3 / 79
プロローグ
00.異世界管理局のコトレットさん
しおりを挟む
この物語は、狂言回し役のコトレットさんが『縦糸』、各章の主人公が『横糸』を演じる群像劇。
各章の登場人物の物語は“コトレットさん”を軸に少しずつ繋がり、やがてひとつの大きな絵を紡ぎ出していくことでしょう。
そこにはいったい、どのような“世界”が描かれるのやら。
長の口上、失礼致しました。それでは、本編をお愉しみください――……
【“プロローグ”(1/1話)】
***********************************
「は――……?」
「Oops、3人? 今日だけで3人ってか、ふざけろよ、入管課。“監視人”にばっか皺寄せしてねーで、ちったあ仕事しろよ、仕事ぉ」
書き物机の前で書類を振り回し、悪態をついているのは、言葉遣いからは想像のつかない可憐な容姿の少女であった。
少女は室内にも関わらず、黒いローブを纏い、頭巾を目深に被っている。その姿は小さな魔法使いか可愛らしい魔女、或いは赤ずきんならぬ黒ずきんちゃんといった様子だろうか。
頭巾から覗く細い髪は、純白にほんの僅か墨を垂らしたような、儚げな銀色をしている。対照的にその頬は磨き上げた銅の色、夏休みの子ども達の肌の色だ。
しかし彼女の最も印象的な部分は、ちょっと勝気そうな大きな釣り目の、信じられないような赤い瞳だった。
少女の顔の向きに伴って、瞳はルビーからガーネットへ鮮やかに色を変えた。
ただ、少女の歳の頃なのだが……
不思議なことに、判らない。彼女の姿は、はっきり目に映っているというのに。
少女どころか、幼女と呼べる歳に見える。花も恥じらう若き乙女にも見える。初めの印象通りの少女にも、妙齢の婦人にも、老婆にさえも……目を凝らすほどに、彼女の像はぼやけていくようだった。
諦めて睨むのを止めると、彼女はまた少女の姿に戻った。
彼女の名は、ルシウ・コトレットといった。
***********************************
さあ、目を閉じて数を数えて……1、2、3。
ああ、今のは “この世界”の言葉さ。さ、目を開けて――……
目の前に近世ヨーロッパ風、これぞファンタジーという景色が広がっているのが見えるだろうか。ここはいわゆる“異世界”だ。君達の世界とは別の世界、とある国の王都、ここはカルーシアという町だ。
この王都カルーシア、何が変だって、次から次へとやって来るんだなあ。何がって、異世界転移者がだよ。
それも、どいつもこいつも銘々勝手な“世界観”やらスキルやらチートやらを持ってくるもんだから、このカルーシア、相当ややこしい“異世界”になっている。
王都の新市街と呼ばれている地区、目抜き通りを一本外れた路地裏に、只今コトレットさんが憤慨している部屋の扉がある。
ただし、行けばいつでもその部屋がある、とは限らない。その部屋は“どこにでもあってどこにもない”――そういった類の場所だった。
その部屋を、カルーシア地区異世界管理局出張所といった。
コトレットさんは、ひと頻り文句を言い尽くすと、床板を軋ませながら椅子を引き、立ち上がり、
「Raa――……」
何事かを呟いた。
別にカルーシアの言語ではなく、ただの少女の口癖だ。コトレットさんは思ったことをすぐ口にするだけでなく、言葉にもなってない感情の揺らぎを、音にして口から漏らす癖がある。
奥の壁を背にした机から、さほど広くない部屋の真ん中に出てくると、コトレットは目の高さに手を上げて、“結んで開いて”をやった。
その“作業”に気を取られていたものだから――
コトレットさんは背後の扉、その向こうの裏通りで何やら話し声がしていることに、ちっとも気づいていなかった。
“プロローグ・異世界管理局のコトレットさん”・完、本編へ~
***********************************
【次章“ユマ・ビッグスロープの場合”】
トマ・ビッグスロープこと逢坂悠馬――……彼は王都カルーシアで異世界生活を送る、何の変哲もない異世界転移者……のはずだったが。
各章の登場人物の物語は“コトレットさん”を軸に少しずつ繋がり、やがてひとつの大きな絵を紡ぎ出していくことでしょう。
そこにはいったい、どのような“世界”が描かれるのやら。
長の口上、失礼致しました。それでは、本編をお愉しみください――……
【“プロローグ”(1/1話)】
***********************************
「は――……?」
「Oops、3人? 今日だけで3人ってか、ふざけろよ、入管課。“監視人”にばっか皺寄せしてねーで、ちったあ仕事しろよ、仕事ぉ」
書き物机の前で書類を振り回し、悪態をついているのは、言葉遣いからは想像のつかない可憐な容姿の少女であった。
少女は室内にも関わらず、黒いローブを纏い、頭巾を目深に被っている。その姿は小さな魔法使いか可愛らしい魔女、或いは赤ずきんならぬ黒ずきんちゃんといった様子だろうか。
頭巾から覗く細い髪は、純白にほんの僅か墨を垂らしたような、儚げな銀色をしている。対照的にその頬は磨き上げた銅の色、夏休みの子ども達の肌の色だ。
しかし彼女の最も印象的な部分は、ちょっと勝気そうな大きな釣り目の、信じられないような赤い瞳だった。
少女の顔の向きに伴って、瞳はルビーからガーネットへ鮮やかに色を変えた。
ただ、少女の歳の頃なのだが……
不思議なことに、判らない。彼女の姿は、はっきり目に映っているというのに。
少女どころか、幼女と呼べる歳に見える。花も恥じらう若き乙女にも見える。初めの印象通りの少女にも、妙齢の婦人にも、老婆にさえも……目を凝らすほどに、彼女の像はぼやけていくようだった。
諦めて睨むのを止めると、彼女はまた少女の姿に戻った。
彼女の名は、ルシウ・コトレットといった。
***********************************
さあ、目を閉じて数を数えて……1、2、3。
ああ、今のは “この世界”の言葉さ。さ、目を開けて――……
目の前に近世ヨーロッパ風、これぞファンタジーという景色が広がっているのが見えるだろうか。ここはいわゆる“異世界”だ。君達の世界とは別の世界、とある国の王都、ここはカルーシアという町だ。
この王都カルーシア、何が変だって、次から次へとやって来るんだなあ。何がって、異世界転移者がだよ。
それも、どいつもこいつも銘々勝手な“世界観”やらスキルやらチートやらを持ってくるもんだから、このカルーシア、相当ややこしい“異世界”になっている。
王都の新市街と呼ばれている地区、目抜き通りを一本外れた路地裏に、只今コトレットさんが憤慨している部屋の扉がある。
ただし、行けばいつでもその部屋がある、とは限らない。その部屋は“どこにでもあってどこにもない”――そういった類の場所だった。
その部屋を、カルーシア地区異世界管理局出張所といった。
コトレットさんは、ひと頻り文句を言い尽くすと、床板を軋ませながら椅子を引き、立ち上がり、
「Raa――……」
何事かを呟いた。
別にカルーシアの言語ではなく、ただの少女の口癖だ。コトレットさんは思ったことをすぐ口にするだけでなく、言葉にもなってない感情の揺らぎを、音にして口から漏らす癖がある。
奥の壁を背にした机から、さほど広くない部屋の真ん中に出てくると、コトレットは目の高さに手を上げて、“結んで開いて”をやった。
その“作業”に気を取られていたものだから――
コトレットさんは背後の扉、その向こうの裏通りで何やら話し声がしていることに、ちっとも気づいていなかった。
“プロローグ・異世界管理局のコトレットさん”・完、本編へ~
***********************************
【次章“ユマ・ビッグスロープの場合”】
トマ・ビッグスロープこと逢坂悠馬――……彼は王都カルーシアで異世界生活を送る、何の変哲もない異世界転移者……のはずだったが。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる