魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
上 下
137 / 176
第2章 暁の竜神

第4話 竜神祭 前編 3

しおりを挟む
 恐る恐る隣へ目を向けると、ウロボロスさんが妙に強く腕組みをしている。その顔は微笑んでいるのに目は笑っていない。心なしか頬の辺りがピクピクしているような気もする。

「我が君……? 今日は私とデートだと決まったはずですが……?」
「あー……ごめん、そうだったかな」

 確か、そんな誓約書もとい終戦協定を結んだ気がしてきた。不思議なことに、これから敵情視察だというのに、デートがメインみたいな条文だったと思い出す。

「そうです! 今日は私だけを見てくれないと嫌ですからね!」

 おいおい、ウロボロスさん、それは殺人的だよ。浴衣姿、更に涙目で、すねたように言われては一発ノックアウトさ。耳まで熱くなったのを感じながら、悟られないようにそっぽを向くような感じで顔を背けておく。

「ぜ……善処する。そ、それよりもムラクモはどうした?」

 こういう時にブレーキ役となってくれるのがムラクモだ。その名を出すだけで、見ろ、こんなにも流れが切り替わってしまう。ウロボロスも、心なしか頭が冷えてくれたように見えなくもない。この隙に本当に登場してくれれば文句なしで完璧なんだが、どういう訳か、今日ばかりはどこにも見当たらない。

「ムラクモは志願してお留守番です。念のため、オラクル・ラビリンスの守護をして貰います」

来ないパターンでしたか。それは損な役回りを。そういうのは召喚モンスターやゴーレムに任せておけばいいのに。頼むから、もっと損な役から逃げないで欲しかった。誰がブレーキ踏めるの、この状況。

「そ、それは仕方ないとして。そろそろ出かけようかなー……と思うんだけど」

 改めて見ると、三者三様とはこのことで、大変に個性的なファッションである。季節感はバラバラ、各々の目的に至っては1ミリたりとも合っていない。
これは偏見かもしれないが、祭りは色々と大切なネジやらストッパーやらを外して楽しむものだろう。でも、そんな濁った眼を通して見てもなお、これはエキサイティングし過ぎて狂気の域だと思う。

「何か問題が御座いますか、我が君?」

 もっとも、存在自体が痛々しい俺みたいなのもいる。今まであえて考えないようにしていたけどさ、魔王とか名乗っちゃって、はっきり言って痛い。急に恥ずかしくなってきた。だからまぁ、今更変な目で見られるのが何だ。仮装してきたと言い張って無理にでも押し通してみせよう。

「いや、行くぞ。これも思い出になるだろうからさ」

 そう思い出。こんなに可愛くドレスアップしてくれたんだ。スクショ、あ、そんな機能は無いか。じゃあ俺の脳みそにでもいいから、一生消えないように焼き付けたい。

「畏まりました。では指定座標へ転移致します」

行き着いた先は、草木の一切無い石だらけ土地だった。聞いた話によると、砂漠とはこういった石や岩だらけの所もあるという。それに似たようなものだろう。遠くには大きな山々が連なり、山頂からはマグマが噴き出していた。砂漠ではなく火山地帯というやつなのだろうか。
 直射日光と火山からの物凄い熱気で、一瞬で汗が噴き出す。各々、暑そうに襟元をはだけたり、手で仰いだりしていた。

「こんな暑いところで神輿かぁ……」
「さぞ燃え上がるでしょうね、我が君」

 そんな中、強気なウロボロスさんは腕を組んだままである。ドラゴンメイドという種族の特性上、暑さに耐性があるんだろう。皆ほどの汗はかいていない。
 一方で俺は暑さで滅してしまいそうだ。頭がボーっとして意識が飛びそうである。こりゃ、熱中症で倒れる奴がいても不思議じゃないぞ。特に最も懸念すべきは俺の後ろの人か。

「か……カルマは大丈夫なのか?」

 この過酷な環境でまだ頑なにスキーウェアとか、どの頭のネジが外れれば、そんな凶行に及べるのかと突っ込みたい。明らかな自殺行為。そう思ったのだが、どういう訳か当の本人は汗ひとつかかずに涼しい顔をしている。日傘と扇子ってそんなに万能だったか。試しに風下に立って当たってみると、うん、熱風が来るだけだ。
そんな俺の行動を不思議に思ったのだろう。カルマが小首を傾げる。

「……む、どうされたのじゃ、魔王様?」
「いや、その……暑くないのかなーって」

 余りの暑さに気でも触れたか。そうでなくては、この状況、この状態で汗ひとつかかないなんてあり得ない。さっきはほとんど大丈夫と言ったが、流石のウロボロスだって額からじわりと汗が滲んでいるというのに。
と、霞む視界でそれに気付いた。何だこれ。カルマの足下に魔法陣が展開されている。

「環境適応の魔法を使ったのじゃ。このまま砂漠、水着で冬山も何のそのじゃ」
「そ……そういえばそんな魔法もあったな」

 思い出した。別に欲しくて習得した訳ではない。目的のスキルはその先にあって、そのスキルツリーの道中で仕方なく取った気がする。もっともドミニオンズでは使う機会がほとんどなかった。過酷な環境なんて不評で実装時以外はほとんど追加されず、お陰ですっかり忘れていた。
 さっさと使ってみると、うん、涼しい。なんて快適な場所なんだ。このままマグマにダイブできそうなくらいだ。

「素晴らしい。カルマ、ありがとうな」

 ただ、暑さ寒さを無視するのは情緒が無い気もしないではない。でもね、考えてみて欲しい。仮にカルマなんかがあのまま彷徨ったら情緒以前に死んじゃうから。これは趣の放棄ではない。極めて切実な生存本能だ。それにさ、夏にエアコン、冬にストーブをフル稼働させていた俺にはそもそも関係ない話である。

「そうだ、ついでにウロボロスとフェンリスにも……」

 それはそうと、こんなに快適なんだ。皆にも、と振り返って、ウロボロスを見て体中に電流が走る。浴衣美人がほんのりと汗をかいていた。どれだけ美しいかわかるだろうか。この妖艶な大人の魅力がわかるだろうか。少なくとも俺は、心臓が飛び散った気がした。あっ、と思い手を胸に当てる。良かった、まだある。

「如何されましたか、我が君?」
「あー……その、えっと」

 咄嗟に目を反らすと今度はフェンリスと目が合った。同じく額に汗を浮かべてほんのりと上気した顔でありながら、楽しそうに笑顔を浮かべていた。健康的。絵に描いたような元気な子。可愛い天使である。

「魔王様、あっちが凄く賑わっていますよ! 早く行きましょう!」

 暑さにも負けず元気一杯の様子で、今すぐ駆け出したいのを我慢しているようだ。この感情は父性だろう。やましくない。そのはず。そのはずなのに、ウロボロスとはまた違うほんのりと背徳的な感情を抱いてしまう。全国のお父さんは正常です、ごめんなさい。じゃなくて何を考えているんだ、俺は。

「僕も暑いですが、ご覧ください、この艶やかな肉体を……!」

 今だけはありがとう。お陰で冷静になれたよ、アザレア。でも悪いな。きっともう時間が差し迫っている。何より、俺の精神がもう無理と声を大にして叫んでいる。諸々の理由でそろそろ行かねばなるまい。

「よし、早速出発だ!」

 ちょっと遠くに見えた街へ一直線に歩き出すこと約10分。入り口からお祭り一色になっていた。暗赤色の煉瓦で作られた入り口のゲートや家々は風船や色紙で飾り付けられている。メインストリートには屋台が並び、たくさんの竜人たちで賑わっていた。ザ・祭りと言える状況である。事実、辺りを見渡せばウロボロスと同じように浴衣姿の竜人たちがちらほら歩いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

英雄の平凡な妻

矢野りと
恋愛
キャサリンは伯爵であるエドワードと結婚し、子供にも恵まれ仲睦まじく暮らしていた。その生活はおとぎ話の主人公みたいではないが、平凡で幸せに溢れた毎日であった。だがある日エドワードが『英雄』になってしまったことで事態は一変し二人は周りに翻弄されていく…。 ※設定はゆるいです。 ※作者の他作品『立派な王太子妃』の話も出ていますが、読まなくても大丈夫です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

処理中です...