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第二部 異世界の戦争
26.怪しい機械オタク(2) その2さやか
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さやかが『天帝』と口にしたとたん、彼女の眼が金色に光りだした。
「さ、さやかさん」
ケリーはその目を見ながら彼女の名を呼ぶ。
だがそのとき、さやかの頭の中では何者かが集まり会話をしていた。
さやかの目の前は、全面がボンヤリと金色におおわれている。まるで濃い蒸気の中にいるようだった。話す声は彼女の全方向から聞こえてくるが、姿はまったく見えない状態だ。
その中、何者かがさやかに話しかけてきた。
【せっかく楽しんで見ていたのだが「その名」を口にすると、こちらとの接続に影響が出るではないか】
「…………」
彼女は、わけがわからず沈黙する。
【そう言うではない『背教者』よ。私は十分楽しませてもらっている】
【…………】
【そなたはだんまりか? まぁしょうがあるまい。そなたが知る者の末なのであろう?】
さやかは、会話している者たちの声を不思議に感じながら聞いていた。話している声が男性なのか、女性なのかもイマイチよくわからない。
【しょうがあるまいて。そなたのように仮面でもかぶるわけにもいかぬからな、はっはっはっ!】
なんだかわけのわからないことも言いはじめた。笑い声も聞こえる……。
【すまぬな……】
その中で「すまぬな」と言った声は、さやかに向けられているのだと彼女にはなぜかわかる。
【そなたを害するつもりはないのだ。こやつらは我が押さえておこう。もう行くがよい……】
さやかは、その優し気な声を聞き「えっ! あっ!」と心の中でつぶやいた……。そして、眼の前が真っ白になる……。
ケリーは気づいた。さやかの眼の光がだんだんと薄くなっていく……。
しばらくして眼の光が消えると、さやかは一度目を閉じて、再びゆっくりと開いた。
「あれ? わたし今なんか、一瞬意識が……変な声が」
ケリーは途中でさやかに触れてもよいものかと感じたが、彼女は正気に戻ったようなのでその手を止め声をかける。
「……さやかさん。大丈夫ですか?」
「えぇ……なんか話しかけられた気がするんだけど。まぁ……今はいいかな」
ケリーは、今の件をアキトに伝えたほうがよいかと考える。だが、それより先にさやかの声が耳にとどいた。
「それよりも、チューブの強度について考えてみましょうか」
さやかは、先ほどまであったことをすっかりと忘れたように話しはじめる。
「えっ? 考えるって……」
「確認するけど、このチューブの素材は虫なの? それとチューブの中を通るものはなに? 普通の液体じゃないわよね? もちろんエアーでもない……。あっそうか、オーラか! でも、オーラは駆動させるのに必要な力で、チューブの中をオイルのように循環し続けるのは……。となると、うぅ~」
さやかは自分で話して、勝手に頭を抱えて悩んでいる……。ケリーはその姿を見て、今すぐアキトに告げるのをあきらめた。たぶん彼女のことは、アキトが知っているのだろうと思ったからだ。それよりも、さやかとの話のほうが気になった。
「あの……チューブと言うか、配管の素材は確かに虫で『大ロンブリー』と呼ばれる幼虫型の虫です。その本体部分が基になってます。『ロンブリーチューブ』は、オーラをある程度まで内部に留めることができる性質をもっているのです」
「えっ、やっぱりそうなの? 幼虫って……たしかになんかこのチューブをよく見ると大きなミミズのような……」
さやかはチューブを触りながら「うわっ」という表情をしたが、触り続けるうちに慣れたようで、遠慮なしに握り続ける。その姿を見ながらケリーは話を続けた。
「チューブの中を流れて循環しているのは『オーラ液』と呼ばれる液体です。基となる原料の一つは虫の体液ですが、それだけではなく、調合によってさまざまな組み合わせがあります。特に機人に使われるオーラ液の配合は重要機密です」
「重要機密? あぁ~それはそうだよね。あはは……」
ケリーは、さやかと会話しながら不思議に思う。「この人……。知ってるようで、当たり前に知られていることは何も知らない。なぜだ?」と。
「ところで、何か案があるのでしょうか?」
ケリーはさやかを怪しいと感じていながらも聞いてみた。彼女の問いかけは言い得て妙だ。そんな「奇妙な人」の考えを、彼は聞いてみたいと思う。
「素材自体の強化に関しては、すでに行っているのでしょう? どういう工程なのかしら?」
「はい。簡単に言えば、専用の薬品に漬ける、塗る、熱を加えるなどです。現時点でできる強化はすでに行っています」
「熱というと温度はどれくらい?」
さやかは考える表情をしながらケリーにそうたずね、今度はチューブの臭いまで嗅ぎだした。
「素材が大ロンブリーですので、そのままでも700ドゥ(度)くらいまでは耐えられます。通常は薬品で処理してから焼き入れを行いますので、900から1200ドゥくらいまで温度を上げて硬度を強化しています。ですが、硬度は上げ過ぎるとオーラ流量が遅くなります」
ケリーは隠すことなく正直に説明した。それを聞いてさやかは、感心したように話し出す。彼女の目はらんらんと輝いていた。
「驚いた……。金属の焼き入れ温度より高いのね。虫の素材恐るべしだわ……。もしかして処理しないほうがオーラ流量は早くなるの? ちなみにオーラ流量って、チューブの中を流れるオーラの量と速さのことで認識は間違ってないかしら?」
「はいそうです。ですが処理を行わないと、オーラに染まった液の圧力にチューブ配管が耐えきれません。簡単に裂けてしまいます」
「なるほど……悩みどころね。オーラ流量が悪くなるとどうなるの?」
「機士は、オーラを機人に流す際に抵抗を感じるため、機士に負荷がかかります。そうなると長時間の駆動に、機士の身体が耐えきれません。機士のタイプによっては、そうとも限りませんが……」
「機士のタイプ?」
ケリーの説明に、さやかは聞きかえした。
「一般的に機士は『パワータイプ』と『精密タイプ』の2種類に分かれます。もちろん2つを兼ね備えた機士もいますけど。ちなみにレイカー隊長は精密タイプで、アキト隊長はパワータイプです」
「アキトさんはパワータイプ。まぁ、そうでしょうね……」
さやかは「うんうん」とうなずきながらそう言う。
「あっ! それ本人の前で言わないほうがいいですよ。自分では精密タイプだと言い張ってますから」
「あー。そうなんだー……」(察し)
ケリーはさやかの態度を見て、彼女とアキトの関係ってなんだろう。さやかはアキトの恋人なのかとも思ったが、日ごろのアキトの様子を見て「それはどうだろう……」と首をかしげた。
「話を戻しますが、精密タイプの機士のほうがピーキーな設定に対応してくれます。なので……」
「もしかして、このパラムスってアキトさんの?」
さやかは直立に立っているパラムスを見て、さっしたように口にする。
「そうです」
「あぁ~。だから悩んでるのね……」
「はい……」(二人でため息)
「アキトさんのオーラにも耐えきれるように、チューブ配管の強化をしないといけないのね……」
ここまでの話の流れで、本当にこの人は物分かりが良いとケリーは感心した。
「アキト隊長のオーラは、この機士団でも1.2を争うほどのパワーがあります。僕は整備士として、あの人の期待にこたえられる調整を行う。その義務があります」
「ふ~ん。そうなんだ~。わかるわかる♪」
さやかは、ケリーの顔を見ながらニヤついている。
「う~ん。アキトさんのオーラに負けないくらいの強度があるチューブ配管で、オーラ流量は良くないといけない……あっ!」
さやかはすぐになにか思いついたような顔になり、ケリーにたずねる。
「さっき言ったような方法ではなく、直接「配管の内側」に何か別の素材を貼るか、塗り付ける方法は? それなら基の素材の影響はなくなるでしょう?」
「方法としては有りですが、それが可能な素材だと厚みと性質の問題でオーラ流量が悪くなる可能性が大きいですね。それに技術的にも難しいかと……」
ケリーは、首と自分の右手を同時に振った。それは、否定を意味する彼のクセだった
「う~ん。素材はほかに何があるかしら? 見せてもらえる?」
ケリーは近場にあった自分の工具箱と、素材の入ったサンプルケースを持ってきて彼女に見せる。
「この配管に使える素材としては、やはりこれらの同じロンブリー系の虫素材ですかね」
さやかはそれを見て、一つ一つ手に取り素材を確認する。
「同じロンブリー系って言われたけどどうして? 他の虫素材じゃだめなの?」
「ダメというわけではないのですが、ロンブリー系の虫はオーラに共鳴する性質があるため、チューブの素材として使用されることが多いのです。それに同じ性質素材のほうが、オーラの反発が少ないのです。系統が違う素材だと、反発して素材が持ちませんし、さまざまな悪影響が生じます」
「ふぅ~ん。そうなのか……。でも、なぁ~んか頭に引っかかるなぁ……」
さやかは頭を抱えこんで悩んでいる。ときどき「むひゃー」とか言い出した。
とても楽しそう(?)にしているさやかの様子を見て、ケリーはやはりなんらかの技術者なのだろうかと推測した。そう思ったとき、彼女が彼に聞いてくる。
「あのぅ……。わたしはある人に「他人のオーラが自分の体内へ侵入した場合、近くにあるオーラを異物と感知してなにがしかの反応、反発をするって教えてもらったのだけど間違いない?」
「はい? それは医師がオーラ溜りを感知する方法のことですか? あの……まさか……」
「そう!それです」
さやかは元気よく答えた。
ケリーは若い男子だったので、さやかのセリフを聞いて驚いた。「それです!」ってこの人……なんのことを言っている。まさか夜のいとなみのことを……。
「その医師のほうです!」
続いてさやかが言った「その医師のほうです!」を聞いて、ケリーは「ホッ、良かった」と心の中で安堵した。
「……それは間違いない認識です。他人同士のオーラはお互いに反発します。それがなにか?」
ケリーは冷静な表情を保ちながら、心の中で少しドキドキした。
「例えばよ。わたしのオーラをこの管の内側に薄く塗るの」
「えっ? オーラを薄く塗る……。何を言って」
さやかの言い出した方法にケリーは驚く。管の内側に強化する素材を塗るのではなく、自分のオーラを塗るなんてことは、彼には思いもよらない考えだったからだ。
「まずは聞いてちょうだい!」
「あっ、はい……」(さやかの眼がギンギン……)
「そうすることで得られる効果は2つ。一つ目はチューブ配管内側の強化。二つ目は反発を利用したオーラ流量の速度アップ」
ケリーは考える。理論としては、たしかに面白い方法ではある。
「えぇ~と。なるほど……。異なるオーラの反発を逆に利用して、流れるオーラ流量を増やすわけですね」
「そのとおり!」
さやかは「そうそう♪」とうなずきながら答える。
「面白い案です。ですが、その方法には大きな問題点があります」
「うん! よしこい! トライ&エラーは日常茶飯事♪」
さやかは鼻息を荒くしながらケリーに立ち向かおうとする。ケリーはエンジニアなので彼女の気持ちはよくわかる。技術者は、壁を破るのが快感なのだ。
「……いろいろと言いたいですが、一番大きな問題は人が放出したオーラが素材表面に定着しないこと。固定した場所に「留まる」ことは可能ですが、それでも数秒程度です。たしかにさやかさんが言うように、オーラが長時間チューブ配管の内側に留まり続けてくれれば、理論上は可能かもしれません。ですがそれはとても難しく、膨大な量のオーラと技術が必要になります。現実的に、現時点での技術では不可能です」
ケリーはさやかに問題点を挙げたが、彼女の表情は変わらない。
「ふぅ~ん。現時点ねぇ~」(ニヤリ)
でも……さやかの提案にケリーは正直驚いた。
通常ならさやかの言っていることは、荒唐無稽の妄想だと皆に一笑されるだろう。だが……それは違う。問題を解決さえすれば可能な技術なのだ。そのためにケリーたち技術者が存在する。
「まぁまぁ……ケリーさん。まずは実験と……この管は同じ素材だよね? ちょっと借りるね~」
さやかはチューブ配管に対して、自分の手の平を当てだした。
ケリーはそれを見て「あぁ……この人、自分のオーラを管の内側に流そうとしてるよ」とさやかの目論見を知る。
「はぁ~。ふん! ふぅ~」
さやかが奇妙な声を上げながら、自分のオーラを流し込む。
「ん? さやかさん?」
彼女が行っている作業を見て、ケリーは気づいた。それはオーラを流す呼吸ではなかったからだ。
彼は自分の眼にオーラを流す。それによりケリーの眼がボンヤリと光った。これは『オーラミラール』というオーラを可視化して動きを見て取れる基本的な技で、整備士の必須能力だった。
「!!!」
ケリーは、さやかから流れるオーラの動きを見て驚いた。それはオーラを流し込んでいるのではなく、少しずつ配管の内側に貼り付けている作業光景だったからだ。 ゆっくり、ゆっくりと……。間違いなく彼女は自分の指で配管内側にオーラを流し、貼り付けている。
かなりの精神力を使っているのだろう。さやかの額から汗が滴り落ちるが、作業の途中で彼女はつぶやいた。
「ふぅ~。なんかコツがわかってきた。こんな感じかな? コーティング終了っと。何秒くらいオーラは保つかな?」
さやかは、額の汗を作業服の袖で拭いながらそう言った。それに対してケリーが答える。
「せいぜい数セドス(秒)から十数セドス(秒)でしょう……。っていうか、なんて特殊な技術もってるんですか! 見た感じでわかりますがやるのはじめてですよね? これはとんでもない高等技術なんですよ。僕だって簡単にできるかどうか……」
さやかはケリーの言葉を聞いて「あっ、そうなの? アハハ……」と、なんかやっちまったなぁという顔をした。
「まったく……かなり疲れたでしょう。実験とはいえ、すぐに消えるオーラの実験のためにって……ん?」
ケリーはそこで気づいた。
「なんで? さやかさんのオーラが配管内側から消えない。薄くすらならない。これは……まったくもって常識ではありえない!」
彼はそう言って、さやかに振り返った。
「ははは……」(さやか、ニヤ笑い)
結局、さやかがオーラを貼り付けた配管は、それから3時間以上も維持し続けた。それは考えられないことで、ケリーも同じ方法で配管をオーラでコーティングしてみたが、貼り付けているそばからオーラは消えていく。
コーティングが消えるまでの3時間。さやかはあれこれと周りの設備を見ていた。だが、それだけでは満足せず、途中からは他の整備員たちと一緒に整備に参加していた。
コーティングの持続時間を確認してから、さやかはケリーに一つの提案をした。その提案は彼からしたら願ってもないことだったが、彼女からはさらに別の条件も付け加えられた。
それは、今回の実験の結果を秘匿すること。アキト隊長以外の誰にも話さないことだった。
なぜ、さやかがそう言ったのかケリーにはわからなかったが、周りの人間に言ったとしても簡単に信じてもらえることではない。彼はさやかと約束した。
だが、ケリーはそれをやぶることになる……。
「さ、さやかさん」
ケリーはその目を見ながら彼女の名を呼ぶ。
だがそのとき、さやかの頭の中では何者かが集まり会話をしていた。
さやかの目の前は、全面がボンヤリと金色におおわれている。まるで濃い蒸気の中にいるようだった。話す声は彼女の全方向から聞こえてくるが、姿はまったく見えない状態だ。
その中、何者かがさやかに話しかけてきた。
【せっかく楽しんで見ていたのだが「その名」を口にすると、こちらとの接続に影響が出るではないか】
「…………」
彼女は、わけがわからず沈黙する。
【そう言うではない『背教者』よ。私は十分楽しませてもらっている】
【…………】
【そなたはだんまりか? まぁしょうがあるまい。そなたが知る者の末なのであろう?】
さやかは、会話している者たちの声を不思議に感じながら聞いていた。話している声が男性なのか、女性なのかもイマイチよくわからない。
【しょうがあるまいて。そなたのように仮面でもかぶるわけにもいかぬからな、はっはっはっ!】
なんだかわけのわからないことも言いはじめた。笑い声も聞こえる……。
【すまぬな……】
その中で「すまぬな」と言った声は、さやかに向けられているのだと彼女にはなぜかわかる。
【そなたを害するつもりはないのだ。こやつらは我が押さえておこう。もう行くがよい……】
さやかは、その優し気な声を聞き「えっ! あっ!」と心の中でつぶやいた……。そして、眼の前が真っ白になる……。
ケリーは気づいた。さやかの眼の光がだんだんと薄くなっていく……。
しばらくして眼の光が消えると、さやかは一度目を閉じて、再びゆっくりと開いた。
「あれ? わたし今なんか、一瞬意識が……変な声が」
ケリーは途中でさやかに触れてもよいものかと感じたが、彼女は正気に戻ったようなのでその手を止め声をかける。
「……さやかさん。大丈夫ですか?」
「えぇ……なんか話しかけられた気がするんだけど。まぁ……今はいいかな」
ケリーは、今の件をアキトに伝えたほうがよいかと考える。だが、それより先にさやかの声が耳にとどいた。
「それよりも、チューブの強度について考えてみましょうか」
さやかは、先ほどまであったことをすっかりと忘れたように話しはじめる。
「えっ? 考えるって……」
「確認するけど、このチューブの素材は虫なの? それとチューブの中を通るものはなに? 普通の液体じゃないわよね? もちろんエアーでもない……。あっそうか、オーラか! でも、オーラは駆動させるのに必要な力で、チューブの中をオイルのように循環し続けるのは……。となると、うぅ~」
さやかは自分で話して、勝手に頭を抱えて悩んでいる……。ケリーはその姿を見て、今すぐアキトに告げるのをあきらめた。たぶん彼女のことは、アキトが知っているのだろうと思ったからだ。それよりも、さやかとの話のほうが気になった。
「あの……チューブと言うか、配管の素材は確かに虫で『大ロンブリー』と呼ばれる幼虫型の虫です。その本体部分が基になってます。『ロンブリーチューブ』は、オーラをある程度まで内部に留めることができる性質をもっているのです」
「えっ、やっぱりそうなの? 幼虫って……たしかになんかこのチューブをよく見ると大きなミミズのような……」
さやかはチューブを触りながら「うわっ」という表情をしたが、触り続けるうちに慣れたようで、遠慮なしに握り続ける。その姿を見ながらケリーは話を続けた。
「チューブの中を流れて循環しているのは『オーラ液』と呼ばれる液体です。基となる原料の一つは虫の体液ですが、それだけではなく、調合によってさまざまな組み合わせがあります。特に機人に使われるオーラ液の配合は重要機密です」
「重要機密? あぁ~それはそうだよね。あはは……」
ケリーは、さやかと会話しながら不思議に思う。「この人……。知ってるようで、当たり前に知られていることは何も知らない。なぜだ?」と。
「ところで、何か案があるのでしょうか?」
ケリーはさやかを怪しいと感じていながらも聞いてみた。彼女の問いかけは言い得て妙だ。そんな「奇妙な人」の考えを、彼は聞いてみたいと思う。
「素材自体の強化に関しては、すでに行っているのでしょう? どういう工程なのかしら?」
「はい。簡単に言えば、専用の薬品に漬ける、塗る、熱を加えるなどです。現時点でできる強化はすでに行っています」
「熱というと温度はどれくらい?」
さやかは考える表情をしながらケリーにそうたずね、今度はチューブの臭いまで嗅ぎだした。
「素材が大ロンブリーですので、そのままでも700ドゥ(度)くらいまでは耐えられます。通常は薬品で処理してから焼き入れを行いますので、900から1200ドゥくらいまで温度を上げて硬度を強化しています。ですが、硬度は上げ過ぎるとオーラ流量が遅くなります」
ケリーは隠すことなく正直に説明した。それを聞いてさやかは、感心したように話し出す。彼女の目はらんらんと輝いていた。
「驚いた……。金属の焼き入れ温度より高いのね。虫の素材恐るべしだわ……。もしかして処理しないほうがオーラ流量は早くなるの? ちなみにオーラ流量って、チューブの中を流れるオーラの量と速さのことで認識は間違ってないかしら?」
「はいそうです。ですが処理を行わないと、オーラに染まった液の圧力にチューブ配管が耐えきれません。簡単に裂けてしまいます」
「なるほど……悩みどころね。オーラ流量が悪くなるとどうなるの?」
「機士は、オーラを機人に流す際に抵抗を感じるため、機士に負荷がかかります。そうなると長時間の駆動に、機士の身体が耐えきれません。機士のタイプによっては、そうとも限りませんが……」
「機士のタイプ?」
ケリーの説明に、さやかは聞きかえした。
「一般的に機士は『パワータイプ』と『精密タイプ』の2種類に分かれます。もちろん2つを兼ね備えた機士もいますけど。ちなみにレイカー隊長は精密タイプで、アキト隊長はパワータイプです」
「アキトさんはパワータイプ。まぁ、そうでしょうね……」
さやかは「うんうん」とうなずきながらそう言う。
「あっ! それ本人の前で言わないほうがいいですよ。自分では精密タイプだと言い張ってますから」
「あー。そうなんだー……」(察し)
ケリーはさやかの態度を見て、彼女とアキトの関係ってなんだろう。さやかはアキトの恋人なのかとも思ったが、日ごろのアキトの様子を見て「それはどうだろう……」と首をかしげた。
「話を戻しますが、精密タイプの機士のほうがピーキーな設定に対応してくれます。なので……」
「もしかして、このパラムスってアキトさんの?」
さやかは直立に立っているパラムスを見て、さっしたように口にする。
「そうです」
「あぁ~。だから悩んでるのね……」
「はい……」(二人でため息)
「アキトさんのオーラにも耐えきれるように、チューブ配管の強化をしないといけないのね……」
ここまでの話の流れで、本当にこの人は物分かりが良いとケリーは感心した。
「アキト隊長のオーラは、この機士団でも1.2を争うほどのパワーがあります。僕は整備士として、あの人の期待にこたえられる調整を行う。その義務があります」
「ふ~ん。そうなんだ~。わかるわかる♪」
さやかは、ケリーの顔を見ながらニヤついている。
「う~ん。アキトさんのオーラに負けないくらいの強度があるチューブ配管で、オーラ流量は良くないといけない……あっ!」
さやかはすぐになにか思いついたような顔になり、ケリーにたずねる。
「さっき言ったような方法ではなく、直接「配管の内側」に何か別の素材を貼るか、塗り付ける方法は? それなら基の素材の影響はなくなるでしょう?」
「方法としては有りですが、それが可能な素材だと厚みと性質の問題でオーラ流量が悪くなる可能性が大きいですね。それに技術的にも難しいかと……」
ケリーは、首と自分の右手を同時に振った。それは、否定を意味する彼のクセだった
「う~ん。素材はほかに何があるかしら? 見せてもらえる?」
ケリーは近場にあった自分の工具箱と、素材の入ったサンプルケースを持ってきて彼女に見せる。
「この配管に使える素材としては、やはりこれらの同じロンブリー系の虫素材ですかね」
さやかはそれを見て、一つ一つ手に取り素材を確認する。
「同じロンブリー系って言われたけどどうして? 他の虫素材じゃだめなの?」
「ダメというわけではないのですが、ロンブリー系の虫はオーラに共鳴する性質があるため、チューブの素材として使用されることが多いのです。それに同じ性質素材のほうが、オーラの反発が少ないのです。系統が違う素材だと、反発して素材が持ちませんし、さまざまな悪影響が生じます」
「ふぅ~ん。そうなのか……。でも、なぁ~んか頭に引っかかるなぁ……」
さやかは頭を抱えこんで悩んでいる。ときどき「むひゃー」とか言い出した。
とても楽しそう(?)にしているさやかの様子を見て、ケリーはやはりなんらかの技術者なのだろうかと推測した。そう思ったとき、彼女が彼に聞いてくる。
「あのぅ……。わたしはある人に「他人のオーラが自分の体内へ侵入した場合、近くにあるオーラを異物と感知してなにがしかの反応、反発をするって教えてもらったのだけど間違いない?」
「はい? それは医師がオーラ溜りを感知する方法のことですか? あの……まさか……」
「そう!それです」
さやかは元気よく答えた。
ケリーは若い男子だったので、さやかのセリフを聞いて驚いた。「それです!」ってこの人……なんのことを言っている。まさか夜のいとなみのことを……。
「その医師のほうです!」
続いてさやかが言った「その医師のほうです!」を聞いて、ケリーは「ホッ、良かった」と心の中で安堵した。
「……それは間違いない認識です。他人同士のオーラはお互いに反発します。それがなにか?」
ケリーは冷静な表情を保ちながら、心の中で少しドキドキした。
「例えばよ。わたしのオーラをこの管の内側に薄く塗るの」
「えっ? オーラを薄く塗る……。何を言って」
さやかの言い出した方法にケリーは驚く。管の内側に強化する素材を塗るのではなく、自分のオーラを塗るなんてことは、彼には思いもよらない考えだったからだ。
「まずは聞いてちょうだい!」
「あっ、はい……」(さやかの眼がギンギン……)
「そうすることで得られる効果は2つ。一つ目はチューブ配管内側の強化。二つ目は反発を利用したオーラ流量の速度アップ」
ケリーは考える。理論としては、たしかに面白い方法ではある。
「えぇ~と。なるほど……。異なるオーラの反発を逆に利用して、流れるオーラ流量を増やすわけですね」
「そのとおり!」
さやかは「そうそう♪」とうなずきながら答える。
「面白い案です。ですが、その方法には大きな問題点があります」
「うん! よしこい! トライ&エラーは日常茶飯事♪」
さやかは鼻息を荒くしながらケリーに立ち向かおうとする。ケリーはエンジニアなので彼女の気持ちはよくわかる。技術者は、壁を破るのが快感なのだ。
「……いろいろと言いたいですが、一番大きな問題は人が放出したオーラが素材表面に定着しないこと。固定した場所に「留まる」ことは可能ですが、それでも数秒程度です。たしかにさやかさんが言うように、オーラが長時間チューブ配管の内側に留まり続けてくれれば、理論上は可能かもしれません。ですがそれはとても難しく、膨大な量のオーラと技術が必要になります。現実的に、現時点での技術では不可能です」
ケリーはさやかに問題点を挙げたが、彼女の表情は変わらない。
「ふぅ~ん。現時点ねぇ~」(ニヤリ)
でも……さやかの提案にケリーは正直驚いた。
通常ならさやかの言っていることは、荒唐無稽の妄想だと皆に一笑されるだろう。だが……それは違う。問題を解決さえすれば可能な技術なのだ。そのためにケリーたち技術者が存在する。
「まぁまぁ……ケリーさん。まずは実験と……この管は同じ素材だよね? ちょっと借りるね~」
さやかはチューブ配管に対して、自分の手の平を当てだした。
ケリーはそれを見て「あぁ……この人、自分のオーラを管の内側に流そうとしてるよ」とさやかの目論見を知る。
「はぁ~。ふん! ふぅ~」
さやかが奇妙な声を上げながら、自分のオーラを流し込む。
「ん? さやかさん?」
彼女が行っている作業を見て、ケリーは気づいた。それはオーラを流す呼吸ではなかったからだ。
彼は自分の眼にオーラを流す。それによりケリーの眼がボンヤリと光った。これは『オーラミラール』というオーラを可視化して動きを見て取れる基本的な技で、整備士の必須能力だった。
「!!!」
ケリーは、さやかから流れるオーラの動きを見て驚いた。それはオーラを流し込んでいるのではなく、少しずつ配管の内側に貼り付けている作業光景だったからだ。 ゆっくり、ゆっくりと……。間違いなく彼女は自分の指で配管内側にオーラを流し、貼り付けている。
かなりの精神力を使っているのだろう。さやかの額から汗が滴り落ちるが、作業の途中で彼女はつぶやいた。
「ふぅ~。なんかコツがわかってきた。こんな感じかな? コーティング終了っと。何秒くらいオーラは保つかな?」
さやかは、額の汗を作業服の袖で拭いながらそう言った。それに対してケリーが答える。
「せいぜい数セドス(秒)から十数セドス(秒)でしょう……。っていうか、なんて特殊な技術もってるんですか! 見た感じでわかりますがやるのはじめてですよね? これはとんでもない高等技術なんですよ。僕だって簡単にできるかどうか……」
さやかはケリーの言葉を聞いて「あっ、そうなの? アハハ……」と、なんかやっちまったなぁという顔をした。
「まったく……かなり疲れたでしょう。実験とはいえ、すぐに消えるオーラの実験のためにって……ん?」
ケリーはそこで気づいた。
「なんで? さやかさんのオーラが配管内側から消えない。薄くすらならない。これは……まったくもって常識ではありえない!」
彼はそう言って、さやかに振り返った。
「ははは……」(さやか、ニヤ笑い)
結局、さやかがオーラを貼り付けた配管は、それから3時間以上も維持し続けた。それは考えられないことで、ケリーも同じ方法で配管をオーラでコーティングしてみたが、貼り付けているそばからオーラは消えていく。
コーティングが消えるまでの3時間。さやかはあれこれと周りの設備を見ていた。だが、それだけでは満足せず、途中からは他の整備員たちと一緒に整備に参加していた。
コーティングの持続時間を確認してから、さやかはケリーに一つの提案をした。その提案は彼からしたら願ってもないことだったが、彼女からはさらに別の条件も付け加えられた。
それは、今回の実験の結果を秘匿すること。アキト隊長以外の誰にも話さないことだった。
なぜ、さやかがそう言ったのかケリーにはわからなかったが、周りの人間に言ったとしても簡単に信じてもらえることではない。彼はさやかと約束した。
だが、ケリーはそれをやぶることになる……。
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中世ヨーロッパの都市の生活
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wikipediaなど
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