魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第2章 暁の竜神

第5話 竜神祭 後編 3

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 カルマだった。いつの間にかいなくなっていて、そしてただ今ご帰還というところらしい。ホクホク顔で、香ばしい匂いがプンプン漂っている。見ると、細長い肉が刺さった棒を2本、両手に持っている。できたてなのだろう。美味しそうな湯気が立ち上っている。

「魔王様、これはドラゴン串なる物じゃ。おひとつどうかのう」

 見るからに熱そうでそのままパク付くのはなぁ、なんて思った次の瞬間。カルマはおちょぼ口をして、串焼きにふー、ふーと息を吹きかけ始める。そして差し出した。
 ちょっと落ち着こう。落ち着いて状況を整理させてくれ。ひょっとして、いや、見間違えじゃないよな。これは「ふーふー、あーん」というやつではなかろうか。夢にまで見た、大好きなキャラからの「あーん」だと。いいのか、これにかぶり付いて。ここで夢を叶えてもいいのか。あぁ、神様。もしもいるのなら一生感謝します。

「カルマ、さりげなくあーんしないでください! それは私の役目ですよ!」
「魔王様に火傷でもされては困るのじゃ。主にこの心遣いができるかのう?」

 それくらいはウロボロスさんでも大丈夫でしょ、と思いつつ一瞬不安になる。ウロボロスは熱さに対する耐性が高い。俺の適温にまでふーふーしてくれるとは思えない。思えないが、待って欲しい。一息でもいい。ウロボロスのあの艶かしい唇から、甘い吐息が吹きかけて貰いたい。それが例え灼熱に燃え上がるマグマだったとしても、三大珍味すら遥かに凌駕する至高の一品へと変貌するに違いない。あぁ、もう。俺って変態だな。

「あー、おほん。そんな悠長なことを言っている内に冷めるだろうが。カルマ、これはありがたく頂くぞ」

 だが、しかし。ここはギャラリーが多すぎる。フェンリスの有志を見届けた外野ばかりではるが流石に無理。ここは我慢だ。グッと堪えて「ふーふー」されていない方を受け取り、ウロボロスの隙を突いてさっとかぶり付く。うん、間違いなく舌が火傷した。ジンジンする。

「あ、あーっ! 我が君! 私が冷まして差し上げようと思ったのに!」
「うむ、味わって欲しいのじゃ。まだまだあるでのう、好きなだけ食すがいい」

 耳元で抗議されながら、痺れる舌でも何とか味わう。この味、牛串だな。バラ肉のような食感だ。ドラゴン焼きとか言うからどんな味かと思ったら、どんな世界でも材料は似たり寄ったりということか。まぁ、美味しいのだから文句は無い。それに本当に牛串なのだとしたら相当なお値段のはず。感謝しながら頂こう。
 ところで、カルマはまだあると言った。まだ、だって。どのくらいか確認すると、その量をそう形容されるとは冗談がきつい。カルマの後ろには視界に入りきらない程の眷属が控えていた。狼や蝙蝠のタイプは首からひとつずつ、騎士のタイプは人間のように両手にひとつずつ袋を下げている。それがずらりと並んでいるのだ。
 恐る恐る近くの眷属が下げている袋を順番に覗いてみる。たこ焼き、焼きそば、フランクフルト、唐揚げ、わたあめ等々。一体、どれだけ集めて回ったというんだ。もうね、フェンリスの獲得した景品とのダブルパンチで、荷物の多いこと、多いこと。

「魔王様、僕ならまだまだいけますよ。 どんと任せてください」
「あ……あぁ、今回ばかりは本当に助かったよ」

 アザレアが戻って来てくれなければ、この大量の景品と食べ物で祭りは終わっていただろう。人海戦術、つまりゴーレムの大量投入により難を逃れていた。腕力には定評のある彼らなら1体で6袋は持てる。首からひとつ下げて、肩にもかけて、とフル活用させて貰っていた。それでも、ここに大量の食べ物が加わればまた数が増える。当然目立つ。フェンリスとはまた違うギャラリーができてしまい、色々と囁かれる。

「何あれ、大名行列か何か?」
「あんなに個人が買ったの? まさか強奪したとか?」
「しっ、聞こえるよ。身ぐるみ剥がされても知らないからね」

 バッチリ聞こえています。胸に突き刺さっています。でもね、お姉さん方、俺も被害者側だということを覚えておいてくれ。俺は頑張った。景品を返そうとした。ひとつも返せなかったし、カルマの蛮行にも気付かなかったけど、俺なりには努力したつもりだ。だから頼む。そんなに距離を作らないでくれ。
 と、とにかくだ。総括すると今の心情を表すならたった一言で済む。胃が痛い。これに尽きる。皆、各々で大変に活躍してくれて、嬉しくて血の涙が出そうだ。せめてもの救いは、普段は一番暴走するウロボロスがまだ穏便に祭りを楽しんでくれていることくらいか。ただし、

「何だよ、あの人間。あんな可愛い子とベタベタ……」

 荷物に関しては、というだけだ。ウロボロスはとてもモテるらしい。道行く竜人の男たちがこぞって熱い視線を向けている。人間の俺から見ても美人なのだから、よく考えてみれば至極当然のことか。妬み、僻みが酷いこと、酷いこと。

「ねぇ、君。良かったら俺たちと……っ!? い、いえ……な、何でも……ありません」

 たまにこうして勇者、つまりウロボロスをナンパしてくる不届き者が現れるものの、男の俺がどうこうする必要はない。ウロボロスが一睨みすれば終わり。また失禁してへたり込んでしまう。まぁ、愛されているはずの俺ですら日々感じる圧力は凄まじく、身動きを封じられるレベルなんだ。見ず知らずの、しかも大して強くもない奴らなんて話になるまい。
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