魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第2章 暁の竜神

第3話 紅竜同盟の使者 3

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 その時。剣が交わってしまう前に俺は客室にたどり着いた。扉を思い切り開け放って転がり込むように飛び込む。ギリギリセーフ。俺に気付いた水無月は剣と盾をアイテム・ストレージに戻しながら身を引き、ローレンの振り下ろす一刀を鼻先で避けるに留めてくれた。
 滑り込んで正解だった。一言で言うならヤバい。殺し合いが、あ、いや。たぶん一方的な虐殺が起きてしまいかねなかった。まさに間一髪。最悪の事態は免れたと信じたい。

「あら、魔王様。このようなお見苦しいところを見られるとは恥ずかしいです」
「魔王? するとお前が……!」

 間に合いはしたけど色々と手遅れな気もする。こんな怒りで剣まで抜いた相手と何をどう話せばいいんだよ。ほら、鼻息が荒くて顔は真っ赤じゃないか。俺にも同じように斬りかかってきそうな勢いだぞ。
 困り果てて諸悪の根元である水無月を見ると、なぜか既にドアに手をかけている。どうやら帰ろうとしているようだ。

「私はこれで失礼……と言いたいところですが、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」

 そうだろう。弁解なり、謝罪なり、言うべきことはたくさんあるはずだ。でも、まずもって必要なのはごめんなさいだろう。許されるかどうかではない。許されるまで頭を下げる。これが社会を生き抜くスキルだ。さぁ、言え。俺が強要しちゃ意味がないんだ。と、身構えていたのに、水無月はローレンたちの抜かれたままの剣を指さす。

「無遠慮に押しかけて来た使節団が待たせたことに腹を立て、メイドに対して暴言、暴力を振るいました。こちらの都合などお構いなしのこの蛮行の数々、十分に武力介入の口実になると思います。では失礼致します」

 あちゃぁ、そこか。そこを教えてくれたのね。まぁね、冷静に見ればこちらの立場だけは確かに水無月の言う通りかもしれない。でもさ、だから何なのよ。正解が常にベストとは限らないんだぞ。あとさ、どうして行っちゃうのかな。1人にしないで欲しい。

「え、えーと……」

 見なくてもわかるけど、一応、確認してみる。うん、明らかに皆怒っている。先頭の、ローレンだっけか。この男が一番だけど他の奴も隠しきれない怒りのオーラが見える。さっきまでのウロボロスの暴走に比べれば屁でもないが、こいつらの背景まで考えれば今回の方が生きた心地がしない。国と揉めるなんて事になったらどうなるんだろう。想像も付かないが、どんな道を取ったとしても良い結果にはならない。
 いやさ、俺の配下かもしれないリリスなる人物とは事を構える可能性もあるからさ、丸っきり国と事を構える覚悟が無かった訳じゃないよ。でもそれは事実確認をしながらゆくゆく考えれば良かったことで、こうして突然その必要に迫られたらすぐに答えなんて出せない。保留だ、保留。今はせめてもの対処療法しかあるまい。

「ほ、本日はどのようなご用件で?」

 腰を低くして丁寧な口調で尋ねてみる。もはや怒りが収まるのを待つしかないからな。言いたい放題言って貰って後は出たとこ勝負だ。
 それにしても、うぅ、こっちの世界でまでこんな胃に悪い思いをするとは。世の中は本当に世知辛い。

「用件だと!? その前に言うことがあるんじゃないのか!?」
「で、ですよねっ!」

 もはや対話の段階は過ぎてしまっているか。ならば社会で鍛え上げたリアルスキルの出番だ。背筋を伸ばし、顎を引き、指先に力を入れてしっかりと立つ。ここから斜め60度のお辞儀からの謝罪。名付けてパーフェクトごめんなさいを繰り返すしか。そう思い構えた時だった。

「我が君、お待たせ致しました」

 ドアを蹴破ってウロボロスが入って来る。もう一度言おう。蹴破った。そのはずなのに、ドアだった板が空中で粉々に崩壊しながら飛ばされて、破片が壁に激突して木っ端微塵になった。
 普通に開ければいいのに、なんでこんな凶悪な破壊を行ったのさ。なんて憤る気にはならない。ご尊顔を見て把握する。大変にご立腹だ。

「えっと……ウロボロスさん? 誰に何と吹き込まれたのかな?」
「水無月より報告がありました。いわれのない罪で我が君が罵声を浴びせられていると」
「あー……そうなの」

 こうなった原因は色々あるだろうけど、少なくとも俺は最善を尽くしてここに来たと思っている。でもそんなのは向こうには関係ない訳で、本当なら謝るのが筋な気がしてならない。例え突然来たのだとしても、だ。
 ただ、である。それでもウロボロスの登場はありがたい。1人は駄目。心細くて泣きそうだったし、感謝しなくちゃならないな。水無月、ウロボロスを直ちに寄越してくれた事についてだけは、ありがとうよ。
 後は穏便に済ませてくれればなお良しなんだけど、その望みは薄いなぁ。ちらりとウロボロスの横顔を覗いて見ると、あれ、どういう訳か目が合った。するとどうだ。途端に恍惚とした表情になる。

「しかも、私の身を案じて近付けまいと水無月に命令されたと聞いては……フィアンセとして、そして配下として黙っていられるはずがありません!」

 感謝を取り下げようかな。そもそもの原因からしてあいつらが悪くて、本当なら「なぜ俺を1人にした!?」といっぱい叱られるところなのに、蓋を開けてみればウロボロスの評価点だけ綺麗に稼ぎやがって。自分のアフターケアだけは完璧かよ。
 それはさておき、この誤解を燃料として怒りに燃える人とどうやってこの局面を乗り越えようか。そんな無理難題に挑戦しようとした時だった。使者たちが心なしか柔らかい表情になっている。

「竜人……だと? お前、名前は何という?」

 ローレンの口調も穏やかものに変わった。え、なんで。まさか同族が現れたから気を許したとか。でも何だろう、この違和感は。素直に喜べないというか、ムカムカするというか。徐々に苛立ってくる。
 あれ、と気付く。おかしい。奴らの視線がいかがわしい。ウロボロスの胸や腰を舐めるようにして見てやがる。エロ親父。そう、まさにそんな感じになっていた。
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