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第二部 異世界の戦争
33.関連性
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代田が眼を開けると、目の前に白い天井が見えた。
彼は昨夜のことを思いだす……。
たしか……北畠沙也加と一緒にいた男。あいつがいきなり走り出したあとの記憶が何もない......。となると、俺はあそこで倒れたのか? そうなるとここは病室……。
代田が眼を横に向けると、壁に掛かっている時計が見えた。
すでに午後3時を回っている。
ガチャ!
左手のドアが開く音がした。
「目覚めたのか」
声の男は、北畠将人。
代田から見ると、殺された北畠大臣の息子であり秘書、そして沙也加の兄だった。
「クウッ!」
彼は将人を迎えるために起き上がろうとしたが、胸に鋭い痛みが走る。それを見て将人は声をあげた。
「代田さん。無理して起きなくても結構だ。そのままにしていてください」
「それは、どうも……。それにしても……なぜ貴方が? 俺のような者に何か用でも?」
将人は病室の椅子を自分で持ってくると、寝ている代田の横に座った。彼は代田の目を見ながら言う。
「侮らないでください」
代田は、そう言った将人の顔を見る。昨夜はじめて会ったはずだが、今までの将人のイメージとはちがう。我の強いボンボンだと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。いや、それとも今回の事件が彼の印象を変えたのか……。
将人のそんな姿を見て代田は言う。
「すみません。そんなつもりじゃなかったんですがね……」
「代田さん。あなたが叔父の部下で、バシュタ教の本部に潜入していたことを聞きました」
将人がそう言った瞬間、代田の脳裏には白髪頭の上司の顔が浮かんだ。
「……まったく。課長が貴方に話したんですね」
「はい……。それだけじゃない。あなたが……母の事故のときに沙也加を救ってくれた警官だということも」
「…………」
「教えてほしい。父はなぜトモーラに殺されたのか。そして……これはあなたに聞いてもわからないかもしれないが、母はいったい何者だったのか……」
そう言う将人の表情は、苦痛にゆがんでいた。
それはそうだろう。自分の母との関係、父が死んだ要因にも1人の男がからんでいるのだ。しかも、妹まで狙われて……。
「亡くなる前の母は、今から思うと謎めいた人だった……。子どもから見ても、父とは仲が良く博識で、はた目から見ても凄い女性だったと思う……。だが……」
「だが?」
代田は聞き返したあとで、ゆっくりと上半身をベッドから起き上がらせる。先ほどよりは、痛みを感じなかった。
「俺は結局のところ……母親の本当の姿を見てはいなかった……」
「本当の姿とは?」
代田はそう言いタバコを吸いたくなったが、ここは病室だ。我慢するしかない。
「それは……」
将人の言うか言わないか。それを考えて苦しんでいる表情は、正直見ていて忍びない。
「将人さん」
代田は、軽く微笑んでから話し出す。
「聞いといてなんですが、今無理して言うことなんかありませんよ」
「えっ、あっ……」
将人は代田の顔を見て、なぜか一瞬子どものような表情をした。
「そういうのは、時がくれば嫌でもしゃべるもんです。それに、大臣がなぜトモーラに殺されたのか? 何らかの事故なのかも調べてみないことにははっきりしません。まず調べたいのは、さまざまな事件との関連性です」
「関連性?」
将人は、身を乗り出すように聞いてきた。代田は将人の顔から眼をそらし、向かい側の壁を見る。そして自分の頭の中で、整理するように話し出した。
「まだ判明していないことで、知りたいことは3つあります。時系列順に言いますが……。まず、恵さんの事故現場にトモーラがいたこと」
「!!! それは……はじめて聞いたことだ」
将人の驚いた表情を見て代田は「課長……。伝えることが中途半端だよ」と、心の中で上司に文句を言った。
「課長が今、大臣の息子である貴方にそれを言っても、整理が追いつかないと判断されたのでしょう」
代田は、常守に対するフォローを入れてからつづけて話す。
「次ですが、トモーラがバシュタ教を設立した本当の理由」
「本当の理由? 当たり前の宗教にある『教義』では理由にはならないと?」
将人がそう聞いてくる。その表情には、いつも他人に見せるような不機嫌さは感じられなかった。
「光のバシュタ教の教義は原子力エネルギーですが、そのためにわざわざ都内に隠れて原子炉を作るなんて、正直普通じゃない。テロリストにしたってもっと楽な方法を選ぶはずだし、必ず何か本当の理由があるはず……」
「それはそうだろうが……。繋がりといえば、母は原子力工学の研究者だった」
――「小型の原子炉だと? それはまさか母さんがなにか関係しているのか!」――。将人は昨夜、自分から言い出したことを口にする。
「そうです。そこも重要なファクターになるかもしれない。そして最後は、トモーラと大臣の関連性です。恵さんとトモーラは、原子力工学の繋がりがあり、バシュタ教も原子力です。それ自体は繋がります。だが、大臣は単なる恵さんの夫。トモーラと大臣とはせいぜい面識がある程度です。原子力関係と言えども、関連するお役所は環境省です。大臣がいる総務省ではない」
「ではなぜ? オヤジを……」
「そこを調べてみたいのですが……。そういえば課長は? 常守は何処へ?」
代田は、当たり前に感じたことを将人に聞いてみる。
「あぁ、すまない。話に夢中で、それを先に言うのを忘れていた。今はケガの手当をしているはずだ」
代田は「ケガ? えっなんで?」と、あっけにとられたような表情をした。
「ケガの手当て? 課長に何かあったんですね?」
「あぁ……。実は午前中に沙也加と一緒にいた男。アキートという奴から電話があって、強引に会う約束をし、近くの神社にいったんだ」
代田は、昨夜のことを再び思い出す。たしかに沙也加の横には、見たこともないガタイの良い男がいた。途中で走り去った男だ。
「その挙句、1時間ほど前に、お互いに負傷して戻ってきた。バシュタ教の人間に襲われたらしく、今はその男を連れて治療中のはずだが……。治療が終わったら沙也加に会いに行くと言っていた」
――課長よ……。あんたはいつからそんなにアグレッシブになった。
「沙也加さんは今何処に?」
「この病院の病室で寝ている。と言っても、昨夜気を失ってからまだ目が覚めてはいない……。医師は精神的なショックが影響していると言っていたが……。身体には異常はないので、じきに目を覚ますとも……」
将人は、いつもの不機嫌な顔に戻りそう言った。
「沙也加さんの様子は俺も見ておきたいですのですが、いいですか?」
「代田さん。なにもそこまで沙也加を心配しなくても……」
将人にそう言われた代田の表情が一瞬ゆがんだ。昔彼女を助けた光景が、代田の脳裏に浮かんだからだ。
将人は代田の表情を見て「ハッ」となる。
「いや、すまない……。あなたは沙也加を助けてくれた恩人なのに……」
「いいんですよ。俺もそのうちいろいろとしゃべるかもしれない」
代田は軽く微笑みながらベッドから起き上がり、部屋の隅にある、ハンガーにかけてあった自分の上着を手に取った。
「すみませんが、連れていってください」
代田のお願いに、将人は椅子から立ち上がりうなづいた。
彼が将人に連れられて沙也加の病室に入ると、すでにそこには、常守とアキートとかいう男がいた。
常守は椅子に座っており、左肩に包帯を巻いている。その横に例の男が立っていた。
「課長。その体格のうえ、若くもないのに無理したんですか? 弐時が聞いたらビックリしますよ」
代田の呼びかけに常守は振り返るが、いつもの無表情な顔つきで言い返す。
「面倒なので、余計なことを彼に吹き込まないでください。それに、君ほどの無茶をしたつもりもありません。ですが……彼が助けてくれなかったら、ここにはいなかったでしょう」
「彼?」
常守の言いように、横にいた彼と言われた男が振り返る。代田と将人を見て挨拶した。
「どうも、アキトです」
「アキト? アキートではない? 外国人ではないのか?」
将人が眉間にしわを寄せて、いぶかしげに言うとアキトが答えた。
「外国人ですよ。発音がややこしいですが」
「それにしても……ずいぶん流暢な日本語だな」
代田もアキトを怪しむように言い返すが、今まで会ったことのない感じの人間だと思った。
そこで常守は椅子から立ち上がり、代田に告げる。
「代田君。アキトさんからは私が聞いていますので、今ここで彼の調書を取る必要はありませんよ。わかりましたか?」
代田は、常守からいつもの圧を感じた。今は詮索するなという意味だった。
「それに……アキトさんのおかげで加治を拘束することができました」
常守の言葉に代田は驚く。加治は、彼が教団本部で襲われた相手だった。奴の強さは、代田自身がその身で経験している。自分では到底勝てない男だったのだ。
「なんですってマジですか! こいつがあの加治を……」
代田はアキトを見直す。たしかに良いガタイをしており強そうではあるが、なんだか「抜けている」ようにも感じる。
「常守さんの助けがあったからですよ。あいつは……そう、とても強かった」
代田はアキトの言いように「おいおい。とても強かったって……」そんな単純に言える相手じゃないと、心の中でつぶやいた。
代田は、寝ている沙也加を心配そうにのぞき込むアキトを見る。彼のその眼はとても優しく、そして強い眼差しだった。
「医師は精神的なショックの影響だと……時間が経てば目を覚ますそうだ」
将人が、アキトに向かってそう告げる。
彼の沙也加に接する様子を見て感じたのか、将人のアキトに対する警戒感は薄れ、印象が変わったように感じる。
「アキトさんでいいかい? 君はいったい……」
代田がそう言うと、寝ている沙也加から眼を離し振り返る。
「さやかが俺をアキトと呼んでいるので俺のこともそう呼んでください。そのほうがいい……」
「……わかった。じゃぁアキト。今夜はどうする? パトカーにでも送らせるが、明日も来られるだろうか?」
代田は、気安い口調で語りかけた。なぜかそのほうが良いと感じたからだ。
「明日は……うん。来れたらきたいのですが、まだ……わかりません。今日はもう戻りますが……」
アキトは、言いにくそうにそう口にする。
「そうか。では、携帯番号を教えておいてくれるか?」
代田は着ている上着から手帳を取りだす。
「はい……。でも、かけても出ないかもしれませんよ」
「構わない。念のための連絡先だ。これ以上は聞かない」
代田はアキトの携帯番号を聞き、それを手帳に書き終えてから彼を見返す。そのときアキトはなぜか、一瞬目を見開いて天井を見上げていた。
彼は天井から眼を戻すと険しい顔つきになり、周りの三人に告げる。
「それでは……失礼します。なんとかして戻ってきます。さやかを目覚めさせるために……」
アキトは足早に病室から出ていった。
その場に残された三人は、なにも言えずに呆然として彼を見送った。
――さやかを目覚めさせるために?
アキトの言葉を代田は不自然に感じる。だが、彼はそう告げて病室から出ていったのだ。
――なんだ? 今の……感じは?。
代田は違和感を感じて、しばらくその場で考え込んだ……。
彼は昨夜のことを思いだす……。
たしか……北畠沙也加と一緒にいた男。あいつがいきなり走り出したあとの記憶が何もない......。となると、俺はあそこで倒れたのか? そうなるとここは病室……。
代田が眼を横に向けると、壁に掛かっている時計が見えた。
すでに午後3時を回っている。
ガチャ!
左手のドアが開く音がした。
「目覚めたのか」
声の男は、北畠将人。
代田から見ると、殺された北畠大臣の息子であり秘書、そして沙也加の兄だった。
「クウッ!」
彼は将人を迎えるために起き上がろうとしたが、胸に鋭い痛みが走る。それを見て将人は声をあげた。
「代田さん。無理して起きなくても結構だ。そのままにしていてください」
「それは、どうも……。それにしても……なぜ貴方が? 俺のような者に何か用でも?」
将人は病室の椅子を自分で持ってくると、寝ている代田の横に座った。彼は代田の目を見ながら言う。
「侮らないでください」
代田は、そう言った将人の顔を見る。昨夜はじめて会ったはずだが、今までの将人のイメージとはちがう。我の強いボンボンだと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。いや、それとも今回の事件が彼の印象を変えたのか……。
将人のそんな姿を見て代田は言う。
「すみません。そんなつもりじゃなかったんですがね……」
「代田さん。あなたが叔父の部下で、バシュタ教の本部に潜入していたことを聞きました」
将人がそう言った瞬間、代田の脳裏には白髪頭の上司の顔が浮かんだ。
「……まったく。課長が貴方に話したんですね」
「はい……。それだけじゃない。あなたが……母の事故のときに沙也加を救ってくれた警官だということも」
「…………」
「教えてほしい。父はなぜトモーラに殺されたのか。そして……これはあなたに聞いてもわからないかもしれないが、母はいったい何者だったのか……」
そう言う将人の表情は、苦痛にゆがんでいた。
それはそうだろう。自分の母との関係、父が死んだ要因にも1人の男がからんでいるのだ。しかも、妹まで狙われて……。
「亡くなる前の母は、今から思うと謎めいた人だった……。子どもから見ても、父とは仲が良く博識で、はた目から見ても凄い女性だったと思う……。だが……」
「だが?」
代田は聞き返したあとで、ゆっくりと上半身をベッドから起き上がらせる。先ほどよりは、痛みを感じなかった。
「俺は結局のところ……母親の本当の姿を見てはいなかった……」
「本当の姿とは?」
代田はそう言いタバコを吸いたくなったが、ここは病室だ。我慢するしかない。
「それは……」
将人の言うか言わないか。それを考えて苦しんでいる表情は、正直見ていて忍びない。
「将人さん」
代田は、軽く微笑んでから話し出す。
「聞いといてなんですが、今無理して言うことなんかありませんよ」
「えっ、あっ……」
将人は代田の顔を見て、なぜか一瞬子どものような表情をした。
「そういうのは、時がくれば嫌でもしゃべるもんです。それに、大臣がなぜトモーラに殺されたのか? 何らかの事故なのかも調べてみないことにははっきりしません。まず調べたいのは、さまざまな事件との関連性です」
「関連性?」
将人は、身を乗り出すように聞いてきた。代田は将人の顔から眼をそらし、向かい側の壁を見る。そして自分の頭の中で、整理するように話し出した。
「まだ判明していないことで、知りたいことは3つあります。時系列順に言いますが……。まず、恵さんの事故現場にトモーラがいたこと」
「!!! それは……はじめて聞いたことだ」
将人の驚いた表情を見て代田は「課長……。伝えることが中途半端だよ」と、心の中で上司に文句を言った。
「課長が今、大臣の息子である貴方にそれを言っても、整理が追いつかないと判断されたのでしょう」
代田は、常守に対するフォローを入れてからつづけて話す。
「次ですが、トモーラがバシュタ教を設立した本当の理由」
「本当の理由? 当たり前の宗教にある『教義』では理由にはならないと?」
将人がそう聞いてくる。その表情には、いつも他人に見せるような不機嫌さは感じられなかった。
「光のバシュタ教の教義は原子力エネルギーですが、そのためにわざわざ都内に隠れて原子炉を作るなんて、正直普通じゃない。テロリストにしたってもっと楽な方法を選ぶはずだし、必ず何か本当の理由があるはず……」
「それはそうだろうが……。繋がりといえば、母は原子力工学の研究者だった」
――「小型の原子炉だと? それはまさか母さんがなにか関係しているのか!」――。将人は昨夜、自分から言い出したことを口にする。
「そうです。そこも重要なファクターになるかもしれない。そして最後は、トモーラと大臣の関連性です。恵さんとトモーラは、原子力工学の繋がりがあり、バシュタ教も原子力です。それ自体は繋がります。だが、大臣は単なる恵さんの夫。トモーラと大臣とはせいぜい面識がある程度です。原子力関係と言えども、関連するお役所は環境省です。大臣がいる総務省ではない」
「ではなぜ? オヤジを……」
「そこを調べてみたいのですが……。そういえば課長は? 常守は何処へ?」
代田は、当たり前に感じたことを将人に聞いてみる。
「あぁ、すまない。話に夢中で、それを先に言うのを忘れていた。今はケガの手当をしているはずだ」
代田は「ケガ? えっなんで?」と、あっけにとられたような表情をした。
「ケガの手当て? 課長に何かあったんですね?」
「あぁ……。実は午前中に沙也加と一緒にいた男。アキートという奴から電話があって、強引に会う約束をし、近くの神社にいったんだ」
代田は、昨夜のことを再び思い出す。たしかに沙也加の横には、見たこともないガタイの良い男がいた。途中で走り去った男だ。
「その挙句、1時間ほど前に、お互いに負傷して戻ってきた。バシュタ教の人間に襲われたらしく、今はその男を連れて治療中のはずだが……。治療が終わったら沙也加に会いに行くと言っていた」
――課長よ……。あんたはいつからそんなにアグレッシブになった。
「沙也加さんは今何処に?」
「この病院の病室で寝ている。と言っても、昨夜気を失ってからまだ目が覚めてはいない……。医師は精神的なショックが影響していると言っていたが……。身体には異常はないので、じきに目を覚ますとも……」
将人は、いつもの不機嫌な顔に戻りそう言った。
「沙也加さんの様子は俺も見ておきたいですのですが、いいですか?」
「代田さん。なにもそこまで沙也加を心配しなくても……」
将人にそう言われた代田の表情が一瞬ゆがんだ。昔彼女を助けた光景が、代田の脳裏に浮かんだからだ。
将人は代田の表情を見て「ハッ」となる。
「いや、すまない……。あなたは沙也加を助けてくれた恩人なのに……」
「いいんですよ。俺もそのうちいろいろとしゃべるかもしれない」
代田は軽く微笑みながらベッドから起き上がり、部屋の隅にある、ハンガーにかけてあった自分の上着を手に取った。
「すみませんが、連れていってください」
代田のお願いに、将人は椅子から立ち上がりうなづいた。
彼が将人に連れられて沙也加の病室に入ると、すでにそこには、常守とアキートとかいう男がいた。
常守は椅子に座っており、左肩に包帯を巻いている。その横に例の男が立っていた。
「課長。その体格のうえ、若くもないのに無理したんですか? 弐時が聞いたらビックリしますよ」
代田の呼びかけに常守は振り返るが、いつもの無表情な顔つきで言い返す。
「面倒なので、余計なことを彼に吹き込まないでください。それに、君ほどの無茶をしたつもりもありません。ですが……彼が助けてくれなかったら、ここにはいなかったでしょう」
「彼?」
常守の言いように、横にいた彼と言われた男が振り返る。代田と将人を見て挨拶した。
「どうも、アキトです」
「アキト? アキートではない? 外国人ではないのか?」
将人が眉間にしわを寄せて、いぶかしげに言うとアキトが答えた。
「外国人ですよ。発音がややこしいですが」
「それにしても……ずいぶん流暢な日本語だな」
代田もアキトを怪しむように言い返すが、今まで会ったことのない感じの人間だと思った。
そこで常守は椅子から立ち上がり、代田に告げる。
「代田君。アキトさんからは私が聞いていますので、今ここで彼の調書を取る必要はありませんよ。わかりましたか?」
代田は、常守からいつもの圧を感じた。今は詮索するなという意味だった。
「それに……アキトさんのおかげで加治を拘束することができました」
常守の言葉に代田は驚く。加治は、彼が教団本部で襲われた相手だった。奴の強さは、代田自身がその身で経験している。自分では到底勝てない男だったのだ。
「なんですってマジですか! こいつがあの加治を……」
代田はアキトを見直す。たしかに良いガタイをしており強そうではあるが、なんだか「抜けている」ようにも感じる。
「常守さんの助けがあったからですよ。あいつは……そう、とても強かった」
代田はアキトの言いように「おいおい。とても強かったって……」そんな単純に言える相手じゃないと、心の中でつぶやいた。
代田は、寝ている沙也加を心配そうにのぞき込むアキトを見る。彼のその眼はとても優しく、そして強い眼差しだった。
「医師は精神的なショックの影響だと……時間が経てば目を覚ますそうだ」
将人が、アキトに向かってそう告げる。
彼の沙也加に接する様子を見て感じたのか、将人のアキトに対する警戒感は薄れ、印象が変わったように感じる。
「アキトさんでいいかい? 君はいったい……」
代田がそう言うと、寝ている沙也加から眼を離し振り返る。
「さやかが俺をアキトと呼んでいるので俺のこともそう呼んでください。そのほうがいい……」
「……わかった。じゃぁアキト。今夜はどうする? パトカーにでも送らせるが、明日も来られるだろうか?」
代田は、気安い口調で語りかけた。なぜかそのほうが良いと感じたからだ。
「明日は……うん。来れたらきたいのですが、まだ……わかりません。今日はもう戻りますが……」
アキトは、言いにくそうにそう口にする。
「そうか。では、携帯番号を教えておいてくれるか?」
代田は着ている上着から手帳を取りだす。
「はい……。でも、かけても出ないかもしれませんよ」
「構わない。念のための連絡先だ。これ以上は聞かない」
代田はアキトの携帯番号を聞き、それを手帳に書き終えてから彼を見返す。そのときアキトはなぜか、一瞬目を見開いて天井を見上げていた。
彼は天井から眼を戻すと険しい顔つきになり、周りの三人に告げる。
「それでは……失礼します。なんとかして戻ってきます。さやかを目覚めさせるために……」
アキトは足早に病室から出ていった。
その場に残された三人は、なにも言えずに呆然として彼を見送った。
――さやかを目覚めさせるために?
アキトの言葉を代田は不自然に感じる。だが、彼はそう告げて病室から出ていったのだ。
――なんだ? 今の……感じは?。
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