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第一部 ふたつの世界
14.北畠と楠木
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2007年6月3日PM 18:31
『トモーラ……すみません。邪魔が入り娘の確保に失敗しました……』
「…………」
電話の向こうでは、北畠沙也加の拉致に失敗した三廻部順子が、申し訳なさそうな口調で結果を報告してくる。計画では北畠沙也加の確保をもってスムーズに父親に対して要求を行う予定だったからだ。
「わかりました。計画は変更しないのでこのまま進めてください」
『ですが……』
順子はさらに申し訳なさそうに話を続けようとするが、彼はこれ以上の時間をここで割きたくはなかった。
「お願いします」
『トモッ……』
ブツ。
彼は電話口でそう告げると一方的に電話を切った。
今この辺り一帯では、夜になり雨が降りはじめている。
目を前に向けると大きな屋敷。これから侵入する北畠総務大臣の屋敷だった。
屋敷の門の前には、警官が警備するためのポリスボックスが備えられている。彼は警官に気づかれない位置で軽くジャンプした。彼の身長は180センチほど、ほぼ垂直で2メートル以上ある屋敷の壁を軽々と乗り越える。
屋敷の内側に着地したが、雨音のおかげでその音もひびかない。彼はそのまま玄関に向かい屋敷のドアノブを握る。ドアには鍵がかかっていたので途中で手の動きは止まったが、彼はさらにゆっくりとドアノブを回し続ける。
メリッメリッ……バキッ!
その音に続き、ドアノブが引きちぎられていく音がしたが、その音も雨にかき消される。
ドアからドアノブが外れると扉は開いた。彼は外したドアノブを右手に持ちながら屋敷に入り扉を閉める。
彼は心の中で失礼とは感じながらも、靴を履いたままで玄関を上がった。
正面のエントランスは吹き抜けで、2階へのびている螺旋階段が見える。螺旋階段に向かおうとすると、ちょうど横の扉から出てきた妙齢の女性に出くわした。メイド服を着た女性は最初驚いた表情で彼を見たが、すぐに冷静な態度を取り戻し彼に問いかける。
「いつの間にお入りになりなったかは存じ上げませんが、どちら様でしょうか」
彼女の口調は丁寧だが、表情に警戒心が表れている。彼は軽く微笑みながら返答した。
「今入ってきたばかりです。大臣はどちらにおられますでしょうか?」
「旦那様はご不在です。どうぞお帰りください」
女性の眼には力強いものを感じさせる。彼は一瞬目を閉じると開き、丁寧な口調で女性に語りかけた。
「申し訳ありませんがしばらくお眠りください」
彼はそう告げると、右手を女性の眼の高さまで上げて水平に振った。
女性は彼のその動作を見て一瞬怪訝な顔つきに変わるが、すぐに自分の目が重くなるのを感じた。
「何を言ってらっ……しゃ………る……」
女性はその場で崩れ落ちるが、彼は床に落ちる寸前に女性を受け止め、ゆっくりとエントランスのスミにあったソファーに寝かせた。
彼は螺旋階段の上を見上げて登ろうとする。
だが、エントランスに人がいる気配を感じたのか、男が吹き抜けの2階部分から螺旋階段を下へ降りてきた。身長は彼と同じくらいで、年齢は30代半ばに見える。着ているスーツの懐に手を入れているところを見ると警備のSPだろう。
「動くな! 手を上にあげて腹ばいになりなさい!」
SPの男は懐から拳銃を取り出し、彼に向けながら近づいてくる。
彼は両手を上にあげようとして、その動作をSPの男に見せつける。SPは彼の動作に一瞬気を許すが、彼はあげている途中の右手をエントランス右端の壁に向かって、たたきつけるように握りながら横に振った。
その動作と同時にSPの男が持っていた拳銃が、意思とは関係ないように壁に向かって移動する。
「なにっ!」
SPの男はそう叫んだが、拳銃から手を離さなかったので、身体も一緒に壁方向へもっていかれた。
侵入してきた彼はそのスキに自分の左手を彼に向かって突き出した。
彼の手の平がSPの男に当たる寸前、SPの男の身体は弾け飛び、エントランス正面奥の壁にぶち当たってから地面に崩れ落ちた。
死んではいない。SPの男は脳震盪を起こして気絶した。
「その力で、恵を殺したのか」
2階部分から彼に向かって声が放たれた。
「…………」
彼はその声の方向に向かって顔を上げる。
そこには北畠勇樹。現総務大臣が立っていた。
「お久しぶりです。先生のお葬式いらいでしょうか」
彼がそう告げると大臣は一瞬意外そうな表情をしたが、すぐに険しい顔つきに戻る。
「ここではなんです。あまり騒がしくしたくはありませんので、できればお部屋でお話させていただけませんか?」
彼がそう言うと勇樹は考える顔つきになったが、諦めたように彼に告げる。
「上に来なさい。書斎で話をしよう……」
「ありがとうございます」
彼は螺旋階段を上がって2階へ行く。さらに廊下を奥に進み、右側にある書斎へ入った。
書斎は広く、正面には、重厚感のある大きな机が置かれている。その奥には大きな窓。中央にはソファーとテーブルが置かれている。周囲の壁には取り囲むように、同じく重厚感のある本棚が並んでいた。部屋の左手天井近くには、立派な神棚が祀られている。
勇樹はデスクに座った。だが、彼は座らずに立ったままで大臣を見る。
「鞆浦君。いや、今はトモーラだったかな。率直に聞くがなぜ妻を殺した? そして……何が目的でここに来た」
勇樹は妻を殺した可能性がある目の前の男に臆することなく、トモーラの眼を見すえながら聞いてきた。
トモーラは、勇樹から目をそらさずに答える。
「それをご存じなのですね。ではまず、下で受けた質問から答えましょう。この力が要因で先生が亡くなったのは事実です」
トモーラは左手を自分の目の高さに上げて手の平を上に返す。よく見るとその手の指には、いくつかの指輪がはめられている。
トモーラは体内で生成したオーラを手の平の上に排出した。それにより空気の流れのような球体が完成する。その際、指にはめている指輪がボンヤリと光った。
「これはこの世界には本来存在しない『オーラ』という精神エネルギーです。応用によっては、手を触れなくてもあらゆる現象を起こすことができます」
トモーラの話を聞いた勇樹は驚いたようにその右手を見ている。
「次に、私が先生を殺したのかという質問ですが......故意ではありません」
「故意ではない? では事故とでもいうのか? それは言い訳かね」
勇樹のトモーラに対する言いようは、至極まっとうなものだった。勇樹からしたら妻を殺した言い訳にしか聞こえない。
「言い訳はしません。私のこの力のせいで、先生が亡くなったのは事実ですし、その責任は間違いなく私にあります。自己を正当化する気もありません」
「では君は恵が憎くかったわけではないのか?」
勇樹のその言葉に、トモーラの脳裏には勇樹の妻であった『あの人』の顔が浮かんでいた。
トモーラは、首を一度横に振ってから答える。
「憎い? 先生は私にとってかけがえのない人でした。あの人がいたからこそ、今行っている計画も進めることができたのですから……」
「計画? その計画とここに来たことになにか関係はあるのだな?」
勇樹の問いかけにトモーラは告げる。
「そうです」
トモーラが肯定したその言葉を聞いて勇樹は話し続ける。
「君が今行っている活動と原子力エネルギー。ここに来た理由を言いなさい。いったい君は恵と……」
勇樹は途中で話を止めると首を横に振る。
「いや違う。君はいったい『彼女』と何をしていたんだ!」
「…………」
トモーラは勇樹を見ながら話し出す。
「『知っている』のですね。さすがに貴方はあの人が選んだ人だ。でも全てを理解することはできないでしょう」
「なんだと?」
勇樹は疑問を口にしたがトモーラが続けて話をする。
「貴方に全てを説明することはできません。ですが、恵先生が罪に問われるようなことに関与していないのは誓えます。ここに来た一番の目的は『ある物』をいただくためです」
「ある物? それはなんだね。君に渡すような物には心当たりがない」
勇樹は「まだわからない」かのように答える。
「それはそうでしょう。一般人にはわからない物ですから……」
そしてトモーラは心の中で言う「そして本来この世界には存在しない物」だと。
「北畠大臣の妻である先生。旧姓『楠木恵』さんは、北畠家に嫁いでくる際に、楠木家からある物を持ってきていますね?」
トモーラがそう言うと、勇樹は「なにを言っている?」かのような表情に変わる。
「それがなんだと? そんな物は当然あるだろう」
「ごまかさないでください!」
トモーラは、口調を強くして言った。
「あなたは知っているはずです。なぜなら『その物』と同じ物が、この北畠家にも存在していたからです」
「!!!」
トモーラの話を聞き、勇樹の表情が驚愕の顔つきに変わっていた。
「君は……なぜそれを知っている? 『彼女』が君に話したのか?」
勇樹のその言葉に、トモーラはゆっくりとまばたきをしてから口を開いた。
「いえ、先生から聞いたわけでも『彼女』から直接聞いたわけではありません。聞いたのは渡した本人からです」
「渡した本人? いったいなんの話をしている?」
勇樹の頭の中では話がかみ合わなかった。それはそうだろう。勇樹としては当たり前の言い分だった。
トモーラは、彼の動じた様子を気にせず話を続ける。
「説明してもわかってもらえないでしょう。ですが、その二つは本来一対で保管されていた宝珠でした」
「鞆浦君。君の言っていることがまったく理解できない。そもそもあれは700年前に……」
勇樹は混乱したのだろう。問いかける名が「トモーラ」から「鞆浦」に変わっていた。
トモーラは、それに気づいたのか一瞬微笑んでから答える。
「そうです。700年前から存在していたでしょう」
「そうだ。わたしも祖父からそう聞いている」
「その宝珠は『|大塔宮護良親王』から二人の忠臣。北畠顕家と楠木正成に渡された物です……」
勇樹の顔は驚愕の表情に変わっていた。その表情のまま話しはじめる。
「家に伝わっているのは、700年前から存在していたということだけだ。祖父からもそんなことは聞いてはいない。君はなぜあれが『皇族』からもたらされた物だと知っているんだ? そんなことは恵だって知らないはずだ!」
勇樹は混乱しながらも考えていた。その中である可能性について思い浮かぶ。
「まさか……」
勇樹の口から言葉が漏れる。
「君は……まさかこの世界の人間ではないのか。『彼女』が言っていたことは本当のことだったとでも……」
勇樹の言葉にトモーラは厳しい顔つきに変わった。
「そうです。だから説明したくてもできなかったのです。この複雑に絡んだ因果はどうしようもない。全てを貴方が理解することは不可能でしょう」
勇樹の表情は驚きで、信じられないものを見たかのようになっているが、トモーラは気にせず要求を口にする。
「とにかく、その宝珠を私に渡してください。どこにあるのでしょうか?」
「いったい……君はあの石で何をしようというのだ? あんなものにいったいどんな価値があるというのだ!」
勇樹は叫びながら息が苦しくなったのか、自分の首すじに無いはずのネクタイを緩める動作をする。
「すみません……。私にはそれに答える余裕はないのです。素直に渡していただくために、こちらは娘さんを確保しています」
トモーラのその言葉に、勇樹の彼を見る表情が憎しみに変わる。
トモーラは思った「まったくもって、卑怯な手口だ」と。
「貴様! 恵の娘である沙也加にまで手を出したというのか! 恥ずかしくはないのか!」
勇樹の声が怒号に変わる。
「すでに......善悪の問題ではないのです。あなたには説明しても理解できません。私の力や、宝珠の由来にも理解が追いついていかない状況で、これ以上何を説明すればよいのでしょう。とにかく、娘さんの安全を考えていただきたい。宝珠はどこでしょうか?」
「貴様っ」
勇樹はそう言うと、一瞬だが書斎の上にある神棚に眼を向けた。それをトモーラは見逃さなかった。
「わかりやすい場所で助かりました」
トモーラはそう言うと勇樹に対して頭を下げた。
「安心してください。娘さんは我々の手の中にはいません。誰か助けてくれた人がいたようです」
トモーラはそう告げると神棚に近づき、上に置いてあった二つの桐の箱を手に取った。彼には箱を開けなくてもわかる。箱からあふれ出る波動はこの世界には本来存在しないものだったのだ。
「それでは失礼します。これであの悲劇を止めることができます」
トモーラは書斎から出ようとした。
「待ちたまえ! 今言った悲劇とはなんだね。君はいったいなにを……っ!」
勇樹はそう言うといきなり苦しそうになり、自分の胸を手で押さえはじめた。
トモーラは、一歩勇樹に近寄る。
その瞬間彼は、勇樹の胸のあたりにある空間で何かが蠢くのを感じた。
「奴らは俺を狙ったのか? ではなんで……。そうかこいつが俺を守ったのか」
トモーラは自分が持っている箱に気づき、表情が悲しみに変わる。
とオーラは勇樹を見た。胸の辺りからオーラの反応が感じられる。心臓がオーラでつかまれているようだった。
トモーラは自分の手を勇樹の胸に当てる。自分のオーラで勇樹の心臓を抑えている『オーラ』を探るためだ。
彼は心の中で思う「これは近くじゃない。この世界でこんなことができる奴は俺以外にはいないはず」だと。
「できるとすれば神殿の奴らか」
トモーラはつぶやいたが、その表情は悲しみに沈んでいた。
大臣の鼓動が弱くなるのがわかった。
「すみません……。貴方を救うことはできないようです。でも……」
トモーラは勇樹の耳元で語りかける。
「俺の行動は日本を救うためでもあるんです。これは政治家である貴方に対して最後に送れる言葉です。この世界では……この先……」
勇樹は彼の言葉を聞き終わると、小さなうめき声を発してこと切れた。
トモーラは勇樹の眼を閉じさせると箱を持ちながら書斎の窓を開ける。
「先生……。全てが終わったら俺を向こうの世界ではなく、こっち世界の地獄に送ってください」
トモーラはそう言うと窓から外へ飛び出した。
着ていた服の裾が風と雨にはためくのを感じながら……。
『トモーラ……すみません。邪魔が入り娘の確保に失敗しました……』
「…………」
電話の向こうでは、北畠沙也加の拉致に失敗した三廻部順子が、申し訳なさそうな口調で結果を報告してくる。計画では北畠沙也加の確保をもってスムーズに父親に対して要求を行う予定だったからだ。
「わかりました。計画は変更しないのでこのまま進めてください」
『ですが……』
順子はさらに申し訳なさそうに話を続けようとするが、彼はこれ以上の時間をここで割きたくはなかった。
「お願いします」
『トモッ……』
ブツ。
彼は電話口でそう告げると一方的に電話を切った。
今この辺り一帯では、夜になり雨が降りはじめている。
目を前に向けると大きな屋敷。これから侵入する北畠総務大臣の屋敷だった。
屋敷の門の前には、警官が警備するためのポリスボックスが備えられている。彼は警官に気づかれない位置で軽くジャンプした。彼の身長は180センチほど、ほぼ垂直で2メートル以上ある屋敷の壁を軽々と乗り越える。
屋敷の内側に着地したが、雨音のおかげでその音もひびかない。彼はそのまま玄関に向かい屋敷のドアノブを握る。ドアには鍵がかかっていたので途中で手の動きは止まったが、彼はさらにゆっくりとドアノブを回し続ける。
メリッメリッ……バキッ!
その音に続き、ドアノブが引きちぎられていく音がしたが、その音も雨にかき消される。
ドアからドアノブが外れると扉は開いた。彼は外したドアノブを右手に持ちながら屋敷に入り扉を閉める。
彼は心の中で失礼とは感じながらも、靴を履いたままで玄関を上がった。
正面のエントランスは吹き抜けで、2階へのびている螺旋階段が見える。螺旋階段に向かおうとすると、ちょうど横の扉から出てきた妙齢の女性に出くわした。メイド服を着た女性は最初驚いた表情で彼を見たが、すぐに冷静な態度を取り戻し彼に問いかける。
「いつの間にお入りになりなったかは存じ上げませんが、どちら様でしょうか」
彼女の口調は丁寧だが、表情に警戒心が表れている。彼は軽く微笑みながら返答した。
「今入ってきたばかりです。大臣はどちらにおられますでしょうか?」
「旦那様はご不在です。どうぞお帰りください」
女性の眼には力強いものを感じさせる。彼は一瞬目を閉じると開き、丁寧な口調で女性に語りかけた。
「申し訳ありませんがしばらくお眠りください」
彼はそう告げると、右手を女性の眼の高さまで上げて水平に振った。
女性は彼のその動作を見て一瞬怪訝な顔つきに変わるが、すぐに自分の目が重くなるのを感じた。
「何を言ってらっ……しゃ………る……」
女性はその場で崩れ落ちるが、彼は床に落ちる寸前に女性を受け止め、ゆっくりとエントランスのスミにあったソファーに寝かせた。
彼は螺旋階段の上を見上げて登ろうとする。
だが、エントランスに人がいる気配を感じたのか、男が吹き抜けの2階部分から螺旋階段を下へ降りてきた。身長は彼と同じくらいで、年齢は30代半ばに見える。着ているスーツの懐に手を入れているところを見ると警備のSPだろう。
「動くな! 手を上にあげて腹ばいになりなさい!」
SPの男は懐から拳銃を取り出し、彼に向けながら近づいてくる。
彼は両手を上にあげようとして、その動作をSPの男に見せつける。SPは彼の動作に一瞬気を許すが、彼はあげている途中の右手をエントランス右端の壁に向かって、たたきつけるように握りながら横に振った。
その動作と同時にSPの男が持っていた拳銃が、意思とは関係ないように壁に向かって移動する。
「なにっ!」
SPの男はそう叫んだが、拳銃から手を離さなかったので、身体も一緒に壁方向へもっていかれた。
侵入してきた彼はそのスキに自分の左手を彼に向かって突き出した。
彼の手の平がSPの男に当たる寸前、SPの男の身体は弾け飛び、エントランス正面奥の壁にぶち当たってから地面に崩れ落ちた。
死んではいない。SPの男は脳震盪を起こして気絶した。
「その力で、恵を殺したのか」
2階部分から彼に向かって声が放たれた。
「…………」
彼はその声の方向に向かって顔を上げる。
そこには北畠勇樹。現総務大臣が立っていた。
「お久しぶりです。先生のお葬式いらいでしょうか」
彼がそう告げると大臣は一瞬意外そうな表情をしたが、すぐに険しい顔つきに戻る。
「ここではなんです。あまり騒がしくしたくはありませんので、できればお部屋でお話させていただけませんか?」
彼がそう言うと勇樹は考える顔つきになったが、諦めたように彼に告げる。
「上に来なさい。書斎で話をしよう……」
「ありがとうございます」
彼は螺旋階段を上がって2階へ行く。さらに廊下を奥に進み、右側にある書斎へ入った。
書斎は広く、正面には、重厚感のある大きな机が置かれている。その奥には大きな窓。中央にはソファーとテーブルが置かれている。周囲の壁には取り囲むように、同じく重厚感のある本棚が並んでいた。部屋の左手天井近くには、立派な神棚が祀られている。
勇樹はデスクに座った。だが、彼は座らずに立ったままで大臣を見る。
「鞆浦君。いや、今はトモーラだったかな。率直に聞くがなぜ妻を殺した? そして……何が目的でここに来た」
勇樹は妻を殺した可能性がある目の前の男に臆することなく、トモーラの眼を見すえながら聞いてきた。
トモーラは、勇樹から目をそらさずに答える。
「それをご存じなのですね。ではまず、下で受けた質問から答えましょう。この力が要因で先生が亡くなったのは事実です」
トモーラは左手を自分の目の高さに上げて手の平を上に返す。よく見るとその手の指には、いくつかの指輪がはめられている。
トモーラは体内で生成したオーラを手の平の上に排出した。それにより空気の流れのような球体が完成する。その際、指にはめている指輪がボンヤリと光った。
「これはこの世界には本来存在しない『オーラ』という精神エネルギーです。応用によっては、手を触れなくてもあらゆる現象を起こすことができます」
トモーラの話を聞いた勇樹は驚いたようにその右手を見ている。
「次に、私が先生を殺したのかという質問ですが......故意ではありません」
「故意ではない? では事故とでもいうのか? それは言い訳かね」
勇樹のトモーラに対する言いようは、至極まっとうなものだった。勇樹からしたら妻を殺した言い訳にしか聞こえない。
「言い訳はしません。私のこの力のせいで、先生が亡くなったのは事実ですし、その責任は間違いなく私にあります。自己を正当化する気もありません」
「では君は恵が憎くかったわけではないのか?」
勇樹のその言葉に、トモーラの脳裏には勇樹の妻であった『あの人』の顔が浮かんでいた。
トモーラは、首を一度横に振ってから答える。
「憎い? 先生は私にとってかけがえのない人でした。あの人がいたからこそ、今行っている計画も進めることができたのですから……」
「計画? その計画とここに来たことになにか関係はあるのだな?」
勇樹の問いかけにトモーラは告げる。
「そうです」
トモーラが肯定したその言葉を聞いて勇樹は話し続ける。
「君が今行っている活動と原子力エネルギー。ここに来た理由を言いなさい。いったい君は恵と……」
勇樹は途中で話を止めると首を横に振る。
「いや違う。君はいったい『彼女』と何をしていたんだ!」
「…………」
トモーラは勇樹を見ながら話し出す。
「『知っている』のですね。さすがに貴方はあの人が選んだ人だ。でも全てを理解することはできないでしょう」
「なんだと?」
勇樹は疑問を口にしたがトモーラが続けて話をする。
「貴方に全てを説明することはできません。ですが、恵先生が罪に問われるようなことに関与していないのは誓えます。ここに来た一番の目的は『ある物』をいただくためです」
「ある物? それはなんだね。君に渡すような物には心当たりがない」
勇樹は「まだわからない」かのように答える。
「それはそうでしょう。一般人にはわからない物ですから……」
そしてトモーラは心の中で言う「そして本来この世界には存在しない物」だと。
「北畠大臣の妻である先生。旧姓『楠木恵』さんは、北畠家に嫁いでくる際に、楠木家からある物を持ってきていますね?」
トモーラがそう言うと、勇樹は「なにを言っている?」かのような表情に変わる。
「それがなんだと? そんな物は当然あるだろう」
「ごまかさないでください!」
トモーラは、口調を強くして言った。
「あなたは知っているはずです。なぜなら『その物』と同じ物が、この北畠家にも存在していたからです」
「!!!」
トモーラの話を聞き、勇樹の表情が驚愕の顔つきに変わっていた。
「君は……なぜそれを知っている? 『彼女』が君に話したのか?」
勇樹のその言葉に、トモーラはゆっくりとまばたきをしてから口を開いた。
「いえ、先生から聞いたわけでも『彼女』から直接聞いたわけではありません。聞いたのは渡した本人からです」
「渡した本人? いったいなんの話をしている?」
勇樹の頭の中では話がかみ合わなかった。それはそうだろう。勇樹としては当たり前の言い分だった。
トモーラは、彼の動じた様子を気にせず話を続ける。
「説明してもわかってもらえないでしょう。ですが、その二つは本来一対で保管されていた宝珠でした」
「鞆浦君。君の言っていることがまったく理解できない。そもそもあれは700年前に……」
勇樹は混乱したのだろう。問いかける名が「トモーラ」から「鞆浦」に変わっていた。
トモーラは、それに気づいたのか一瞬微笑んでから答える。
「そうです。700年前から存在していたでしょう」
「そうだ。わたしも祖父からそう聞いている」
「その宝珠は『|大塔宮護良親王』から二人の忠臣。北畠顕家と楠木正成に渡された物です……」
勇樹の顔は驚愕の表情に変わっていた。その表情のまま話しはじめる。
「家に伝わっているのは、700年前から存在していたということだけだ。祖父からもそんなことは聞いてはいない。君はなぜあれが『皇族』からもたらされた物だと知っているんだ? そんなことは恵だって知らないはずだ!」
勇樹は混乱しながらも考えていた。その中である可能性について思い浮かぶ。
「まさか……」
勇樹の口から言葉が漏れる。
「君は……まさかこの世界の人間ではないのか。『彼女』が言っていたことは本当のことだったとでも……」
勇樹の言葉にトモーラは厳しい顔つきに変わった。
「そうです。だから説明したくてもできなかったのです。この複雑に絡んだ因果はどうしようもない。全てを貴方が理解することは不可能でしょう」
勇樹の表情は驚きで、信じられないものを見たかのようになっているが、トモーラは気にせず要求を口にする。
「とにかく、その宝珠を私に渡してください。どこにあるのでしょうか?」
「いったい……君はあの石で何をしようというのだ? あんなものにいったいどんな価値があるというのだ!」
勇樹は叫びながら息が苦しくなったのか、自分の首すじに無いはずのネクタイを緩める動作をする。
「すみません……。私にはそれに答える余裕はないのです。素直に渡していただくために、こちらは娘さんを確保しています」
トモーラのその言葉に、勇樹の彼を見る表情が憎しみに変わる。
トモーラは思った「まったくもって、卑怯な手口だ」と。
「貴様! 恵の娘である沙也加にまで手を出したというのか! 恥ずかしくはないのか!」
勇樹の声が怒号に変わる。
「すでに......善悪の問題ではないのです。あなたには説明しても理解できません。私の力や、宝珠の由来にも理解が追いついていかない状況で、これ以上何を説明すればよいのでしょう。とにかく、娘さんの安全を考えていただきたい。宝珠はどこでしょうか?」
「貴様っ」
勇樹はそう言うと、一瞬だが書斎の上にある神棚に眼を向けた。それをトモーラは見逃さなかった。
「わかりやすい場所で助かりました」
トモーラはそう言うと勇樹に対して頭を下げた。
「安心してください。娘さんは我々の手の中にはいません。誰か助けてくれた人がいたようです」
トモーラはそう告げると神棚に近づき、上に置いてあった二つの桐の箱を手に取った。彼には箱を開けなくてもわかる。箱からあふれ出る波動はこの世界には本来存在しないものだったのだ。
「それでは失礼します。これであの悲劇を止めることができます」
トモーラは書斎から出ようとした。
「待ちたまえ! 今言った悲劇とはなんだね。君はいったいなにを……っ!」
勇樹はそう言うといきなり苦しそうになり、自分の胸を手で押さえはじめた。
トモーラは、一歩勇樹に近寄る。
その瞬間彼は、勇樹の胸のあたりにある空間で何かが蠢くのを感じた。
「奴らは俺を狙ったのか? ではなんで……。そうかこいつが俺を守ったのか」
トモーラは自分が持っている箱に気づき、表情が悲しみに変わる。
とオーラは勇樹を見た。胸の辺りからオーラの反応が感じられる。心臓がオーラでつかまれているようだった。
トモーラは自分の手を勇樹の胸に当てる。自分のオーラで勇樹の心臓を抑えている『オーラ』を探るためだ。
彼は心の中で思う「これは近くじゃない。この世界でこんなことができる奴は俺以外にはいないはず」だと。
「できるとすれば神殿の奴らか」
トモーラはつぶやいたが、その表情は悲しみに沈んでいた。
大臣の鼓動が弱くなるのがわかった。
「すみません……。貴方を救うことはできないようです。でも……」
トモーラは勇樹の耳元で語りかける。
「俺の行動は日本を救うためでもあるんです。これは政治家である貴方に対して最後に送れる言葉です。この世界では……この先……」
勇樹は彼の言葉を聞き終わると、小さなうめき声を発してこと切れた。
トモーラは勇樹の眼を閉じさせると箱を持ちながら書斎の窓を開ける。
「先生……。全てが終わったら俺を向こうの世界ではなく、こっち世界の地獄に送ってください」
トモーラはそう言うと窓から外へ飛び出した。
着ていた服の裾が風と雨にはためくのを感じながら……。
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2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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