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第三部 鏡の表
40.アロンゾの中で
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――時間的にさやかさんには、アロンゾの中で処理を行ってもらいます――。
彼女はケリーに連れられて、駆逐船アロンゾに入った。
外からアロンゾの外見を見て、彼女は翼の無いツバメを連想した。艦橋にあたる部分が頭で、船体の両サイドから細い手のようなものが飛び出ていたからだ。
すぐにアキトの乗ったパラムスが、アロンゾのハンガーに入ってくる。
ケリーが、さやかに説明してくれたアロンゾの全長は28ミルで、おおよそバス三台分の長さ。それと幅が20ミルで、高さが10ミルだ。彼女にはこの世界の単位はわからないが、さやかはざっくり肌感で、1ミルがほぼ1メートルだろうと推測した。
船体の両サイドは外に開かれており、左右どちらからでも機人を搬入できる。ハンガーのスペースは、余裕をもって機人を寝かせられるくらいはあるだろう。アロンゾの外側、両サイドからはアームが伸びていた。さやかが「細い手のような」と形容した部分だ。
左右に伸びているアームには、オハジキ2機が係留可能だった。飛行時は連結していたほうが、船の出力が高く出せる。さやかが「なんで?」とケリーに聞いたら、オハジキ2機のバーニアも使えるとの回答......。
さやかはそれを聞いて「それって合体!」と、目を輝かせる。
アロンゾからオハジキへの行き来は、アーム上に見える足場をつたって往復する。さやかはそれを見て「空中の外なのに手すりしかない……。足を滑らして落ちたら一巻の終わり」と背筋を寒くした。
アロンゾの武装は『オーラキャノン』と呼ばれる砲が1門と『ショットボム』が2つ。さやかは格納庫で、砲弾らしきものを見た。火薬の代わりにオーラで飛ばすわけで、威力の程度はわからない。彼女の勝手な想像で、城壁くらいは破壊できそうだと思った。
彼女はジャマールからも、武装について聞いている。ショットボムはオハジキにも搭載されているもので、まともに当たれば機人でも落とせるくらいの威力があるそうだ。あくまでも、当たればの話だそうだが……。
アロンゾは、機人やオハジキの乗務員を入れると、30人ほどの人が乗る。そのため内部はかなり狭い。
さやかはブリッジも見させてもらったが、正直広めのリビングくらいの広さしかなかった。実は、彼女が一番見たかったのは機関室なのだが、アキトのパラムス再コーティングや、レイカーのパラムス素材のコーティングをする必要があったので、大人しくハンガーに戻って作業をはじめる。
さやかの近くにはケリーがいてくれるので(監視?)、なぜかほかの整備員は寄ってこない……。
――まぁ、こんな作業は見られないほうがよいでしょう……。それにしても……。
「(隠れるのに)良さそうな所がないなぁ……」
思わず、彼女の口から声がでた。
「さやかさん……まだそんなことを考えていたんですか」
ケリーが呆れたような口調で言う。感が良い彼にはわかるのだろう。
「ははは……」
さやかは口をあけて、気まずそうな顔をしている。
実はアキトがパラムスを移動させて外に出たあと、ケリーに上手く潜り込めないか相談したのだ。ケリーは困ったような顔をして、やめるようにさやかを諭した。
「僕がそんなことを勝手に協力したら、アキト隊長に殺されます」
半分冗談のような顔をして、ケリーはそう言った。
「殺すってそんな物騒な……ははは」
「まぁ、そんなことはないとは思いますけど……僕の家は、アキト隊長のブルハーン家に対して多大な恩があります。万が一、さやかさんに何かあったら、うちの家がとり潰しになる可能性は……ないとは言い切れません」
さやかはケリーの言いように「えっ……あるの?」と、口走りながら彼を見返した。
ケリーは、彼女を正面から見据えながら言葉を返す。
「ないと思いますか?」
――良かった……ちゃんと生きてる……。
そう言われてさやかは、朝アキトが言った言葉と、その姿を思い出した。あんなに心配してくれた人をまた悲しませるのは、たいへん忍びない。
「ごめんなさい……。もう言いません」
彼女は、しおれた感じでそう言った。
「いえ、さやかさんの気持ちはわかります。自分にできることを行おうとしたのですよね。同じ技術者として、それは十分に理解できることですから……」
ケリーは、首と右腕を同時に振りながら微笑む。さやかはそれを笑顔で返してから質問した。
「そう言えばアーケームって、ケリーさんのお師匠さんが作った機体ですよね?」
「そうです。わが師ゲルマリック・プレイルは、その生涯で多くの機人を設計、製作してきました。その中でも、特に師の代表する機体はゲルマリックシリーズと呼ばれ、単騎6体が存在しています。アーケームはそのうちの1体です」
「もしかして、このパラムスも?」
さやかはパラムスを指さすが、ケリーは首を振る。
「まさか。このパラムスは量産機で、基礎設計は先々代の王国サージア長が行ったものです。ブレイル師がパラムスに行ったのはマイナーチェンジですね。それでもかなりのパワーアップに成功していますが」
ケリーの説明を聞いてさやかは「あぁ~」と嫌そうな声をあげた。
「ううぅ……わたしもやったことがあるけど、人が設計したものをいじるのって面倒なのよね。自分で設計したものなら、全部頭に入っているから楽なんだけど……」
「ははは……そのとおりですね。僕も苦労しています……。師は、この国に来たときにはすでに高齢でしたから、新規の機人制作は避けていたのですけども」
さやかはケリーの話を聞きながら、自分の頭のうしろで両手を組んだ。
「そっかー。もしかしたらアーケームに勝てる機体があると思ったのだけど、ないのね~」
「はい……残念ですが……」
ケリーは下を向いて、さやかにそう答えた。
「ふぅ~……。とりあえず、目の前の課題に打ち込みますか」
さやかは手にとった素材に対して、オーラコーティングを続ける。
彼女はやればやるほどコツがわかり、効率も上がるのがわかった。
「そうか……最初は指先の一点にオーラを集中させるやり方がやりやすかったのだけど……試してみようかな?」
1時間後……。
「あの……さやかさん……。それは、なにをやっているのですか? なんかとんでもない方法でコーティングを行っているように見えるのですが……」
ケリーは驚きの声をあげる。
彼には他の用事があり、さやかからしばらく目を離していたのだ。
「えっ、ははは……面白いでしょ。この方が効率よく作業できるみたい」
ケリーは自分の右手を閉じたり開いたりしながら、彼女の作業を観察する。その手の動きが、彼の気持ちを表しているようだった。
さやかはまず、大きい板状の素材全体に対して、薄くオーラを均一になじませた。
彼女のオーラは簡単には消えない。その素材の上面に、コーティングする素材をスキマなく並べていく。
さやかの両手は、板状素材の両端に触れている。彼女はオーラを調整しながら、さらに素材に対してオーラを流し込む。両サイドから流し込まれるオーラの色が均一になるように調整しながらだ。
板状素材の上に並べられている素材は、触れている部分を通してコーティングされるのだ。
最初に薄くオーラを均一になじませたのは、このほうがあとから思い切りオーラを流した際に、対象素材に対してオーラが定着しやすいのだと、さやかは気づいたからだ。この方法で効率よく素材の強度が上がり、より均一な仕上がりになる。
「もう、さやかさんの常識外れなオーラと行動には、驚くことはないと思っていましたが……」
ケリーの呆れたような言葉に、さやかは一旦作業が終わると振り向いた。
「えっ、これっていけないこと?」
彼女の言葉に、ケリーは首を振る。
「いえ、たいへん良い方法だと思います。現時点では、さやかさん以外の人にはできないでしょうが……。オーラの質はともかく、量も桁違いです。僕なら精神力がもちません」
「ふ~ん。現時点ね……」
さやかはジト目でケリーを見ると、彼は挑戦を受けたような微笑みで答える。
「はい。現時点です」(二コリ♪)
ケリーは微笑んでいるが、目は笑ってはいない。なにかがケリーの心に火をつけたようだった。
さらに1時間ほどして、アキトとレイカーが会議から戻ってきた。
「さやか。すまんが出来ている分だけでよいから、レイカーに素材を渡してくれるか」
アキトがまた申し訳なさそうに彼女に言う。
「はい、ええっと……。どれだっけ?」
さやかの返事は、戸惑っているようだった。
彼女の周りには、コーティング処理が完了した素材が、無造作に散らばっていたからだ。それは作業に夢中だったみたいで、散々な光景だった……。
「あれ? どれがレイカーさんの素材だったかしら……」
さやかの言葉に、アキトとレイカーが「マジか!」というような化け物を見るような表情で彼女を見ている……。
「ごめんなさい! ちゃんと整理していませんでした……」
「いや、そういう意味ではなく……この量を本当にこなしたのかと……」
アキトが、半分引きながらさやかを見ている……。
「いやぁ……どれくらいの量ができるか不明だったから、相当量を渡したつもりだったのだけれども……」
金髪イケメンのレイカーさんも引いていると、さやかは困ったような顔をした。
彼女は、助けを求めるようにケリーに追いすがる。その視線を受けて、彼は大きくため息を吐いたあとに言う。
「大丈夫ですよ。僕が判別つきますから。隊長たちも手伝ってください」
「「あぁ……」」
隊長二人が、ケリーの指示で素材を集めていく。
「とりあえず、今渡した分がケリー隊長の素材全てです」
「ありがとう。うちの整備員もすぐに来るだろうから、すまないが説明してやってくれ」
レイカーがそう言ってから、5分くらいで年配の整備員がやってきた。ケリーがその整備員に丁寧に説明する。
「お願いします。極秘な処理を行っていますので内密に。素材の継ぎ目には、必ず緑ロンブリーグリスを均等に縫っておいてください」
緑ロンブリーグリスと聞いて、さやかは興味津々な眼差しを、ケリーと整備員に向けている。
ケリーの説明に、年配の整備員は理解したようにうなずいた。
「ありがとうさやかさん。この戦いが終わったら、ぜひ礼をさせてくれ」
レイカーが、片目をつぶってそう告げる。
「はい、楽しみにしていますね」
さやかは笑顔で返事をした。素材を持って、レイカーと整備員はアロンゾを出ていく。
外はすでに薄暗くなっていた。わずかに見えている太陽はかなり薄い。
「さやか、わかっているとは思うが……」
アキトが気まずそうに言うと、彼女はゆっくりとうなずき口を開いた。
「はい……わかっています。もうすぐ出立時刻なのですね」
「あぁ……アロンゾの外に出よう」
「はい」
ふたりは外に出て、周りから見えないアロンゾの影に移動した。
「俺たちが飛び立ったら、今日は俺の部屋で休んでくれ」
アキトはそう言って、部屋の鍵をさやかに渡す。
「すまん……。正直、今の俺にはさやかが、自分の世界で目覚められるかわからない」
アキトはすまなそうに彼女を見る。彼のせいではないのにと、さやかは思った。
――変な責任感があるなこの人は……。
さやかは、そんなことはどうでも良いように微笑み返す。正直、自分の世界のことはもちろん気になるが、今はこの世界のほうが気になるからだ。
ピキーン♪
――もうそなたの身体に問題はないから、安心して戻るがよい――。
なにかの効果音のあと、さやかの頭の中で聞いたことがある優しい声がした。
「ん? アキトさん今なにかしゃべりました?」
「いや? どうした?」
さやかの聞いた声はアキトの声ではなかったが、以前どこかできいたことがあるような気がした。
「ごめんなさい。なんでもありません。でも……大丈夫みたいです」
「ん? なにが大丈夫なんだ?」
アキトが心配そうに聞いてくる。
「わたしは、自分の世界に戻れるようです」
「…………」
「さやか、それはどういう……」
アキトは、そこまで言って言葉を切った。
「いや……だったら良かった。今は……さやかの言うことを信じるよ。また向こうであえるなら……」
アキトの表情が、辛そうに彼女を見ている。
「はい。それよりも、今はアキトさん自身のことを考えてください。戦いは明日なのですから。まずはわたしの世界で会えることを信じていますが、会えなくても帰ってきてくれるのですよね?」
「…………」
アキトは無言だった。
さやかは思う。帰るとは何処に帰ってくるのだろうか……。それが彼女の世界なのだとしたら、シャルメチアとの戦いには生き残らなければならない。
「会えますよね?」
さやかがそう言った瞬間、アキトは彼女を強く抱きしめた。
これから彼は戦場へいくが、すぐに「さやかの世界」でも会えるだろう。でも……さやかの世界で会えるのと、彼が戦いに生き残れるかはまったく別の問題なのだ。
「あぁ……。俺はこの先も.....その次も、.生きて好きな人のもとへ会いに行く」
アキトは、さやかにそう告げた。
「はい……。わたしもあきらめません」
彼女は手に力を込めながら、そう答えた。
「「…………」」
「アキト隊長! どこですか?」
ジャマールの声が外に響いた。
さやかは、彼の胸から顔を離す……。
そして、アキトの首に手を回し、引き寄せながらつま先を上にあげた……。
それからふたりは、なにも言わずに別れた。
さやかがアロンゾから離れると、ゆっくりと船が浮上する。
船の側面、ハンガーのスキマから、アキトが下の彼女を見つめていた。
アロンゾが浮上し方向を変える。そして、スピードを上げてその場から離れていった……。
上空を見ると、すでに太陽は消えている。基地内に停泊しているほかの船は順に浮上していた。遠くに見える船は、他の機士団基地からだろう。ところどころに、船体が発するオーラの光で夜空が照らされている。
それらを見てさやかは、以前なにかで見たランタンを空に飛ばす光景を思い出した。光り輝く多くのランタンがかもし出す幻想的な光景が、今彼女の目の前にあったのだ。
さやかは、隊舎のほうへ身体を向ける。基地内には残りわずかな船や、オハジキが見える。これらもすぐに浮上するのだろう。
アキトからもらった部屋の鍵を握りしめて、隊舎の入り口へ向かおうとした。
「あなたがさやか?」
彼女は、突然かけられた声の方向へ振り向いた。
そこには、どこかで見たことのある女性武官が立っていたのだ……。
彼女はケリーに連れられて、駆逐船アロンゾに入った。
外からアロンゾの外見を見て、彼女は翼の無いツバメを連想した。艦橋にあたる部分が頭で、船体の両サイドから細い手のようなものが飛び出ていたからだ。
すぐにアキトの乗ったパラムスが、アロンゾのハンガーに入ってくる。
ケリーが、さやかに説明してくれたアロンゾの全長は28ミルで、おおよそバス三台分の長さ。それと幅が20ミルで、高さが10ミルだ。彼女にはこの世界の単位はわからないが、さやかはざっくり肌感で、1ミルがほぼ1メートルだろうと推測した。
船体の両サイドは外に開かれており、左右どちらからでも機人を搬入できる。ハンガーのスペースは、余裕をもって機人を寝かせられるくらいはあるだろう。アロンゾの外側、両サイドからはアームが伸びていた。さやかが「細い手のような」と形容した部分だ。
左右に伸びているアームには、オハジキ2機が係留可能だった。飛行時は連結していたほうが、船の出力が高く出せる。さやかが「なんで?」とケリーに聞いたら、オハジキ2機のバーニアも使えるとの回答......。
さやかはそれを聞いて「それって合体!」と、目を輝かせる。
アロンゾからオハジキへの行き来は、アーム上に見える足場をつたって往復する。さやかはそれを見て「空中の外なのに手すりしかない……。足を滑らして落ちたら一巻の終わり」と背筋を寒くした。
アロンゾの武装は『オーラキャノン』と呼ばれる砲が1門と『ショットボム』が2つ。さやかは格納庫で、砲弾らしきものを見た。火薬の代わりにオーラで飛ばすわけで、威力の程度はわからない。彼女の勝手な想像で、城壁くらいは破壊できそうだと思った。
彼女はジャマールからも、武装について聞いている。ショットボムはオハジキにも搭載されているもので、まともに当たれば機人でも落とせるくらいの威力があるそうだ。あくまでも、当たればの話だそうだが……。
アロンゾは、機人やオハジキの乗務員を入れると、30人ほどの人が乗る。そのため内部はかなり狭い。
さやかはブリッジも見させてもらったが、正直広めのリビングくらいの広さしかなかった。実は、彼女が一番見たかったのは機関室なのだが、アキトのパラムス再コーティングや、レイカーのパラムス素材のコーティングをする必要があったので、大人しくハンガーに戻って作業をはじめる。
さやかの近くにはケリーがいてくれるので(監視?)、なぜかほかの整備員は寄ってこない……。
――まぁ、こんな作業は見られないほうがよいでしょう……。それにしても……。
「(隠れるのに)良さそうな所がないなぁ……」
思わず、彼女の口から声がでた。
「さやかさん……まだそんなことを考えていたんですか」
ケリーが呆れたような口調で言う。感が良い彼にはわかるのだろう。
「ははは……」
さやかは口をあけて、気まずそうな顔をしている。
実はアキトがパラムスを移動させて外に出たあと、ケリーに上手く潜り込めないか相談したのだ。ケリーは困ったような顔をして、やめるようにさやかを諭した。
「僕がそんなことを勝手に協力したら、アキト隊長に殺されます」
半分冗談のような顔をして、ケリーはそう言った。
「殺すってそんな物騒な……ははは」
「まぁ、そんなことはないとは思いますけど……僕の家は、アキト隊長のブルハーン家に対して多大な恩があります。万が一、さやかさんに何かあったら、うちの家がとり潰しになる可能性は……ないとは言い切れません」
さやかはケリーの言いように「えっ……あるの?」と、口走りながら彼を見返した。
ケリーは、彼女を正面から見据えながら言葉を返す。
「ないと思いますか?」
――良かった……ちゃんと生きてる……。
そう言われてさやかは、朝アキトが言った言葉と、その姿を思い出した。あんなに心配してくれた人をまた悲しませるのは、たいへん忍びない。
「ごめんなさい……。もう言いません」
彼女は、しおれた感じでそう言った。
「いえ、さやかさんの気持ちはわかります。自分にできることを行おうとしたのですよね。同じ技術者として、それは十分に理解できることですから……」
ケリーは、首と右腕を同時に振りながら微笑む。さやかはそれを笑顔で返してから質問した。
「そう言えばアーケームって、ケリーさんのお師匠さんが作った機体ですよね?」
「そうです。わが師ゲルマリック・プレイルは、その生涯で多くの機人を設計、製作してきました。その中でも、特に師の代表する機体はゲルマリックシリーズと呼ばれ、単騎6体が存在しています。アーケームはそのうちの1体です」
「もしかして、このパラムスも?」
さやかはパラムスを指さすが、ケリーは首を振る。
「まさか。このパラムスは量産機で、基礎設計は先々代の王国サージア長が行ったものです。ブレイル師がパラムスに行ったのはマイナーチェンジですね。それでもかなりのパワーアップに成功していますが」
ケリーの説明を聞いてさやかは「あぁ~」と嫌そうな声をあげた。
「ううぅ……わたしもやったことがあるけど、人が設計したものをいじるのって面倒なのよね。自分で設計したものなら、全部頭に入っているから楽なんだけど……」
「ははは……そのとおりですね。僕も苦労しています……。師は、この国に来たときにはすでに高齢でしたから、新規の機人制作は避けていたのですけども」
さやかはケリーの話を聞きながら、自分の頭のうしろで両手を組んだ。
「そっかー。もしかしたらアーケームに勝てる機体があると思ったのだけど、ないのね~」
「はい……残念ですが……」
ケリーは下を向いて、さやかにそう答えた。
「ふぅ~……。とりあえず、目の前の課題に打ち込みますか」
さやかは手にとった素材に対して、オーラコーティングを続ける。
彼女はやればやるほどコツがわかり、効率も上がるのがわかった。
「そうか……最初は指先の一点にオーラを集中させるやり方がやりやすかったのだけど……試してみようかな?」
1時間後……。
「あの……さやかさん……。それは、なにをやっているのですか? なんかとんでもない方法でコーティングを行っているように見えるのですが……」
ケリーは驚きの声をあげる。
彼には他の用事があり、さやかからしばらく目を離していたのだ。
「えっ、ははは……面白いでしょ。この方が効率よく作業できるみたい」
ケリーは自分の右手を閉じたり開いたりしながら、彼女の作業を観察する。その手の動きが、彼の気持ちを表しているようだった。
さやかはまず、大きい板状の素材全体に対して、薄くオーラを均一になじませた。
彼女のオーラは簡単には消えない。その素材の上面に、コーティングする素材をスキマなく並べていく。
さやかの両手は、板状素材の両端に触れている。彼女はオーラを調整しながら、さらに素材に対してオーラを流し込む。両サイドから流し込まれるオーラの色が均一になるように調整しながらだ。
板状素材の上に並べられている素材は、触れている部分を通してコーティングされるのだ。
最初に薄くオーラを均一になじませたのは、このほうがあとから思い切りオーラを流した際に、対象素材に対してオーラが定着しやすいのだと、さやかは気づいたからだ。この方法で効率よく素材の強度が上がり、より均一な仕上がりになる。
「もう、さやかさんの常識外れなオーラと行動には、驚くことはないと思っていましたが……」
ケリーの呆れたような言葉に、さやかは一旦作業が終わると振り向いた。
「えっ、これっていけないこと?」
彼女の言葉に、ケリーは首を振る。
「いえ、たいへん良い方法だと思います。現時点では、さやかさん以外の人にはできないでしょうが……。オーラの質はともかく、量も桁違いです。僕なら精神力がもちません」
「ふ~ん。現時点ね……」
さやかはジト目でケリーを見ると、彼は挑戦を受けたような微笑みで答える。
「はい。現時点です」(二コリ♪)
ケリーは微笑んでいるが、目は笑ってはいない。なにかがケリーの心に火をつけたようだった。
さらに1時間ほどして、アキトとレイカーが会議から戻ってきた。
「さやか。すまんが出来ている分だけでよいから、レイカーに素材を渡してくれるか」
アキトがまた申し訳なさそうに彼女に言う。
「はい、ええっと……。どれだっけ?」
さやかの返事は、戸惑っているようだった。
彼女の周りには、コーティング処理が完了した素材が、無造作に散らばっていたからだ。それは作業に夢中だったみたいで、散々な光景だった……。
「あれ? どれがレイカーさんの素材だったかしら……」
さやかの言葉に、アキトとレイカーが「マジか!」というような化け物を見るような表情で彼女を見ている……。
「ごめんなさい! ちゃんと整理していませんでした……」
「いや、そういう意味ではなく……この量を本当にこなしたのかと……」
アキトが、半分引きながらさやかを見ている……。
「いやぁ……どれくらいの量ができるか不明だったから、相当量を渡したつもりだったのだけれども……」
金髪イケメンのレイカーさんも引いていると、さやかは困ったような顔をした。
彼女は、助けを求めるようにケリーに追いすがる。その視線を受けて、彼は大きくため息を吐いたあとに言う。
「大丈夫ですよ。僕が判別つきますから。隊長たちも手伝ってください」
「「あぁ……」」
隊長二人が、ケリーの指示で素材を集めていく。
「とりあえず、今渡した分がケリー隊長の素材全てです」
「ありがとう。うちの整備員もすぐに来るだろうから、すまないが説明してやってくれ」
レイカーがそう言ってから、5分くらいで年配の整備員がやってきた。ケリーがその整備員に丁寧に説明する。
「お願いします。極秘な処理を行っていますので内密に。素材の継ぎ目には、必ず緑ロンブリーグリスを均等に縫っておいてください」
緑ロンブリーグリスと聞いて、さやかは興味津々な眼差しを、ケリーと整備員に向けている。
ケリーの説明に、年配の整備員は理解したようにうなずいた。
「ありがとうさやかさん。この戦いが終わったら、ぜひ礼をさせてくれ」
レイカーが、片目をつぶってそう告げる。
「はい、楽しみにしていますね」
さやかは笑顔で返事をした。素材を持って、レイカーと整備員はアロンゾを出ていく。
外はすでに薄暗くなっていた。わずかに見えている太陽はかなり薄い。
「さやか、わかっているとは思うが……」
アキトが気まずそうに言うと、彼女はゆっくりとうなずき口を開いた。
「はい……わかっています。もうすぐ出立時刻なのですね」
「あぁ……アロンゾの外に出よう」
「はい」
ふたりは外に出て、周りから見えないアロンゾの影に移動した。
「俺たちが飛び立ったら、今日は俺の部屋で休んでくれ」
アキトはそう言って、部屋の鍵をさやかに渡す。
「すまん……。正直、今の俺にはさやかが、自分の世界で目覚められるかわからない」
アキトはすまなそうに彼女を見る。彼のせいではないのにと、さやかは思った。
――変な責任感があるなこの人は……。
さやかは、そんなことはどうでも良いように微笑み返す。正直、自分の世界のことはもちろん気になるが、今はこの世界のほうが気になるからだ。
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――もうそなたの身体に問題はないから、安心して戻るがよい――。
なにかの効果音のあと、さやかの頭の中で聞いたことがある優しい声がした。
「ん? アキトさん今なにかしゃべりました?」
「いや? どうした?」
さやかの聞いた声はアキトの声ではなかったが、以前どこかできいたことがあるような気がした。
「ごめんなさい。なんでもありません。でも……大丈夫みたいです」
「ん? なにが大丈夫なんだ?」
アキトが心配そうに聞いてくる。
「わたしは、自分の世界に戻れるようです」
「…………」
「さやか、それはどういう……」
アキトは、そこまで言って言葉を切った。
「いや……だったら良かった。今は……さやかの言うことを信じるよ。また向こうであえるなら……」
アキトの表情が、辛そうに彼女を見ている。
「はい。それよりも、今はアキトさん自身のことを考えてください。戦いは明日なのですから。まずはわたしの世界で会えることを信じていますが、会えなくても帰ってきてくれるのですよね?」
「…………」
アキトは無言だった。
さやかは思う。帰るとは何処に帰ってくるのだろうか……。それが彼女の世界なのだとしたら、シャルメチアとの戦いには生き残らなければならない。
「会えますよね?」
さやかがそう言った瞬間、アキトは彼女を強く抱きしめた。
これから彼は戦場へいくが、すぐに「さやかの世界」でも会えるだろう。でも……さやかの世界で会えるのと、彼が戦いに生き残れるかはまったく別の問題なのだ。
「あぁ……。俺はこの先も.....その次も、.生きて好きな人のもとへ会いに行く」
アキトは、さやかにそう告げた。
「はい……。わたしもあきらめません」
彼女は手に力を込めながら、そう答えた。
「「…………」」
「アキト隊長! どこですか?」
ジャマールの声が外に響いた。
さやかは、彼の胸から顔を離す……。
そして、アキトの首に手を回し、引き寄せながらつま先を上にあげた……。
それからふたりは、なにも言わずに別れた。
さやかがアロンゾから離れると、ゆっくりと船が浮上する。
船の側面、ハンガーのスキマから、アキトが下の彼女を見つめていた。
アロンゾが浮上し方向を変える。そして、スピードを上げてその場から離れていった……。
上空を見ると、すでに太陽は消えている。基地内に停泊しているほかの船は順に浮上していた。遠くに見える船は、他の機士団基地からだろう。ところどころに、船体が発するオーラの光で夜空が照らされている。
それらを見てさやかは、以前なにかで見たランタンを空に飛ばす光景を思い出した。光り輝く多くのランタンがかもし出す幻想的な光景が、今彼女の目の前にあったのだ。
さやかは、隊舎のほうへ身体を向ける。基地内には残りわずかな船や、オハジキが見える。これらもすぐに浮上するのだろう。
アキトからもらった部屋の鍵を握りしめて、隊舎の入り口へ向かおうとした。
「あなたがさやか?」
彼女は、突然かけられた声の方向へ振り向いた。
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2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】闇属性魔術師はピンクの夢を見る
アークレイ商会
ファンタジー
精神系の闇属性魔法が得意な貴族学院の魔術講師が、皆を幸せにするために知恵と私財を投じて理想のハーレムを作り上げる人はそれを桃源郷と呼ぶ。
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