ー ドリームウィーヴ ー 異世界という夢を見た。現実世界人と異世界人がお互いの夢を行き来しながら戦います!

Dr.カワウソ

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第一部 ふたつの世界

10.夢の中での小競り合い

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 ――あぁ、アキート君。昨日の現場でよければそこに直接行ってくれる?。交通費は500円までならその場で払うからさ――。
 
 アキトの夢の世界である日本の朝。

『岡倉天心記念公園』を出て左に曲がったアキトは、真っ直ぐ進み突き当りを右へ曲がる。

 通りすがりの『谷中小学校』を左手に見ながら通過。『千駄木駅』のある十字路を過ぎてからさらに進み、上り坂を上がっていくと左手に『森鷗外記念館』と書いてある建物が見える。さらに進んで行くと昨日の工事現場に到着した。

 まだ、朝の時間が早いせいなのか、他の作業員の姿は見えない。

 アキトは歩道の路肩に行き、持っていたリュックを下ろす。電話のあとすでに公園で作業着に着替えていたので、着ていた服はリュックにしまってあるが、大事な携帯と財布だけは用心のため常に身に着けておく。

 路肩には工事に使う重機関係が置いてあり、雨よけのブルーシートがかかっている。シートを外して準備をしていると、ワゴン車に乗った他の作業員たちが到着した。

「ざぁーす! 今日もよろしくお願いします」

 年配の現場監督に挨拶すると、監督がアキトを見る。

 監督はアキトに軽くうなずくと重機のほうに向かおうとしたが、立ち止まりアキトのほうへやって来てあいさつしてくれる。

「君……アキート君だっけ? 動きが良い子だったので覚えているよ。今日もよろしく頼むね」
「はい。よろしくお願いします」
 
 監督は、アキトの返答に機嫌を良くしたが、考えるような、それでいて困ったような表情で話を続ける。

「今日の作業では、かなりの量の配管を掘り起こす必要があるので人手がいるんだよね。それで、ほかからも応援を呼んだんだけどさ。その中に、若いの見るとからんでくる奴らがいるから。そいつらになんかされても相手にしないでちょうだいね。実は社長の息子なんだけど、いろいろと面倒なんだよ……」

 監督は、そう言いながらお願いするような表情に変わる。

「はい。わかりました。べつに気にしないんで大丈夫です」

 アキトは笑顔でそう答えた。

 日本で仕事をすると、たまに面倒な相手とぶつかるときがある。最初はなにかと相手にしていたが、今ではトラブルにならないために一番よい方法は、相手にしないことだとさとっていた。

 こういう人間関係は、夢の世界や現実世界を問わず、よくあることなので特に気にしない。もし、自分の現実世界なら、たたきのめしてしまうほうが多いかもしれないが……。

 一方通行の交通整備をする警備員がやってくると、道路を片側通行にするための段取りをはじめる。

 そのときになって、現場監督が応援で呼んだという連中がやってきた。

 4人組でやってきた連中は若く見える。その中の一人に、20代後半くらいの金髪がいた。

 周りの3人の態度から、そいつが監督の言っていた社長の息子なのだろう。なめ腐った目つきで周囲の作業員たちを見ている。

 なるほど……面倒くさそうだ。あんなのはなるべく目を合わせないでおくにかぎる。

 アキトは作業をはじめた。

 道路のアスファルトを切断したカッター線に合わせてアスファルトをはがす。ユンボがそれをはがしながら回収しているが、横にこぼれたアスファルト片を手作業でダンプに放り込む。

 次に、アスファルトの下になっていた下地の土をユンボがかき出すが、ある程度までしかかき出せない。水道管を損傷する可能性があるからだ。

 それからは手作業になり、水道管が見えてくると、周りの土をきれいに取り除く。

 水道管の元栓が閉じられたことを確認できたら、水道管を連結しているボルトを電動の工具で取り外す。

 水道管の接続面からは、経年劣化でボロボロになっているパッキンが見える。それを外し、水道管の中身をよく見ると、同じく経年によってサビの層ができていた。

 古い水道管は、ユンボをクレーン代わりにして地上へ持ち上げダンプに載せる。

 新しい水道管も、同じ要領で地中に降ろし入れて、新しいパッキンをはめてからボルトで固定した。

 これを繰り返しながら作業をするが、社長の息子とやらは一緒に来た奴らとのおしゃべりに夢中で一向に作業が進まない。

 まだ、早い時間でこれでは、一日作業しても作業の進みは遅いだろう。監督は我慢しているのか、眉間を険しくしている。

 普通、これが社長の息子でなかったら、とっくに怒鳴られているだろう。正直、蹴りが出てもおかしくない。そのせいで年配の作業員たちの空気が悪くなっていく。

 そんな空気が続き、2時間くらいがたったときだった。

「こらぁ! いい加減にしねぇか! 口動かす前に身体動かせや!」

 社長の息子連中のしゃべる声が特に大きかった瞬間に、堪忍袋の緒が切れたのか、年配の作業員が怒りだす。

 一緒にいた若い連中は一瞬ひるんだが、社長の息子はその年配作業員をにらみ返した。

「あぁぁ! うっせいぞじじぃ! 俺は頼まれてここにきてんだ。文句いうならオヤジにいえや!」

 言い返された作業員は、顔を真っ赤にしている。

「なんだと……。社長の息子だかなんだか知らんが、世の中なめるなよ若造がぁ!」

 息子の「オヤジ」の言葉に、一瞬年配作業員はひるんだように見えたが、売り言葉に買い言葉で怒りを抑えることができない。

 あぁ~。これは面倒な展開になってきた。

 アキトはなるべく「我関せず」の態度で作業をしていたが、周りの歩行者や一方通行で止められた車からは注目を浴びている。

 そうしていると、眼の前に止まったバスの中に眼が吸い込まれた。

 アキトは思った。眼の前の女性はどこかで会ったような気がする……。

 あっ!

 すぐに思い出した。

 前回、ラーメン屋で見た女性。正直かなりの美人だったのを覚えている。

 アキトは基本的に、夢の中の世界で会った女性は、なるべく早く忘れることにしている。なぜかというと、万が一惚れてしまったら大変なことになるからだ。

 アキトだって若い男であることには変わりない。性欲だって人並みにはあるだろう。とは言え、気軽に女遊びをすることはない。これは、彼の現実世界でも同じことだった。

 現実世界ならまだしも、夢の中の女性に惚れたら、面倒どころか救いようがない……。

 でも、眼の前にいる女性の容姿は、アキトの心に刺さってしまっていた。長髪を後ろでしばっているが、その綺麗な黒髪には手を伸ばしたくなる……。その女性とガラス越しに目が合う。さらにドキッとして、その瞳に吸い込まれそうになった。

 夢の中で一目惚れをするなんて……。

「おいこらぁ! そこのテメェ! なにスカしてんだ!」

 突然のその声にアキトが顔を向けると、社長の息子が彼に向かってなにかを叫んでいた。

「テメェ! 仕事の手を止めて女見てたろ? ふざけてんのかテメェわ! なめてっと殺すぞ!」

 なんか一瞬で状況がわからなくなった。周りを見ると、さっきまで激高していた年配の作業員はいつのまにか消えていて、ユンボの横にいる監督は頭をかかえている......。

 あぁ~。この状況だと年配の作業員は切れて帰ったな……。

 それで怒りの矛先がアキトにきたようだった。

 息子はずっと「おいこら」「テメェ」「ぶっ殺すぞ」としか言わない。

 とりあえず、ここは夢の世界での必殺技をくりだすか……。

 アキトはなにを言われているのか、わからない表情を作って声を出す。

「あ……わぁたぁし……」

 怒鳴っていた息子は「ん?」という表情に変わる。

「なんだテメェ? 外国人か?」

 よし! これが必殺「外国人で言葉がわからないふり」だ!

 怒りを外人に向けても意味がないと気づいたのか、息子はブツブツ言いながらアキトに背を向けて作業を開始した。

 監督を見ると、ほっとしたような表情になりアキトに笑いかける。

 夕方17時前には作業が終わり片付けを始める。人手が足りないせいか、片付けが終わったときには18時を過ぎていた。そして、監督から日給をもらう。

「アキート君。今日は助かったよ。よく我慢してくれたね」
「いえいえ、監督さんも大変でしたね。大丈夫っすか? 帰った人とか……」
「まぁ、大丈夫よ。年寄としよりは時間が経てばケロッとして忘れるから。それに、社長にもそれなりに言えるからね。今回のことで大きな問題にはならないよ」
「そうですか。それではまた。また機会があればよろしくお願いします」



 現場から離れると、住宅街を歩き近くの公園に入った。

 ここ『須藤公園』には綺麗なトイレがあるので、汗を拭いて普段着に着替えるのにはもってこいの場所だ。

 中で着替えていると、トイレの外側でなにか嫌な気配を感じた。

 案の定と言ってよいのか、トイレから外に出ると、見覚えのある4人組がアキトの前をふさいでいた。

 4人は皆ニヤニヤしながらこっちを見ている。

「オメェ。外人のふりしてっけど、本当は言葉わかるだろ?」

 4人の中で太り気味の男がしゃべりだす。

「こいつ、前に一回現場で一緒になったことがあるんすよ。そんとき日本語ベラベラしゃべってたっす」

 アキトはその男を見て思う。

 う~ん。でも俺はこいつのこと覚えてないなぁ~。まぁ、よくある顔だし、覚えてるわけないか。ん? でも、この展開はカツアゲか? だったら面倒なので逃げるにかぎるが……。

「それに、こいつ日本人じゃないみたいっすよ。毎回、日当だけもらえる現場にしか来ないそうですし、間違いなく不法就労者っすよ」

 あぁ……さらに面倒くさい展開だなこれは……。

 社長の息子は、それを聞いていやらしい顔つきに変わる。

「そいつぁ、都合がいいな。兄貴からそういうのいたら連れてこいって言われてんだよ。かなりの小遣いくれるしな。おいっ! 痛い目に遭いたくないなら黙ってついてこいよ」

 4人はそう言いながらアキトに近づいてくる。

「それは、勘弁してもらいたいのだけど」

 アキトはそう告げたが、想像以上に流暢な日本語が出てきたのか、息子から突っ込まれる。

「やっぱテメェしゃべれんじゃねぇかよ! 騙したな!」
「騙したなって……。これから人を拉致ろうっていう奴らが言うセリフじゃないだろう。ついていくのは嫌だから逃げるわ」

 アキトはそう言い、奴らのほうへ歩き出す。

「ふざけんなよ! テメェ!」

 息子じゃない誰かが、そう言いながらアキトに殴りかかる。とは言え、まるで動きが素人だ。

 最初の男のこぶしを頭を下げてかわすと、左の足先で相手の足を引っかけて転ばす。そのまま、さらに突っ込んで来たもう一人の喉元を右手でつかみ、その反動で地面にたたきつけた。でも後頭部から地面に衝突しないように手加減してやる。

 先ほど、足を引っかけた奴が起き上がってきたが、膝を相手の脇腹に入れて蹴り飛ばした。

 もう一人も殴りかかってきたが、アキトは相手の拳を額で受ける。相手は拳を痛めたのか、その痛みにうずくまった。

「テメェ! いい気になるなよ!」

 ここで社長の息子の登場だ。先ほどの3人よりは構えが様になっている。

 空手かな? 息子は進みながら蹴りを放ってくる。アキトはそれを後ろに下がってかわすが、息子はさらに身体をクルっと回転させ、続けて蹴りをくりだしてきた。

 テコンドーってやつかな?

 蹴りに回転が入っているので、そこそこの威力はありそうだ。

 でもアキトは相手の蹴りをまともに受けることにした。

 相手の蹴りが、勢いよくアキトの左わき腹に当たる。

 バチーンッ!

 だが、その瞬間に息子はうずくまり足をおさえた。

「テメェ……腹になんか仕込んでいやがるな! 普通の感触じゃねぇ」

 心の中でアキトは「いやいや、普通の腹ですよ」とつぶやくが、実は『オーラ』で受けていた。

『オーラ』とは、アキトの現実世界で使われている特殊能力。

 この夢の世界の人間には使えない。そもそもここには『オーラ』を発生させる『何か』が存在しないのだろう。夢だしな……。

 でも、一つだけ気づいたことがあった。 

 この夢の世界に来て、最初に試したことだが『オーラ』を体外へ『放出』することができない。

 本来『オーラ』は、体内で生成して体外へ放出する能力だ。放出されない『オーラ』は体内でとどまり続け、身体に悪影響を及ぼす。これを『オーラだまり』と言う。

 この夢の世界では体内で生成した『オーラ』を体外に放出できなかった。

 最初は慌てたが、自分の現実世界に戻り、目覚めると体内の『オーラ溜り』は消えていたので安心した。

 それから再度、夢の世界に舞い戻っても『オーラ溜り』は消えていたので、そんな『夢』なのだとあえて気にしないことにする。

 なので、夢の世界でオーラ溜りを残しても問題ない。そして、夢の世界でもオーラ溜りを気にしないで使える技が、身体の身体能力を強化する『オーラプレート』だ。体内に溜めた『オーラ』を身体の強化したい部分で発動させる。それによって、防御力を上げることができるのだ。

 今回の息子の蹴りは、この『オーラプレート』を使って受けている。

 地面にうずくまっている社長の息子を無視して、その場から去ろうとすると、最初に倒した一人がナイフを持って切りかかってきた。息子がやられたせいなのか、だいぶ混乱してナイフを出したのだろう。

「おい。刃物はやめといたほうがいい」

 アキトは相手にそう言ったけれど、その言葉がわからないくらいに混乱していた。

 しょうがないので、ナイフを突き出してきたタイミングで、ナイフを持っている相手の肘を下から蹴りあげる。その衝撃でナイフが手から離れ上にあがったところをさらに遠くへ蹴り飛ばした。

 ナイフは公園の中央にある池に落ちた。池の中央には『弁財天』を祀っている小さい神社がある。

「刃物で人は簡単に殺せる。殺す覚悟がないのなら使うべきじゃない」

 アキトはそう言うと公園西側の坂を上って公園の外に出た。

 その足で南のほうへ走り去る。

 アキトはなるべく早くその場から離れたかった。トラブルがあった日はとっとと『寝げる』にかぎる。

 本来なら、夕飯をすましてから現実世界に戻りたかったが……。

 住宅街を抜けながら南に向かうと『根津神社』に入る。この神社はかなり広い。夜の神社は人が少ないので安心するし『寝げる』には都合のよい場所だった。

 鳥居をくぐり、人気のない場所を探そうとする。

 だが突然、女性の叫ぶ声が聞こえたような気がした。

 アキトは立ち止まり耳をすます。

「やめてください!!!」

 気のせいじゃない!

 アキトは……声のする方向へ走って行った。



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