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第四章 悩める部活と猛練習

EX12 残酷でも現実

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「どこまで行くんだよ」

「喉乾いたから自販機まで」

 増倉の背中に話しかけると、荒々しい返事だった。
 完全にご機嫌斜めだな。
 教室に戻ってきた池本の様子から、まさかとは思っていたが確信を持った方が良いな。
 上手くいかなかったのだろう。

 となると――。
 俺は思考を巡らせる。
 その可能性も考慮していた。
 薄情かもしれないが、俺は演出家として劇を創り上げる責任がある。
 だがその選択を俺は取れるのだろうか。
 もちろん、判断を下すのはオーディションをしてからだ。

 軽率であってはいけない。
 状況を把握して、情報を整理して、条件を定めて決めるのだ。
 俺は密かに拳を握る。
 購買横の自販機まで着くと増倉は缶の紅茶を買い、一気に飲み干した。
 まだ苛立っているようだったが、後一時間後には練習が再開する。
 待ってはいられなかった。

「少しは落ち着いたか?」

「全っ然」

 そういって持っている缶を握りつぶす増倉。
 物騒過ぎるだろ。おい。
 缶をゴミ箱に入れる増倉の背中に話しかける。

「分かってんだろ。午後の練習まで時間がないんだぞ」

「そっちこそ、だいたい何があったか分かっているんでしょ?」

「……だとしても憶測だ。俺がこっちについてきたのはより情報が得られると思ってからだ」

「……分かった。話す」

「簡潔に頼む」

 増倉は何があったか、端的に話してくれた。
 予想通り、うまくいかなかったらしい。
 いや、心情の吐露までした。それ自体は大したものだ。ただそれだけではきっと現状は変わらないだろう。
 問題は残っている。

「ねぇ樫田。池本は……どうすればいいと思う?」

 増倉が不安そうに聞いてきた。
 やけに重い質問だった。
 どうすればいいかって? 俺が知りてぇよ。
 だが、そんなことは言えない。
 決断の時は迫っているのだ。

「少なくとも、これ以上部活の時間を割くことはできない」

「そういうこと、言うんだ」

「俺には! 演出家としての責任がある……分かってんだろ」

「舞台の外はどうでもいいって?」

「誰かは落ちる。これは確定事項だ」

「それは分かっている……分かっている! でもさ! 残酷だよこんなの!」

 増倉の声が上擦っていた。
 残酷。ああそうだな。残酷だ。誰かは舞台に上がれない。それはどれだけの辛さか想像に難くない。
 けど、けどよ増倉。

「残酷でも、それが現実だ」

 俺がそう言うと胸ぐらを捕まれ、思いっきり引っ張られる。

「おい」

 鋭い目が睨まれ、どすの利いた声が耳に届く。
 義憤に駆られたのか、その目は怒りで満ちていた。
 だが、俺は動じずに言う。

「増倉。お前が部活に平穏無事に楽しさを求めているのは知っている。けどよ。これはオーディションなんだ。なりたい役に誰もがなれるわけじゃない。やりたいことを誰もができるわけじゃない」

「そんなことは私も分かっている! でも! せめて挑む意味のあるオーディションではあるべきでしょ!」

「それを決めるのは池本自身だ」

「…………気づいているよ」

 増倉の手が緩み、離れる。
 彼女の口からこぼれた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
「おい、まさか」

「そう。池本は気づいている。落ちるのは自分だって」

「……そうか」

 だから、挑む意味のあるオーディション。
 はたしてどれほどのものだろうか。意味のないオーディションに挑むというものは。

「私は、そんなのってないと思う」

「…………」

 増倉の言いたいことは分かるが、これではいつまでも平行線だ。終わらない。
 話の方向性を変える必要がある。

「なら、増倉は現状を変える手があるのか?」

「それは、まだないけど」

「結局のところ、そこだよな。打開策がないから行き詰っていんだよ」

「……そうね。樫田は? 色々考えたんでしょ?」

 増倉が期待するような目でこちらを見てくる。
 どういったものか一瞬迷ったが、俺は素直に言うことにした。

「考えてはきた。こうなるかもしれない可能性もな」

「……それで?」

「四つ。俺が提示できるのはそれだけ」

「十分だよ! 聞かせて!」

「一つ。諦め」

「却下」

「おいまだ途中だろうが。ったく…………二つ目はこのままチームごとに分かれての練習」

「それって要は現状維持ってことでしょ。却下」

「……三つ目は、なんだ。本人が変えられないなら他を変えるしかないだろう」

「どういうこと?」

「台本もしくはオーディションの変更」

 俺がそう言うと、増倉は大きく目を見開いた。
 そりゃそうだ。これは禁じ手。
 部長が、いや先輩たちが決め手事に今更ケチつけようってんだから。
 それにその結果、今までの練習期間も意味がなくなる。

「それはない。却下」

 それを理解してか、増倉は即座に否定した。
 俺は少し安堵する。
 自分から提案しておいて、賛同されていたら俺は増倉を軽蔑していたかもしれない。

「それで?」

「ああ四つ目なんだが――」
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