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第三部 鏡の表
35.異世界の朝(1)
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さやかは目を覚ますと、嗅いだことのない部屋の匂いがした。
まだ頭の中がぼぉ~っとしていたが、ゆっくりと上半身を起こして、自分の着ているものを確認する。
「……あれ?」
わたし……昨夜、着ていた作業着のままだ。
「っていうかわたし、まだこの世界にいたままだ……」
アキトの話だと、寝れば自分の世界に戻れると聞いていたのだ。
冷静になって、部屋の中をぐるりと見渡す。
部屋にある棚の上には、見たことのあるヨロイが置いてあった。
それは昨日、アキトが着けていたものだった。
ということは……ここはアキトさんの部屋のはず?
たしか、上級貴族の三男坊だと聞いていたはずだったけど……。
わたしはあらためて部屋の中を見渡した。貴族のボンボンって言うわりには、部屋の中の内装が殺風景に思える。家具は全て飾りっけなしで『貴族』を連想させられるような、キラキラしている物がまったくなかった。
正直これでは、自分の世界にある独身寮となんら変わりない。
まぁ、アキトさんがキラキラした物を持っていても、イメージが違うとは思うけど……。
それよりも、このベッドにわたしを寝かしてくれたのはアキトさんかな?
(まぁ、そうなるよね……)ポリポリ。
わたしは、寝ているベッドのシーツをよく見る。
あぁ、作業着のままだからシーツを汚してしまったな。
「替えのシーツはないかな……と……」
ベッドから出ると、とりあえず汚れたシーツを剥がしておく。
シーツの替えも探したいし、汚れたままの顔も洗いたい。
さやかは、ゆっくりと部屋の扉を開けて外をのぞき見た。
パッと見て誰もいない。大丈夫かと思い、ゆっくりと顔を外側に出すと……。
「おい」
……誰もいないのを確認して出たつもりだったのに……(泣)
さやかはその声に、ゆっくりと顔を横に向けると、声が飛んで来た。
「あんた、さやかとか言ったよな」
そこには、見たことのある幼い感じの少年が立っていた。最初にこの世界へ来たとき『オハジキ』から手を伸ばして助けてくれたジャマールだ。
「あんたが今、出ようとしている部屋だけど……」
「!!!」
あれ? 朝に上官の部屋からコッソリ出ようとする女って……これはヤバい展開かも……(ドキドキ)
ジャマールは続けて、わたしに何か言いそうになるが、一瞬考える表情になった。
「はぁ~、まぁいいや。アキト隊長にもそれくらいの甲斐性があったってことか」
「えっ! ええと、甲斐性ってわたしはべつに……」
わたしは懸命に、言い訳(?)をしようとする。
「見なかったことにしておくよ。それとこれ」
そう言ったジャマールの手には、欲しかった替えのシーツや着替えやらがある。
「これは?」
「俺、今月は隊長の従士当番だから」
「従士?」
「いいからさ、早く古いシーツをちょうだい」
「あっ、はい!」
わたしは、慌てて部屋に入り直すと、さっき剥がしたシーツやら、部屋の隅に投げ捨ててあった下着やらをジャマールに渡した。
「じゃ」
ジャマールは、それだけで去っていこうとしたので声をかける。
「あのぅ……」
「なに?」
わたしの問いかけに、ジャマールは面倒くさそうに振り返る。
「顔を洗いたいので水のあるところを教えてっ!」
「ん? あぁ……そこの階段上がって4階に行くと右手にあるよ。4階は女子用だから」
ジャマールは、そう言うと去って行った。
わたしは一旦部屋に戻り、先ほど彼からもらったタオルを持って4階へ上がった。
もともとここは3階だったらしく、そこから4階に上がると、たしかに女性しかいなかった。昨日も思ったが、女性も多くいるのがわかる。体力的に男性のほうが多いのかと勝手に推測していたが、考えてみればオーラが使えるのなら、十分戦力となるだろう。男女はあまり関係ないのかもしれない。
戦時下なのか皆が慌ただしく動いている。わたしを見ても誰も気にしない……ように見える……と、思うことにした。
見つけたトイレの中は広かった。わたしの世界における公衆トイレと同じように、ボックスで仕切られている。わたしは用をすまし、大きな洗面台の前で顔を洗う。この世界にも、わたしの世界と似たような蛇口があったので驚いた。
「う~ん。構造も同じなのかな?」
わたしは蛇口をよく観察しようと、顔を近づけて横からのぞき込む。そのときふとトイレのスミを見ると、トイレのボックスとは別に、仕切りのある場所がいくつか見えた。
「まさかこれは!」と感じ近づいて中を見ると……なんと、シャワー室を発見!
顔だけでなく、わたしは身体も汚れていたので、ついでに身体も洗うことにした。
シャワーは水かと思ったけど、ちゃんとお湯が出る。給湯の仕組みが知りたいが……。こんなところにずっといたら怪しまれるだろうな……今日のところは諦めよう。
シャワーでさっぱりしてから、アキトさんの部屋へ戻る。
考えずに部屋の扉を開ける。
「わっ!」
そこにはアキトさんがいた……。そりゃそうだ。ここはアキトさんの部屋なのだ。考えずに入ったわたしが悪い。
「さやか!」
アキトさんはわたしに近寄ってきた。そして……いきなりハグされる。
(えっ? ちょっとまっ……)
「良かった……ちゃんと生きてる……」
アキトさんがため息を吐くように、安心した声でつぶやく。
「…………」
そうか、こんなに心配してくれるってことは……。
わたしは想像する。
「アキトさんは……わたしの世界に行けたんですね?」
「あぁ、そうだ」
アキトさんは、わたしをハグしたままで肯定する。
「そこでわたしはどうなってましたか?」
「さやかは……あのとき気を失って倒れたままだった。まだ目を覚ましていない。将人さんから聞いた話では、精神的なショックが原因らしい。身体には異常はないからじきに目を覚ますとも……」
「そうですか。アキトさんは、それが原因だと思われますか?」
わたしはそう言いながら、自分の手に力を込める。精神的なショックと言われれば、たしかにわたしはあのとき、父が亡くなったショックと疲労のダブルパンチだったかもしれない。
「正直……俺にはわからない。将人さんの言うとおりかもしれないが、逆に目を覚まさないとなると、こっちの世界にいたままになる。その状況が、さやかの世界でのさやかの身体にどんな悪影響を及ぼすのか……。ん? あっ!」
アキトさんが今の体勢に気づいて、わたしから離れる。顔が真っ赤になっていて少しかわいい。
「すまん! 向こうの世界でさやかが目を覚ましていないのを見たときからもう……どうしてこんなことになったのか……。そればかり考えていて……考えもせずに身体が動いてしまった……」
そうか……。だからアキトさんは、こんなに心配してくれたんだ。
「とにかく座ろう」
アキトさんは、自分を落ち着かせるように、わたしにそう言った。
「あっ、待ってください」
アキトさんがベッドに座ろうとしたので、わたしは慌てて自分が汚したシーツを剥がし、新しいシーツに変える。
「あれ? そのシーツは?」
アキトさんが、指でシーツを差しながら聞いてくる。
「……先ほどジャマールさんからもらいました」
「あぁ、それは……。なんか言われなかったか?」
アキトさんは、気まずそうにそう言った。
「ええと……。隊長にもそんな甲斐性あったんですねって言ってました」
わたしは、少しいたずらっ子のような顔つきで言う。
それを聞いて、アキトさんの片方の目が吊り上がる。
「上官をおちょくるとはいい根性だ。この戦いが終わったら存分に鍛えてやろう」
アキトさんも、いたずら小僧のような表情を見せた。
「良い青年ですね。まだ幼い感じがしますけど」
「そうか? さやかと歳はそんなにかわらないぞ。たしかケリーと同い年だから21歳のはずだ」
「えっ! わたしと2歳しか違わないんですね。もっと若いかと思っていました」
「そうなのか? それじゃ、さやかも俺と同い年だ」
アキトさんは何気にそう言った。
「…………」(さやかさん。アキトさんの顔をジッと見る図)
「えぇ~! アキトさんは、もっと年上かと思ってました!」
「ちょっとまってくれ……。俺はいったいいくつに見えるんだ?」
「20代とは思っていましたよ。ぎりぎりですが……」
アキトさんの表情から、何気にショックを受けたようだ。(ぷぷぷ)
「あぁ……まぁいいよ。それよりもさやかの世界であったことを話したい」
「あっ、はい」
アキトさんはベッドに座ったが、わたしは椅子に座った。作業着でまたシーツを汚したくなかったからだ。
あらためてアキトさんから聞いたことは、驚きの連続だった。
叔父である常守と会って話したこと。叔父さんは『オーラ』について知っていたこと。光のバシュタ教団の教祖であるトモーラがオーラを使えること。
そして、そのトモーラが父を殺した可能性があること。
「さやかは、お父上が居た病室で『手負いの男』が入ってきたことを覚えているか?」
アキトさんの話に、わたしはそのときの光景を思い出す。
(あの人は……)
「覚えています。あの人は……様子から見て叔父さんの部下でしょうか?」
「そうだ。名を代田さんと言う。常守さんの指示で、教団の本部に潜入していたらしい。そこからさやかが襲われることを聞いて脱出してきた」
そうなのだ。それにわたしは、代田さんが皆に告げた言葉を思い出す。
――そこには小型の原子炉があるそうです――。
「その代田さんだが。さやかは以前……彼に助けられている」
アキトさんが、真面目な表情でわたしに言ってくる。
「ん? そうなんですか? いったいどこで?」
あの顔を見るのは初めてのはずだ。わたしの人生の中では、父が政治家のせいか警官を見る機会は多い。けれども助けられたことなんて……。
「さやかは、思い出したくないかもしれないが……」
「!!!」
わたしが思い出したくもないこと。アキトさんが言ったその言葉で、頭の中にある光景が浮かび上がる。
それは、母が……車に引かれた瞬間に飛び込んできた警官の光景だった。たしか若い警官だったと思う。
わたしは……どうして今になって思い出したのだろう。
「わたしは自分を助けてくれた人を……思い出すことすら記憶の中から消していたんですね。でもそれは……何かの歯車が噛み合って……何かが動きだそうとしている前触れなのでしょうか……」
アキトさんは、そう言ったわたしの顔をジッと見ていた。
「…………」
それからアキトさんは、母の事故現場にトモーラがいたこと。トモーラが父を暴漢から助けたこと。教団のスパイが逃走中、倒れてきたクレーンに巻き込まれて亡くなったこと。その全てに『トモーラ』と『オーラ』が関わっていたことを教えてくれた。
「さやかのお母上は、原子……力を大学で教えていたんだろう?」
アキトさんが質問するように聞いてくる。それはそうだ。この世界の人間の口から出てくるような単語ではない。聞かれたわたしも、なんだか不思議な感じだった。
「えぇ、確かに専門家ではあったはずです」
「トモーラ。当時は『鞆浦』と名乗っていたらしいが、奴はお母上の教え子でもあった」
そうなのだ。前回徹叔父さんが皆に告げた真実。わたしには、詳しい関係性がまだわからない。いったい何が動き出しているのかも……。
「叔父が『オーラ』のことを知っていたとしても、どうやって説明したのですか? それにオーラは、単体では外に放出できないのでは?」
叔父が話したトモーラの『オーラ』と、わたしが知っているオーラとは噛み合わないので、アキトさんが叔父に説明するのは難しいだろう。
でもアキトさんは「あっけらかん」とわたしに言った。
「あぁ……だから常守さんには、実際に体内での生成と効果を見せた」
「ん? 効果を見せたって? どうやって?」
わたしの頭の中で、クエスチョンマークが3つほど立った。
「それが一番手っ取り早いと思ったから、常守さんが打ち込んだ木刀を腕で受けて見せた。普通なら骨が折れるほどの威力だったからな。信じざるをえなかっただろう」
(この人たちは……)
「……まったく無茶なことをしますね。木刀の一撃を受けるほうも受けるほうですが、言われて打ち込む叔父も叔父です。徹叔父さんは、今はあんな体格ですけど、学生時代は全国大会に行ったほどの猛者ですよ」
そうなのだ。今の徹叔父の体格を見たら誰も信用しないが、若いころの叔父は今と見違うほどの、スマートな体形だったのだ。以前、母から写真を見せられたときの衝撃は今でも忘れられない。
「うん。なかなかの打ち込みだった」
アキトさんは楽しそうに語った。
「そして……そのあとバシュタ教の奴らに襲われたんだ」
ん? ちょっと待って、なにその漫画のような展開は!(ドキドキ)
わたしの上半身は前のめりになり、全力で聞く体勢になった……。
まだ頭の中がぼぉ~っとしていたが、ゆっくりと上半身を起こして、自分の着ているものを確認する。
「……あれ?」
わたし……昨夜、着ていた作業着のままだ。
「っていうかわたし、まだこの世界にいたままだ……」
アキトの話だと、寝れば自分の世界に戻れると聞いていたのだ。
冷静になって、部屋の中をぐるりと見渡す。
部屋にある棚の上には、見たことのあるヨロイが置いてあった。
それは昨日、アキトが着けていたものだった。
ということは……ここはアキトさんの部屋のはず?
たしか、上級貴族の三男坊だと聞いていたはずだったけど……。
わたしはあらためて部屋の中を見渡した。貴族のボンボンって言うわりには、部屋の中の内装が殺風景に思える。家具は全て飾りっけなしで『貴族』を連想させられるような、キラキラしている物がまったくなかった。
正直これでは、自分の世界にある独身寮となんら変わりない。
まぁ、アキトさんがキラキラした物を持っていても、イメージが違うとは思うけど……。
それよりも、このベッドにわたしを寝かしてくれたのはアキトさんかな?
(まぁ、そうなるよね……)ポリポリ。
わたしは、寝ているベッドのシーツをよく見る。
あぁ、作業着のままだからシーツを汚してしまったな。
「替えのシーツはないかな……と……」
ベッドから出ると、とりあえず汚れたシーツを剥がしておく。
シーツの替えも探したいし、汚れたままの顔も洗いたい。
さやかは、ゆっくりと部屋の扉を開けて外をのぞき見た。
パッと見て誰もいない。大丈夫かと思い、ゆっくりと顔を外側に出すと……。
「おい」
……誰もいないのを確認して出たつもりだったのに……(泣)
さやかはその声に、ゆっくりと顔を横に向けると、声が飛んで来た。
「あんた、さやかとか言ったよな」
そこには、見たことのある幼い感じの少年が立っていた。最初にこの世界へ来たとき『オハジキ』から手を伸ばして助けてくれたジャマールだ。
「あんたが今、出ようとしている部屋だけど……」
「!!!」
あれ? 朝に上官の部屋からコッソリ出ようとする女って……これはヤバい展開かも……(ドキドキ)
ジャマールは続けて、わたしに何か言いそうになるが、一瞬考える表情になった。
「はぁ~、まぁいいや。アキト隊長にもそれくらいの甲斐性があったってことか」
「えっ! ええと、甲斐性ってわたしはべつに……」
わたしは懸命に、言い訳(?)をしようとする。
「見なかったことにしておくよ。それとこれ」
そう言ったジャマールの手には、欲しかった替えのシーツや着替えやらがある。
「これは?」
「俺、今月は隊長の従士当番だから」
「従士?」
「いいからさ、早く古いシーツをちょうだい」
「あっ、はい!」
わたしは、慌てて部屋に入り直すと、さっき剥がしたシーツやら、部屋の隅に投げ捨ててあった下着やらをジャマールに渡した。
「じゃ」
ジャマールは、それだけで去っていこうとしたので声をかける。
「あのぅ……」
「なに?」
わたしの問いかけに、ジャマールは面倒くさそうに振り返る。
「顔を洗いたいので水のあるところを教えてっ!」
「ん? あぁ……そこの階段上がって4階に行くと右手にあるよ。4階は女子用だから」
ジャマールは、そう言うと去って行った。
わたしは一旦部屋に戻り、先ほど彼からもらったタオルを持って4階へ上がった。
もともとここは3階だったらしく、そこから4階に上がると、たしかに女性しかいなかった。昨日も思ったが、女性も多くいるのがわかる。体力的に男性のほうが多いのかと勝手に推測していたが、考えてみればオーラが使えるのなら、十分戦力となるだろう。男女はあまり関係ないのかもしれない。
戦時下なのか皆が慌ただしく動いている。わたしを見ても誰も気にしない……ように見える……と、思うことにした。
見つけたトイレの中は広かった。わたしの世界における公衆トイレと同じように、ボックスで仕切られている。わたしは用をすまし、大きな洗面台の前で顔を洗う。この世界にも、わたしの世界と似たような蛇口があったので驚いた。
「う~ん。構造も同じなのかな?」
わたしは蛇口をよく観察しようと、顔を近づけて横からのぞき込む。そのときふとトイレのスミを見ると、トイレのボックスとは別に、仕切りのある場所がいくつか見えた。
「まさかこれは!」と感じ近づいて中を見ると……なんと、シャワー室を発見!
顔だけでなく、わたしは身体も汚れていたので、ついでに身体も洗うことにした。
シャワーは水かと思ったけど、ちゃんとお湯が出る。給湯の仕組みが知りたいが……。こんなところにずっといたら怪しまれるだろうな……今日のところは諦めよう。
シャワーでさっぱりしてから、アキトさんの部屋へ戻る。
考えずに部屋の扉を開ける。
「わっ!」
そこにはアキトさんがいた……。そりゃそうだ。ここはアキトさんの部屋なのだ。考えずに入ったわたしが悪い。
「さやか!」
アキトさんはわたしに近寄ってきた。そして……いきなりハグされる。
(えっ? ちょっとまっ……)
「良かった……ちゃんと生きてる……」
アキトさんがため息を吐くように、安心した声でつぶやく。
「…………」
そうか、こんなに心配してくれるってことは……。
わたしは想像する。
「アキトさんは……わたしの世界に行けたんですね?」
「あぁ、そうだ」
アキトさんは、わたしをハグしたままで肯定する。
「そこでわたしはどうなってましたか?」
「さやかは……あのとき気を失って倒れたままだった。まだ目を覚ましていない。将人さんから聞いた話では、精神的なショックが原因らしい。身体には異常はないからじきに目を覚ますとも……」
「そうですか。アキトさんは、それが原因だと思われますか?」
わたしはそう言いながら、自分の手に力を込める。精神的なショックと言われれば、たしかにわたしはあのとき、父が亡くなったショックと疲労のダブルパンチだったかもしれない。
「正直……俺にはわからない。将人さんの言うとおりかもしれないが、逆に目を覚まさないとなると、こっちの世界にいたままになる。その状況が、さやかの世界でのさやかの身体にどんな悪影響を及ぼすのか……。ん? あっ!」
アキトさんが今の体勢に気づいて、わたしから離れる。顔が真っ赤になっていて少しかわいい。
「すまん! 向こうの世界でさやかが目を覚ましていないのを見たときからもう……どうしてこんなことになったのか……。そればかり考えていて……考えもせずに身体が動いてしまった……」
そうか……。だからアキトさんは、こんなに心配してくれたんだ。
「とにかく座ろう」
アキトさんは、自分を落ち着かせるように、わたしにそう言った。
「あっ、待ってください」
アキトさんがベッドに座ろうとしたので、わたしは慌てて自分が汚したシーツを剥がし、新しいシーツに変える。
「あれ? そのシーツは?」
アキトさんが、指でシーツを差しながら聞いてくる。
「……先ほどジャマールさんからもらいました」
「あぁ、それは……。なんか言われなかったか?」
アキトさんは、気まずそうにそう言った。
「ええと……。隊長にもそんな甲斐性あったんですねって言ってました」
わたしは、少しいたずらっ子のような顔つきで言う。
それを聞いて、アキトさんの片方の目が吊り上がる。
「上官をおちょくるとはいい根性だ。この戦いが終わったら存分に鍛えてやろう」
アキトさんも、いたずら小僧のような表情を見せた。
「良い青年ですね。まだ幼い感じがしますけど」
「そうか? さやかと歳はそんなにかわらないぞ。たしかケリーと同い年だから21歳のはずだ」
「えっ! わたしと2歳しか違わないんですね。もっと若いかと思っていました」
「そうなのか? それじゃ、さやかも俺と同い年だ」
アキトさんは何気にそう言った。
「…………」(さやかさん。アキトさんの顔をジッと見る図)
「えぇ~! アキトさんは、もっと年上かと思ってました!」
「ちょっとまってくれ……。俺はいったいいくつに見えるんだ?」
「20代とは思っていましたよ。ぎりぎりですが……」
アキトさんの表情から、何気にショックを受けたようだ。(ぷぷぷ)
「あぁ……まぁいいよ。それよりもさやかの世界であったことを話したい」
「あっ、はい」
アキトさんはベッドに座ったが、わたしは椅子に座った。作業着でまたシーツを汚したくなかったからだ。
あらためてアキトさんから聞いたことは、驚きの連続だった。
叔父である常守と会って話したこと。叔父さんは『オーラ』について知っていたこと。光のバシュタ教団の教祖であるトモーラがオーラを使えること。
そして、そのトモーラが父を殺した可能性があること。
「さやかは、お父上が居た病室で『手負いの男』が入ってきたことを覚えているか?」
アキトさんの話に、わたしはそのときの光景を思い出す。
(あの人は……)
「覚えています。あの人は……様子から見て叔父さんの部下でしょうか?」
「そうだ。名を代田さんと言う。常守さんの指示で、教団の本部に潜入していたらしい。そこからさやかが襲われることを聞いて脱出してきた」
そうなのだ。それにわたしは、代田さんが皆に告げた言葉を思い出す。
――そこには小型の原子炉があるそうです――。
「その代田さんだが。さやかは以前……彼に助けられている」
アキトさんが、真面目な表情でわたしに言ってくる。
「ん? そうなんですか? いったいどこで?」
あの顔を見るのは初めてのはずだ。わたしの人生の中では、父が政治家のせいか警官を見る機会は多い。けれども助けられたことなんて……。
「さやかは、思い出したくないかもしれないが……」
「!!!」
わたしが思い出したくもないこと。アキトさんが言ったその言葉で、頭の中にある光景が浮かび上がる。
それは、母が……車に引かれた瞬間に飛び込んできた警官の光景だった。たしか若い警官だったと思う。
わたしは……どうして今になって思い出したのだろう。
「わたしは自分を助けてくれた人を……思い出すことすら記憶の中から消していたんですね。でもそれは……何かの歯車が噛み合って……何かが動きだそうとしている前触れなのでしょうか……」
アキトさんは、そう言ったわたしの顔をジッと見ていた。
「…………」
それからアキトさんは、母の事故現場にトモーラがいたこと。トモーラが父を暴漢から助けたこと。教団のスパイが逃走中、倒れてきたクレーンに巻き込まれて亡くなったこと。その全てに『トモーラ』と『オーラ』が関わっていたことを教えてくれた。
「さやかのお母上は、原子……力を大学で教えていたんだろう?」
アキトさんが質問するように聞いてくる。それはそうだ。この世界の人間の口から出てくるような単語ではない。聞かれたわたしも、なんだか不思議な感じだった。
「えぇ、確かに専門家ではあったはずです」
「トモーラ。当時は『鞆浦』と名乗っていたらしいが、奴はお母上の教え子でもあった」
そうなのだ。前回徹叔父さんが皆に告げた真実。わたしには、詳しい関係性がまだわからない。いったい何が動き出しているのかも……。
「叔父が『オーラ』のことを知っていたとしても、どうやって説明したのですか? それにオーラは、単体では外に放出できないのでは?」
叔父が話したトモーラの『オーラ』と、わたしが知っているオーラとは噛み合わないので、アキトさんが叔父に説明するのは難しいだろう。
でもアキトさんは「あっけらかん」とわたしに言った。
「あぁ……だから常守さんには、実際に体内での生成と効果を見せた」
「ん? 効果を見せたって? どうやって?」
わたしの頭の中で、クエスチョンマークが3つほど立った。
「それが一番手っ取り早いと思ったから、常守さんが打ち込んだ木刀を腕で受けて見せた。普通なら骨が折れるほどの威力だったからな。信じざるをえなかっただろう」
(この人たちは……)
「……まったく無茶なことをしますね。木刀の一撃を受けるほうも受けるほうですが、言われて打ち込む叔父も叔父です。徹叔父さんは、今はあんな体格ですけど、学生時代は全国大会に行ったほどの猛者ですよ」
そうなのだ。今の徹叔父の体格を見たら誰も信用しないが、若いころの叔父は今と見違うほどの、スマートな体形だったのだ。以前、母から写真を見せられたときの衝撃は今でも忘れられない。
「うん。なかなかの打ち込みだった」
アキトさんは楽しそうに語った。
「そして……そのあとバシュタ教の奴らに襲われたんだ」
ん? ちょっと待って、なにその漫画のような展開は!(ドキドキ)
わたしの上半身は前のめりになり、全力で聞く体勢になった……。
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