ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第二部 異世界の戦争

34.アキトとトモーラ

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 アキトが病室を出てしばらくしてから、代田は言葉の違和感に気がついた。

 ――なんとかして戻ってきます。さやかを目覚めさせるために――。どういう意味だ? なんとかして戻ってくる? 沙也加を目覚めさせるために?

 代田にはまったくもって、意味がわからなかった。

 ――そう言えば、なんであいつは天井を見ていた?

「課長。ちょっと屋上に行って、タバコ吸ってきます」

 代田は、病室から出て屋上へ向かう。すぐに上へと通じる階段を見つけた。

 階段を一段踏みしめるたびに胸が痛む。胸骨にヒビが入っているとのことだが、加治の正拳を食らったあのとき、もし携帯が無かったら……。当たり所が悪かったら骨折、それどころか、背骨ごと砕かれていたかもしれない。

 ――あいつは、あの加治に勝った……。

 そう思いながら上がっている階段。代田は、その先を見上げた。屋上へと続く扉は開いており、風が流れてくる。

 それは、代田の感だった。普段はそんなものを信じちゃいないが、今回は違う。あの男はまるであの病室の空間に居ながら、別の次元へ向かうような感じに思えたからだ。

 あがる途中で、懐からタバコを取りだす。火を付けながら屋上へ出ると、見たことのある背中が見えた。

 代田の想像通り、そこにはアキトが背を向けて立っている。

「お前……なんでこんなところに……」

 代田は偶然を装うように、アキトの背中に向かって問いかける。だが肝心のアキトは、少し先の建屋、その屋上に設置されているスプリンクラーの上を見ていた。

 そこには男が座っている。

 その男はゆっくり立ち上がると、スプリンクラーの上から下へ、代田とアキトがいる地面へと飛び降りた。いや、飛び降りると言うよりも、ふんわりと下へ移動してくると形容したほうがよいくらいに、ゆっくりと降りてくる。

 地面に着地したその男は、今年34歳のはずだった。しかし代田には、実年齢よりもかなり若く見えた。20代半ばと言われても違和感はない。

 資料で見る顔立ちは日本人だが、一言で言えば美形、笑ったらさぞ女性にモテそうな顔に思える。

 だが、今代田の目の前にいるその男の顔は、資料とは異なっていた。上から下へ二人を見るその眼は、まるでドライアイスのように冷たく、冷酷にながめているようだった。

 ゆっくりと地面に着地した男……。その瞬間、代田が叫ぶ声が大きく響いた。

「トモーラァ!!!」

 アキトが、うしろを振り返り代田を見る。

「代田さん! なんでここに……」
「なんとなくだ! それよりも……」

 代田は、着ている背広の懐に手を入れた。だがその手につかめるはずの拳銃が、そこには無い……。

 トモーラは、無表情のまま右手を上げた。その手の方向には代田がいる。

 ――まさか!

 代田には奴の不思議な力、過去に見たことがあるあの光景が脳裏をよぎった。

 トモーラの上げた右手の中が、一瞬光ったような気がした。

 代田がそう感じたとき……。

「ふざけるなぁぁぁ――!」

 その対角線上に、アキトが割り込んできた。彼は自分の両腕をクロスに組むと、トモーラのほうを向き、奴が放った何かをその両腕で受け止めた。

「ぐぅぅぅ……」

 アキトはそう叫びながら、受け止めた何かをこらえている。

「がぁぁ!!!」

 アキトは、クロスさせた両腕を跳ね上げるように何かを弾き返した。

「ハァ……ハァハァ……くそっ!」

 顔から汗を流したアキトが、地面に片膝をつく。そしてつぶやいた。

「間違いない……これはたしかにオーラだ。しかも、このオーラは……」

 アキトは、苦しそうに続けて言う。

 ――オーラだと……。

 代田は教団本部で聞いた『オーラ』が、この不思議な力の正体なのだと認識した。

 アキトは口を開き、信じられないという表情でたずねる。

「あんたは……まさか、神官なのか」

 アキトが言ったその問いかけは、トモーラに聞こえていた。

「その男をかばったのは流石と言いたいが……」

 初めてトモーラが口にした言葉は、アキトが聞いた質問の答えではなかった。

 だが、代田はアキトの言った『しんかん』という言葉を聞き『しんかん』とはなんだ? 言葉のとおりだと神職の『神官』か?」と、疑問を抱く。

「その言葉の意味をわかっているのならどこの者だ? 答えよ」

 トモーラは、冷たい目でアキトに問いかけた。まるで何の関心もないように、ただ業務的に問いただすような言い方だった。

 その言葉を聞き、アキトは立ち上がる。

「あんたが本当に神官なのだとしたら、この『飛ばせるオーラ』の理屈がわかる。神官はオーラを飛ばせる『神器』を身に付けているからな」

 トモーラは一瞬自分の右手を見たが、すぐに目をそらす。

 代田からもトモーラの両腕が見えた。その両手の指には、いくつかの指輪がはまっているのが見て取れる。トモーラは、アキトのほうを見ながら口を開いた。

「私の質問には答えていないが……」

 トモーラの冷たい目を凝視しながらアキトは答える。

「初めて見たよ。中層のアルパチアの機士くらいでは、神官なんて人種を拝める機会はそうそうないからな」
「アルパチア……」

 トモーラは、アキトを見ながらそうつぶやいた。

「なるほど。加治を倒しただけはある……。普通の機士くらいでは、加治の相手にはならないはずなんだが」

 代田は、二人の会話の内容を聞いている。だが、話している意味はわからない。

「たしかに……神器があればオーラを飛ばせるだろう。だが、どうしてこの世界にそれを持ち込める!」

 今度は、アキトがトモーラに問いかけた。アキトの認識では、ムーカイラムラーヴァリーの人間がこちらに来ても、物体を持ち込むことはできないはずだからだ。

「ふっ」

 トモーラはアキトの話を聞きうなずく。その表情には一瞬笑いが見えた。

「そうだな。神器と言えども、簡単にはこの世界に持ってこれない……。だが、今貴様にそれを話す必要はない。それよりも、なぜ貴様がここにいるのかのほうが重要……いや、そう言うことか」

 トモーラは、自分に言い聞かせるようにそう言った。

「アキト!」

 そう叫んだのは代田だった。その瞬間、トモーラは「ビクッ」と震え、見ていたアキトから、叫んだ代田のほうへ目を移す。その顔からは、先ほどまでの冷たい表情から驚きに、いや、何か言いたげな顔つきに変わっていた。

 だがトモーラの表情は、ゆっくりと元の冷たい表情へ戻る。そして代田に問いかけた。

茉莉まりが言っていたのは貴方か。そして『あれ』を見てしまった……」

 代田には、トモーラの言う「茉莉」が誰のことを指しているのか、最初わからなかった。だがその瞬間、彼の脳裏にはなぜか教団本部の体育館で会った「緑色で綺麗な瞳」をした女性の姿が浮かんだのだ。原子炉のことを教えてくれた彼女が……。

「あれとは原子炉のことか……。お前らはあんなものを作って、いったい何をしようとしている!」

 代田にそう問いかけられたトモーラは、ふと彼を見ながら悲しげな表情に変わる。その表情は泣きそうで……。まるで、母親に怒られている子供のようにも見えた。

「この世界の人間である貴方に話しても、どうしようもない」
「どうしようもない? お前は、いったい何をしようとしている!」

 トモーラの言葉に代田は叫び返すが、奴の表情は変わらない。そのときトモーラは、気づいたように目を見開いた。

「そうか、そう言うことか……。これ以上余計なファクターに介入されたくないから貴方を消しにきたが……そうも行かなくなった。それよりも、今そこにいる男のほうが重要のようだ」

 トモーラはそう言った瞬間、アキトへ向かって走り寄る。その右手からは、光が飛び出していた。アキトはそれに合わせて身構えたが、光が当たり身体は弾き飛ばされる。アキトは、屋上のフェンスに衝突した。

「普通の人間なら、今の一撃で死んでるが……。やはり、機士クラスのオーラプレートだとそうもいかないな。仕方がない……」

 トモーラが両手を合わせる。右手どころか、左手にもはめている指輪が同時に光りだした。アキトの眼に見えるその光は、トモーラの両手の中から回転した空気のような渦を巻いている。

「待ってくれ! そんなもんをここで生成したら!」

 トモーラが生成したオーラの渦を見て、アキトが叫ぶ。それは彼が見たことがないくらいの収縮したオーラの塊だったのだ。

 アキトの叫びを聞いてトモーラが答える。その顔は、冷たさと悲しみが混在した不思議な表情。そしてそのまま口を開く。
 
「そうだ。このままここでこれを放置したら、そこの男ごと、この建物の上部は吹き飛ぶな。だが、貴様にもそれはわかっているはずだ。これをなんとかする方法もな……。ここで貴様を見逃すわけにはいかんのだ。タイミングが悪ければ、貴様はこの世界で死ぬ。そうなれば、ムーカイラムラーヴァリーでの貴様も息を止めるだろう」

 代田は目の前で起こっていることに対して、一歩も動くことができなかった。でもアキトはトモーラと対峙している。
 
 アキトは尋常でない速度で、トモーラに迫った。あまりの踏み込みの強さに、彼の足元のタイルからは、爆風のような煙が吹きあがった。

 トモーラに迫ったと言うよりも、飛びつくと言ったほうがよいかもしれない。アキトは、トモーラ本人ではなく、自分の両手でトモーラが作った光の渦を覆うような体勢になった。

「ははははぁぁ!!!」

 アキトの口からは、腹からにじみ出すような雄叫びが聞こえてくる。

「あんたの神器にだったら俺のオーラが流せるだろう?」
「そうだ、それでいい」

 トモーラがそう言ったとき、一瞬微笑んだような気がした。

「アキト!」

 代田は叫ぶが、風圧のせいで一歩も二人には近寄れない。

 トモーラは顔を代田に向け、一瞬「チラッ」と見てからまたアキトを見返した。

「俺たち二人の状態でぇぇぇ!」

 アキトは鬼気迫った表情で叫ぶ。彼の両手からはオーラが流れて、トモーラが作った光の渦へ。さらにそこから『神器』へ流れる。

 二人の手の中から光があふれ出す。

 その光は二人を包みこむようにして膨れ上がり、青白い光が渦を巻き、空間をねじ曲げるようにとどろく。それは光の風船のようになった。強風が吹き、代田は飛ばされないよう懸命にこらえる。

 光の渦は大きくなるにつれて、色も濃くなっている。そして一瞬の静寂のあと、限界がきたように光の風船は限界を超え、大きく弾け飛んだ……。

 病院の屋上部分を囲むように、あたり一帯が光に包まれる。代田は光が弾けた衝撃で飛ばされたが、運よく積まれていたビニールシートがクッション代わりになって助かった。

 光は風圧が弱くなるとともに、少しずつ縮小して収まる。

 そして……その場からトモーラとアキト、二人の姿は消えていたのだ……。


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