魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第2章 暁の竜神

第6話 2人の計画 3

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 改めて一緒に見ると、うーん、我ながら何を意図してカルマの所に来たのかよく表れているなと感心した。そっくりなのだ。雰囲気がこの部屋と。壁にはグラスと酒の瓶が並んでいて、その前にはカウンターテーブルがあり、椅子がいくつか並んでいる。そのどれもが黒を基調としていて、モノトーンな部屋になっていた。

「これは……バーかのう?」
「そうだよ。お酒の力で色々と思いを吐露してくれれば万々歳。もし無理でも寝てはくれるさ」

 バーはお酒を楽しむ場だ。その楽しむ過程で色々と思いを吐露することができ、ストレス発散に繋がる人もいる。仮に発散できなくとも酔ってしまえば最終的には眠くなるに違いない。そう、ここが味噌だ。ウロボロスが暴走するとか、思いを吐露するとか話しているが、どうあっても最終的には眠くなってくれる。この一点は確実に保証されている。眠るとなると休める訳だから、どのルートを辿ったとしてもウロボロスのためになる施設である。
 しかし、何をどう思ったというのか。カルマは少しの間うなる。何が引っかかるのかとまじまじと見ていると、最終的にはひとつ大きく頷いてくれた。

「あぁ、心配せずとも良い。ワシはこの案にケチを付けるつもりはないのじゃ。今考えていたのは魔王様のことじゃよ」
「……魔王様のこと?」
「お酒を好まれるかわからぬが、魔王様も利用するかもしれぬ。ウロボロスについて考えたことがそっくりそのまま魔王様にも当てはまるという訳じゃ。これは大変に喜ばしいと思ったのじゃよ」

 あぁ、なるほど。言われてみればそうだ。ここはオラクル・ラビリンス。その一角に作る以上、基本的には魔王様のためにあるべきだ。いや、もしもアデルの村や敵の首都に施設を作ることになったとしても、我々の行動全ては魔王様のためにあるべき。それにも関わらずウロボロスのことばかり考えて最も大切なことを考えていなかったとは、配下失格と罵られても仕方ないレベルである。
 そう叱責されるのかと思いきや、そうではないらしい。カルマは更に言葉を続ける。

「そしてここからが大切なのじゃが、魔王様のあるところには必ず奴の影がある。つまり魔王様がお酒を楽しんでおられるならば、隣には自然とウロボロスもいるじゃろう。逆もまた然り。ウロボロスが引っ張って来るに違いない。そういう意味では、どちらか一方を招くことができればどちらも癒すことができるかもしれぬ」
「なんと……はは、それは確かにその通りだ」

 切っても切り離せないような2人だ。その2パターンの光景が鮮明に想像できる。何て良い案なんだと言い切ってしまいそうになったところで、待てよと、とある危険性に気が付いた。果たして魔王様は心が休まるのだろうか、と。
 考えてもみて欲しい。2人一緒にいる場面を、特にリラックスしている日常生活の風景を。どちらもとても楽しそうにしているのは間違いないだろうが、魔王様が心休まれているシーンが思い付くだろうか。断言しよう。無い。

「うーむ、ただ……魔王様は余計に疲れてしまいかねないかい?」
「む……言われてみればそうじゃのう」

 まぁ、そこはやり方次第である。同じ建物の中にいるのだ。言い方ひとつで個々バラバラに呼び出すことはできなくないだろう。難しくないとは言わないが、不可能であるはずがない。そして2人同時に呼びたい時はこんなにも楽なこともない。そういう風に心に留めておけばいいのである。
 とにかく、完成後の主な使い道が何となく見えたところで改めて依頼しようとした時だった。カルマは、じゃが、と付け加えてから話を続ける。

「これまでは会議のような堅苦しい集まりしか無かったが、バーができればもっとフランクに話ができるようになるかもしれぬ。魔王様やウロボロスの話を抜きにしても良い話じゃな」

 これまた面白い話になってきた。言われてみれば全くその通り。集まる時間を合わせることがこれまでネックだったが、バーで少しお話といった具合なら、無理に全員が集まる必要もない。もっと話しやすい環境になる訳である。

「では、ワシの役目はバーテンダーや商品の確保、店の内装といったところじゃな?」
「あぁ、お願いできるかな?」
「無論じゃ。むしろ願ったり叶ったりというやつじゃのう。お主が提案してこなければ、いずれこの部屋がバーになっていたじゃろうから」

 まさかそこまで考えていたとは。いやはや、カルマもまた、ウロボロスに負けず劣らず凄まじい人である。
 何はともあれこれで話はまとまった。ウロボロスから使用許可を得ている区画はまだいくつか残っているから、その一か所をバーにするために建設作業を開始しよう。そう思って今度こそ出て行こうと立ち上がった時、カルマから待ったがかかる。

「待つのじゃ。お主も無理はしておらぬじゃろうな?」

 痛いところを突かれたものだ。無理をしていないか、と聞かれれば、はっきりと無理をしていると答えられる状態である。やりたいことは山ほどある。最近であれば、あの竜神祭で手に入れた玩具たちや射的の銃の解析をしたいし、今ならこのダージリンとやらの紅茶についても調べてみたい。改造したい武器もアイテムも山ほどある。それら全てを押し込んで、はっきり言って不可能に近い挑戦を延々と続けているのだ。どうして無理をしていないと言えるだろう。

「……仕方ないね、こればかりは」

 そして、この前のアデル戦の時にも思い知らされている。自分の怠慢さを。あの時、もっと効果的な回復アイテムを常備していれば魔王様の御手を煩わせずとも、ルーチェを早く助けることができた。一度悔しい思いをしてきたというのに、あろうことか怠ってしまったのだ。冗談ではない。自分の役割を思い出せば、どうして二度も油断できただろう。
 だからこそ仕方がないのだ。そうして遊んでいる間にも、魔王様もウロボロスも、先へ、前へと行ってしまう。置いて行かれてしまう。サポーターとしての役目も果たせない。これでは、栄光あるオラクル・ナイツと名乗れない。生きる意味すら失ってしまう。

「余り根を詰めるでないぞ? 完璧な者などおらぬ」

 表情に出てしまっていたのだろうか。カルマは真っすぐにこちらを見つめながら優しい言葉をかけてくれた。だが生憎と「根を詰めるな」と言われても、「はい、わかりました」とは言えない。それだけの失態を犯しているのは明白なのだから。

「ふむ……そこまで人手不足ならばワシの眷属を派遣するが、どうじゃ?」
「いや、それには及ばないよ。自分でどうにかしてみせるさ」

 ここで素直に申し出を受け入れられるほど落ちぶれてはいない。この地図もそうだが、カルマはこの世界に関する調査を一手に任されている。その苦労は想像も付かないけど、人手不足さは比ではないだろう。むしろさっさとゴーレムを増産して派遣したいとすら思っているくらいだ。

「どうやら、要らない心配をかけてしまったようだね。すまなかった」

 これ以上話を続けては余りにも自分が惨めに思えてしまう。さっさと話を切り上げて、同じ所へ行けるように作業に戻ろう。そう思って頭を下げると同時に踵を返そうとしたのだが、またしても優しい言葉が飛んで来る。

「楽しみにしておるぞ。ともすると、バーが必要なのはワシらの方かもしれん」
「……あぁ、まったく」

 ウロボロスのために、と思って始めた構想だったけど、言われてみれば本当にそうなのかもしれない。
 魔王様やウロボロスのような努力を苦と思っているのかどうか怪しい人たちは別として、普通の人は疲れたり、倒れたり、時に現実逃避的な行動を取ってみたりしたくもなるだろう。少なくとも自分はそうだ。
 だからこそ思いを共有したくなるというもの。現に今はそうだった。惨めだなぁ、と思いつつ、話せて嬉しいと思ったのは事実である。

「極上の酒を頼むよ。こちらは急ピッチで作業を進める」
「ふふ、記念すべき第一回目の宴に相応しい酒とつまみを見繕っておくのじゃ。楽しみにしておくがいい」

 あぁ、それは最高だな。皆と一緒に酒を酌み交わしながら思い思いに言いたいことを言い合う。たったそれだけのこと。何の利益も無さそうな行為。でも、どうしてだろう。この上なく楽しみにしている自分がいる。早く作業に取りかかろう。そう思って退室しようとした時だ。はたと、忘れ物に気が付く。

「あぁ、失礼。大切な贈り物があったね」

 なんてことだ。錬金術師の命ともいえる採取ポイントの地図を忘れてしまいそうになるとは。いよいよ言い逃れできそうにない。僕は楽しみなのだ。宴が。地図をしっかりとアイテム・ストレージにしまってから、僕はそそくさと工場へと戻って作業を開始したのだった。
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