろから手を貸して瓦礫を動かすことができた。

 その動作を見て、マリーは振り返り彼に言う。

「ありがとう。でも……この状況がわからないほど、バカじゃないわよね」

 マリーはマスク越しに聞いてきたが、その声はハッキリと聞き取れた。

「この状況なんだからバカなんだろう。でもどうする気だ? なにか方法があるんだろう?」

 代田は、期待を込めてそう尋ねる。

「あると思う? 普通に考えたら方法なんてないのよ」

 彼女の言うことは事実で、本当ならここから逃げるしかない。でも、この状況ではそれすら難しい。

 マリーが周りの状態を確かめている。

「どうだ?」

 代田が聞くと、マリーはため息を吐く。

「運よく圧力容器自体には、損傷は見られないけど……冷却系統の設備が致命的ね。完全に破壊されているわ。グングン温度が上がっているから、燃料棒が融解するのは時間の問題よ」
「そいつは……何か冷やす方法はないのか?」

 マリーは大きく首を振る。

 代田は考えて、思いついた方法を口にする。

「そうだ! 外の放水車でなんとかならないのか?」

 マリーは彼を見ながら、どうしようもないように口にする。
「そうね。方法としては悪くないけど、この状況では時間稼ぎにしかならないわ」
「でも、別の方法があるんだろ? あんたらは普通じゃない。常識で考えるわけにはいかない」

 代田はこの教団の存在自体が、普通ではないことを理解している。なので聞いたのだ。

 彼の言葉を聞き、マリーは懐に手を入れた。そこからは、金属製の小さな箱を取り出して代田のほうへ向ける。

「これを使えば……止まるはずよ」

 代田には、彼女が何を言っているのかわからない。でも、マリーの表情は真剣だった。

「止まる? これは?」

 彼はその箱を凝視して尋ねた。

「トモーラがこの世界で生成して完成させたものよ」
「トモーラが生成? これを?」

 ――中身はいったいなんだ?

 マリーが手に持っている小箱を開ける。中からは光が漏れてきた。

 小箱の中心には、パチンコ玉程度の球体が置いてある。よく見ると、鮮やかな金色に見える球体から直接光が出ているわけではなく、球体から数ミリ離れた空間から光が放射状に飛び出ている。こんなものは見たことがない。とても不思議な光景だった。

 マリーは、すぐに小箱を閉じる。

「どうした、なぜ閉じる? すぐに使うんだろ?」

 代田は、彼女の行動を疑問に感じ聞いてみた。

「じかに触れたら、一瞬で細胞が破壊される危険なものよ」

 マリーの言葉を聞いて、代田は納得したような表情をする。それを見て彼女は、口を開いた。

零核れいかく』……。そうトモーラが名付けたものよ。これがあれば核エネルギーを無力化できるの」
「!!!」
「核エネルギーを無力化? お前……マジで言ってんのか? そんなもんがあれば……」

 ――そんなもんが実際にあったとしたら……。

マリーから放たれた、思いもよらなかったその言葉に、代田は驚愕の表情を浮かべていた……。


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