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第三部 鏡の表
36.異世界の朝(2)
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「奴らは、常守さんを狙っていたようだった」
「それで!」
「…………」
さやかは上半身が前のめりになり、椅子から立ち上がった。鼻息荒く言い放ったその姿に、アキトはちょっと引いている……。
「ん……ゴホン」
さやかはそれに気づき、椅子に座り直して軽く咳払いをした。
「ごめんなさい! アキトさんが一緒にいたのなら無事のはずですよね……。わたしなんか興奮しちゃって……」
アキトは、心の中で冷静を装いながら答える。
「いや……大丈夫だ(さやかのあまりの勢いに対しては)。襲ってきた奴は強かったが、なんとか撃退したよ。俺は無事だったし、常守さんは負傷したけど、肩に矢が刺さった程度で特に問題はないはずだ」
さやかはアキトの説明を聞いて「ん?」と思った。「肩に矢が刺さっても問題ない」ってこっちの世界の感覚だよねと……。
「アキトさんはこの世界の人だからでしょうが、わたしの世界では身体に矢が刺さるって、滅多にない状況なんですよ……」
彼はそれを聞いて「あっそうか、それはそうだ」と、自分の頭を「ポリポリ」とかきながら、申し訳ないような顔つきをした。
しょうがないとさやかは思うが、こればかりは生きてきた世界が違うのでどうしようもない。アキトは顔つきを元に戻して口を開く。
「そのあと、病院にさやかを見に行った。ベッドで、普通に寝ているようにしか見えないさやかを見て、俺はとても……」
一瞬アキトが泣きそうな表情を見せたあと、続けて言う。
「とても不安になったんだ……」
「それは……」
さやかは、本当に心配をかけたんだと悟った。アキトは自分の経験から、彼女は目覚めるはずだと思っていたのだろう。だが目覚めなかったのだ。その思いで、なおさら心配をかけたのだろうと……。
アキトは、冷静な表情に戻り話を続ける。
「そのあと病室に、さやかの兄上と代田さんが入ってきた。さやかの兄上は最初、俺に対して厳しい感じだったよ。実際、最初に電話したときも厳しかったな……」
アキトはそう言いながら微笑んでいたが、兄の性格的にはかなりキツイ感じだったのだろうと、彼女は想像した。
「そして、肝心の最後なんだが……。建物の上のほうで、何かいままで感じたことがない気配を感じたんだ。だからすぐにその場を離れた」
「気配?」
アキトの言いように、それは不穏な気配だったのだろうと、さやかはさっする。
「あぁ……。それで病院の屋上までいったんだが……。そこには、ひとりの男がいたんだ……」
そう言ったアキトの顔つきは、先ほどまでとは違い真剣なものに変わっていた。
「その男は、俺を見ても何の感情も示さなかった。表情はただ冷たく……なんて言うか、俺を風景の一部としか見ていないような感じだったな」
「その人は?」
さやかが待ちきれないように聞き返したが、アキトは話を続ける。
「それからすぐに、代田さんが屋上に上がってきたんだ。その代田さんが、その男を見て突然叫んだ」
「叫んだ?」
「あぁ……トモーラと」
「!!!」
さやかは、想像もしなかった人物の名前を聞いて驚く。
「トモーラはそれから、手からオーラを放って代田さんを攻撃した」
「えっ?」
さやかは、アキトの口から「手からオーラを放って」と聞いて声にだす。それで彼に問いただした。
「……アキトさんには、トモーラの手からオーラが放たれるところが見えた……」
「あぁ、そのとおりだ。俺は自分のオーラを展開して、奴の攻撃から代田さんを守った」
「それは……」
「そうだ。自分で奴の攻撃を受けた。触れたからわかる。間違いなく『オーラ』での攻撃だった」
「それは……いったい、どうやって?」
オーラそのものでは、相手を攻撃することはできない。それはアキト自身がさやかに言ったことだった。
「実は……さやかには言ってなかったが、このムーカイラムラーヴァリーでの身分や階級制度には王族や貴族、平民以外にも特別な者が存在する」
「者? それは特別な身分という意味ですか?」
話の方向性が少しズレたので、さやかの表情が「?」に変わるが、アキトの話は続く。
「あぁ……それがこの天空世界の最上部『帝島』に住まう『天帝』を頂点としたアシュハラ教、それを管理統率する者たちだ。この世界に住む人間は、彼らを『神官』や『神職』と呼んでいる」
「神官や神職? 王や貴族とは何が違うのですか?」
さやかは神職とアキトが言ったことで、なんとなくだが想像はできた。自分の世界でもキリスト教が存在し、司教や司祭がいるからだ。それでも念のため彼に聞いてみる。
「違うな。王や元首など、国家の統治者とは違い、天帝はこの世界の創造から存在したと言われている存在だ。この世界の人間は、物心がついたときから『天帝』を敬い生きている」
「それは、宗教や神とは違いますか?」
「『天帝』を敬う名目として、『アシュハラ教』という組織が存在しているが、さやかの世界の宗教とは違うと思う……。なぜなら明確な教義がない」
「ん? それは、教えがないという意味ですか? ああしなさい、こうしなさいのような……」
さやかは日本の『神道』に近いと感じた。アキトは言いにくそうに答える。
「う~ん。はっきりとしたものは無いな……。さやかの世界に例えるなら『神』と言うのが、一番しっくりくるかもしれない。昔から存在し続ける畏敬の念と、絶対的な力だな」
「絶対的な力? それは強い神という意味ですか? 権威とは違う、軍隊でも勝てないくらいの武力とか?」
たしかに権威だけでも、ある程度までなら影響を与えることはできるだろう。だがアキトは権威だけでなく『絶対的な力』とも言ったのだ。
「そうだな……まず勝てない。アシュハラ教が持つ機士団に関しては、長くなるからまたにするが、大国の機士団よりも強いとだけ言っておく。過去天帝に戦いを挑んだ者、またはその権威を後ろ盾にするアシュハラ教の神官たちに、抵抗した者たちは存在した。だがことごとく敗れて、大きな被害をだしている」
「それは、凄まじい歴史ですね......。今後も、挑む人たちがいないことを祈ります」
「俺もそう思う。でもな、そもそもアシュハラ教に挑む必要性がないんだ」
「必要性がない?」
さやかは聞く。それだけの力があるなら、奪える物があるからこそ、戦いを挑む者がいるはずだ。アキトはうなずきながら、彼女の問いかけに答える。
「天帝と神職たちの住まう帝島は、小さい島だ。普通の国なら自分たちの領土を増やすために、他国へ進攻して攻め取る必要がある。だがアシュハラ教には、領土的野心がない」
「領土的野心がないとは?」
領土的野心がないとアキトは言った。その意味が知りたくて、さやかは聞き返す。
「過去から現在まで、アシュハラ教が領土を得るために、他国へ進攻したことはない。また多国間の領土的な争いに対しても、表立って介入することもない。逆に依頼があれば争いを調停したり、第三者的に意見を言うことがあるくらいだ。とは言え、それに従わなくても表立っての懲罰はない」
「表立ってというのはどういう意味ですか? なにか怖いのですけど……」
さやかは本当に、怖そうな顔をしながら聞き返した。アキトはすくむように、両肩を軽く上げながら言う。
「例外を除き、直接には手を下さないと言う意味だ。間接的に他国を動かすことが多いかな……。まぁ話がそれたが、とにかく彼らは特別な存在だ」
「はい……」
「神職の地位にある者を俺たちは『神官』とも呼ぶ」
アキトの説明に、さやかはうなずいてから聞く。
「神官を見る機会はありますか?」
「一般人ではまずないだろう。基本的に彼らは帝島にいて、特別な儀式でもないと、下の島へは降りてこないからだ。だから降りてきても会えるのは王族や貴族の一部くらいだろう。オヤジなら見たことはあるだろうが、俺は見たことがなかった」
「見たことがなかった?」
さやかは首をかしげながら、アキトの言葉に疑問を感じた。見たことがなかったとは、見たということだ。
「あぁ……。オーラの話に戻るが、オーラを使う方法は2種類あると説明したが、覚えているか?」
「はい。体内で生成して身体を強化する方法と、体外へ放出して物体に定着、力を与える方法ですね」
アキトはまるで、先生のようにうなずいてから話を続ける。
「そうだ、その認識で間違ってはいない。オーラ単体を体外に放出しても、対象がなくては力が拡散するだけで意味がない。だが、その例外が『神官』だけが持つことを許される『神器』の存在だ」
「神器ですか……」
さやかはその名称から、神々しいものを感じたが、アキトは続けて告げる。
「神器を身に付けていれば、オーラを単体で飛ばせる。このオーラを俺たちは『聖なる光』と呼んでいる」
アキトは右手を上に広げ、オーラを出すしぐさをしながらそう言った。
「『聖なる光』ですか。ではトモーラは……」
「あぁ……奴は『聖なる光』を放てる。その証拠に、両手の指に指輪型の神器らしき物を付けていた」
「待ってください。では……トモーラの正体は……」
さやかには答えがわかり、アキトへ問いかける。
「そうだ。奴はこっちの……ムーカイラムラーヴァリーの神官だ。しかもかなり高位の……」
「高位の神官ですか……。それは普通の神官とは違うのですか?」
普通の神官ではなく、高位の神官だとアキトは言った。違いは何なのか。答えが知りたくてさやかは尋ねる。
「断言はできないが、奴が放出して両手の中で練り上げたオーラの塊は、かなりの高濃度だった。俺がもし神器を持っていたとしても、あれほどの色の塊は、間違いなく作り出せるもんじゃない」
アキトが断言したくらい、それは強力なオーラだったのだと、さやかは推測した。彼は少し誇るような口調で話しだす。
「でもまぁ......そこに異物である俺のオーラを流して裂懐させたんだけどな」
「裂懐?」
「あぁ、あのとき、奴のオーラをそのまま放置したら、病院の上部ごと吹き飛んでいただろう。奴は俺だけを殺すつもりだった」
「アキトさんだけ?」
彼の口から「殺す」という言葉がでたので、さやかは急に怖く感じる。
「奴はあの場で『なんとかする方法』が、俺にはわかると言ったんだ。そしてそのとおり、俺には奴が出すオーラが何かわかった。あのオーラの塊は、オーラを持つものにしか変えることができない。だから俺はトモーラの腕の中、オーラの渦があるうちに自分のオーラをぶつけて、奴の神器にまで流して裂懐させた。それであの場では、無効化させることができたんだ」
「あの……アキトさん?」
さやかは、彼の腕を「ちょんちょん」とつついて問いかけた。
「なんだ?」
アキトはそれに気づいて「ん?」と言い返す。
「ええと……それって、かなり危ないことをしたんじゃないですか?」
さやかはちょんちょんから、アキトの裾をつかみ、ジト目で訴える。
「あぁ……。でも、あのときはそれしか考えられなかった。奴も周りを犠牲にしないために、俺に対してだけオーラを当てるつもりだったのだろう」
「だから……あなたは自分からオーラを受ける前に『破裂』させた……」
「『裂懐』だ」
アキトは気まずそうに言い、微笑んだ。
「もし、タイミングが悪ければ……」
命が無くなっていたのだと、さやかは心の中でつぶやいた。
「そうだな……でも、なんだっけか、さやかの世界で言う『結果よければ全てよし』だ。そんな言葉があるだろう?」
「はぁ~~……」
さやかは深いため息を吐いた。本当に危ないところだったのだろうと思ったからだ。自分の世界でもないのに、彼女の周りにいる人たちを守るために、彼は自分から命をかけたのだ。
さやかは椅子から立ち上がりアキトに近寄ると、座っている彼の顔をその両手で抱きしめた。
「おいっ……さやか……」
「アキトさんは……いつも無茶をし過ぎです……」
「「…………」」
さやかの目から、涙が零れ落ちてくる。
羞恥心も忘れて……泣いて彼を抱きしめたかったのだ。
アキトは、されるがままになっている。
しばらくその状態のままだったが、さやかの気持ちが収まり、彼から離れた。
「ご……ごめんなさい。わたし……」
アキトは気まずそうな表情をしたが、さやかの顔を見ながら言う。
「あぁ……えぇぇっと、とりあえず朝食を食べに行かないか?」
彼は何事もなかったかのように、さやかにそう言ってくれたのだ。
「……はい!」
さやかは……元気よく返事を返した……。
「それで!」
「…………」
さやかは上半身が前のめりになり、椅子から立ち上がった。鼻息荒く言い放ったその姿に、アキトはちょっと引いている……。
「ん……ゴホン」
さやかはそれに気づき、椅子に座り直して軽く咳払いをした。
「ごめんなさい! アキトさんが一緒にいたのなら無事のはずですよね……。わたしなんか興奮しちゃって……」
アキトは、心の中で冷静を装いながら答える。
「いや……大丈夫だ(さやかのあまりの勢いに対しては)。襲ってきた奴は強かったが、なんとか撃退したよ。俺は無事だったし、常守さんは負傷したけど、肩に矢が刺さった程度で特に問題はないはずだ」
さやかはアキトの説明を聞いて「ん?」と思った。「肩に矢が刺さっても問題ない」ってこっちの世界の感覚だよねと……。
「アキトさんはこの世界の人だからでしょうが、わたしの世界では身体に矢が刺さるって、滅多にない状況なんですよ……」
彼はそれを聞いて「あっそうか、それはそうだ」と、自分の頭を「ポリポリ」とかきながら、申し訳ないような顔つきをした。
しょうがないとさやかは思うが、こればかりは生きてきた世界が違うのでどうしようもない。アキトは顔つきを元に戻して口を開く。
「そのあと、病院にさやかを見に行った。ベッドで、普通に寝ているようにしか見えないさやかを見て、俺はとても……」
一瞬アキトが泣きそうな表情を見せたあと、続けて言う。
「とても不安になったんだ……」
「それは……」
さやかは、本当に心配をかけたんだと悟った。アキトは自分の経験から、彼女は目覚めるはずだと思っていたのだろう。だが目覚めなかったのだ。その思いで、なおさら心配をかけたのだろうと……。
アキトは、冷静な表情に戻り話を続ける。
「そのあと病室に、さやかの兄上と代田さんが入ってきた。さやかの兄上は最初、俺に対して厳しい感じだったよ。実際、最初に電話したときも厳しかったな……」
アキトはそう言いながら微笑んでいたが、兄の性格的にはかなりキツイ感じだったのだろうと、彼女は想像した。
「そして、肝心の最後なんだが……。建物の上のほうで、何かいままで感じたことがない気配を感じたんだ。だからすぐにその場を離れた」
「気配?」
アキトの言いように、それは不穏な気配だったのだろうと、さやかはさっする。
「あぁ……。それで病院の屋上までいったんだが……。そこには、ひとりの男がいたんだ……」
そう言ったアキトの顔つきは、先ほどまでとは違い真剣なものに変わっていた。
「その男は、俺を見ても何の感情も示さなかった。表情はただ冷たく……なんて言うか、俺を風景の一部としか見ていないような感じだったな」
「その人は?」
さやかが待ちきれないように聞き返したが、アキトは話を続ける。
「それからすぐに、代田さんが屋上に上がってきたんだ。その代田さんが、その男を見て突然叫んだ」
「叫んだ?」
「あぁ……トモーラと」
「!!!」
さやかは、想像もしなかった人物の名前を聞いて驚く。
「トモーラはそれから、手からオーラを放って代田さんを攻撃した」
「えっ?」
さやかは、アキトの口から「手からオーラを放って」と聞いて声にだす。それで彼に問いただした。
「……アキトさんには、トモーラの手からオーラが放たれるところが見えた……」
「あぁ、そのとおりだ。俺は自分のオーラを展開して、奴の攻撃から代田さんを守った」
「それは……」
「そうだ。自分で奴の攻撃を受けた。触れたからわかる。間違いなく『オーラ』での攻撃だった」
「それは……いったい、どうやって?」
オーラそのものでは、相手を攻撃することはできない。それはアキト自身がさやかに言ったことだった。
「実は……さやかには言ってなかったが、このムーカイラムラーヴァリーでの身分や階級制度には王族や貴族、平民以外にも特別な者が存在する」
「者? それは特別な身分という意味ですか?」
話の方向性が少しズレたので、さやかの表情が「?」に変わるが、アキトの話は続く。
「あぁ……それがこの天空世界の最上部『帝島』に住まう『天帝』を頂点としたアシュハラ教、それを管理統率する者たちだ。この世界に住む人間は、彼らを『神官』や『神職』と呼んでいる」
「神官や神職? 王や貴族とは何が違うのですか?」
さやかは神職とアキトが言ったことで、なんとなくだが想像はできた。自分の世界でもキリスト教が存在し、司教や司祭がいるからだ。それでも念のため彼に聞いてみる。
「違うな。王や元首など、国家の統治者とは違い、天帝はこの世界の創造から存在したと言われている存在だ。この世界の人間は、物心がついたときから『天帝』を敬い生きている」
「それは、宗教や神とは違いますか?」
「『天帝』を敬う名目として、『アシュハラ教』という組織が存在しているが、さやかの世界の宗教とは違うと思う……。なぜなら明確な教義がない」
「ん? それは、教えがないという意味ですか? ああしなさい、こうしなさいのような……」
さやかは日本の『神道』に近いと感じた。アキトは言いにくそうに答える。
「う~ん。はっきりとしたものは無いな……。さやかの世界に例えるなら『神』と言うのが、一番しっくりくるかもしれない。昔から存在し続ける畏敬の念と、絶対的な力だな」
「絶対的な力? それは強い神という意味ですか? 権威とは違う、軍隊でも勝てないくらいの武力とか?」
たしかに権威だけでも、ある程度までなら影響を与えることはできるだろう。だがアキトは権威だけでなく『絶対的な力』とも言ったのだ。
「そうだな……まず勝てない。アシュハラ教が持つ機士団に関しては、長くなるからまたにするが、大国の機士団よりも強いとだけ言っておく。過去天帝に戦いを挑んだ者、またはその権威を後ろ盾にするアシュハラ教の神官たちに、抵抗した者たちは存在した。だがことごとく敗れて、大きな被害をだしている」
「それは、凄まじい歴史ですね......。今後も、挑む人たちがいないことを祈ります」
「俺もそう思う。でもな、そもそもアシュハラ教に挑む必要性がないんだ」
「必要性がない?」
さやかは聞く。それだけの力があるなら、奪える物があるからこそ、戦いを挑む者がいるはずだ。アキトはうなずきながら、彼女の問いかけに答える。
「天帝と神職たちの住まう帝島は、小さい島だ。普通の国なら自分たちの領土を増やすために、他国へ進攻して攻め取る必要がある。だがアシュハラ教には、領土的野心がない」
「領土的野心がないとは?」
領土的野心がないとアキトは言った。その意味が知りたくて、さやかは聞き返す。
「過去から現在まで、アシュハラ教が領土を得るために、他国へ進攻したことはない。また多国間の領土的な争いに対しても、表立って介入することもない。逆に依頼があれば争いを調停したり、第三者的に意見を言うことがあるくらいだ。とは言え、それに従わなくても表立っての懲罰はない」
「表立ってというのはどういう意味ですか? なにか怖いのですけど……」
さやかは本当に、怖そうな顔をしながら聞き返した。アキトはすくむように、両肩を軽く上げながら言う。
「例外を除き、直接には手を下さないと言う意味だ。間接的に他国を動かすことが多いかな……。まぁ話がそれたが、とにかく彼らは特別な存在だ」
「はい……」
「神職の地位にある者を俺たちは『神官』とも呼ぶ」
アキトの説明に、さやかはうなずいてから聞く。
「神官を見る機会はありますか?」
「一般人ではまずないだろう。基本的に彼らは帝島にいて、特別な儀式でもないと、下の島へは降りてこないからだ。だから降りてきても会えるのは王族や貴族の一部くらいだろう。オヤジなら見たことはあるだろうが、俺は見たことがなかった」
「見たことがなかった?」
さやかは首をかしげながら、アキトの言葉に疑問を感じた。見たことがなかったとは、見たということだ。
「あぁ……。オーラの話に戻るが、オーラを使う方法は2種類あると説明したが、覚えているか?」
「はい。体内で生成して身体を強化する方法と、体外へ放出して物体に定着、力を与える方法ですね」
アキトはまるで、先生のようにうなずいてから話を続ける。
「そうだ、その認識で間違ってはいない。オーラ単体を体外に放出しても、対象がなくては力が拡散するだけで意味がない。だが、その例外が『神官』だけが持つことを許される『神器』の存在だ」
「神器ですか……」
さやかはその名称から、神々しいものを感じたが、アキトは続けて告げる。
「神器を身に付けていれば、オーラを単体で飛ばせる。このオーラを俺たちは『聖なる光』と呼んでいる」
アキトは右手を上に広げ、オーラを出すしぐさをしながらそう言った。
「『聖なる光』ですか。ではトモーラは……」
「あぁ……奴は『聖なる光』を放てる。その証拠に、両手の指に指輪型の神器らしき物を付けていた」
「待ってください。では……トモーラの正体は……」
さやかには答えがわかり、アキトへ問いかける。
「そうだ。奴はこっちの……ムーカイラムラーヴァリーの神官だ。しかもかなり高位の……」
「高位の神官ですか……。それは普通の神官とは違うのですか?」
普通の神官ではなく、高位の神官だとアキトは言った。違いは何なのか。答えが知りたくてさやかは尋ねる。
「断言はできないが、奴が放出して両手の中で練り上げたオーラの塊は、かなりの高濃度だった。俺がもし神器を持っていたとしても、あれほどの色の塊は、間違いなく作り出せるもんじゃない」
アキトが断言したくらい、それは強力なオーラだったのだと、さやかは推測した。彼は少し誇るような口調で話しだす。
「でもまぁ......そこに異物である俺のオーラを流して裂懐させたんだけどな」
「裂懐?」
「あぁ、あのとき、奴のオーラをそのまま放置したら、病院の上部ごと吹き飛んでいただろう。奴は俺だけを殺すつもりだった」
「アキトさんだけ?」
彼の口から「殺す」という言葉がでたので、さやかは急に怖く感じる。
「奴はあの場で『なんとかする方法』が、俺にはわかると言ったんだ。そしてそのとおり、俺には奴が出すオーラが何かわかった。あのオーラの塊は、オーラを持つものにしか変えることができない。だから俺はトモーラの腕の中、オーラの渦があるうちに自分のオーラをぶつけて、奴の神器にまで流して裂懐させた。それであの場では、無効化させることができたんだ」
「あの……アキトさん?」
さやかは、彼の腕を「ちょんちょん」とつついて問いかけた。
「なんだ?」
アキトはそれに気づいて「ん?」と言い返す。
「ええと……それって、かなり危ないことをしたんじゃないですか?」
さやかはちょんちょんから、アキトの裾をつかみ、ジト目で訴える。
「あぁ……。でも、あのときはそれしか考えられなかった。奴も周りを犠牲にしないために、俺に対してだけオーラを当てるつもりだったのだろう」
「だから……あなたは自分からオーラを受ける前に『破裂』させた……」
「『裂懐』だ」
アキトは気まずそうに言い、微笑んだ。
「もし、タイミングが悪ければ……」
命が無くなっていたのだと、さやかは心の中でつぶやいた。
「そうだな……でも、なんだっけか、さやかの世界で言う『結果よければ全てよし』だ。そんな言葉があるだろう?」
「はぁ~~……」
さやかは深いため息を吐いた。本当に危ないところだったのだろうと思ったからだ。自分の世界でもないのに、彼女の周りにいる人たちを守るために、彼は自分から命をかけたのだ。
さやかは椅子から立ち上がりアキトに近寄ると、座っている彼の顔をその両手で抱きしめた。
「おいっ……さやか……」
「アキトさんは……いつも無茶をし過ぎです……」
「「…………」」
さやかの目から、涙が零れ落ちてくる。
羞恥心も忘れて……泣いて彼を抱きしめたかったのだ。
アキトは、されるがままになっている。
しばらくその状態のままだったが、さやかの気持ちが収まり、彼から離れた。
「ご……ごめんなさい。わたし……」
アキトは気まずそうな表情をしたが、さやかの顔を見ながら言う。
「あぁ……えぇぇっと、とりあえず朝食を食べに行かないか?」
彼は何事もなかったかのように、さやかにそう言ってくれたのだ。
「……はい!」
さやかは……元気よく返事を返した……。
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