日和見主義だった俺が揉めすぎる演劇部で全国大会を目指したら青春すぎた

溝野重賀

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第一章 だらだら部活と部活動紹介

第5話 青春の存在証明

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「な、なに言ってんだよ。冗談にしてもひどすぎだぞ」

 俺はできるだけ和やかな声で言った。
 けれど、椎名は笑顔を崩さなかった。

 ヤバい。これマジだ。マジのやつだ。

「私は本気。もう十日以上もサボっているのよ当然の処置でしょ」

「いやいや」

「退部届に名前書かせて終了よ」

「いやいやいやいや」

「ね、シンプルでしょ」

「いやいやいやいやいやいや!」

 俺は全力で椎名の意見を否定した。
 いくらなんでも賛成できなかった。
 確かに十日以上(しかもクソみたいな理由で)休んでいる二人には何かしら制裁が必要なのかもしれない。
 しかし、それにしたって非情である。

「いや、まぁ、怒るのは分かるけどそれはちょっと……」

「ちょっとなに? 私言ったでしょ、全国に行きたいの。そのためだったらなんだってするわ」

「でもあの二人を部活から追い出したって全国に行けるわけじゃないんだぞ」

「だとしてもよ。今の部活よりは良い部活になるわ」

 椎名はハッキリと言い切った。
 その表情は真剣で、ただ怒りに身を任せた暴言などではなく冷静な判断なのだろう。
 きっともう大槻と山路のことを見捨てている。
 それは仕方のないことなのかもしれない。こうなった原因は大槻と山路の二人だ。サボっていた分の代償と捉えることもできる。

 だが、辞めさせる権利は椎名にも俺にもないはずだ。

 どんなにムカついても、どんなに嫌いでも、それだけを理由に人を拒むことはできない。
 そりゃ、集団でいれば、嫌いな奴の一人や二人できるだろう。人はいいところもあれば悪いところもあるものだから。
 態度が気に食わない。時間にルーズなところが嫌いだ。熱意が感じられない。一緒にいれば、そういった負の側面も見えてくる。
 だからといって嫌いな奴を省いてっても良い集団にはならないだろう。
 俺は椎名の目を見ながら、ゆっくりと言った。

「……人を排除していった集団は必ず衰退する」

「なにそれ、じゃあどうするの。このままじゃ何も前に進まないのよ」

「でも大槻と山路の件は俺が何とかすることで話つけただろ。辞めさせるのなんて、そんなの横暴だ」

「そう、杉野はそういう考えなのね……」

 椎名は何かを察したのか、そういうと黙った。
 何かを推し量るような椎名の視線に、俺も黙ってしまう。
 嫌な感じだった。まるで敵か味方かを判断するかの様なその視線に緊張感を覚えた。

 数秒の緊張感が永久に感じた。

 緊張が限界に達した俺は喋りだす。

「まぁ、ほら、あれだよ。大槻と山路も一緒にやってきた仲間だし。そりゃ、今はサボっているかもしれないけど……」

「けど? そうやって甘やかすからいけないのよ。部活に入っている以上無断欠席なんて許されないことよ」

「べつに甘やかしているわけじゃない。ただ辞めさせるのはやりすぎだって言っているだけだろ」

「どうかしら。部活動紹介のことすら忘れてたくせに」

「それは! ……今は関係ないだろ」

「ええそうね。でもどちらも重要なことよ」

「そりゃそうだけど……」

 痛いところを突かれた俺は、言葉に詰まる。

「ねぇ、私たちあと二週間もなく二年生になるのよ。後輩が入ってきて、春大会やって、先輩が卒業して、夏休み過ぎて、文化祭やって、そしたらもう秋大会なのよ。ほんの数ヵ月で私たちの青春は終わっちゃうのよ!?」

 椎名は寂しそうな表情を浮かべ、そう言った。
 それは悲痛な叫びのように聞こえ、俺の心に重く響いた。

 青春が終わる――。

 少し先の未来の話なのに、そんな日がやってくるのだろうかと問う自分がいた。
 この当たり前のような日常が終わる日がくるなんて考えたこともなかった。
 しかし椎名は考えていた。考えて考えて、その日までに自分に何ができるか。自分に何が残せるかを必死になって探している。
 だから全国大会に出たいなんて言い出したのか? 確固たる思い出がほしくて、自分が演劇部員だった証を残したくて。

 青春をしたと自分自身が納得できるように。

 急かすように大槻と山路の退部を勧めるのも、青春をしたいという焦りからなのかもしれない。

 今のままではいけない。そう考え、焦燥感に駆られるのは少しわかる気がした。

「確かに、あっという間に時間なんて過ぎていくのかもしれない」

「でしょ! なら」

「でも、だからって問題児を退部させて問題解決なんて間違っている。そんなの答えを見ながら計算式を解くようなもんだ。中身のない回答だ」

「じゃあ、どうするのよ」

「俺が大槻と山路を連れてくる。話はそれからだ。文句があるなら言えばいいし、殴りたきゃ殴ればいい。……退部届を突き出すのも、したければすればいい。でもあいつらの言い分も聞かずに退部させようと考えるのはダメだ」

 確かに、青春は有限なのかもしれない。

 だからといって限りある時間を大切にして、問題解決の手順を雑にしてはいけない。

 それに、誰かを排除した青春なんて楽しいのだろうか。

「そう、分かったわ」

 椎名は短く答えた。

 俺が安堵したのもつかの間、「ただし――」と続ける椎名。

「三日は待つけど、それ以上は待てないわ。これは私個人の意見じゃなく、部活動紹介に劇を間に合わせるために必要な日数ギリギリだからよ」

 たしかに部活動紹介でやる劇を決める時間、さらに練習する時間を考えると、それぐらいがリミットとなるだろう。
 それは俺も納得できた。

「……ああ、分かっている」

「間に合わなかったときは、私があの二人に容赦なく退部届を突き出すわ」

 くぎを刺すように、椎名は真剣な眼差しでいった。
 どうしても譲れない一線なのだろう。
 俺は頷いた。

「ありがとう、分かってくれて」

「別に分かったわけじゃないわ。ただ一度は杉野に任せるって言ったから、そうするだけ」

「ああ、そうだな」

 そう、椎名は納得したわけじゃない。あくまで俺に一任したから俺の意見を優先したにすぎない。
 それでも今はそれで十分だった。
 この与えられた猶予でなんとか二人を部活に来させなかればならなかった。

 なんも考えてないけど、大丈夫だろうか。

「けど、まぁ、なんとかやってみるよ。あいつらだって部活辞めたいわけじゃないだろうから」

「どうかしら」

 俺の意見に懐疑的な椎名。確かに、二人がサボっている今それを言っても説得力はないか。
 あるいは、二人について何か知っているのか。いや、それはないか。樫田じゃないんだし、椎名があの二人のことで何か知っているとも思えなかった。
 とにかく、俺のやることは明確だった。

「やれるだけのことはやるさ」

「あまり期待しないで待っているわ」

 最後に椎名が呟くようにそう言った。
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