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第二部 異世界の戦争
25.怪しい機械オタク(1) その1ケリー
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ケリー・サーバインは、下級貴族で現在21歳。祖父の時代は侯爵位をもつ上級貴族だったが、彼が物心ついたときには、すでに中級貴族に没落していた。
父の代で領地経営に失敗したのが原因だったが、きっかけは隣の領地の上級貴族と、権利問題で争って負けたせいだ。そのあとは、小さくなった領地をなんとか維持してきた。
ケリーが7歳のとき、隣国であるシャルメチア王国との国境沿いで鉱山が発見される。その鉱山をめぐってはじまった『アルバン戦争』では、彼の父率いる部隊は戦功を立てられなかった。
戦争自体には勝利したものの、戦功を立てた者への領地分配もあり、サーバイン家は領地を没収される。さらに他の貴族との折り合いも悪く、宮廷での権力争いにも敗れた。
結果、侯爵位すら剥奪され下級貴族に落ちてしまう。
領地を失い没落したサーバイン家。資産も底をつき、仕えていた者たちすら離れてしまう。明日食べることすら厳しくなっていたのを助けてくれたのは、上級貴族であったブルハーン家だった。
ブルハーン家とは、領地が離れていたこともあり縁もゆかりもなかったが、なぜかサーバイン家の一族を受け入れてくれた。
助けてくれた理由を最初ケリーは知りたがったが、誰も教えてはくれなかった。噂レベルでは母を亡くして残された子供たちを、ブルハーン領主の祖母が不憫に思ったとされているが、今となってはあえて確認をする必要もないとケリーは考えるようになる。
ブルハーン領地内に猫の額ほどの土地をもらったサーバインの一族は、一所懸命に働いた。ケリーを産んだ母はすでに亡くなっていたが、他の兄弟たちの母は存命だった。
第三夫人だった母の子は、彼と妹の二人だけだったが、兄弟は全部で8人おり、比較的皆の仲は良く、いじめられた記憶もない。と言うよりも、そんな余裕は我が家にはなく、平民が行うような農作業や山仕事、ときには平民から仕事をもらって働くこともあったのだ。
金銭的には苦しかったが、ある意味生活事態は落ち着くことになる。
正直サーバイン家の人間は、貴族社会で権力争いや領地経営をするよりも、こうやって地道に生活するほうが性に合っていたようだ。兄弟たちは長い没落時代のせいで、争いごとからは心底逃げたがっていたし「こっちの生活のほうがまし」だと実感したのだ。
一応貴族ではあるので、教育に関しては受けさせてもらえる。王都中央の学院には行けなかったが、領主の計らいで8歳から領内の学校に行くことができた。
ケリーのような貧乏貴族もいたが、ほとんどは平民の子が多かった。とは言え、元々平民との付き合いが多かったせいもあり、気にするようなことは何もなかった。
彼はその学校で、オーラ機器に触れ夢中になることになる。オーラを流し定着させることで、あらゆる可能性が広がるオーラ機械に心を奪われたのだ。ケリーにとって一番幸運だったことは、その学校には元王国一の『サージア』で、中央のオーラ工房を退官した『ゲルマリック・プレイル』がいたこと。サージアとは機人の設計者のことで、技術者の頂点に位置する。
ケリーは、ブレイル師に出会って教えを受けることになる。
ゲルマリック・プレイルはすでに引退しており、隠居先であるブルハーン領内。近所の学校で講師をしていた。
ゲルマリック・プレイル曰く「気晴らしの講義」だったので、ケリーは当初ゲルマリックにたいへんうざがられた。だが、素早く教えを理解していくケリーを見て、ゲルマリックは面白くなったらしい。
彼はゲルマリックの持つ専門的な知識や、実技などを乾いた布が水を吸い取るように吸収していった。
学校で学ぶべきことは4年で修了したが、その後もケリーは師のもとで、弟子としてさまざまな教え(雑用?)を受けた。
ケリーが16歳のときに、すでに高齢だったゲルマリックが亡くなった。
ゲルマリックは亡くなる前、彼のために王国中央にある機士団への紹介状を書いてくれた。とは言え、機士団への入団は18歳からで、2年の間はブルハーン家の工房で働くことになる。
18歳になり、ケリーは紹介状を持って王都中央のダルマ機士団へ入団した。もともとオーラも人並みで、武の才能にも恵まれなかったこと。最初から整備士として入団を希望したことから、整備士として機士団のオーラ兵器を見ることとなったのだ。
「あの~すみません……」
「ん? なに?」
「そこで……ジッと見ていられると気になるのですが……」
さっきからケリーのうしろで、ずっと作業を見ている女性がいた。彼は一目見て分かったが、昨日ジャマールが空から拾ってきた人だと気づく。それに、綺麗な人だったのでよく覚えていた。
ケリーは整備倉庫の中にいた。機士団内に整備倉庫は9つあるが、この倉庫が一番小さい。25ミル(メートル)四方の広さで、高さは9ミル程度。倉庫の中に格納されているのは、アキト隊のパラムス一体とオハジキが2機のみだった。
ケリーの眼前には、アルパチアの機人『パラムス』が直立している。本来なら、部外者には見られたくはない。本当なら「じゃまだ」と言って退去してもらいたいところだが、団の作業着を着ている上に、外部からの客人が専用で付ける腕章をしているから簡単には追い出せない……。
彼女はケリーの背中に立っている。そこから膝を曲げて軽くしゃがみ、見下ろすように彼の作業を見ていた。
ケリーの目線に気づくと、彼女は彼には目線を合わせず、ケリーの手元を見ながら言う。
「ん? 別に気にしないでいいからそのまま続けて続けて! ほらチューブ管のエアー点検中なのでしょう? もうすぐ圧が戻ってくるわよ」
ケリーは彼女の言葉を聞いたが「気にしないでって、そんな満面の笑みで作業を凝視する女の人がいたら気味が悪いでしょう」と、心の中で訴えた。
彼は自分が持っている管を押さえて、エアーの圧力を確認する。そのときケリーは気づいた。「ん? なんでこの人は、エアーの圧が戻ってくるタイミングがわかったんだ?」ケリーはうしろに振り返り彼女を見る。
「……あなたはなぜ、エアー圧が戻ってくるタイミングがわかるのですか?」
彼の問いかけに彼女は「ん?」という表情を見せて返答する。
「それは……さっきケリーさんが、工具でエアーを入れたタイミングを見ていたからです。もちろん、管の径と、長さも見たからだけど。噴き出すエアーの圧力も考慮して、あまり強いと管が持たないだろうから、想像の範囲内で計算してみただけかな」
「…………」
ケリーは答えを聞き、彼女の素性を推測しようとしたが、彼の考える間もなく、彼女は続けざまに聞いてきた。
「その管っていうかチューブは、小さいけどもっと強度のあるものはないの?」
「なぜでしょうか?」
ケリーは彼女の問いかけに興味をもちはじめた。最初見たイメージでは「か細い感じの清楚なお嬢さん」だったのに、今のイメージは「普通じゃない言葉で話しかけてくる変な女性」に変わっていたのだ。
「だって、この機人の腕を動かす駆動系のチューブ配管でしょう? 本来はエアーではない物が通るのだとしても、もっと強度の強い物を使わないともったいないわ」
「………」
ケリーは、ますます彼女の「頭の中」に興味をもったので聞いてみる。
「あなたは誰ですか?」
彼の問いかけに、彼女はハッとした表情になった。そして、自分のことを紹介する。
「ごめんなさい。わたしは自分の紹介もしないであなたの作業に夢中になっていました。わたしはさやかと言います。どうぞ自由に呼んでください」
「………」
「さやかさんは、どうしてここに?」
ケリーはそう言いながら、作業を一旦止めて立ち上がり、さやかのほうを向く。
「はい、ええっと……アキトさんの知り合いということになるのかな? それで自由に見学をさせていただいてる感じで……」
「アキト隊長のお知り合いだったのですか」
ジャマールが拾ってきた女性が、いつのまにかアキトの知り合いになっている。ケリーはさやかに奇妙な怪しさを感じはしたが、嘘を言っているようには見えない。それよりも彼女はチューブを見て、これが機人の配管だと推測しながら、確証はないような言い方だった。彼はそう感じながら聞いてみる。
「さやかさんはオーラ機器を理解しているのですか?」
ケリーの問いかけに、さやかは口をへの字に曲げて、なんとも言えないような表情になった。
「う~ん。実は……まだよくわかっていないというのが本当のところかなぁ~」
さやかの「あやふや」な言動にケリーは問い返す。
「でも、このチューブ配管ではダメだとおっしゃっていたではありませんか」
「うん。それは、もったいないと思ったから。この機人の本体中心から見たバランスでは、肩から腕まで延びる重量と装甲、この状態で腕を駆動させた際の反動を考えたの。そしたら、チューブ配管のエアー圧? 実際はエアーではないのでしょうが、それに近い圧力のものが流れるのでしょう? それだと圧が弱いはずなので、本来の駆動に伴った力が出ないと思ったのです。だからもっと強い圧に耐えられる素材が必要なのではないかと……」
「……ふぅ~」
ケリーはさやかの返答を聞いて大きく息を吐いた。
「まったくもってさやかさんの言うとおりです。ですが、強度の強い大きいチューブを使用すれば駆動域に影響します。チューブ配管のサイズ的にはこれが限界なのです。やはり本来の装甲に戻すしかないでしょう」
「本来の装甲って、実験していたの? この緊急時に?」
さやかは、てっきりケリーが整備をしているのだと思いながめていた。この会戦まじかの時間がないときに、実験をするなんて考えられなかったからだ。
彼はいたずらっ子のように首をすくめて話し出す。
「はい。この『パラムス』は王国の主力機ですので、現時点でそれなりのチューンを施しています。他国の機人と比べても、劣るところはありません。もちろん同形機であるシャルメチアの機人『ケアムス』よりも性能は上だと思っています」
「だったら、それなのになぜ?」
さやかは敵国の機人よりも、性能が高いパラムスの実験をなぜ今ここでするのかがわからなかった。
「………」
さやかにそう言われ、ケリーの頭の中にはある機体がぼんやりと浮かび上がる。ケリーはその機体を師から聞いたことがあるだけで、実際に見たことがあるわけではない。だが、彼には想像ができるのだ。そしてつぶやく。
「向こうには、アラゴ帝国の機人『アーケーム』があるからです」
さやかが、その名を聞いてもわかるわけはない。だが、ケリーはその名を口にした。
『アーケーム』の名を聞き、彼女は「キョトン」とした表情で聞いてきた。
「アーケーム? それはパラムスよりも強力な機体なの?」
「はい。我が師ゲルマリック・プレイルが設計した6体の最高傑作『ゲルマリックシリーズ』のうちの一体です。だからアーケームの基本スペックは理解しています。悔しいですが、今のパラムスでは到底太刀打ちできないでしょう」
「そうなんだ……」
さやかは、眼の前のパラムスを見ながらそうつぶやく。
「しかもアーケームを駆るのはアラゴ帝国の第四皇女。狂い姫ことプリンセスバーサーカー」ムーン・ドレイク・アラゴです。
ケリーは、真剣な表情でさやかにそう告げた瞬間、彼女は大きく眼を見開いた。
「その人って、燃えるような真っ赤な髪をした女機士?」
さやかはいぶかしむようにケリーに問いただす。彼はなぜ彼女が狂い姫を知っているのか疑問に思ったが、さやかの問いに答える。
「そうです。全天空世界の中でも数少ない『機聖』の位を賜った機士です。ムーカイラムラーヴァリーでもっとも名誉ある、もっとも恐れられている称号と言えます。到底、普通の機士では太刀打ちできません」
「その『機聖』を持つ機士ってそんなに特別なの?」
さやかはケリーにぶつかりそうな勢いで、一歩前に出る。
「はい。機聖の位を与えることができるのは、機聖の位を持つ者、それと天空世界の最上部におられる『天帝』だけです。狂い姫は機聖を持つ機士を倒して奪ったそうですが……」
さやかは、その名を聞き小さくつぶやいた。
「天帝……」
その瞬間、突然彼女は顔を頭上にあげ、小さく口を開く。
「!!!」
ケリーはさやかの普通ではない様子を見た。上を向いて大きく開いた眼が、どことなく異質なものに感じる。
「さやかさん……その眼は」
彼が見る彼女の眼は、金色に光り輝きだしていたのだ……。
父の代で領地経営に失敗したのが原因だったが、きっかけは隣の領地の上級貴族と、権利問題で争って負けたせいだ。そのあとは、小さくなった領地をなんとか維持してきた。
ケリーが7歳のとき、隣国であるシャルメチア王国との国境沿いで鉱山が発見される。その鉱山をめぐってはじまった『アルバン戦争』では、彼の父率いる部隊は戦功を立てられなかった。
戦争自体には勝利したものの、戦功を立てた者への領地分配もあり、サーバイン家は領地を没収される。さらに他の貴族との折り合いも悪く、宮廷での権力争いにも敗れた。
結果、侯爵位すら剥奪され下級貴族に落ちてしまう。
領地を失い没落したサーバイン家。資産も底をつき、仕えていた者たちすら離れてしまう。明日食べることすら厳しくなっていたのを助けてくれたのは、上級貴族であったブルハーン家だった。
ブルハーン家とは、領地が離れていたこともあり縁もゆかりもなかったが、なぜかサーバイン家の一族を受け入れてくれた。
助けてくれた理由を最初ケリーは知りたがったが、誰も教えてはくれなかった。噂レベルでは母を亡くして残された子供たちを、ブルハーン領主の祖母が不憫に思ったとされているが、今となってはあえて確認をする必要もないとケリーは考えるようになる。
ブルハーン領地内に猫の額ほどの土地をもらったサーバインの一族は、一所懸命に働いた。ケリーを産んだ母はすでに亡くなっていたが、他の兄弟たちの母は存命だった。
第三夫人だった母の子は、彼と妹の二人だけだったが、兄弟は全部で8人おり、比較的皆の仲は良く、いじめられた記憶もない。と言うよりも、そんな余裕は我が家にはなく、平民が行うような農作業や山仕事、ときには平民から仕事をもらって働くこともあったのだ。
金銭的には苦しかったが、ある意味生活事態は落ち着くことになる。
正直サーバイン家の人間は、貴族社会で権力争いや領地経営をするよりも、こうやって地道に生活するほうが性に合っていたようだ。兄弟たちは長い没落時代のせいで、争いごとからは心底逃げたがっていたし「こっちの生活のほうがまし」だと実感したのだ。
一応貴族ではあるので、教育に関しては受けさせてもらえる。王都中央の学院には行けなかったが、領主の計らいで8歳から領内の学校に行くことができた。
ケリーのような貧乏貴族もいたが、ほとんどは平民の子が多かった。とは言え、元々平民との付き合いが多かったせいもあり、気にするようなことは何もなかった。
彼はその学校で、オーラ機器に触れ夢中になることになる。オーラを流し定着させることで、あらゆる可能性が広がるオーラ機械に心を奪われたのだ。ケリーにとって一番幸運だったことは、その学校には元王国一の『サージア』で、中央のオーラ工房を退官した『ゲルマリック・プレイル』がいたこと。サージアとは機人の設計者のことで、技術者の頂点に位置する。
ケリーは、ブレイル師に出会って教えを受けることになる。
ゲルマリック・プレイルはすでに引退しており、隠居先であるブルハーン領内。近所の学校で講師をしていた。
ゲルマリック・プレイル曰く「気晴らしの講義」だったので、ケリーは当初ゲルマリックにたいへんうざがられた。だが、素早く教えを理解していくケリーを見て、ゲルマリックは面白くなったらしい。
彼はゲルマリックの持つ専門的な知識や、実技などを乾いた布が水を吸い取るように吸収していった。
学校で学ぶべきことは4年で修了したが、その後もケリーは師のもとで、弟子としてさまざまな教え(雑用?)を受けた。
ケリーが16歳のときに、すでに高齢だったゲルマリックが亡くなった。
ゲルマリックは亡くなる前、彼のために王国中央にある機士団への紹介状を書いてくれた。とは言え、機士団への入団は18歳からで、2年の間はブルハーン家の工房で働くことになる。
18歳になり、ケリーは紹介状を持って王都中央のダルマ機士団へ入団した。もともとオーラも人並みで、武の才能にも恵まれなかったこと。最初から整備士として入団を希望したことから、整備士として機士団のオーラ兵器を見ることとなったのだ。
「あの~すみません……」
「ん? なに?」
「そこで……ジッと見ていられると気になるのですが……」
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ケリーは整備倉庫の中にいた。機士団内に整備倉庫は9つあるが、この倉庫が一番小さい。25ミル(メートル)四方の広さで、高さは9ミル程度。倉庫の中に格納されているのは、アキト隊のパラムス一体とオハジキが2機のみだった。
ケリーの眼前には、アルパチアの機人『パラムス』が直立している。本来なら、部外者には見られたくはない。本当なら「じゃまだ」と言って退去してもらいたいところだが、団の作業着を着ている上に、外部からの客人が専用で付ける腕章をしているから簡単には追い出せない……。
彼女はケリーの背中に立っている。そこから膝を曲げて軽くしゃがみ、見下ろすように彼の作業を見ていた。
ケリーの目線に気づくと、彼女は彼には目線を合わせず、ケリーの手元を見ながら言う。
「ん? 別に気にしないでいいからそのまま続けて続けて! ほらチューブ管のエアー点検中なのでしょう? もうすぐ圧が戻ってくるわよ」
ケリーは彼女の言葉を聞いたが「気にしないでって、そんな満面の笑みで作業を凝視する女の人がいたら気味が悪いでしょう」と、心の中で訴えた。
彼は自分が持っている管を押さえて、エアーの圧力を確認する。そのときケリーは気づいた。「ん? なんでこの人は、エアーの圧が戻ってくるタイミングがわかったんだ?」ケリーはうしろに振り返り彼女を見る。
「……あなたはなぜ、エアー圧が戻ってくるタイミングがわかるのですか?」
彼の問いかけに彼女は「ん?」という表情を見せて返答する。
「それは……さっきケリーさんが、工具でエアーを入れたタイミングを見ていたからです。もちろん、管の径と、長さも見たからだけど。噴き出すエアーの圧力も考慮して、あまり強いと管が持たないだろうから、想像の範囲内で計算してみただけかな」
「…………」
ケリーは答えを聞き、彼女の素性を推測しようとしたが、彼の考える間もなく、彼女は続けざまに聞いてきた。
「その管っていうかチューブは、小さいけどもっと強度のあるものはないの?」
「なぜでしょうか?」
ケリーは彼女の問いかけに興味をもちはじめた。最初見たイメージでは「か細い感じの清楚なお嬢さん」だったのに、今のイメージは「普通じゃない言葉で話しかけてくる変な女性」に変わっていたのだ。
「だって、この機人の腕を動かす駆動系のチューブ配管でしょう? 本来はエアーではない物が通るのだとしても、もっと強度の強い物を使わないともったいないわ」
「………」
ケリーは、ますます彼女の「頭の中」に興味をもったので聞いてみる。
「あなたは誰ですか?」
彼の問いかけに、彼女はハッとした表情になった。そして、自分のことを紹介する。
「ごめんなさい。わたしは自分の紹介もしないであなたの作業に夢中になっていました。わたしはさやかと言います。どうぞ自由に呼んでください」
「………」
「さやかさんは、どうしてここに?」
ケリーはそう言いながら、作業を一旦止めて立ち上がり、さやかのほうを向く。
「はい、ええっと……アキトさんの知り合いということになるのかな? それで自由に見学をさせていただいてる感じで……」
「アキト隊長のお知り合いだったのですか」
ジャマールが拾ってきた女性が、いつのまにかアキトの知り合いになっている。ケリーはさやかに奇妙な怪しさを感じはしたが、嘘を言っているようには見えない。それよりも彼女はチューブを見て、これが機人の配管だと推測しながら、確証はないような言い方だった。彼はそう感じながら聞いてみる。
「さやかさんはオーラ機器を理解しているのですか?」
ケリーの問いかけに、さやかは口をへの字に曲げて、なんとも言えないような表情になった。
「う~ん。実は……まだよくわかっていないというのが本当のところかなぁ~」
さやかの「あやふや」な言動にケリーは問い返す。
「でも、このチューブ配管ではダメだとおっしゃっていたではありませんか」
「うん。それは、もったいないと思ったから。この機人の本体中心から見たバランスでは、肩から腕まで延びる重量と装甲、この状態で腕を駆動させた際の反動を考えたの。そしたら、チューブ配管のエアー圧? 実際はエアーではないのでしょうが、それに近い圧力のものが流れるのでしょう? それだと圧が弱いはずなので、本来の駆動に伴った力が出ないと思ったのです。だからもっと強い圧に耐えられる素材が必要なのではないかと……」
「……ふぅ~」
ケリーはさやかの返答を聞いて大きく息を吐いた。
「まったくもってさやかさんの言うとおりです。ですが、強度の強い大きいチューブを使用すれば駆動域に影響します。チューブ配管のサイズ的にはこれが限界なのです。やはり本来の装甲に戻すしかないでしょう」
「本来の装甲って、実験していたの? この緊急時に?」
さやかは、てっきりケリーが整備をしているのだと思いながめていた。この会戦まじかの時間がないときに、実験をするなんて考えられなかったからだ。
彼はいたずらっ子のように首をすくめて話し出す。
「はい。この『パラムス』は王国の主力機ですので、現時点でそれなりのチューンを施しています。他国の機人と比べても、劣るところはありません。もちろん同形機であるシャルメチアの機人『ケアムス』よりも性能は上だと思っています」
「だったら、それなのになぜ?」
さやかは敵国の機人よりも、性能が高いパラムスの実験をなぜ今ここでするのかがわからなかった。
「………」
さやかにそう言われ、ケリーの頭の中にはある機体がぼんやりと浮かび上がる。ケリーはその機体を師から聞いたことがあるだけで、実際に見たことがあるわけではない。だが、彼には想像ができるのだ。そしてつぶやく。
「向こうには、アラゴ帝国の機人『アーケーム』があるからです」
さやかが、その名を聞いてもわかるわけはない。だが、ケリーはその名を口にした。
『アーケーム』の名を聞き、彼女は「キョトン」とした表情で聞いてきた。
「アーケーム? それはパラムスよりも強力な機体なの?」
「はい。我が師ゲルマリック・プレイルが設計した6体の最高傑作『ゲルマリックシリーズ』のうちの一体です。だからアーケームの基本スペックは理解しています。悔しいですが、今のパラムスでは到底太刀打ちできないでしょう」
「そうなんだ……」
さやかは、眼の前のパラムスを見ながらそうつぶやく。
「しかもアーケームを駆るのはアラゴ帝国の第四皇女。狂い姫ことプリンセスバーサーカー」ムーン・ドレイク・アラゴです。
ケリーは、真剣な表情でさやかにそう告げた瞬間、彼女は大きく眼を見開いた。
「その人って、燃えるような真っ赤な髪をした女機士?」
さやかはいぶかしむようにケリーに問いただす。彼はなぜ彼女が狂い姫を知っているのか疑問に思ったが、さやかの問いに答える。
「そうです。全天空世界の中でも数少ない『機聖』の位を賜った機士です。ムーカイラムラーヴァリーでもっとも名誉ある、もっとも恐れられている称号と言えます。到底、普通の機士では太刀打ちできません」
「その『機聖』を持つ機士ってそんなに特別なの?」
さやかはケリーにぶつかりそうな勢いで、一歩前に出る。
「はい。機聖の位を与えることができるのは、機聖の位を持つ者、それと天空世界の最上部におられる『天帝』だけです。狂い姫は機聖を持つ機士を倒して奪ったそうですが……」
さやかは、その名を聞き小さくつぶやいた。
「天帝……」
その瞬間、突然彼女は顔を頭上にあげ、小さく口を開く。
「!!!」
ケリーはさやかの普通ではない様子を見た。上を向いて大きく開いた眼が、どことなく異質なものに感じる。
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