ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第一部 ふたつの世界

13.教団の体育館

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 ――課長、俺が教団に潜入します――。

 2006年6月。代田は上司である常守にそう告げ、同年12月には潜入捜査を開始した。
 
 潜入するための材料として以前潜入していた環境保護団体の肩書と、そのときの人脈を利用し、同じ年の12月には入信することができたのだ。

 もちろん、入信に使ったのは本名の『代田智弘だいたまきひろ』ではない。偽名である『佐々木修平ささきしゅうへい』を名乗っている。

 光のバシュタ教団に潜入してから半年ほどが過ぎた。ここでは信者と言う名称は使わずに『会員』と呼んでいる。

 代田はまだ準会員あつかいの新人なので、やる事と言えば原子力エネルギーに関する学習と、それに関する教義の教えを理解すること。あとはもろもろの雑用だった。

 驚いたことに、教義を広めるためのおもだった布教活動は特になく、来る者にだけ門戸もんこを開いている教団だった。

 教団といっても、お布施のような強制的に金銭を徴収されるシステムも存在せず、研究のための寄付という名目で資金を集めているだけ。建前的にいくばくかの寄付はしたが、多額でもない。

 教団の中では、会員の区分だけははっきりしている。

 教祖の『トモーラ』を中心に、側近と呼ばれる者たちが数人存在した。

 側近の下にいる正会員は約500人。正会員の中でもなぜか『戦士』と呼ばれる者たちがいて100人くらい。これはチラッと見ただけだが、明らかに武闘派という空気をまとわせている集団だった。

 戦士以外の正会員は原子力関係の研究者だったり、事務関係を行っている者もいてもろもろだ。

 代田は3千人程度いる準会員のあつかい。

 正会員になるための条件だが、期間は関係なく正会員4名の推薦があればよいとのこと。

 廃校になった学校の旧校舎を利用した教団本部は四階建て。正会員と準会員では、立ち入れる場所が限られている。

 2階の研究室に入れるのは、教義を科学的に説明する講義のときのみ。

 3階になると準会員は許可なく上がることはできない。

 4階になるとさらに限られた正会員の者しか上がれない。

 特に気になるのは体育館で、改装して1階からの入り口や窓はコンクリートでふさがれて、4階からしか入れない構造にしてあった。

 外から見ても窓もなく、噂では核物質でもあるんじゃないかと言われている。現に核物質を研究している大学などと提携を結んでいるので、秘密裏に研究を行っている可能性は十分にあった。

 もし政府機関の許可も無しに核物質を持っていることが判明すれば、大々的に捜査ができる。

 代田は夜に潜入するために、昔は給食の調理室だった場所に目をつけた。

 そこの裏には業者専用の勝手口が存在しており、今は使われていない。

 しかも、扉の外側には改装時の廃材が積んであり、扉は見えなくなっていた。それを動かすことは難しくない。代田は昼間のうちに調理室に侵入して内側の鍵を開けておいた。



 2007年6月3日AM 2:12

 夜、深夜ではあるが代田は目撃されないように、隅田川沿いの校庭部分から壁を越えて侵入。勝手口の前までやってくると、扉前にあった廃材をどける。

 静かに扉を開けて中を確認するが、人の気配は感じられない。

 校舎の中は夜でも研究者がいるせいもあり、いたるところで明かりがついてはいたが、調理室のあたりは真っ暗だった。

 代田は真っ暗な廊下を進み階段から上に上がる。広い校舎なので全体から見れば使われている部分は限られていた。特に給食調理室前の廊下は本来なら体育館へ通じる通路だったが、改装して体育館への通路はふさがれていたので、この辺りは活用されなくなっていた。

 彼は階段を上がる。

 代田が今上がっている階段も、給食室側から使う必要がないので人はめったに通らない。

 しかし、3階部分の踊り場には通行止めのバリケードがあり、4階ではさらに重くて重厚なバリケードが張られていた。鉄パイプやコンクリートで補強されている。

 3階へ通じるバリケードは簡易的なものなので、簡単に乗り越えることができた。

 階段を上り、4階へ通じるバリケードの前にいく。一見堅牢そうで動かせないように感じるバリケードだが、代田はこれにも手を打っておいた。

 昼間の作業の際に、車のタイヤ交換を頼まれていたので、そのときに使用したジャッキを使う。

 ジャッキをバリケードの前までこっそり持っていき、そのジャッキを使ってバリケードをわずかに引き上げる。地面との間、わずかに開いた隙間に2枚重ねた紙を入れた。

 この紙は特殊なものではない。単なるシールやステッカーなどを剥がして残る裏紙だ。剥がした面はツルツルで、そのツルツルの面を2枚合わせて動かしたい物の下に敷けば摩擦が無くなるので、音も出さずに僅かな力でも動かすことが可能になるのだ。

 紙を敷いてジャッキを外したあとにバリケードを推してみる。案の定、軽く押しただけで人ひとり通れるくらいの空間を作ることができた。

 3階は研究室が多いせいで割と明るかったが、4階は人が少ないせいなのかそれほど明るいわけではない。

 代田は4階の廊下を進み突き当たりの角で止まる。

 そこで、角に面した部屋から話し声が聞こえてきた……。

「いよいよ、このときがやってきたな」

 低音の低い声が聞こえる。割と若い男の声だった。

「あれから12年か……。この先どう転がるかはわからねぇけど、全てはトモーラの考えしだいか……」

 男二人で話しているのか。もう一人の男は綺麗な高音だ。

「今さら後戻りはできないだろう。まさか怖気づいたか?」

 低音の男がそう言ったが、高音の男が答える。

「なにを言いやがる。もう覚悟はできているさ。それより、トモーラ自身で向かうつもりのようだが……」
「なにが心配だ? まさか、奴が失敗するとでも?」
「トモーラには『オーラ』があるし、そんなことを心配してるわけじゃねぇよ。あいつは……あの人の旦那に会いに行くんだ。まぁ確かに心配する理由なんざいくらでもあるだろうが」

 部屋の外で聞いていた代田は「オーラ? それにあの人の旦那? いったい、何の話をしてやがる?」と聞き耳をたてた。

「それに、娘のほうだが……あんたは姪を行かせたんだろう? 大丈夫か?」
 
 高音の男が言う。

「……姪じゃない。いとこだ。順子のことなら問題ない。蛭間ひるまのところにいるし、それなりの手練れを付けている。あいつ自身も素人じゃないしな」
「そういう意味で言ったんじゃねぇよ。あいつは……トモーラはあの人の娘に手を出すつもりはなかったろう?」
「万が一にそなえてだ。あの人の旦那からは間違いなく奪う必要がある」
「それで、女一人を連れてくるだけで蛭間の手下を付けるか……」

 高音の男が歯痒そうに言った。

「トモーラの計画にひずみを入れるわけにはいかん」
「……あの人の娘か。なんて言う名前だった?」
「名前? あぁたしか『沙也加さやか』とか言ったか……」

 !!!

 代田はその名前を聞いて一瞬で背筋が凍る……。

 ここでその名前を聞くとは想像もしなかったのだ。北畠大臣が関係しているのだから無関係というわけではない。「でもなぜこのタイミングなんだ?」と。

「おいお前、そこで何をやっている」

 代田がそう呼ばれて気づいたときには、目の前に相手の拳が見えた。

 拳の男が言ったのだろう。近づいてくる気配は感じなかったから、避けることはできない……。

 代田は相手の拳を右頬に受けながらも自分の首を曲げて威力を逃がす。そしてそのまま、相手の腹にボディブローを入れた。

「くぅ!」

 代田は相手から距離をとってかまえるが「硬てぇ! かなり鍛えてる腹だ」と心の中で叫んだ。

 代田の目の前にいる男はスキンヘッドで、代田より背が低いが体格はがっしりしていた。

 代田は空気感でわかった。「こいつは強ぇな。まともにやっても簡単に勝てる相手じゃない……」

 ガラッ!

 部屋の外で争う音が聞こえたのか、中で話していた二人が外に出てきた。

「誰だお前は?」

 最初に出てきた男が低い声で言った。背の高いひょろっとした体格でひげづらの男で、なぜか夜なのにサングラスをしていた。その男が続けて叫ぶ。

「加治! 逃がすなよ。そいつは見たことがない」

 続いて部屋から出てきたのは高い声の男だ。おんなのような白い綺麗な顔をしている男で、腰までおりた長髪、なおかつ金髪だった。

 代田は叫ぶ。

「俺だって、あんたらにちょくに会うのは初めてだよ!」

 それを聞いて、代田と戦っている加治と呼ばれた男は、ニヤ笑いをしながら言った。

「ボクシングか? 俺の拳を首をひねっていなすとは、なかなかやるじゃないか。でも……これまでだ!」

 加治と呼ばれた男は、代田の頭を狙って蹴りをいれてきた。代田はそれをスウェーバックでかわしたが、加治はスキをつくらず、続けて蹴りや拳で攻撃してくる。

 代田は加治の攻撃を上手く受けないでかわし続けるが、限界がきて正拳が一発胸に当たった。

 バキッ! ぐほっ!

 変な音がして一瞬息が詰まると思ったが、なんとかこらえる……。

「空手かよ......。俺に蹴りはないんだって!」
「異種格闘技戦は嫌いか! こっちは大歓迎だ!」

 代田は攻撃を避けるためにひたすら後ろへ下がるが、そのまま入ってきたバリケードまで追い込まれた。

 代田に向かって加治が告げる。

「さーて、もう観念してもらおうか。 どうせ多勢に無勢だぜ。この人数からは逃れられまい」

 騒ぎを聞きつけたのか、廊下の奥から数人こちらへ向かってくる。

「ほんと、多勢に無勢だな。でもここは……」
「ここは?」

 代田の言葉に加治が聞き返す。

「突破して逃げ切る!」

 代田は走り出した。

 加治は右正拳を打ち出してくるが、それを代田は紙一重でかわしそのまま前へ進む。加治から距離を取ってから振り返ると、代田の手には着ていた背広の懐から取り出した拳銃が握られていた。それを人に命中させないように発砲する。

 バキュン!

「なに!」

 低音の男がそう言い、続けて叫ぶ。

「おい! そいつはたぶん公安だ! 必ず捕まえろ! 無理なら始末してもかまわん!」

 おいおい。始末って言ったか今?

 周りに集まってきた連中が、代田の発砲にひるんだ。そのスキに代田はバリケードとは反対方向に向かって走りだすが「おいおい、始末って言ったか今?」とつぶやいた。

「ひるむな! 追え! 当てる気なら最初から当てている」
 
 低音の男が冷静に言う。

 その言葉を聞いて代田は「まったくもって、そのとおりだよ」と思った。

 後ろのほうから、代田を追いかけてくる人間の走る音が廊下中に響き渡る。

 代田の前方は突き当りで大きな扉が見えた。扉の横には電子的なパスコードを打ち込む液晶が見える。

 扉の前で止まっている暇はない。代田は躊躇せずにその液晶へ向かって発砲した。

 バキュン!

 放たれた弾丸は見事に液晶部分に命中。液晶から火花がはじけ飛んだ。

 一瞬で電磁ロックが解除されたのか扉は開きかけたので、代田は強引にスキマに手を入れて、素早く扉の内側に入り込んだ。

 扉を閉め、偶然見つけた棒で扉が開かないように突っ支い棒をする。

 代田は思う。「これで、少しだけ時間が稼げるだろうか」と。

 代田は先へ進む。

 場所的に推測していたが、この奥へ進めば体育館に入れるだろう。

 代田は前に進みながら考える。

 ――あの人の娘か。

 さっきの二人が話していた『あの人』とは、推測するに常守課長の姉であり、北畠沙也加の母親である『北畠恵』だろう。

 『あの人』とは、知っている人に使う敬称けいしょうだから、さっきの二人は恵の知り合いということになると代田は理解した。

 そして『あのひとの旦那』とは、北畠総務大臣のことだ。

「トモーラ自身が会いに行ったと言っていたが……。早く課長に連絡しないと」

 代田は着ていた背広の内ポケットから携帯を取り出してみるが、いつもとは手触りが違う。

「折れてる……。さっき受けたスキンヘッドの正拳か、しょうがない前に進むか……」

 代田は疲労から、横にあるタラップに手をかけながら進んだ。

 その先には見たことがない設備と、ドーム状の建屋があり、上から見下ろす形で見ることができた。

「体育館の中に、さらに建屋とは......。本当に原子炉でもあんのかよ」

 捜査をしているときに情報提供者が冗談で「原子炉でもあるんじゃない?」と言っていたのを思いだした。

「そうよ……小型の原子炉」
「!!!」

 代田は、声がした方向に顔を向ける。

 そこには背の高い女性が立っていた。

 一見外人のように見えるが、日本語のイントネーションからハーフかもしれない。モデルのようなスラっとした体形が見て取れる。

「あの人の目的のために作られた必要なものよ。でも……このの人に話しても理解してはもらえない。だから……誰にも邪魔されたくないのよ」

 バン!!!

 後ろのほうで、勢いよく扉の開く音がする。

 でも、代田の眼はそれよりも目の前に立っている、背の高い女性を見つめていた。

 その女性も代田を見つめている。

 その眼は、緑色で綺麗な瞳だった……。

 
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