魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
上 下
88 / 176
第1章 偽りの騎士

第17話 再会 1

しおりを挟む
 寝室に来るまで紆余曲折あった。本当に色々とあってようやく、やっとの思いでたどり着く。どれだけの時間を費やしただろう。待たせ過ぎて怒っているんじゃないだろうか。なんて、心配しながら扉を開けると、余りにも意外な光景が飛び込んできた。

「……ルーチェ?」

 ベッドの上で、今まさに起きたというような姿勢のまま、ボーっと窓の外を眺めていた。窓、といっても実際のそれではない。外の映像を映しているディスプレイでしかない。それを知ってか知らずか飽きずに見つめるその目に生気は感じられず、でも呼吸はしていて、まるで魂だけが抜け落ちてしまった人形のようではないか。まさか、何らかの後遺症でも出ているんじゃないだろうか。そう考えてしまうと心配になってしまい、気が付くと肩を揺すっていた。

「……あ、魔王様」

 焦点が合った。俺の目と、しっかりと。すると見る見る内に目に輝きが戻っていく。今、気が付いたのか。いくら来るのに時間がかかったからといって、フェンリスにも何かしら言われていただろうに。更に言ってしまえばここはオラクル・ラビリンス。俺の居城ではないか。それなのにこの気の抜け方。あの凄まじい激戦を見せてくれたルーチェとは全く別人にしか見えない。

「詳しいことはフェンリスさんから聞きました。この度はお世話になりました。敵であるはずの私に良くしてくださり、何と言えば良いものか……感謝の言葉もありません」
「あぁ、うん。それは別にいいんだけど……本当に大丈夫なのか?」

 まだまともに話したことなんて無かったけど、これだけは明かだ。ルーチェはアデルと会うために全てを投げ打つ覚悟がある。そうでなくて、どうしてウロボロスに戦いを挑めるだろう。人が溶け出す怪現象の起こっている土地にやって来られるだろう。それに何より、当然こいつも知っていたはずだ。アデルが怪しいと。それでもこうして道をこじ開けて、今、目的を達成しようとしている。それでどうしてだ。なぜ、こんな状態になってしまう。

「大丈夫、大丈夫ですよ。ちょっとだけ……悪い夢を見ちゃっただけですから」

 一体、どれだけ悪い夢を見ればここまでやつれてしまえるのだろう。俺には想像も付かないのだが、隣のウロボロスを見れば、何かしら察していそうな複雑そうな表情を浮かべている。それで俺も気付いた。きっと、どうしようもない最悪の結末が訪れる夢を見たんだろう。ウロボロスで言えば、この世界は夢で、俺や皆とお別れしちゃうような悪夢を。

「そうか……」

 これはルーチェに向けて言った言葉ではない。咄嗟に出た、俺自身に対する驚きだ。俺は今、ここが偽りの世界であったらそれは悪夢だと、素直に、何の淀みもなく思った。ウロボロスの視点から考えたのではない。紛れもない俺自身の心がそう思わせたのだ。帰りたくない。ずっとこの世界にいたい。皆と共に。

「悪夢……か」

 この世界でも辛いことはあった。見たくもない地獄を見たし、アデルの村を吹き飛ばして、俺自身がそうしてしまいもした。ウロボロスが負けて、その上倒れるなんていう二度とご免な最低最悪のイベントが立て続けに起こりもした。

「はい。悪夢です。でもそれは、目を覚ましても同じなんですけどね」

 覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。どっちも辛いことがあるのに、それでも俺はこっちを選んだ。なぜか。答えは単純明快だ。困らせられることが多い。心からビクビクと恐れてしまうことばかり。なんなら、そこに込められた思いすら偽りかもしれない、なんて考えたらまた怒られちゃうかな。とにかく、そんな大変な思いばかりさせられているけれど、それでも大好きだから。ずっと一緒にいられることを幸福だと、そう感じられるから。だから俺はこの世界を選んだのだろう

「大丈夫さ、ルーチェ」

 それはお前も同じだ、ルーチェ。覚めても悪夢、覚めなくても悪夢。本当にその通りだよ。昔の人は言った。降り止まない雨は無いって。そんなのは嘘っぱちだ。一度降り出したら最後、自分の力じゃどうにもできない苦難の連続で、坂道を転がり落ちるようにとことんどん底まで落ちていく。そうして絶望の淵で嘆き苦しむ人は決して少なくない。

「それでもお前はここまで来ただろう?」

 そう、ルーチェは来た。いっそ忘れてしまうこともできただろう。最悪、自ら命を絶つ選択肢もあっただろう。それでも、今、俺たちはこうして話をしている。なぜか。大切な人がいる。たったそれだけの理由で、こんなにも前へ、前へと諦めずに進めるものらしいから。

「あはは、そうですね。本当に、ここまで来て何て体たらくなんでしょう、私は」

 ルーチェはひとしきり笑うと、勢いよくベッドから飛び降りてみせた。気分や精神状態は別として、かなり長い間眠っていたから体は元気、というより鈍ってしまっているらしい。あちこちの関節からパキポキと音が鳴った。それでも満足できないのか、具合を確かめるように肩や首をグルグルと回して更に音を鳴らしもする。

「よし、復活です。さて、魔王様。約束の件はどうなっていますか?」
「心配するな、カルマに迎えに行って貰った。もうすぐ来るよ」

 もうすぐ、が具体的に後どのくらいなのかは正直に言うとわからない。いやね、転移魔法で自由に行き来できるカルマなら、ものの数秒で村へ行って帰って来られるだろう。でもまだ連絡すら来ていない。きっとカルマなりに気を遣ってくれたためだろう。なにせここに来る前、俺はウロボロスに散々、その、色々とされていたからな。スムーズに通されていたら完全に置いてけぼりになっていただろう。

「そうですか。じゃあ、このまま座って待っていてもいいですか?」
「あぁ、うん。好きにくつろいでくれ」

 まぁ、その気の遣い方が全てではないだろうが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

英雄の平凡な妻

矢野りと
恋愛
キャサリンは伯爵であるエドワードと結婚し、子供にも恵まれ仲睦まじく暮らしていた。その生活はおとぎ話の主人公みたいではないが、平凡で幸せに溢れた毎日であった。だがある日エドワードが『英雄』になってしまったことで事態は一変し二人は周りに翻弄されていく…。 ※設定はゆるいです。 ※作者の他作品『立派な王太子妃』の話も出ていますが、読まなくても大丈夫です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

処理中です...