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第二章 始まる部活と新入部員歓迎会

第21話 次なる目的

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「って感じだな」

「そう……」

 俺が轟先輩との面談の話をすると椎名はそう言ってゆっくり目を閉じた。
 何か考え事をしているみたいだ。

 現在、俺は轟先輩との面談を終え、部活も終えていつもの駅近くのショッピングモールの二階フードコートに来ていた。
 理由は簡単、こうして椎名と会うためである。

 ああ、それと轟先輩に秘密にしてと言われている部分は椎名には黙っている。
 椎名を助けるなんて約束、恥ずかしくて本人には言えないってものあるが……。

「まさか、轟先輩にそこまで見破られるとは思わなかったわ」

 椎名が目を開き、始めに言った感想はそれだった。

「そうだよなぁ……」

 俺もそれには同意した。
 あのいつも元気で明るい先輩が、あそこまで周りのことを見て考えて理解しているなんて。

「これは私のミスだわ。先輩の洞察力や理解力を舐めていた」

 椎名は悔しそうにそう言った。

「いや、仕方ないって、まさか轟先輩があそこまでみんなのことを理解しているって思わないだろ」

「だとしても、そもそも変に杉野に私のことを推薦してもらう必要はなかったわ」

 俺が言葉で否定しても、椎名は考えを曲げず自分のことを悔いていた。
 そこまで悔しむほどだろうかと思うが、椎名にとっては部長になれるかどうかの瀬戸際なのだろう。
 慰めるとまではいかないが、俺は俺なりの言葉で椎名を励ますことにした。

「で、でもさ。まだ部長になれないって決まったわけじゃないんだろ?」

「ええそうね。まだ諦めてないわ」

 決まってないではなく諦めてないと言う。
 よっぽど部長になりたいのだろう。

「けれど部長っていうのは日頃どれだけちゃんとしているか、真面目に部活に取り組んでいるか、まとめ役に適しているかで判断されるわ」

「まぁ、そうだな」

 もちろんのことだが部長というのは誰でもなれるわけではない。
 椎名の言う通り、真面目だったりまとめ役に適していたり、場合によってはその集団の軸となる存在が選ばれたりする。
 簡単に言えば上に立つ存在だ。

「ねぇ、杉野。正直に答えてほしいのだけど、二年生の中じゃ誰が部長に向いていると思う?」

 椎名がどこか不安そうな目をしながら、そうきいた。
 考えるまでもなく俺はすでにその答えを持っていた。

「樫田、増倉、それに椎名の三人だな」

「そうよね、そう言ったメンツになるわよね」

 椎名も俺の答えを予想しているのだろう。納得という表情をしていた。
 大槻と山路は論外だし、夏村は行動力が足りないというか人をまとめるタイプじゃないし、俺は部長とか柄じゃない。
 対して、樫田は出席率良いし中立の立場で物事を見れている。。増倉は自分の意見をはっきり言うし、演劇への熱量は部内トップクラスだ。そして椎名は役者のまとめ役をやっているし、演劇に対しては誠実だ。

「正直、樫田と栞は部長になっても異議を唱えられないわ」

 どうやら、椎名自身も二人のことは認めているらしい。
 なんだか少し以外だな。

「増倉のことも認めているんだな」

「正しい評価をしているだけだわ」

 椎名はそう答えた。
 増倉のことは認めているわけではないようだ。
 しかしどうしたものかな。

「で、これからどうするんだ?」

「実際問題、今動けることはないわね」

 椎名は困った表情でそう言う。
 まぁ、そうですよね。

「でも、次にやることには見えているわ」

「次にやること?」

 はて、なんだろうか。春大会に向けて何かやるのだろうか。あ、でもそれは部長になるのにそんなに関係ないか。じゃあなんだ?

「新入部員よ」

 椎名は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 ?

 しかし俺はピンと来ていなかった。
 そんな俺を察したのか、しいなはため息をつきながら続けた。

「はぁ、鈍いわね。部長っていうのは部活をまとめる人のことでしょ?」

「そうだな」

「それで、いかに後輩をまとめられるかは先輩としての技量でもあるわ」

「なるほど」

「つまり新入部員をぎょすことで部長になることに近づくってわけ」

 御すって今日日聞かないな……。
 ただ、言いたいことはわかった。
 確かにそうだ。新入部員と仲良くすることは大切だ。それは部長になることつながることだろう。
 だが、重要なのそこじゃないだろう。

「で、具体的な作戦は?」

「ないわ」

 ないんかい!
 椎名の堂々とした態度での即答に思わずツッコむ。

「だってどんな人かもわからずに作戦の立てようがないわ」

「ああ、なるほど」

 言われてみれば確かにそうだ。
 まだどんな新入部員が入ってくるかわからない。
 性格や嗜好がわからずに、対策の打ちようもないか。

「じゃあ、新入部員が来るまでは特に何もなしか?」

「まぁ、そうなるわね」

 なるほど、じゃあもう話も済んだな。

「りょうかいー、なら今日はこの辺で」

「まだよ」

 俺がそう言って、鞄を持とうとしたとき椎名は否定した。
 ん? なんかまで話すことあったっけ?

「肝心なことが抜けているわ」

「肝心なこと?」
 はて? なんだろうか。先輩との面談のことは話したし、後輩のことも言った。特にこれと言って思い浮かばなかった。
 そんな俺の考えが表情に出ていたのだろう。
 椎名はため息交じりに言った。

「杉野が主演に選ばれたことよ」

「あー、そのことか」

「そのことか、じゃないわよ。分かっているの? これはすごいことよ」

「いやまぁ、そうなんだけどさー」

 どうも実感が湧かないんだよなー。
 俺が主演って。

「これは重要なことよ」

「けど、あくまで誘われただけだ。結局は津田先輩がやることになるかもしれないんだから」

 そう、やると決まったわけではなく、あくまでも誘われただけなのである。任意というやつだ。

「そうだとしても、これは先輩たちから演技を認められているのと同じだわ」

「……どうなのかねぇ」

 俺はどうも椎名の言うことに半信半疑だった。

「あなた、主演に選ばれたことの重要性を理解してないわね。いい、部長の他で部活での発言権が強いポジションになるのよ。分かる?」

 椎名が力説する。
 もちろん俺もそのことはわかっていた。

 主演をやるということは野球でいう四番、サッカーでいう十番、つまりエースポジションになるということである。
 エースになるということは実力が部内で一番なることを意味する。

 さきほどちらっと名前が出た津田先輩は先輩たち三人の中で一番演技の上手い人であり、演技についての発言権は部内一である。
 そして主演に選ばれたということは俺にそのポジションになれという先輩たちからの意思表示なのかもしれない。

「これは大きいわ。私が部長、杉野がエースになれば部内での発言権はほぼ私たちのものよ」

「そんな単純にはいかないだろ。裏方のまとめしている樫田も発言権は強いし、副部長になったやつもそれなりの発言権はある。それに俺たちの部活は上下関係が緩い。必ずしもみんな言うことを聞いてくれるわけじゃない」

 椎名は簡単に言うが、俺はそう簡単ではないと思っていた。

「もちろん、そう簡単に物事が進むとは思っていないわ」

 どうやら椎名もそこのところは理解しているらしい。

「でもエースになるということはみんなから尊敬と信頼を得られるということよ」

「……尊敬とかないだろ」

「少し大げさかもしれなかったけど、それぐらいエースポジションは重要なのよ」

 椎名がそうまとめた。
 確かに、主演をやるということは劇の中心人物になるということ。重要ではある。
 だが、その分プレッシャーやらがすごいことにもなる。

「まぁ、でもそれこそ後輩入って明確に劇決まってからだろ。俺が主演やるかどうかなんて」

「それもそうね」

 俺はとりあえず、問題を先延ばしにした。
 思うところがないわけではないが、どんな役が来ても俺は演じるだけだった。
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