ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第一部 ふたつの世界

17.始まりの合図(2)

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「…………」 

 自分の肩に置かれたアキトの手に気づいたさやかは「ジッ」と彼の顔をのぞき込む……。そして目を閉じると、大きく深呼吸をしてから閉じた目をふたたび開いた。

「小津さんが眠らされる前に「屋敷に侵入してきた不審者を目撃した」と警官に話したそうだ」

 将人がさやかにそう告げたとき、後ろの扉が開いた。

 部屋に入ってきたのは妙齢の婦人。看護婦に支えられている。

「お嬢様……」
「小津さん、まだ無理しないで……」

 さやかにそう言われた妙齢の婦人。小津と呼ばれた人は、涙を流しながらさやかに近づいた。さやかは優しく小津を抱きしめる。

「お嬢様、申し訳ございません。旦那様を……お守りすることができませんでした……」

 小津は、申し訳なさそうな表情でさやかにそう告げる。

 アキトは抱き合ったふたりの雰囲気を見るに、その関係は家族のようなものだったのだろうと感じた。

「小津さん、こんなときで申し訳ないが、侵入していた不審者の特徴を教えてください」

 常守は、さやかのうしろから小津に近づき話しかける。

 小津は常守の言葉を聞きさやかから離れると、涙を拭いて毅然きぜんとした態度で表情をととのええた。そして話し出す。

「はい……。侵入者の年齢は20代から30歳くらい。身長は180センチ程度。日本人離れした顔つきでしたが、かなり整っています。話した感じから日本人でしょうが、ハーフと言ってもよいかもしれません」

 ここまで言い切ってから小津は、一瞬気づいたような顔つきになった。

「でも……以前に見かけたことがあるかもしれません」
「「本当(です)か?」」

 常守と将人が同時に小津に聞き返す。

「はい……。でも最近ではないような気がいたします」

 常守は「ハッ」としたような表情になって、懐から手帳を取り出し、挟まれていた写真を小津に見せた。

「この男ではないですか?」

 小津は写真を見た瞬間に常守へ告げる。

「はいこの人です! 間違いありません!」

 小津の答えで、さやかや将人も写真をのぞき込んだ。

「徹叔父さん。この人は?」

 将人は、眉間にしわを寄せながら常守に尋ねた。

「本名は鞆浦ともうらヒカル。現在は宗教法人『光のバシュタ教』の教主で、トモーラと名乗っています」
「ん?」

 突然アキトが変な声をあげた。皆の視線が彼に集まる。

「すみません……。特になんでもないので続けてください」

 アキトは皆に頭をさげた。まさか自分の世界、旧文明の名前が出てくるとは思ってもいなかったからだ。

「叔父さんこのトモーラがいったい?」

 アキトのことが無かったかのように将人が常守に聞いた。

 常守は一瞬迷うような素振りを見せたが、そのまま言い続ける。

「またこの男は、恵姉さんの教え子でもあった者です。12年前の葬式の際にも参加しています」
「「「!!!」」」
「母さんの教え子……」

 さやかは、手の平を自分の口にあてながらつぶやく。

「なので、小津さんが以前に目撃していてもおかしくはありません」

 常守の説明で、小津は合点がいったような顔つきをして話しはじめる。

「そうですか……奥様の教え子。それはわかりましたが、もう一つ腑に落ちない点があります。わたくしが意識を失ったときのことです。自分で言うのもなんですが、その人に触れられたわけでもなく、薬のようなものを嗅がされた覚えはないのです……」

 小津はやりきれないような表情をしてそう言った。

「その件に関しては、本当に薬物が使用された形跡はないのか、小津さんの検査が終わってから確認します」

 常守は、小津に顔を向けながらそう答えた。

「叔父さん。重傷のSPの状況は? あなたがわざわざ派遣してきたSPなのだから、それなりの人なのでしょう?」

 そう言った将人の口調からは、先ほどまでの荒さが薄れていた。

「もちろん、かなりの使い手です。一対一で負けるような者ではないのですがね……それに」
「それに?」

 常守の「それに」にすかさず将人が問い返す。

「これは、オフレコでお願いしたいのですが……。SPは拳銃を携帯しており、不審者に対して懐の拳銃を抜いています。だが発砲した形跡はない。単に不審者であるトモーラを取り押さえるための威嚇として抜いただけでしょう」
「ん? SPが拳銃を抜いて威嚇しているのにSPが重症って? なんかチンプンカンプンでよくわからないわ……」

 さやかがそう口にした。アキトも話を聞きながら「そりゃそうだ」と感じる。

「状況から判明しているのは、SPはエントランス中央の壁に衝突していること。その衝撃により壁が普通では考えられないくらいに凹んでいました。あの頑丈な屋敷の壁がです……。なので壁に衝突したSPはかなりの重傷です。それにしても不明な点は残ります」
「それは?」

 常守の話を聞いて、また将人が聞き返した。

「SPにそれほどの傷を負わすほどの衝撃で、壁に衝突させるとなると、衝突したSPにはそれ相応の力を加えなければならない」

 常守は、自分の右手を前に突き出し「加える力」を表現しながらそう答えた。

「叔父さんの説明からすると、あの屋敷の壁が凹むほどの衝撃をそのトモーラが与えたというふうにしかとらえることができない。だが壁を凹ませるほどの力とは……」

 将人がそう感想を口にした。

 アキトは黙って聞いている。皆が驚いている様子から察するに、さやかの父が住んでいた屋敷の壁は、相当に強固な作りなのだろう。

「今考えてもそれは分からないわ。叔父さんそれで……お父さんの死因は?」

 さやかの顔色は悪いままだが、冷静な口調で常守に問いかける。

「勇樹さんの死因は、現時点では心臓発作としか言えない。外的要因も見受けられないので司法解剖に回される。だが大臣の死因にはトモーラが関係している可能性があります……」

 常守の話に将人が一歩前に出て常守を見据えた。

「その『可能性』の理由を今知りたいと言ったら?」

 将人は常守をにらみつけながら言う。

「兄さん! 徹叔父さんは警察の人よ。まだ言えないこともあるでしょう」

 さやかは常守をかばうように将人に言い返したが、将人は止まらない。

「貴方が公安の人間であることは父から聞いているし、父と何やら動いていたことも察していた……。だから言えないこともあるだろう。でもこうなったからには話してもらうスジがある」

 将人の言葉を聞き、常守は目を閉じた。ひと呼吸した後に目を開き周りに告げる。

「端的に説明するには難しい内容です。落ち着いたら時間と場所を決めてください。そのときにちゃんと説明しましょう」

 将人はまだ常守をにらんでいたが、落ち着いたように息を吐いた。

「わかりました……。こっちも騒がしくなるので今はそれで良いとしましょう」

 バンッ!!!

 突然後ろの扉が勢いよく開いた。

 開いた扉から足を引きずった男が現れる。その男は常守を見つけて近づいてきた。

 男は額から血を流していた。その後ろからも警官が一人付いてきており、男を心配するように支えている。

「課長……うっ……」
代田だいた君! いったいどうした!」

 常守に代田と呼ばれた男は、常守の前まで来ると倒れそうになったが、後ろにいた警官とアキトによってふたたび支えられた。

 代田と呼ばれた男は常守に告げる。

「教団本部から脱出してきました……。それよりも北畠沙也加が襲われます……。彼女は今……」

 アキトは代田の言葉を聞いた。さやかが襲われると言ったのだ。でもさやかは自分が助けている。状況から察するに襲われることを知っていたということだろう。
 
「心配するな。彼女はここにいて無事だ。この彼が助けてくれたんだ」

 常守はアキトを見ながら代田にそう答える。

 代田は自分を支えていたアキトを見た。そしてアキトの横にいるさやかを見て安心したように息を吐く。

「良かった……。でもトモーラが北畠大臣のところに向かうと奴らが言っていました。大臣は……」

 代田がそう口にすると、周りの空気が沈み込んだ。

「残念だが大臣は亡くなった……。トモーラ本人が屋敷から逃走している」

 常守の言葉に代田の目が大きく開かれる。

「死因は?」

 代田は続けて常守に聞いた。

「今のところ心臓発作だ。それと警備のSPが重傷だ。こっちは説明できない理由で壁に衝突させられている」

 常守の話を聞いた瞬間、代田の右手拳が強く握られた。

「クソっ! またかよ!」

(((またかよ?)))

 代田が悔しげに叫んだ「またかよ」のセリフに皆の視線が代田に集まる。アキトも言葉の意味に気づいた。

「本部に潜入して他になにを聞いた? なんでもいいから報告してくれ」

 常守は代田に問いただす。

「さやかさんをさらいにいった人物は『順子』で姪だとか……」

 代田は自分を落ち着かせるように話しながら深呼吸をした。

「あぁそうだ。その前にトモーラには『オーラ』があるとかなんとか言ってました。だから一人でも心配ないと……」
「なに!」

 アキトが一瞬だが小さく声を発した。周りの目がアキトへと向かう。

 アキトは心の中で「オーラだと? 今確かにオーラと言ったな……。そのトモーラという奴はオーラを使えるのか? でもおかしい。オーラだとしても人を飛ばすなんてことはできない」といぶかしんだ。

 アキトは周りの視線に気づき「まずい」と感じたが、次に聞こえた言葉がその気まずさを消滅させた。

「オーラ……。なんで?」

 横にいたさやかが「ボソッ」とだが、オーラと言ったのだ。アキトにしか聞こえていないかもしれないが、たしかにアキトはそう聞いた。

「課長、それよりも奴らはやばいです」

 代田が続けて話し出す。その代田の言葉に、皆の視線はアキトから離れ代田に集まる。

「教団本部の体育館の中にある建屋。それを目撃しました。そこには小型の原子炉があるそうです。外から見ただけなので、原子炉本体は確認できていませんが、少なくとも内部の設備は尋常のものではありませんでした」

 代田の話を聞いて将人が怪訝そうな顔つきをしている。

 聞いていたさやかも、わけがわからないように話し出す。

「まさか、原子炉って……。信じられないけど本当だとしたら、その教団はいったいなにをし……」
「まて!」

 さやかが話しているところに将人が口をはさんだ。

「小型の原子炉だと? それはまさか母さんがなにか関係しているのか!」
「待って兄さん! 原子炉とお母さんってどういうこと? なんでそれで父さんが殺されな……あれ?」

 さやかの話している言葉が、不自然に途中で途切れた。皆の視線が今度はさやかに集まる。

「待って、なにか聞こえる……」
 
 さやかが突然そうつぶやいた。

「お嬢様なにを? 特に何も聞こえませんが……」

 小津がさやかにそう告げる。

「女の人の声が……」

 さやかの言葉を聞き、常守や将人たちが怪訝そうな表情でさやかを見つめる。

「いや、待ってくれ。なにかうっすらと聞こえる……」

 アキトはそうつぶやいたが、周りの人間には聞こえていない。聞こえているのはアキトとさやかだけだった。

 ――これより、アルパチアに侵攻する!!――。

「なに!!!」

 アキトの大きな声に、周りにいる全員がアキトを見返した。続けてさやかも声を発する。

「えっ! 今なんて……あっ……」
「「「「!!!」」」」

 さやかはそう言った瞬間、身体をくずして床に倒れ落ちそうになる。それをアキトが寸前で受け止めた。

 アキトが受け止めたときには、すでにさやかは意識を失っていたが、そのときアキトはさやかの左腕にはまっているリングが目に入った。そのリングに付いている石がうっすらと光っているのも……。

「しょうがない……。こんな状況だ。もう神経が限界だったのだろう。今はこのまま寝かせておいたほうがいい」

 常守もさやかに近寄り、心配したように口に出す。

 アキトは運ばれてきたタンカにさやかを寝かすが、その瞬間に彼がこの夢の世界で毎回感じる感覚がやってきた。

 それはこの世界の夢から覚める前の感覚だった。自分の現実世界へ戻るための睡魔に近い感覚。

 アキトはここに居続けるのは限界だと感じていた。消えてしまう前にこの場から去らないといけない。それに先ほどの声も気にかかっている。

「すみません」

 周りの人たちがアキトのほうを見る。

「申し訳ないが失礼します」

 アキトはそう告げると急に走り出し、部屋を飛び出す。

「「「!!!」」」
「おい! 待っ……」

 うしろから将人の声がする。

 代田と一緒にいた警官は、不審がりながら追いかけてきた。

 アキトは病院の廊下を走り抜ける。病院内を走るなんて許されないことだとは彼もわかっていた。

 病院の廊下でアキトの走る音が反響してこだまする。途中で目の前に現れた看護婦は悲鳴をあげた。彼は飛び上がり、衝突しそうになった看護婦をストレッチャーごと飛び越える。

 目の前に突き当りが見えたので、アキトはそこを左に曲がる。

 曲がった瞬間……アキトの目の前が光に包まれ闇が訪れた……。




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