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第二部 異世界の戦争
第二部.異世界の戦争 18.戦乱のはじまり(1)
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――えっ! 今なんて……あっ……――。
さやかは病院で意識を失ったあと、自分の身体が光のトンネルのような場所を浮かびながら進んでいるのを不思議な感覚で感じていた。
トンネルの光は流れるようにさやかの周囲を過ぎ去っていく。
さやかは「これは……なに?」と感じるが、この感覚は現実ではなく夢なのだと意識することができた。
前方に流れた光が束になってさやかの横を通り過ぎ、その先で集まる。その光に彼女の身体がぶつかり、さやかの視界は光に包まれた……。
「ちょっと!」
薄ら感覚のさやかの側で呼ぶ声が聞こえる……。
「あんた! こんなところでなに寝てんだい!」
次の声でさやかは目を覚ました。目を開けると頭上には知らないおばさんの顔が見える。
頭に白いスカーフをかぶっているが、日本人には見えない。白人だが、アラブ系の顔に思える。
「あれ? わたし……」
さやかは自分の状況がわからず、思わず声をだす。
「あれじゃないよ! 若い娘がこんなところで寝てるなんて危ないったらありゃしない。とりあえずとっとと起きなよ!」
目の前のおばさんが呆れたように言った。
さやかは上半身を起こして周りを見る。彼女の身体は木製のベンチに横たわっているようだった。顔を左に向けると広場のような場所で中央に噴水が見える。「ここは公園かな?」と思った。
空を見ると太陽が見える。
さやかはその太陽を見て不自然に感じた。なぜならその太陽が薄かったからだ。というよりも半透明に見えた。それに説明しづらいが、空気の感じもいつもと違う。
「こんな朝早くに気づいたから良かったものの、もう少ししたら人が増えてくるから、あんたみたいなべっぴんさんが一人で寝ていたら騒ぎになってたよ。まったく……」
おばさんが言う。
「ごめんなさい……」
さやかはとりあえず謝っておく。このおばさんの口調からは、親切心しか感じなかったからだ。
そして彼女は気づく。「この風景はあの夢の世界だ」そして思い出す。自分は「あのあと」病院で意識を失ったのだろうとも。
またこの夢を見ることができたのだと。
おばさんは起きたさやかに安心したのか、関心をなくしたようにゆっくりと彼女の前から去っていく。さやかはおばさんの後ろ姿を見ていたが、おばさんの足取りが途中で止まり、彼女のほうを振り返った。
「お嬢さん、早くお帰りっ!」
おばさんは強めに言った。その強い口調を聞いてさやかは「なぜそんなことを?」と首をかたむけた。
おばさんは空を見て言う。
「なんか……島の空気がいつもと違うんだよ。こんなときは何が起こるかわからない。だから早く帰ったほうがいいのさ」
おばさんはそう言ってまた振り返ると、今度は真っ直ぐに公園の出口へ向かった。
「島の空気ねぇ……。わたしからしたら全てが異なる感じなんだけどね」
さやかはそう言うと、公園の中央にある噴水へ近づき水に手を入れる。その水の感触は現実世界と同じだった。
あらためて自分の姿を水面越しに確認する。目が覚めていたときの髪は結んでいたはずだが、今はほどけていた。さやかの髪は長いので背中までのストレート状態だ。
噴水の水を鏡代わりにして、さやかは顔をのぞき込む。
目覚めていたときとは違い、その顔はスッピンだった。
さやかは「まぁ、普段から薄化粧だし」と気にはしない。
自分の服装も見てみる。前回と同じノースリーブの白いワンピース。デザインはシンプルで素材はリネンに見えた。足に履いているのは、しっかりと足のくるぶしまでをベルトで固定できるサンダルだったが、素材はわからない。竹のような木の皮かもしれないとさやかは感じた。
「そういえば、前回は自分の服装にまで気が回らなかったかも」
さやかは身体全体を見ていて気が付いた。左腕の手首にあのリングがはまっている。
「う~ん。やっぱこれ怪しいなぁ……。どっちみちわたしの持ち物ではないのだけれど、夢にまで出てくるなんて。まぁとりあえず何かわかるかもしれないから、歩いて探索しようっと」
さやかは公園を出て街道沿いの石畳を歩く。前方には前回も見たお城が見えた。この風景は覚えているので、方向的には右手に向かえば、前回お世話になった基地があるはずだ。
さやかは空を見上げる。
さっき見て全体的に薄いと感じた太陽が若干濃くなっている。でも、太陽の位置は動いていない……。それに比例して周りも明るくなっている。多分この夢の世界では、太陽は東から昇るのではなく、同じ位置に出現してじわじわと濃淡が変わるのだろうとさやかは勝手に推測した。
さやかは心の中で「う~んファンタジー世界。多分そうに違いない。それに……夢ってなんでもありが前提だよね」とつぶやいた。
街道は大きな通りなのか朝でも人通りが多い。荷車に野菜を積んだ馬車が彼女の前を通り過ぎる。
さやかは「馬はここにも存在するのだなぁ」とほのぼのと思ったが、よく見ると知っている馬とは骨格が若干違うと感じた。下半身はしっかりしており脚が牛くらい太い。
「牛馬(うしうま?)まぁいいでしょう。夢だし……って、やっぱファンタジー設定でいこう!」
さやかはそう言い、自分をなっとくさせた。
お城に近づいていくにつれて露店が増えてきた。パンらしきものを焼くいい匂いがしてくる。
さやかは心の底から思った。食べてみたいがお金がない。トルティーヤのようなものに、野菜とハムを挟んだものを買っている人を見たが、ちゃんとお金を払っている。あれは銅貨だろうか?
「う~ん困ったね。まだそれほどお腹が減っているわけじゃないけど、食べてみたいよね……」
そのときさやかは気づく。
「あれ? 夢ってお腹が減るんだっけ? まぁお金がないなら働いて稼ぐしかないけど、日雇いのバイトとかあるかな。工事現場とか~♪」
さやかはもう自由に考えることにした。
「うん、なんか楽しくなってきたぞ!」
さらに街道を進むと、道の端に前回見かけたトラクターのような車両がある。オーラで動く車だとさやかは気づいた。
さやかはさらに楽しくなり車両に近づく。
この間見られなかった細かい部分を観察したい。
そう思ったとき……。
ビューーー!!!
突然、風を引き裂く音とともに、さやかの頭上を何かが走り去った。その何かの影も道の中央を走り去る。
それは、前回見たオハジキに似た『浮遊カメ』だった。
さやかは目を細めてそれをよく観察する。
「オハジキとはフォルムが違う……。設計思想は同じものだと思うけど違う機体ね」
同じ車でもポルシェとベンツでは異なるのだ。
ビビビューーー! ビビビューーー! ビビビューーー!
続いて複数の同じ機体が空を駆け抜けていく。
だが、さやかが見ている前方上空でオハジキもどきは停止した。
そしてオハジキもどきから複数の人が飛び降りていく。かなりの上空から飛び降りているので大丈夫かと思ったが、よく見ると上手くバランスをとっており、地面に着地する瞬間に落下スピードが落ちている。
さやかは以前テレビで見た、自衛隊ヘリの降下訓練を思い出した。
ビィシュー!
そしてオハジキもどきの突起物からは、炎に似た塊が噴き出し、その発射音が聞こえてくる。
炎の塊は飛び進み、その先にあった大きめの建造物に命中した。派手な爆発音とともに煙があがる。石造りに見える壁には小さな穴が開いていた。あの衝撃が人に当たれば、一瞬で身体なんか吹き飛ぶだろう。
さやかから見て遠目ではあるが、地面におりた人は黒い装束だった。頭巾のようなもので顔をおおっている。彼女は日本人なので『忍者』が頭に浮かんだ。
「!!!」
さやかは黒装束が手に短い刃物を持っているのに気づいた。そして何の躊躇もなく周りの人たちを襲いはじめる。
「キャ―!」「ワァー!」
さやかは自分の後ろのほうでも悲鳴が聞こえたと感じたが、実は街のいたるところで悲鳴があがっていた。
「やめておくれ!」
さやかはその声を聞いたことがあると感じた。その聞こえた方向を見ると女性が小さい女の子を抱きかかえながら、目の前の黒装束に訴えている。
その黒装束の周りには3人が倒れていた。そのうち一人は女性が抱えている女の子に対して手をのばしている。
黒装束は女性に刃物を向ける。
「パパー!!!」
女の子が倒れている男性に向かって泣きながら叫ぶ。
「やめなさい!!!」
さやかは反射的に大声をあげていた。黒装束は彼女に気づいて手を止める。
「弱い女性を襲うなんて、恥ずかしいとは思わないの!」
さやかの言葉を聞いた黒装束は振り向いて冷たい目を彼女に向ける。目標を変更してくれたようだ。黒装束は小太刀を構えてさやかに近づいてくる。
さやかは周囲を見直す。道の路肩にはトラクターが止まっていて、その荷台の中にあった大きめのシャベルに目がとまる。彼女はトラクターに向かい、荷台のシャベルを手に取った。
黒装束は小太刀でさやかに襲い掛かってくる。さやかは反射的にシャベルで相手の攻撃を受け止めた。でも受け止めるだけで反撃する余裕なんてあるわけがない。
さやかは相手の目をよく見た。黒装束の目は笑っている。
それでも彼女は相手の目を注視し続けた。
さやかは思う。「この人はわたしへの攻撃で遊んでいる……。目をそらしてはダメだ。気合で負けちゃだめなんだ」彼女は懸命にシャベルで攻撃を受け続ける。
「グッ!」
さやかはうめいた。でも、黒装束の攻撃をシャベルで受けた際にその反動でシャベルが回転し、柄の部分が相手の脚に当たった。
「チッ!」
舌打ちの音で黒装束がイラついたのがわかった。その瞬間に相手の呼吸が変化する。
黒装束が小太刀を振るう。さやかは同じようにシャベルで受けようとした。
スパッ!
手に持つシャベルの柄の部分が切断された。さっきまでとは違う切れ味と全身にひびく衝撃。さやかの身体はトラクターの荷台に打ち付けられてしゃがみ込む。
「きゃ!」
彼女は悲鳴をあげたが頭の中では冷静に考える。
今の衝撃はさっきまでの攻撃とは違う。なにか別の力が加わった感じだと……。
さやかは黒装束がオーラを使った効果だろうと判断した。よく見ると黒装束の小太刀には紋様が描かれている。彼女は攻撃を受けた瞬間を思い出した。黒装束の呼吸が変化したときにオーラが作られたのではないか? そして、あの呼吸の音は聞いたことがある。
それは空手の息吹に似た呼吸音だ。兄と一緒に見に行った空手の大会で聞いたことがある。
さやかは立ち上がり、自分のイメージ通りの息吹を真似してみた。付け焼刃でできるなんて思わない。でも……これは『夢の中』なのだ。夢の中でなら普段できないこともできるかもしれない。
でも、真似してみても何も感じないし変わらなかった。
今度は腹式呼吸をイメージするように呼吸を行うが、呼吸をした瞬間に黒装束が小太刀を突き出してきた。
さやかは息を吸った瞬間、下腹部になにかうごめくような奇妙な感覚を覚える。
不快じゃないその感じをさやかは感覚の中でまとめるように、下腹部から両手にもっていった。
カツン!
黒装束の小太刀がさやかのシャベルに当たったが、今度は切断されないし、衝撃に吹き飛ばされもしない。
彼女は黒装束を見る。頭巾のせいでわかりづらいが、驚愕の目をしているのがわかった。
さやかは下腹部にできたその感覚を、引き続き呼吸をしながら両手に供給し続ける。そして彼女はそのとき、右腕が光っているのに気づいた。
目を向けると左手にはまっていたリングの石が光っている……。
さやかは驚いたがそのままシャベルを黒装束に向かって思い切り押し出す。その瞬間シャベルに当たった黒装束の小太刀は砕け、シャベルは物凄い勢いで黒装束にぶち当たった。
シャベルの平らな部分に当たったせいか、黒装束は飛び跳ねるように吹き飛ばされて地面に転がる。
「…………」
黒装束は動かないが呼吸はしていた。
「起き上がって......こない? まぁいいか。自業自得です!」
さやかは気にしないことにした……。
さやかは病院で意識を失ったあと、自分の身体が光のトンネルのような場所を浮かびながら進んでいるのを不思議な感覚で感じていた。
トンネルの光は流れるようにさやかの周囲を過ぎ去っていく。
さやかは「これは……なに?」と感じるが、この感覚は現実ではなく夢なのだと意識することができた。
前方に流れた光が束になってさやかの横を通り過ぎ、その先で集まる。その光に彼女の身体がぶつかり、さやかの視界は光に包まれた……。
「ちょっと!」
薄ら感覚のさやかの側で呼ぶ声が聞こえる……。
「あんた! こんなところでなに寝てんだい!」
次の声でさやかは目を覚ました。目を開けると頭上には知らないおばさんの顔が見える。
頭に白いスカーフをかぶっているが、日本人には見えない。白人だが、アラブ系の顔に思える。
「あれ? わたし……」
さやかは自分の状況がわからず、思わず声をだす。
「あれじゃないよ! 若い娘がこんなところで寝てるなんて危ないったらありゃしない。とりあえずとっとと起きなよ!」
目の前のおばさんが呆れたように言った。
さやかは上半身を起こして周りを見る。彼女の身体は木製のベンチに横たわっているようだった。顔を左に向けると広場のような場所で中央に噴水が見える。「ここは公園かな?」と思った。
空を見ると太陽が見える。
さやかはその太陽を見て不自然に感じた。なぜならその太陽が薄かったからだ。というよりも半透明に見えた。それに説明しづらいが、空気の感じもいつもと違う。
「こんな朝早くに気づいたから良かったものの、もう少ししたら人が増えてくるから、あんたみたいなべっぴんさんが一人で寝ていたら騒ぎになってたよ。まったく……」
おばさんが言う。
「ごめんなさい……」
さやかはとりあえず謝っておく。このおばさんの口調からは、親切心しか感じなかったからだ。
そして彼女は気づく。「この風景はあの夢の世界だ」そして思い出す。自分は「あのあと」病院で意識を失ったのだろうとも。
またこの夢を見ることができたのだと。
おばさんは起きたさやかに安心したのか、関心をなくしたようにゆっくりと彼女の前から去っていく。さやかはおばさんの後ろ姿を見ていたが、おばさんの足取りが途中で止まり、彼女のほうを振り返った。
「お嬢さん、早くお帰りっ!」
おばさんは強めに言った。その強い口調を聞いてさやかは「なぜそんなことを?」と首をかたむけた。
おばさんは空を見て言う。
「なんか……島の空気がいつもと違うんだよ。こんなときは何が起こるかわからない。だから早く帰ったほうがいいのさ」
おばさんはそう言ってまた振り返ると、今度は真っ直ぐに公園の出口へ向かった。
「島の空気ねぇ……。わたしからしたら全てが異なる感じなんだけどね」
さやかはそう言うと、公園の中央にある噴水へ近づき水に手を入れる。その水の感触は現実世界と同じだった。
あらためて自分の姿を水面越しに確認する。目が覚めていたときの髪は結んでいたはずだが、今はほどけていた。さやかの髪は長いので背中までのストレート状態だ。
噴水の水を鏡代わりにして、さやかは顔をのぞき込む。
目覚めていたときとは違い、その顔はスッピンだった。
さやかは「まぁ、普段から薄化粧だし」と気にはしない。
自分の服装も見てみる。前回と同じノースリーブの白いワンピース。デザインはシンプルで素材はリネンに見えた。足に履いているのは、しっかりと足のくるぶしまでをベルトで固定できるサンダルだったが、素材はわからない。竹のような木の皮かもしれないとさやかは感じた。
「そういえば、前回は自分の服装にまで気が回らなかったかも」
さやかは身体全体を見ていて気が付いた。左腕の手首にあのリングがはまっている。
「う~ん。やっぱこれ怪しいなぁ……。どっちみちわたしの持ち物ではないのだけれど、夢にまで出てくるなんて。まぁとりあえず何かわかるかもしれないから、歩いて探索しようっと」
さやかは公園を出て街道沿いの石畳を歩く。前方には前回も見たお城が見えた。この風景は覚えているので、方向的には右手に向かえば、前回お世話になった基地があるはずだ。
さやかは空を見上げる。
さっき見て全体的に薄いと感じた太陽が若干濃くなっている。でも、太陽の位置は動いていない……。それに比例して周りも明るくなっている。多分この夢の世界では、太陽は東から昇るのではなく、同じ位置に出現してじわじわと濃淡が変わるのだろうとさやかは勝手に推測した。
さやかは心の中で「う~んファンタジー世界。多分そうに違いない。それに……夢ってなんでもありが前提だよね」とつぶやいた。
街道は大きな通りなのか朝でも人通りが多い。荷車に野菜を積んだ馬車が彼女の前を通り過ぎる。
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「牛馬(うしうま?)まぁいいでしょう。夢だし……って、やっぱファンタジー設定でいこう!」
さやかはそう言い、自分をなっとくさせた。
お城に近づいていくにつれて露店が増えてきた。パンらしきものを焼くいい匂いがしてくる。
さやかは心の底から思った。食べてみたいがお金がない。トルティーヤのようなものに、野菜とハムを挟んだものを買っている人を見たが、ちゃんとお金を払っている。あれは銅貨だろうか?
「う~ん困ったね。まだそれほどお腹が減っているわけじゃないけど、食べてみたいよね……」
そのときさやかは気づく。
「あれ? 夢ってお腹が減るんだっけ? まぁお金がないなら働いて稼ぐしかないけど、日雇いのバイトとかあるかな。工事現場とか~♪」
さやかはもう自由に考えることにした。
「うん、なんか楽しくなってきたぞ!」
さらに街道を進むと、道の端に前回見かけたトラクターのような車両がある。オーラで動く車だとさやかは気づいた。
さやかはさらに楽しくなり車両に近づく。
この間見られなかった細かい部分を観察したい。
そう思ったとき……。
ビューーー!!!
突然、風を引き裂く音とともに、さやかの頭上を何かが走り去った。その何かの影も道の中央を走り去る。
それは、前回見たオハジキに似た『浮遊カメ』だった。
さやかは目を細めてそれをよく観察する。
「オハジキとはフォルムが違う……。設計思想は同じものだと思うけど違う機体ね」
同じ車でもポルシェとベンツでは異なるのだ。
ビビビューーー! ビビビューーー! ビビビューーー!
続いて複数の同じ機体が空を駆け抜けていく。
だが、さやかが見ている前方上空でオハジキもどきは停止した。
そしてオハジキもどきから複数の人が飛び降りていく。かなりの上空から飛び降りているので大丈夫かと思ったが、よく見ると上手くバランスをとっており、地面に着地する瞬間に落下スピードが落ちている。
さやかは以前テレビで見た、自衛隊ヘリの降下訓練を思い出した。
ビィシュー!
そしてオハジキもどきの突起物からは、炎に似た塊が噴き出し、その発射音が聞こえてくる。
炎の塊は飛び進み、その先にあった大きめの建造物に命中した。派手な爆発音とともに煙があがる。石造りに見える壁には小さな穴が開いていた。あの衝撃が人に当たれば、一瞬で身体なんか吹き飛ぶだろう。
さやかから見て遠目ではあるが、地面におりた人は黒い装束だった。頭巾のようなもので顔をおおっている。彼女は日本人なので『忍者』が頭に浮かんだ。
「!!!」
さやかは黒装束が手に短い刃物を持っているのに気づいた。そして何の躊躇もなく周りの人たちを襲いはじめる。
「キャ―!」「ワァー!」
さやかは自分の後ろのほうでも悲鳴が聞こえたと感じたが、実は街のいたるところで悲鳴があがっていた。
「やめておくれ!」
さやかはその声を聞いたことがあると感じた。その聞こえた方向を見ると女性が小さい女の子を抱きかかえながら、目の前の黒装束に訴えている。
その黒装束の周りには3人が倒れていた。そのうち一人は女性が抱えている女の子に対して手をのばしている。
黒装束は女性に刃物を向ける。
「パパー!!!」
女の子が倒れている男性に向かって泣きながら叫ぶ。
「やめなさい!!!」
さやかは反射的に大声をあげていた。黒装束は彼女に気づいて手を止める。
「弱い女性を襲うなんて、恥ずかしいとは思わないの!」
さやかの言葉を聞いた黒装束は振り向いて冷たい目を彼女に向ける。目標を変更してくれたようだ。黒装束は小太刀を構えてさやかに近づいてくる。
さやかは周囲を見直す。道の路肩にはトラクターが止まっていて、その荷台の中にあった大きめのシャベルに目がとまる。彼女はトラクターに向かい、荷台のシャベルを手に取った。
黒装束は小太刀でさやかに襲い掛かってくる。さやかは反射的にシャベルで相手の攻撃を受け止めた。でも受け止めるだけで反撃する余裕なんてあるわけがない。
さやかは相手の目をよく見た。黒装束の目は笑っている。
それでも彼女は相手の目を注視し続けた。
さやかは思う。「この人はわたしへの攻撃で遊んでいる……。目をそらしてはダメだ。気合で負けちゃだめなんだ」彼女は懸命にシャベルで攻撃を受け続ける。
「グッ!」
さやかはうめいた。でも、黒装束の攻撃をシャベルで受けた際にその反動でシャベルが回転し、柄の部分が相手の脚に当たった。
「チッ!」
舌打ちの音で黒装束がイラついたのがわかった。その瞬間に相手の呼吸が変化する。
黒装束が小太刀を振るう。さやかは同じようにシャベルで受けようとした。
スパッ!
手に持つシャベルの柄の部分が切断された。さっきまでとは違う切れ味と全身にひびく衝撃。さやかの身体はトラクターの荷台に打ち付けられてしゃがみ込む。
「きゃ!」
彼女は悲鳴をあげたが頭の中では冷静に考える。
今の衝撃はさっきまでの攻撃とは違う。なにか別の力が加わった感じだと……。
さやかは黒装束がオーラを使った効果だろうと判断した。よく見ると黒装束の小太刀には紋様が描かれている。彼女は攻撃を受けた瞬間を思い出した。黒装束の呼吸が変化したときにオーラが作られたのではないか? そして、あの呼吸の音は聞いたことがある。
それは空手の息吹に似た呼吸音だ。兄と一緒に見に行った空手の大会で聞いたことがある。
さやかは立ち上がり、自分のイメージ通りの息吹を真似してみた。付け焼刃でできるなんて思わない。でも……これは『夢の中』なのだ。夢の中でなら普段できないこともできるかもしれない。
でも、真似してみても何も感じないし変わらなかった。
今度は腹式呼吸をイメージするように呼吸を行うが、呼吸をした瞬間に黒装束が小太刀を突き出してきた。
さやかは息を吸った瞬間、下腹部になにかうごめくような奇妙な感覚を覚える。
不快じゃないその感じをさやかは感覚の中でまとめるように、下腹部から両手にもっていった。
カツン!
黒装束の小太刀がさやかのシャベルに当たったが、今度は切断されないし、衝撃に吹き飛ばされもしない。
彼女は黒装束を見る。頭巾のせいでわかりづらいが、驚愕の目をしているのがわかった。
さやかは下腹部にできたその感覚を、引き続き呼吸をしながら両手に供給し続ける。そして彼女はそのとき、右腕が光っているのに気づいた。
目を向けると左手にはまっていたリングの石が光っている……。
さやかは驚いたがそのままシャベルを黒装束に向かって思い切り押し出す。その瞬間シャベルに当たった黒装束の小太刀は砕け、シャベルは物凄い勢いで黒装束にぶち当たった。
シャベルの平らな部分に当たったせいか、黒装束は飛び跳ねるように吹き飛ばされて地面に転がる。
「…………」
黒装束は動かないが呼吸はしていた。
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