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俺の能力が異世界でチート過ぎる

09.薔薇色の異世界~フェリーシ・レーヌ~

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【“俺の能力が異世界でチート過ぎる”(6/6話)】



 ***********************************

 少女がそう告げると――背後に燃え続ける真言の火が、空に巻き取られるように昇っていく。炎の渦は天高く伸びて、それから執行命令書に目掛けて、漏斗ろうとで注ぐように、火の粉ひとつ残すことなく吸い込まれていく。

 しゅうう……

 僅かな煙が上がって――書簡に俺の使う落款らっかん捺印なついんが焼き付いていた。


 少女は書簡をくるくる丸め、銀糸の髪を一本抜くと、軽く結わえた。
「うーぷす、確かに。これで手続きはオシマイだよ」
世界の見え様を狂わせていた幻の炎を失い、俺の息苦しさも消えた。
そこは時の止まっているだけの長閑のどかな村外れで、彼女は“世界”を監視しているだけの愛らしい少女に戻った。

 そもそも少女を恐ろしいモノに見せていたのは、俺自身の心だったんだ。


 プラチナの色をした、陽光の下で光を放つかに見える長い髪。カッパーの色をした、磨かれたような肌。深紅玉の色ピジョン・ブラッドをした、虹彩の大きな釣り目。歳はおそらく俺とそうは変わらないと見える。顔立ちは幼く、小柄で、ちょうど俺の顎くらいの背丈しかない。その赤い、紅い目が……

 ……ああ、その目で見るのはやめてくれ。


 異世界を監視する目が、血の色をした目が、ひざまずく俺を見下ろしている。

 そうだ、思い出した。これが “俺の高さ”だった。痛みも、嘲笑ちょうしょうも、つばも、靴の裏も、いつだって“世界”は上から降ってくるものだった。俺は、いつだって見下ろされていたんだ。

 忘れていたよ。

 この世界こっちではみんな同じ高さで笑っていたから。
 同じ高さでいられたから。
 俺は、“俺の高さ”を忘れていたんだ。

 幸せな夢フェリーシ・レーヌから覚める時が来た。


 異世界監視人が、俺に向かって手を伸ばした。
 ああ、そうか。俺は納得した。
 結局、“終わり”も上から降りてくるんだな。

 俺はただ、怖くて。悲しくて。


 少女の手は目前まで迫り、俺の視界を奪い――……



 ***********************************

 俺の首に絡みついて――……抱き締めた。


 「るああ。もういいんだよ、タイラノ・マサル――」

 少女のふかふかとした胸に、俺は顔を埋めている。それなのにやましい気持ちは全く湧いてこなかった。ただ優しくて、安らいで、ゆるされて……
「……すげえいい匂いがする……」
「るああ。エロいこと言うなよー」
少女の穏やかな声が、俺の心を溶かしていくような。

 眠るんだ、そう思った。
 思い出したくない記憶達もまた、どこかへ溶けて消えていく気がした。

 その向こうに、とても遠い場所に、大切な思いが……たぶん俺が始まった時の記憶が……少女の胸に抱かれながら、俺は、そっと目を閉じた……


 「るああ。輪を閉じよう――……」



 ***********************************

 「……――聞いているのか、シャルマ・ティラーノ」

 彼女の高さからとがめる声で、はっと我に返った。
 ここは……ああ、そうだ。今日はカジン村に魔獣ベスティエ退治に来ていて、これからヤノマコに帰るところで……ええと、あれ……物思いを破られたせいか、俺は自分がいったい何を考えていたのか、完璧に見失ってしまった。

 と、クーシュに肘を食わされた。軽装甲冑の肘当てが、脇腹に突き刺さる。
「いて……え、何だっけ?」
「やはり聞いておらぬではないか!」
姫騎士様《カヴァリエレ》が歯もき出しに怒った。
「そもそもだ。貴公はいつもいつも、力任せに大きな術式アリーテを使い過ぎる。挙句に森を燃やしかけるわ、貴重な魔獣の皮も丸焦げだわ……」
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていて」

 つんと偉そうに説教をくれていたクーシュがぽかんとした。右側の修道女《モナフィーノ》、コーナも驚いて口に手を当てた。お前ら……俺が素直に謝るのがそんなに珍しいか。俺を何だと思っているの? 
「ど、どうした、シャルマ。いやに素直ではないか。こっちが拍子抜けするぞ」
ああ、そんなふうに思われているのね。


 俺は肩をすくめると、一回クーシュから顔を背けておいて、
「ま、そう言うなよ。これでも、いつも一緒に来てくれること、感謝してんだぜ」
爽やかスマイルで振り向いてやる。
 するとクーシュはずざざざっと後退あとじさり、奇妙な構えで固まった。目が泳ぎ、頬が真っ赤な……“まるで世界を終焉に染めるように(それは偽りの炎が燃える赤の色だ)”……? ……顔が赤い。
「な、何言ってんだバカ!お前のバカ!弱き者を助けることは、そう、騎士たる者の当然の責務なのだっ!」
物凄い勢いでまくし立てる。ちょ、剣に手を掛けるな! こら、抜くなって、おい、クッコロ!
「お前のために来てやったんじゃないんだからな!ばかっ!」
はい、姫騎士様のツンデレ頂きました、あざーす。


 そして俺は左手を回して――

 右腕をがっくんと引……こうとしていたコーナの頭をぽんと撫でた。
「はりゃ?」
「大丈夫だよ、コーナ。喧嘩してるんじゃないかね」
機先を制されて、眼鏡のレンズ越しの大きな栗色の目……“目の赤い色は失われた二人分の血の色だ(それは流された罪のピジョン・ブラッド)”……? ……目は大きく見開かれて、俺は笑いながら少女の髪を、
「ははは、コーナは可愛いですねえ」
「にゃああああっ?!」
くしゃくしゃと乱してやった。

 それから多少落ち着き、こっちを不審げに見ているクーシュの手を取り、
「ひゃあ?! え、ちょっ、何っ?!」
「ほら、仲良しだろ? あーくーしゅ」
ぶんぶんと上下に振って見せた。


 クーシュは俺が手を解放すると、逆の手で迎え、ぎゅっと胸元に押し付けた。ちょっとヤバいモノを見る目になっている。
「おーい、どした……? 何かおかしな物でも食べたか、シャルマ……?」
「……クーシュ様、これはもしかして“解呪”デスペオリを施した方が宜しいのでしょうか?」
え、ステータス異常扱いとか。


 でも確かに――……

 ステータス異常、おかしなテンションかもしれない。
 何があった訳でもない・・・・・・・・・・のに、すごく爽やかな気分なんだ。たとえるなら、新しいパンツを履いたばかりの、正月元旦の朝みたいに。
「自分でもよく理解らないんだけどさ、何か……ずっと胸につかえていたもの(裁かれずにいた罪)が……胸の奥に引っ掛かってたこと(罰して欲しいと願っていたとが)が、こう、やっと取れた(ゆるされた)ような気が……」



 ***********************************

 街道の冒険者達チェルカトレを、少し離れた丘の上から見つめている者がいた。頭からすっぽり黒頭巾を着込んでいるが、おそらく小柄な女だろうと思えた。

 女は冒険者達を見つめている。黒頭巾の下から覗く目が、どこか哀しげだった。ふと冒険者の一人が、こちらに顔を向けたようだった。

 だがその丘には既に、女の姿はなかった。

 「るああ。お前はそこで……いずれ時が来るまで、そこに――……」



 ***********************************

 「どうかされましたか、シャルマ様?」

 コーナに声を掛けられ、俺は振り返った。
「今……そこの丘に誰かがいたような気がしたんだけど」
「うむ? 私は気づかなかったな……」
クーシュは小手をかざして遠くを見やろうとして、
「シャルマ、貴公、なぜ泣いている?」
少し驚いたようにそう言った。言われて頬に手をやると、何故か濡れている。

 理由は判らない。と言うか、泣いていた自覚もない。

 ただ、何かとても大切なことを忘れている気がした。とても大切な人を、忘れている気がする。忘れてはいけない……赤い瞳を、銀色の髪を……俺の、罪を……
(るああ。忘れていいんだよ――……)
とても、とても大切なことを……


 「いつまでも、二人と一緒にいられたらなって」

 気づけば、とんでもない台詞が口から零れていた。赤くなればいいのか、血の気が引けばいいのか、間取って紫色いっそチアノーゼになるか。
 恐る恐る様子を伺うと、姫騎士様と修道女は乙女のように向かい合わせに手を取り合って、すすすっと俺から離れていく。
「ええー……シャルマ様? やっぱり今日おかしくないですか……?」
「貴様は、そうやって誰彼見境なくたぶらかすよーなことを言いおって……」

 「いっそこの手で成敗してくれようか?」


 クッコロさんが剣の柄に手を掛けるに至り、誤解を解かんと慌てると……
 二人が揃って吹き出した。花が咲き零れるように、少女達が笑う。


 「ふふふ、シャルマ様ったら、おっかしいですわ」
両手を口の前に、童女のように屈託なくコーナが笑う。
「だって、当たり前ではありませんの。みんな、ずーっと一緒ですわ」
「ま、そいういうことだ。まったく、貴公は目を離すと、何をしでかすか知れたものではないからな」
クーシュは片目を閉じて笑い、それから、
「わ、私が傍で見張っていてやる。精々覚悟しておくことだな!」
ぷいとそっぽを向いた。さすが女騎士、隙あらばデレるなあ。


 俺も笑った。俺に向けられた笑顔に向かって。


 俺がかつて誰だったかとか、どこにいたとか、それはどうでもいいことだ。余計な記憶は捨てて行こう。
 俺はここにいる。この優しい“世界”に、これからずっと。

 やっと見つけた俺の居場所。
 やっと見つけた“俺の高さ”。

 隣を歩いてくれる誰かがいるこの世界カルーシア、今度は手を離さないよう、道に迷わないよう、今度こそ踏み外さないように歩いて行こう。

 いずれ、“世界”を去るその日まで。
 さあ、俺には、俺のことを待っている人達がいる。

 「帰ろう。ヤノマコ村へ――……」


 「ああ……カエろウ。ワタしガいッショにイてやルからナ、しゃルマ……」
 「うフフ……ズーっとイっしょニいマシょうネー……シャるマさマー……」



 ***********************************

 閉じた“鎖”チェーノ、閉じた”世界オルト”。

 彼の作り出した世界オルトはそして、彼を囚えるカジオとなる。されど罪は罪、咎は咎クレム・ヴィ・クレム囚人クレミネオは幻想を抱いて、人形達バンボーラと踊り続ける。

 願わくば彼が終わる日まで、幸せな夢フェリーシ・レーヌを見続けられますように――……


 そして。


 “世界オルト”は時にカジオとなり、カジオは時に“世界オルト”を殺す。

 囚われてなお“世界オルト”を呪う罪咎クレム
 人知れずゆっくりと腐敗する果実フラーゼ

 この“世界”のどこかに存在する、それは“封鎖区”セラド・オルト……


 されど、それは。いずれまた、別の物語アルタ・ラコンテ――……



                ~“俺の能力が異世界でチート過ぎる”・完~

 ***********************************

【次章“異世界日替わり定食”】

いらっしゃいませ、“定食屋ちか”へようこそ。私、看板娘の若桜知佳ワカサ・チカがお席までご案内しまーす。本日のお勧めは、異世界の方のお口にも合う――……

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