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第二部 異世界の戦争
24.会戦の雄叫び
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――そ、それは、どうやって採取するのでしょう……。虫や動物はともかく、まさかそのために人間を殺したりとかは……。
さやかは「まさか、そんなことはしませんよね?」とアキトに問いかけた。
「それは大丈夫だ」
アキトは彼女を安心させるように、優しく言いながら説明をはじめる。
「『核』は、殺した場合では出現しないから安心してくれていい。基本的に、天命によって生を終えた生物にだけ表れる物だと言われている。それに必ず出るというわけではなく、確率でいうと1パーセント以下だろう。さやかの世界で言うランダムというやつだ」
「よかったそうなんですね。でも『核』については大変興味があります」(ヨダレがじゅるり♪)
「お、おう……」(引いてる)
「あっ! 最後と言いましたが、大事なことをお聞きするのを忘れるところでした」
「あっ、あぁ……」(やっぱり……)
「わたしは、どうやって自分の世界に戻るのでしょうか? やはり寝たらでしょうか?」
それは、さやかにとっては一番大事(?)なことだった。その質問に対してアキトは「あっ! そうだったな」という表情で話しはじめる。
「さやかの言うとおりだ。寝た瞬間にこの世界から消える」
「消える?」
彼女はアキトの「消える」という表現が気になり問い返した。
「そうだ。その言葉のとおり、存在した場所から突然姿が消える。俺も見たわけではないが、周りから見るとたぶんそんな感じだろう」
彼は自分が消えることはあっても、消えた自分を客観的に見たことがないのでそう言うしかなかった。
「それは、昼寝とかでも?」
アキトは否定するように、ゆっくりと首を横に振る。
「さやかの世界からは、昼寝くらいでは戻れたことはない。俺が経験したことで説明するが、基本的には夜寝た場合に限る。徹夜したくても、いつのまにか寝落ちしてしまうしな」
「寝落ちですか……」
「あぁでもそれは眠いのを我慢した結果の寝落ちであって、夜になれば眠気のような気配を感じとれるし、ある程度までは我慢して自分で制御できるようになる」
「本当ですか!」
さやかは「制御」という言葉に一瞬心惹かれた。なぜなら機械と同じように、制御できるかもしれないと感じたからだ。
「逆に慣れてくると「ここだ!」というところで寝れるようになった。それで元の世界に戻れる。俺はこれをよく利用して、逃げたいタイミングで使う」
「逃げたいとき?」
「例えば、ケンカから逃げてるときとか」
アキトの話を聞いてさやかは彼をジト目で見る。
「アキトさん、あなたまさか……」(疑るような目)
「勘違いしないでくれ! たしかに俺はこれを『寝げる』と言っているが、変なことには使ってない」
「…………」
さやかはこのとき心の中で「まさか……寝ると逃げるをかけて」と思ったが、あえて触れないでおくことにした。そのまま表情を変えずにアキトの話を聞き続ける。
「さやかの場合でも今晩眠れば、元いた自分の世界で目覚めるだろう。たぶん感覚のずれはないはずだ。俺がさやかを助けた日が6月3日だから、目覚めれば4日の朝だ。自分の世界での時間のズレもない」
「でも、アキトさんの場合は、明日とは限らないんですよね?」
さやかは心配そうな表情で彼に問いかける。アキトが自分の世界ではない彼女の世界へ行く場合では、日にちが跳んでしまうケースが多いからだ。
「そうなんだが……。とは言え、さやかには会いたい」
「はい……なにか連絡をとる方法を考えましょう」
彼女は首をかしげ、考えるようなしぐさをとったが、アキトがそれを見てつぶやく。
「それならさやかの携帯番号を教えてくれ」
彼女的に、まさかの答えが飛んできた。
「アキトさん携帯電話をお持ちで?」(どうやって?)
「持ってる。プリペイド式のやつだけどな」(闇で買ったんだが……)
「そうなんですね。納得しましたが一つ疑問が……」
「なんだ?」
さやかは両手の手の平を上にあげて、何かを持ったようなしぐさをした。
「その携帯電話はどうやって保管を? まさかこちらの世界に?」
彼女にとっては当たり前の疑問だった。もし違う世界のものを持ってこれるのだとしたら……。
「実は……」
アキトがもったいぶった感じで話そうとする。
「実は?」
さやかは前かがみになって問い返した。
「さやかの世界で手に入れて身に着けた物は、こちらの世界には持ってはこれない。だけども、さやかの世界に戻ったときには身に着けている。そういう設定らしい」
「え~! そういう設定って?」
彼女は、まさかアキトから「設定」などというセリフが出てくるとは思わなかった。なので表情が「ポカーン」となる。
「本当に、これに関してはまったくわからん。でも向こうの世界に残っていることは便利だし、正直助かっている。こっちの世界には持ってこれない代わりに、こっちの世界の物も向こうの世界には持ってはいけないけどな」
「…………」
さやかはしばしの沈黙のあと、自分を落ち着かせるように話題を元に戻すことにした。
「わ、わかりました……。と、とりあえずアキトさんの携帯番号を教えてください。目覚めたら連絡します」
彼女はそう言いながら、周囲を見渡す。アキトはその動作でさやかは書くものが欲しいのだと気づいた。彼は部屋の壁にかかっているボードの前に彼女をつれていくと、そこに置いてあるチョークを使ってボードに番号を書いた。
「俺の番号は※※※-※※※※-※※※※だ。電話に出なかったときは、さやかの世界に行けなかったと考えてくれ」
アキトはさやかにチョークを渡す。彼女も彼と同じように自分の携帯番号を書きはじめる。
「はい。わたしの番号も教えますね。アキトさんから掛けていただいてもかまいません。わたしの番号は※※※-※※※※-※※※※です」
ふたりはお互いの番号を忘れないように、ボードを見ながらなんども口に出して暗記する。その声は、しばらく会議室の中でこだました。
「よし覚えた。でもさやか、むこうで会う場所は考えたほうが良いかもしれない」
「ん?」
彼女は「どうしてですか」と表情をあらためるが、アキトはその顔を見て気まずそうに答えた。
「実は……あの病院でさやかが倒れたあと、タイミング的に寝落ちしそうになったので、あの場から逃亡して『寝げた』んだ。そのとき……けっこう派手に逃げて、警官に追いかけられた」
「えぇ!」
アキトのまさかの告白に、さやかは驚きの声をあげる。
「廊下のカドを曲がったところで消えたんだが」
「それは完全に不審者認定されましたね……」
「だよな~。ははは」
お互い半笑いになった。
「ぐぅ~~」
突然アキトのお腹が鳴る音がした。
「食堂でメシにしよう。どうせ忙しくなるだろうから」
「はい」
ふたりは会議室を出て、基地内の食堂へ向かった。
食堂は体育館くらい広く、天井も高い。そこでは身分も地位も関係ない。さまざまな人たちが同じテーブルで食事をしていた。
「皆が同じ場所で食べるのですね」
さやかはアキトに聞いてみた。なぜならこのような場所では、彼女の世界とは違い、身分の差があからさまに表れるのではないかと思ったからだ。
「あぁ、そうだな。他の機士団では地位や身分で食堂が分かれているのが普通だが、うちの機士団では昔から一緒だ。そういう気風だと思ってくれていい」
ふたりは、騒がしい食堂で簡単に食事を済ませる。お肉が挟まったパンと、塩味のスープという質素なものだったが、さやか的には添加物の味がしなくて美味しいと感じた。それでも、向かいで食べているアキトの表情は、なにか物足りなさそうだった。
「これ美味しいですね」
さやかの言葉にアキトは驚く。
「本当か? 向こうの食べ物に比べたら味気ないだろ?」
アキトの言葉を聞いて彼女は「そういえば、アキトさん外食ばかりだと言ってたな」と思い出した。
「外食ばかりでは身体によくはありませんよ。今度うちに呼んであげます。ちゃんとしたごはんを食べましょう」
「あ、あぁ……」
ガヤガヤガヤ……。
騒がしい食堂で、ふたりは食べ終わり席を立つ。その瞬間、外につながっている入口の方向が騒がしくなり、そこに人が集まりはじめる。
「アキト!」
さやかは、集まりの中から彼に向かってそう叫んだ男を見た。その男は、朝の騒動でアキトやレイカーと話していた人物で、ダルマ機士団の副団長ザッシュ・マインだった。
さやかは「無精ひげ(?)の貫禄からして、お偉い人だろう」と認識する。
「ザッシュ副団長! お早いお帰りで! 団長は?」
アキトも大きな声で、ザッシュに問いかける。
「少し遅れる。俺が先に戻ってきた。レイカーはどこだ?」
ザッシュは周りを見渡しながらアキトに問い返す。
「俺たちより先にメシを済ませて、皆に指示を出しています」
「俺たち?」
ザッシュはアキトが言った「俺たち」の意味と、彼の向かいに立っているさやかをまじまじと見た。ザッシュの目線に合わせて周りの者も彼女を見る。さやかはその眼差しをなんだか気まずいと感じた。
ザッシュの身長はアキトと同じくらいで体型はガッチリしている。茶色の短髪で無精ひげが目立つが、それもよく似合っていた。その男がさやかを見る目は、小動物を観察しているようだった。
「アキトお前……。こんな美人をどこからかっさらってきた! いくらお前でも誘拐なら軍法会議もんだが」
ザッシュが彼をからかうように大げさに言った。
「ふ、副団長! この人は避難民で保護しただけですよ!」
「本当か? お前にも女をさらうだけの度胸があったものだと感心したのだが」
さやかは、眼の前にいる二人の男性のやり取りを見ていた。
ザッシュとたわむれているアキト。彼女にはそんな彼が一瞬で子どもっぽくなったように見え、それを「なんだかかわいい」と感じた。
「お前にはもったいない美人だから大事にしろ。それと、アヒル(貴族の子弟を表す蔑称)には見られないようにしろよ。あいつら貴族は『ガーガー』とうるさいからな」
「副団長ぉぉぉ……」
アキトが情けない声を出す。
ザッシュは、そんなアキトから目をそらす。
そして大きくゆっくりと首を振って周囲を見渡した後、突然激しく鼻息を鳴らした。
「ふん!」
その瞬間さやかは驚き、身体は「ビクン!」と反応する。
「聞けぇ~~い!!!」
「「「!!!」」」
もの凄い大声でザッシュは叫び、続けて話し出す。その雰囲気は、先ほどまでアキトをからかっていた感じとは異なり気概が感じられた。
「明朝の出来事と時を同じくして、シャルメチアからの宣戦布告があり、それに伴う会戦の申し入れが先ほどあった」
周りの人たちが真剣な表情で、ザッシュの話を聞いている。
そして、アキトの横にはいつのまにかレイカーが立っていた。二人の眼はザッシュに向いている。
「それに対して……わがアルパチアは会戦の申し入れを受けた」
その言葉に食堂の空気が一瞬で変わる……。皆が拳を強く握っていた。
「会戦は明後日の濃昼、場所はシャンテウ平原だ。出立は明日の夕刻になる。皆心して準備せよ!」
ザッシュの話が終わると、食堂は一瞬静寂につつまれた。
そして……。
「ウォォォォォォォォォォォォォ~~~!!!」
耳が弾けるほどの雄叫びが、食堂の中だけでなく外からも聞こえてくる。いつのまにか食堂の外でも大勢の者たちがザッシュの話を聞いていたのだ。
雄叫びが終わると、皆が慌ただしく動きだす。誰一人として止まっている者などいない。
その中をザッシュが皆をかきわけるように、アキトたちの元へやってくる。
「アキト、レイカー。すぐに団長が戻ってくる。打合せをするのでしばらくしたら団長室へ来るように」
ザッシュはそう告げると、食堂を出ていった。
さやかはザッシュの後ろ姿を見送るが、その後ろを従者と思われる若者が付いていく。だが彼女は途中で気づいた。その従者は女性だったのだ。
「女性の武官もいるのね」
彼女の脳裏には、そう言いながらも、赤い髪の女機士が映っていた。
「すまんさやか。これから忙しくなるから、しばらく一緒にいられるかわからない」
アキトの声で彼女は正気に戻る。
「あっ、いや。この状態でそれは無理でしょう。わたしのことは気にしないでください。わたしは皆さんの邪魔にならないように、勝手にさせていただきますから」
さやかは満面の笑みでそう言ったが、アキトはその「勝手」という言葉に一瞬背筋が寒くなる。
「……ええとな、さやか……さすがに基地の中を一人で歩き回られるのは不審者だと……」
彼は言いづらそうに口にする。
「大丈夫です」(ゆずれない満面の笑み)
アキトは「うぅぅぅ」と、うなりながら考える。
「……ええい! ちょっと待ってろ!」
彼はそう言うと、もの凄いスピードで食堂から外へ出ていったが、彼女は横から声をかけられた。
「さやかさんとお呼びしてもよいかな?」
「えっ!」
突然近くで立っていたレイカーが、彼女にそう言ったのだ。
「えぇ、もちろん。なんだかすみません。こんなときに……」
さやかはレイカーに頭を下げたが、彼は笑顔で首を横に振る。
「君は被災者なのだから遠慮する必要はない。邪魔をされるのは困るが、アキトの奴があんなになっているのは見ていて心地よい」
「そういうものですか?」(心地よい?)
「えぇ、そういうものだと思ってください」
レイカーはいたずらっ子のように、彼女に対して片目をつぶってみせたが「やばい、これはアキトさんとは別の意味で正統派のイケメンだわ」とさやかは感じた。
「さやか!」
アキトが凄いスピードで食堂に戻ってきた。まるで漫画のような描写で、手になにかを抱えている。
「ぜーぜー……」(ぜーぜー!)
「あの、アキトさん?」
さやかを上から見下ろすように、彼は手に持っていた何かを彼女に差しだす。
「……これを上から着ろ」
「これって……」
「ここの整備士の作業着だ。それとこれ」
アキトの手には腕章が握られていた。
「これは、外部の者が賓客用に付けるものだ。これを付けていればとりあえず怪しまれることはないだろう。それともし困ったことがあれば、俺かレイカーの名前を出せ」
「あ、ありがとうございます」
さやかは、これ以上もないくらいの満面の笑みでお礼を言った。
「ははははは!」
アキトの横でレイカーが大笑いしている。しかも彼の背中をバンバンたたいて……。
「そうだね。ハハハ! ぜひ俺の名前を出してほしいものだよ。いやいや、こんなに楽しいのは久しぶりだ。さぁ行くぞアキト! ここからは俺たちの時間だ」
レイカーがそう告げると、二人は食堂から出ていった……。
その男性二人のうしろ姿を見送ってさやかは思う。
さぁ! ここからは、わたしの時間だ! で、倉庫はどこだ!(じゅるり♪)
さやかは「まさか、そんなことはしませんよね?」とアキトに問いかけた。
「それは大丈夫だ」
アキトは彼女を安心させるように、優しく言いながら説明をはじめる。
「『核』は、殺した場合では出現しないから安心してくれていい。基本的に、天命によって生を終えた生物にだけ表れる物だと言われている。それに必ず出るというわけではなく、確率でいうと1パーセント以下だろう。さやかの世界で言うランダムというやつだ」
「よかったそうなんですね。でも『核』については大変興味があります」(ヨダレがじゅるり♪)
「お、おう……」(引いてる)
「あっ! 最後と言いましたが、大事なことをお聞きするのを忘れるところでした」
「あっ、あぁ……」(やっぱり……)
「わたしは、どうやって自分の世界に戻るのでしょうか? やはり寝たらでしょうか?」
それは、さやかにとっては一番大事(?)なことだった。その質問に対してアキトは「あっ! そうだったな」という表情で話しはじめる。
「さやかの言うとおりだ。寝た瞬間にこの世界から消える」
「消える?」
彼女はアキトの「消える」という表現が気になり問い返した。
「そうだ。その言葉のとおり、存在した場所から突然姿が消える。俺も見たわけではないが、周りから見るとたぶんそんな感じだろう」
彼は自分が消えることはあっても、消えた自分を客観的に見たことがないのでそう言うしかなかった。
「それは、昼寝とかでも?」
アキトは否定するように、ゆっくりと首を横に振る。
「さやかの世界からは、昼寝くらいでは戻れたことはない。俺が経験したことで説明するが、基本的には夜寝た場合に限る。徹夜したくても、いつのまにか寝落ちしてしまうしな」
「寝落ちですか……」
「あぁでもそれは眠いのを我慢した結果の寝落ちであって、夜になれば眠気のような気配を感じとれるし、ある程度までは我慢して自分で制御できるようになる」
「本当ですか!」
さやかは「制御」という言葉に一瞬心惹かれた。なぜなら機械と同じように、制御できるかもしれないと感じたからだ。
「逆に慣れてくると「ここだ!」というところで寝れるようになった。それで元の世界に戻れる。俺はこれをよく利用して、逃げたいタイミングで使う」
「逃げたいとき?」
「例えば、ケンカから逃げてるときとか」
アキトの話を聞いてさやかは彼をジト目で見る。
「アキトさん、あなたまさか……」(疑るような目)
「勘違いしないでくれ! たしかに俺はこれを『寝げる』と言っているが、変なことには使ってない」
「…………」
さやかはこのとき心の中で「まさか……寝ると逃げるをかけて」と思ったが、あえて触れないでおくことにした。そのまま表情を変えずにアキトの話を聞き続ける。
「さやかの場合でも今晩眠れば、元いた自分の世界で目覚めるだろう。たぶん感覚のずれはないはずだ。俺がさやかを助けた日が6月3日だから、目覚めれば4日の朝だ。自分の世界での時間のズレもない」
「でも、アキトさんの場合は、明日とは限らないんですよね?」
さやかは心配そうな表情で彼に問いかける。アキトが自分の世界ではない彼女の世界へ行く場合では、日にちが跳んでしまうケースが多いからだ。
「そうなんだが……。とは言え、さやかには会いたい」
「はい……なにか連絡をとる方法を考えましょう」
彼女は首をかしげ、考えるようなしぐさをとったが、アキトがそれを見てつぶやく。
「それならさやかの携帯番号を教えてくれ」
彼女的に、まさかの答えが飛んできた。
「アキトさん携帯電話をお持ちで?」(どうやって?)
「持ってる。プリペイド式のやつだけどな」(闇で買ったんだが……)
「そうなんですね。納得しましたが一つ疑問が……」
「なんだ?」
さやかは両手の手の平を上にあげて、何かを持ったようなしぐさをした。
「その携帯電話はどうやって保管を? まさかこちらの世界に?」
彼女にとっては当たり前の疑問だった。もし違う世界のものを持ってこれるのだとしたら……。
「実は……」
アキトがもったいぶった感じで話そうとする。
「実は?」
さやかは前かがみになって問い返した。
「さやかの世界で手に入れて身に着けた物は、こちらの世界には持ってはこれない。だけども、さやかの世界に戻ったときには身に着けている。そういう設定らしい」
「え~! そういう設定って?」
彼女は、まさかアキトから「設定」などというセリフが出てくるとは思わなかった。なので表情が「ポカーン」となる。
「本当に、これに関してはまったくわからん。でも向こうの世界に残っていることは便利だし、正直助かっている。こっちの世界には持ってこれない代わりに、こっちの世界の物も向こうの世界には持ってはいけないけどな」
「…………」
さやかはしばしの沈黙のあと、自分を落ち着かせるように話題を元に戻すことにした。
「わ、わかりました……。と、とりあえずアキトさんの携帯番号を教えてください。目覚めたら連絡します」
彼女はそう言いながら、周囲を見渡す。アキトはその動作でさやかは書くものが欲しいのだと気づいた。彼は部屋の壁にかかっているボードの前に彼女をつれていくと、そこに置いてあるチョークを使ってボードに番号を書いた。
「俺の番号は※※※-※※※※-※※※※だ。電話に出なかったときは、さやかの世界に行けなかったと考えてくれ」
アキトはさやかにチョークを渡す。彼女も彼と同じように自分の携帯番号を書きはじめる。
「はい。わたしの番号も教えますね。アキトさんから掛けていただいてもかまいません。わたしの番号は※※※-※※※※-※※※※です」
ふたりはお互いの番号を忘れないように、ボードを見ながらなんども口に出して暗記する。その声は、しばらく会議室の中でこだました。
「よし覚えた。でもさやか、むこうで会う場所は考えたほうが良いかもしれない」
「ん?」
彼女は「どうしてですか」と表情をあらためるが、アキトはその顔を見て気まずそうに答えた。
「実は……あの病院でさやかが倒れたあと、タイミング的に寝落ちしそうになったので、あの場から逃亡して『寝げた』んだ。そのとき……けっこう派手に逃げて、警官に追いかけられた」
「えぇ!」
アキトのまさかの告白に、さやかは驚きの声をあげる。
「廊下のカドを曲がったところで消えたんだが」
「それは完全に不審者認定されましたね……」
「だよな~。ははは」
お互い半笑いになった。
「ぐぅ~~」
突然アキトのお腹が鳴る音がした。
「食堂でメシにしよう。どうせ忙しくなるだろうから」
「はい」
ふたりは会議室を出て、基地内の食堂へ向かった。
食堂は体育館くらい広く、天井も高い。そこでは身分も地位も関係ない。さまざまな人たちが同じテーブルで食事をしていた。
「皆が同じ場所で食べるのですね」
さやかはアキトに聞いてみた。なぜならこのような場所では、彼女の世界とは違い、身分の差があからさまに表れるのではないかと思ったからだ。
「あぁ、そうだな。他の機士団では地位や身分で食堂が分かれているのが普通だが、うちの機士団では昔から一緒だ。そういう気風だと思ってくれていい」
ふたりは、騒がしい食堂で簡単に食事を済ませる。お肉が挟まったパンと、塩味のスープという質素なものだったが、さやか的には添加物の味がしなくて美味しいと感じた。それでも、向かいで食べているアキトの表情は、なにか物足りなさそうだった。
「これ美味しいですね」
さやかの言葉にアキトは驚く。
「本当か? 向こうの食べ物に比べたら味気ないだろ?」
アキトの言葉を聞いて彼女は「そういえば、アキトさん外食ばかりだと言ってたな」と思い出した。
「外食ばかりでは身体によくはありませんよ。今度うちに呼んであげます。ちゃんとしたごはんを食べましょう」
「あ、あぁ……」
ガヤガヤガヤ……。
騒がしい食堂で、ふたりは食べ終わり席を立つ。その瞬間、外につながっている入口の方向が騒がしくなり、そこに人が集まりはじめる。
「アキト!」
さやかは、集まりの中から彼に向かってそう叫んだ男を見た。その男は、朝の騒動でアキトやレイカーと話していた人物で、ダルマ機士団の副団長ザッシュ・マインだった。
さやかは「無精ひげ(?)の貫禄からして、お偉い人だろう」と認識する。
「ザッシュ副団長! お早いお帰りで! 団長は?」
アキトも大きな声で、ザッシュに問いかける。
「少し遅れる。俺が先に戻ってきた。レイカーはどこだ?」
ザッシュは周りを見渡しながらアキトに問い返す。
「俺たちより先にメシを済ませて、皆に指示を出しています」
「俺たち?」
ザッシュはアキトが言った「俺たち」の意味と、彼の向かいに立っているさやかをまじまじと見た。ザッシュの目線に合わせて周りの者も彼女を見る。さやかはその眼差しをなんだか気まずいと感じた。
ザッシュの身長はアキトと同じくらいで体型はガッチリしている。茶色の短髪で無精ひげが目立つが、それもよく似合っていた。その男がさやかを見る目は、小動物を観察しているようだった。
「アキトお前……。こんな美人をどこからかっさらってきた! いくらお前でも誘拐なら軍法会議もんだが」
ザッシュが彼をからかうように大げさに言った。
「ふ、副団長! この人は避難民で保護しただけですよ!」
「本当か? お前にも女をさらうだけの度胸があったものだと感心したのだが」
さやかは、眼の前にいる二人の男性のやり取りを見ていた。
ザッシュとたわむれているアキト。彼女にはそんな彼が一瞬で子どもっぽくなったように見え、それを「なんだかかわいい」と感じた。
「お前にはもったいない美人だから大事にしろ。それと、アヒル(貴族の子弟を表す蔑称)には見られないようにしろよ。あいつら貴族は『ガーガー』とうるさいからな」
「副団長ぉぉぉ……」
アキトが情けない声を出す。
ザッシュは、そんなアキトから目をそらす。
そして大きくゆっくりと首を振って周囲を見渡した後、突然激しく鼻息を鳴らした。
「ふん!」
その瞬間さやかは驚き、身体は「ビクン!」と反応する。
「聞けぇ~~い!!!」
「「「!!!」」」
もの凄い大声でザッシュは叫び、続けて話し出す。その雰囲気は、先ほどまでアキトをからかっていた感じとは異なり気概が感じられた。
「明朝の出来事と時を同じくして、シャルメチアからの宣戦布告があり、それに伴う会戦の申し入れが先ほどあった」
周りの人たちが真剣な表情で、ザッシュの話を聞いている。
そして、アキトの横にはいつのまにかレイカーが立っていた。二人の眼はザッシュに向いている。
「それに対して……わがアルパチアは会戦の申し入れを受けた」
その言葉に食堂の空気が一瞬で変わる……。皆が拳を強く握っていた。
「会戦は明後日の濃昼、場所はシャンテウ平原だ。出立は明日の夕刻になる。皆心して準備せよ!」
ザッシュの話が終わると、食堂は一瞬静寂につつまれた。
そして……。
「ウォォォォォォォォォォォォォ~~~!!!」
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雄叫びが終わると、皆が慌ただしく動きだす。誰一人として止まっている者などいない。
その中をザッシュが皆をかきわけるように、アキトたちの元へやってくる。
「アキト、レイカー。すぐに団長が戻ってくる。打合せをするのでしばらくしたら団長室へ来るように」
ザッシュはそう告げると、食堂を出ていった。
さやかはザッシュの後ろ姿を見送るが、その後ろを従者と思われる若者が付いていく。だが彼女は途中で気づいた。その従者は女性だったのだ。
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彼女の脳裏には、そう言いながらも、赤い髪の女機士が映っていた。
「すまんさやか。これから忙しくなるから、しばらく一緒にいられるかわからない」
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「あっ、いや。この状態でそれは無理でしょう。わたしのことは気にしないでください。わたしは皆さんの邪魔にならないように、勝手にさせていただきますから」
さやかは満面の笑みでそう言ったが、アキトはその「勝手」という言葉に一瞬背筋が寒くなる。
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彼は言いづらそうに口にする。
「大丈夫です」(ゆずれない満面の笑み)
アキトは「うぅぅぅ」と、うなりながら考える。
「……ええい! ちょっと待ってろ!」
彼はそう言うと、もの凄いスピードで食堂から外へ出ていったが、彼女は横から声をかけられた。
「さやかさんとお呼びしてもよいかな?」
「えっ!」
突然近くで立っていたレイカーが、彼女にそう言ったのだ。
「えぇ、もちろん。なんだかすみません。こんなときに……」
さやかはレイカーに頭を下げたが、彼は笑顔で首を横に振る。
「君は被災者なのだから遠慮する必要はない。邪魔をされるのは困るが、アキトの奴があんなになっているのは見ていて心地よい」
「そういうものですか?」(心地よい?)
「えぇ、そういうものだと思ってください」
レイカーはいたずらっ子のように、彼女に対して片目をつぶってみせたが「やばい、これはアキトさんとは別の意味で正統派のイケメンだわ」とさやかは感じた。
「さやか!」
アキトが凄いスピードで食堂に戻ってきた。まるで漫画のような描写で、手になにかを抱えている。
「ぜーぜー……」(ぜーぜー!)
「あの、アキトさん?」
さやかを上から見下ろすように、彼は手に持っていた何かを彼女に差しだす。
「……これを上から着ろ」
「これって……」
「ここの整備士の作業着だ。それとこれ」
アキトの手には腕章が握られていた。
「これは、外部の者が賓客用に付けるものだ。これを付けていればとりあえず怪しまれることはないだろう。それともし困ったことがあれば、俺かレイカーの名前を出せ」
「あ、ありがとうございます」
さやかは、これ以上もないくらいの満面の笑みでお礼を言った。
「ははははは!」
アキトの横でレイカーが大笑いしている。しかも彼の背中をバンバンたたいて……。
「そうだね。ハハハ! ぜひ俺の名前を出してほしいものだよ。いやいや、こんなに楽しいのは久しぶりだ。さぁ行くぞアキト! ここからは俺たちの時間だ」
レイカーがそう告げると、二人は食堂から出ていった……。
その男性二人のうしろ姿を見送ってさやかは思う。
さぁ! ここからは、わたしの時間だ! で、倉庫はどこだ!(じゅるり♪)
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書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】闇属性魔術師はピンクの夢を見る
アークレイ商会
ファンタジー
精神系の闇属性魔法が得意な貴族学院の魔術講師が、皆を幸せにするために知恵と私財を投じて理想のハーレムを作り上げる人はそれを桃源郷と呼ぶ。
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