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第1章 偽りの騎士
第17話 再会 1
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寝室に来るまで紆余曲折あった。本当に色々とあってようやく、やっとの思いでたどり着く。どれだけの時間を費やしただろう。待たせ過ぎて怒っているんじゃないだろうか。なんて、心配しながら扉を開けると、余りにも意外な光景が飛び込んできた。
「……ルーチェ?」
ベッドの上で、今まさに起きたというような姿勢のまま、ボーっと窓の外を眺めていた。窓、といっても実際のそれではない。外の映像を映しているディスプレイでしかない。それを知ってか知らずか飽きずに見つめるその目に生気は感じられず、でも呼吸はしていて、まるで魂だけが抜け落ちてしまった人形のようではないか。まさか、何らかの後遺症でも出ているんじゃないだろうか。そう考えてしまうと心配になってしまい、気が付くと肩を揺すっていた。
「……あ、魔王様」
焦点が合った。俺の目と、しっかりと。すると見る見る内に目に輝きが戻っていく。今、気が付いたのか。いくら来るのに時間がかかったからといって、フェンリスにも何かしら言われていただろうに。更に言ってしまえばここはオラクル・ラビリンス。俺の居城ではないか。それなのにこの気の抜け方。あの凄まじい激戦を見せてくれたルーチェとは全く別人にしか見えない。
「詳しいことはフェンリスさんから聞きました。この度はお世話になりました。敵であるはずの私に良くしてくださり、何と言えば良いものか……感謝の言葉もありません」
「あぁ、うん。それは別にいいんだけど……本当に大丈夫なのか?」
まだまともに話したことなんて無かったけど、これだけは明かだ。ルーチェはアデルと会うために全てを投げ打つ覚悟がある。そうでなくて、どうしてウロボロスに戦いを挑めるだろう。人が溶け出す怪現象の起こっている土地にやって来られるだろう。それに何より、当然こいつも知っていたはずだ。アデルが怪しいと。それでもこうして道をこじ開けて、今、目的を達成しようとしている。それでどうしてだ。なぜ、こんな状態になってしまう。
「大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっとだけ……悪い夢を見ちゃっただけですから」
一体、どれだけ悪い夢を見ればここまでやつれてしまえるのだろう。俺には想像も付かないのだが、隣のウロボロスを見れば、何かしら察していそうな複雑そうな表情を浮かべている。それで俺も気付いた。きっと、どうしようもない最悪の結末が訪れる夢を見たんだろう。ウロボロスで言えば、この世界は夢で、俺や皆とお別れしちゃうような悪夢を。
「そうか……」
これはルーチェに向けて言った言葉ではない。咄嗟に出た、俺自身に対する驚きだ。俺は今、ここが偽りの世界であったらそれは悪夢だと、素直に、何の淀みもなく思った。ウロボロスの視点から考えたのではない。紛れもない俺自身の心がそう思わせたのだ。帰りたくない。ずっとこの世界にいたい。皆と共に。
「悪夢……か」
この世界でも辛いことはあった。見たくもない地獄を見たし、アデルの村を吹き飛ばして、俺自身がそうしてしまいもした。ウロボロスが負けて、その上倒れるなんていう二度とご免な最低最悪のイベントが立て続けに起こりもした。
「はい。悪夢です。でもそれは、目を覚ましても同じなんですけどね」
覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。どっちも辛いことがあるのに、それでも俺はこっちを選んだ。なぜか。答えは単純明快だ。困らせられることが多い。心からビクビクと恐れてしまうことばかり。なんなら、そこに込められた思いすら偽りかもしれない、なんて考えたらまた怒られちゃうかな。とにかく、そんな大変な思いばかりさせられているけれど、それでも大好きだから。ずっと一緒にいられることを幸福だと、そう感じられるから。だから俺はこの世界を選んだのだろう
「大丈夫さ、ルーチェ」
それはお前も同じだ、ルーチェ。覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。本当にその通りだよ。昔の人は言った。降り止まない雨は無いって。そんなのは嘘っぱちだ。一度降り出したら最後、自分の力じゃどうにもできない苦難の連続で、坂道を転がり落ちるようにとことんどん底まで落ちていく。そうして絶望の淵で嘆き苦しむ人は決して少なくない。
「それでもお前はここまで来ただろう?」
そう、ルーチェは来た。いっそ忘れてしまうこともできただろう。最悪、自ら命を絶つ選択肢もあっただろう。それでも、今、俺たちはこうして話をしている。なぜか。大切な人がいる。たったそれだけの理由で、こんなにも前へ、前へと諦めずに進めるものらしいから。
「あはは、そうですね。本当に、ここまで来て何て体たらくなんでしょう、私は」
ルーチェはひとしきり笑うと、勢いよくベッドから飛び降りてみせた。気分や精神状態は別として、かなり長い間眠っていたから体は元気、というより鈍ってしまっているらしい。あちこちの関節からパキポキと音が鳴った。それでも満足できないのか、具合を確かめるように肩や首をグルグルと回して更に音を鳴らしもする。
「よし、復活です。さて、魔王様。約束の件はどうなっていますか?」
「心配するな、カルマに迎えに行って貰った。もうすぐ来るよ」
もうすぐ、が具体的に後どのくらいなのかは正直に言うとわからない。いやね、転移魔法で自由に行き来できるカルマなら、ものの数秒で村へ行って帰って来られるだろう。でもまだ連絡すら来ていない。きっとカルマなりに気を遣ってくれたためだろう。なにせここに来る前、俺はウロボロスに散々、その、色々とされていたからな。スムーズに通されていたら完全に置いてけぼりになっていただろう。
「そうですか。じゃあ、このまま座って待っていてもいいですか?」
「あぁ、うん。好きにくつろいでくれ」
まぁ、その気の遣い方が全てではないだろうが。
「……ルーチェ?」
ベッドの上で、今まさに起きたというような姿勢のまま、ボーっと窓の外を眺めていた。窓、といっても実際のそれではない。外の映像を映しているディスプレイでしかない。それを知ってか知らずか飽きずに見つめるその目に生気は感じられず、でも呼吸はしていて、まるで魂だけが抜け落ちてしまった人形のようではないか。まさか、何らかの後遺症でも出ているんじゃないだろうか。そう考えてしまうと心配になってしまい、気が付くと肩を揺すっていた。
「……あ、魔王様」
焦点が合った。俺の目と、しっかりと。すると見る見る内に目に輝きが戻っていく。今、気が付いたのか。いくら来るのに時間がかかったからといって、フェンリスにも何かしら言われていただろうに。更に言ってしまえばここはオラクル・ラビリンス。俺の居城ではないか。それなのにこの気の抜け方。あの凄まじい激戦を見せてくれたルーチェとは全く別人にしか見えない。
「詳しいことはフェンリスさんから聞きました。この度はお世話になりました。敵であるはずの私に良くしてくださり、何と言えば良いものか……感謝の言葉もありません」
「あぁ、うん。それは別にいいんだけど……本当に大丈夫なのか?」
まだまともに話したことなんて無かったけど、これだけは明かだ。ルーチェはアデルと会うために全てを投げ打つ覚悟がある。そうでなくて、どうしてウロボロスに戦いを挑めるだろう。人が溶け出す怪現象の起こっている土地にやって来られるだろう。それに何より、当然こいつも知っていたはずだ。アデルが怪しいと。それでもこうして道をこじ開けて、今、目的を達成しようとしている。それでどうしてだ。なぜ、こんな状態になってしまう。
「大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっとだけ……悪い夢を見ちゃっただけですから」
一体、どれだけ悪い夢を見ればここまでやつれてしまえるのだろう。俺には想像も付かないのだが、隣のウロボロスを見れば、何かしら察していそうな複雑そうな表情を浮かべている。それで俺も気付いた。きっと、どうしようもない最悪の結末が訪れる夢を見たんだろう。ウロボロスで言えば、この世界は夢で、俺や皆とお別れしちゃうような悪夢を。
「そうか……」
これはルーチェに向けて言った言葉ではない。咄嗟に出た、俺自身に対する驚きだ。俺は今、ここが偽りの世界であったらそれは悪夢だと、素直に、何の淀みもなく思った。ウロボロスの視点から考えたのではない。紛れもない俺自身の心がそう思わせたのだ。帰りたくない。ずっとこの世界にいたい。皆と共に。
「悪夢……か」
この世界でも辛いことはあった。見たくもない地獄を見たし、アデルの村を吹き飛ばして、俺自身がそうしてしまいもした。ウロボロスが負けて、その上倒れるなんていう二度とご免な最低最悪のイベントが立て続けに起こりもした。
「はい。悪夢です。でもそれは、目を覚ましても同じなんですけどね」
覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。どっちも辛いことがあるのに、それでも俺はこっちを選んだ。なぜか。答えは単純明快だ。困らせられることが多い。心からビクビクと恐れてしまうことばかり。なんなら、そこに込められた思いすら偽りかもしれない、なんて考えたらまた怒られちゃうかな。とにかく、そんな大変な思いばかりさせられているけれど、それでも大好きだから。ずっと一緒にいられることを幸福だと、そう感じられるから。だから俺はこの世界を選んだのだろう
「大丈夫さ、ルーチェ」
それはお前も同じだ、ルーチェ。覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。本当にその通りだよ。昔の人は言った。降り止まない雨は無いって。そんなのは嘘っぱちだ。一度降り出したら最後、自分の力じゃどうにもできない苦難の連続で、坂道を転がり落ちるようにとことんどん底まで落ちていく。そうして絶望の淵で嘆き苦しむ人は決して少なくない。
「それでもお前はここまで来ただろう?」
そう、ルーチェは来た。いっそ忘れてしまうこともできただろう。最悪、自ら命を絶つ選択肢もあっただろう。それでも、今、俺たちはこうして話をしている。なぜか。大切な人がいる。たったそれだけの理由で、こんなにも前へ、前へと諦めずに進めるものらしいから。
「あはは、そうですね。本当に、ここまで来て何て体たらくなんでしょう、私は」
ルーチェはひとしきり笑うと、勢いよくベッドから飛び降りてみせた。気分や精神状態は別として、かなり長い間眠っていたから体は元気、というより鈍ってしまっているらしい。あちこちの関節からパキポキと音が鳴った。それでも満足できないのか、具合を確かめるように肩や首をグルグルと回して更に音を鳴らしもする。
「よし、復活です。さて、魔王様。約束の件はどうなっていますか?」
「心配するな、カルマに迎えに行って貰った。もうすぐ来るよ」
もうすぐ、が具体的に後どのくらいなのかは正直に言うとわからない。いやね、転移魔法で自由に行き来できるカルマなら、ものの数秒で村へ行って帰って来られるだろう。でもまだ連絡すら来ていない。きっとカルマなりに気を遣ってくれたためだろう。なにせここに来る前、俺はウロボロスに散々、その、色々とされていたからな。スムーズに通されていたら完全に置いてけぼりになっていただろう。
「そうですか。じゃあ、このまま座って待っていてもいいですか?」
「あぁ、うん。好きにくつろいでくれ」
まぁ、その気の遣い方が全てではないだろうが。
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