91 / 120
第四章 悩める部活と猛練習
第79話 変わらない目的
しおりを挟む
部活終わりの帰り道。俺は椎名と二人で駅に向かっていた。
俺は自転車を押して、椎名は歩いている。
ちょっとトイレ行きたいから先帰ってくれ。という古典的な言い訳でみんなと別れた。
いや、樫田は気づいていただろうな。てか、他のみんなも薄々気づいているか。
ゴールデンウィークでほぼ周知の事実だもんなぁ。
そんなことを考えていると。
「これは由々しき事態かもしれないわ」
椎名がそう言った。
? 俺はどちらのことを言っているのか分からず、聞き返す。
「オーディションのことか? それとも樫田が演出家になったことか?」
「どちらも。けどどちらかというとオーディションの方かしら」
椎名の返答を聞いてなお、俺はその由々しき事態というのをよく分かっていなかった。
反応の悪い俺を見て、椎名がため息をした。
「はぁ。いい? なんで先輩たちはオーディションをしとうと思ったのかしら?」
「そりゃ、部活でも言ってたけど複合的な理由だろ。まさか明確に何かあるって言うのか?」
「あるでしょうね、きっと」
断定する椎名。
このタイミングでその話をするってことは――。
「次の部長に関係しているってことか?」
「ええ、おそらくそうでしょうね」
俺がそう言うと、椎名は満足げに微笑む。
ただ、俺はまだピンと来ていなかった。
「どうしてそう思うんだよ」
「今まで通り演出家が配役するのだと、こっちが受け身の状態だわ。けどオーディションは自分でやりたい役を決める。言ってしまえば自主的に動くわ。そこを見たいのだと思う」
「そんなもんかね」
「もちろんそれだけだとは言わないわ。けど、やっぱり先輩たちは悩んでいるでしょうね」
「次の部長を誰にするかを?」
「ええ、だから平等にチャンスを与えた」
「はは、その言いぶりじゃまるでメイン役とった人が部長になるみたいだな」
「…………」
俺が冗談交じりに笑うと、椎名は真剣な表情で黙った。
え、まじ?
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ」
「私もそうは思っているわ。けど、考えてみて。メイン役になった人はその後の練習において中心人物となるでしょ」
「それはそうだが……」
要するに、メイン役をとった人は部長になるための評価される機会が増えるってことか。
言いたいことは分かるがどうなんだ? それ。
考えられなくはないが、なんかしっくりこないな。
「まぁ、どちらにしても私はもうやりたい役は決まっているわ」
「なんだよ。じゃあ動きは変わらないじゃん」
「ええ、でもそう思ったほうがやる気が出るのよ」
「ああ、なるほど」
「それに、きっと一番人気の役でしょうから」
「あの役か」
なんとなく、椎名がやりたい役が分かった。
不意に椎名がこっちを見て聞いてくる。
「杉野はもう決まっているのかしら」
「まだ、ちょっと悩んでいる」
「あら、てっきり主役を行くのかと思ったわ」
「それもありなんだが、急にオーディションって言われて正直戸惑っている」
「そんな余裕があるの?」
「分かっている。明日の部活までには決めるよ」
椎名の言う通りオーディション日までの時間は限られている。
迷えば迷うほど出遅れてしまう。
とはいえ、今は答えが出ないので俺は話題を変えることにした。
「……樫田、演出家になったな」
「そうね。妥当と言えば妥当じゃないかしら」
「轟先輩とのやり取りの意味分かった?」
「……憶測ではあるけれど、正直ちゃんとは分かっていないわ」
「そっか、どういう意味なんだろうな」
オーディションも気にしないといけないが、俺の中ではあの会話が気になって仕方なかった。
椎名も分からないか。
「確かに気になることではあるけれど、たぶん考えて分かることではないわ」
「どうして?」
「きっと……きっと今の私達には分からないことだと思うからよ」
どこか寂しそうに、椎名はそう言った。
もしかしたら、俺と同じように黒い感情を覚えているのかもしれない。
あるいは椎名なりに立場をわきまえようとしているのか。
「……そうだな」
俺はそれを肯定した。
現状において、樫田は俺達よりも上の段階にいる。
明確に何がとは言えないが樫田という存在が俺たちの代で大きいことは確実だ。
「それでも、私は部長を目指すわ」
椎名は力強くそう言った。
彼女の瞳には、固い意志と燃えるような熱意が宿っていた。
俺たちの目的は変わらない。
「ああ、当たり前だ」
俺が椎名の想いに答えるように断言した。
すると愉快そうに椎名が笑う。
何かおかしかったのか、思わず聞いてしまう。
「な、何で笑うんだよ」
「いえ、ごめんなさい。当然のように頷いてくれるから、少し嬉しくて」
椎名の言葉に顔が赤くなるのを感じた。
俺はとっさに、顔を椎名と反対側へ向けた。
「気を悪くしたなら謝るわ」
「そ、そんなんじゃねーよ」
「そう、なら安心したわ」
そう言いながら、椎名は笑っていた。
なぜか、背筋がムズムズして仕方なかった。
逃げるように外に意識を向けると、もう駅は目前だった。
「じゃ、じゃあ俺自転車で帰るから、今日はここまでだな」
「ええ、そうね。また明日」
「また明日」
そう言って、すぐに俺は自転車をこぎ出した。
椎名の方は振り返らずに懸命に足を動かした。
もう夜だって言うのに五月の風は生暖かかった。
徐々に熱が冷めていくのを感じた。
そして、ほほに当たる風がいつもより強いことに気づくと、段々とスピードを緩めていった。
なぜか俺は喉が渇いたので、近くのコンビニに立ち寄ることにした。
自転車を止め、中に入ろうとしたときだった。
「あれぇ。杉野先輩じゃないですかぁ」
聞きなれた声が、背後からした。
俺は自転車を押して、椎名は歩いている。
ちょっとトイレ行きたいから先帰ってくれ。という古典的な言い訳でみんなと別れた。
いや、樫田は気づいていただろうな。てか、他のみんなも薄々気づいているか。
ゴールデンウィークでほぼ周知の事実だもんなぁ。
そんなことを考えていると。
「これは由々しき事態かもしれないわ」
椎名がそう言った。
? 俺はどちらのことを言っているのか分からず、聞き返す。
「オーディションのことか? それとも樫田が演出家になったことか?」
「どちらも。けどどちらかというとオーディションの方かしら」
椎名の返答を聞いてなお、俺はその由々しき事態というのをよく分かっていなかった。
反応の悪い俺を見て、椎名がため息をした。
「はぁ。いい? なんで先輩たちはオーディションをしとうと思ったのかしら?」
「そりゃ、部活でも言ってたけど複合的な理由だろ。まさか明確に何かあるって言うのか?」
「あるでしょうね、きっと」
断定する椎名。
このタイミングでその話をするってことは――。
「次の部長に関係しているってことか?」
「ええ、おそらくそうでしょうね」
俺がそう言うと、椎名は満足げに微笑む。
ただ、俺はまだピンと来ていなかった。
「どうしてそう思うんだよ」
「今まで通り演出家が配役するのだと、こっちが受け身の状態だわ。けどオーディションは自分でやりたい役を決める。言ってしまえば自主的に動くわ。そこを見たいのだと思う」
「そんなもんかね」
「もちろんそれだけだとは言わないわ。けど、やっぱり先輩たちは悩んでいるでしょうね」
「次の部長を誰にするかを?」
「ええ、だから平等にチャンスを与えた」
「はは、その言いぶりじゃまるでメイン役とった人が部長になるみたいだな」
「…………」
俺が冗談交じりに笑うと、椎名は真剣な表情で黙った。
え、まじ?
「いやいや、いくらなんでもそれはないだろ」
「私もそうは思っているわ。けど、考えてみて。メイン役になった人はその後の練習において中心人物となるでしょ」
「それはそうだが……」
要するに、メイン役をとった人は部長になるための評価される機会が増えるってことか。
言いたいことは分かるがどうなんだ? それ。
考えられなくはないが、なんかしっくりこないな。
「まぁ、どちらにしても私はもうやりたい役は決まっているわ」
「なんだよ。じゃあ動きは変わらないじゃん」
「ええ、でもそう思ったほうがやる気が出るのよ」
「ああ、なるほど」
「それに、きっと一番人気の役でしょうから」
「あの役か」
なんとなく、椎名がやりたい役が分かった。
不意に椎名がこっちを見て聞いてくる。
「杉野はもう決まっているのかしら」
「まだ、ちょっと悩んでいる」
「あら、てっきり主役を行くのかと思ったわ」
「それもありなんだが、急にオーディションって言われて正直戸惑っている」
「そんな余裕があるの?」
「分かっている。明日の部活までには決めるよ」
椎名の言う通りオーディション日までの時間は限られている。
迷えば迷うほど出遅れてしまう。
とはいえ、今は答えが出ないので俺は話題を変えることにした。
「……樫田、演出家になったな」
「そうね。妥当と言えば妥当じゃないかしら」
「轟先輩とのやり取りの意味分かった?」
「……憶測ではあるけれど、正直ちゃんとは分かっていないわ」
「そっか、どういう意味なんだろうな」
オーディションも気にしないといけないが、俺の中ではあの会話が気になって仕方なかった。
椎名も分からないか。
「確かに気になることではあるけれど、たぶん考えて分かることではないわ」
「どうして?」
「きっと……きっと今の私達には分からないことだと思うからよ」
どこか寂しそうに、椎名はそう言った。
もしかしたら、俺と同じように黒い感情を覚えているのかもしれない。
あるいは椎名なりに立場をわきまえようとしているのか。
「……そうだな」
俺はそれを肯定した。
現状において、樫田は俺達よりも上の段階にいる。
明確に何がとは言えないが樫田という存在が俺たちの代で大きいことは確実だ。
「それでも、私は部長を目指すわ」
椎名は力強くそう言った。
彼女の瞳には、固い意志と燃えるような熱意が宿っていた。
俺たちの目的は変わらない。
「ああ、当たり前だ」
俺が椎名の想いに答えるように断言した。
すると愉快そうに椎名が笑う。
何かおかしかったのか、思わず聞いてしまう。
「な、何で笑うんだよ」
「いえ、ごめんなさい。当然のように頷いてくれるから、少し嬉しくて」
椎名の言葉に顔が赤くなるのを感じた。
俺はとっさに、顔を椎名と反対側へ向けた。
「気を悪くしたなら謝るわ」
「そ、そんなんじゃねーよ」
「そう、なら安心したわ」
そう言いながら、椎名は笑っていた。
なぜか、背筋がムズムズして仕方なかった。
逃げるように外に意識を向けると、もう駅は目前だった。
「じゃ、じゃあ俺自転車で帰るから、今日はここまでだな」
「ええ、そうね。また明日」
「また明日」
そう言って、すぐに俺は自転車をこぎ出した。
椎名の方は振り返らずに懸命に足を動かした。
もう夜だって言うのに五月の風は生暖かかった。
徐々に熱が冷めていくのを感じた。
そして、ほほに当たる風がいつもより強いことに気づくと、段々とスピードを緩めていった。
なぜか俺は喉が渇いたので、近くのコンビニに立ち寄ることにした。
自転車を止め、中に入ろうとしたときだった。
「あれぇ。杉野先輩じゃないですかぁ」
聞きなれた声が、背後からした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
夜食屋ふくろう
森園ことり
ライト文芸
森のはずれで喫茶店『梟(ふくろう)』を営む双子の紅と祭。祖父のお店を受け継いだものの、立地が悪くて潰れかけている。そこで二人は、深夜にお客の家に赴いて夜食を作る『夜食屋ふくろう』をはじめることにした。眠れずに夜食を注文したお客たちの身の上話に耳を傾けながら、おいしい夜食を作る双子たち。また、紅は一年前に姿を消した幼なじみの昴流の身を案じていた……。
(※この作品はエブリスタにも投稿しています)
ラストダンスはあなたと…
daisysacky
ライト文芸
不慮の事故にあい、傷を負った青年(野獣)と、聡明で優しい女子大生が出会う。
そこは不思議なホテルで、2人に様々な出来事が起こる…
美女と野獣をモチーフにしています。
幻想的で、そして悲しい物語を、現代版にアレンジします。
よろしければ、お付き合いくださいね。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる