魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第14話 アザレアの工房 2

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 この工房が拡大した、いや、今もなお拡大しているのはユウから最優先の任務を与えられたこともある。だが、その速さはある時を境に急激に加速している。それはウロボロスが倒れた時だ。
 あの時、アザレアは全工程を強制的に停止させてウロボロスが直ちに回復するようなアイテムの錬成を開始しようとした。そのために容態を見に行ったのだが、カルマに止められたのだ。すぐに使えるアイテムが無いのなら魔法で何とかすると。カルマの言い分はもっともだった。一刻を争う時に、これからアイテムを作ります、など通るはずがない。
 アザレアは悔やんだ。悔やんで、悔やんで、工房を無理に拡大させることを決定した。休ませるラインは無い。全て常にフル稼働させてアイテムを錬成し続けている。そのための騒音であった。
 こういう過程があって今がある。ならばウロボロスには少しでも無理をさせたくないとアザレアが思ってしまうのは当然のことで、早く中へ入れてしまいたくなったのだった。

「では、失礼しますね」

 そんなアザレアの気遣いを完全に見抜いているウロボロスは、小さく微笑むと、そそくさと工房へ足を踏み入れる。
 中は騒音を抜きにしても騒々しい状況だった。無数とも言えるゴーレムたちがせわしなく、かつ淡々と同じ動作を繰り返している。その様子を観察すれば、まず、ベルトコンベアーから流れて来たアイテムを手に取るとマテリアル・ボックスへと投入する。
 マテリアル・ボックスとは、投入したアイテムと同等レベルの別のアイテムへと直ちに変換するためのアイテムだ。素材を入れれば大抵は素材になって戻ってくるようになっている。
 そうして目当てのアイテムになるまで延々と繰り返してから、ベルトコンベアーに乗せて、次のゴーレムたちはそれを仕分けし、実際に錬成するゴーレムたちへと渡たしていく。そんなラインが工房中央にそびえ立つ塔から放射状にいくつも並び、また天井高くまで20段も重なっている。

「これは……決して過小評価していたつもりはありませんが、想像以上の規模ですね。ざっと50万体のゴーレムですか」
「ふむぅ……先は騒音に驚いて見ておらんかったが、これは素直に凄いと言わざるを得ないのう」

 その光景を見た2人は感嘆の声を上げた。それもそのはず。この工房内で稼働しているゴーレムの総数はウロボロスの言う通り50万体を超えるのだから。

「その言葉がまた励みになるよ、ウロボロス。しかしまだまだ。魔王様から頂いたご依頼の確率は約1億分の1にもなる。この程度では手も足も出ないさ」

 聞けばとても手の出せなさそうなレベルの数値だが、計算してみると実はそうとも言い切れない。現状ではまだ無理な話だが、仮に10万体のゴーレムが最後の錬成に取りかかる、つまり約1億分の1に挑戦するとしよう。錬成におよそ1分かかるから、計算すると丸1日ノンストップで続けた場合の試行回数は1億4千4百万回にもなる。1日かけて錬成できる確率は、概算すると、約75%である。
 問題はそこに至るまでとも言える。現状のゴーレム50万体だって、その全てを回す訳にはいかない事情がある。ゴーレムを増やしたり、ラインの部品を増やしたりしなくてはならない。全て消耗品なのだ。いずれは交換しなくてはならず、この工房の機能を維持するためだけでも、どう少なく見積もっても全体の1~2割は割かれてしまう。ここに素材となるアイテムの収集部隊も編制しなくてはならないのだからこれまた数が必要になる。
 そしてこれらの問題をクリアしたとしても、そもそもの話、オラクル・ラビリンスは当り前だが迷宮であり、敵を迎え撃つための機能が一番重要である。この工房に割り振れるスペースは決して多くはないのだ。数が揃っても稼働させられないかもしれない。

「……本当に、頭が痛くなるものだ」

 などと、アザレアは思わず愚痴をこぼしてしまう。しかし嫌がっているのではなく、むしろ困難に立ち向かえることへの喜びを感じているような声色だった。

「そうですか。何か力になれることがあれば言ってくださいね?」
「こちらの畑は僕の領分さ。心配せずとも大丈夫。ところで、これが例のアイテムの試作品だ」

 アザレアはデスクの上にあったそれを手渡す。見た目はオレンジの種のように白く小さな種であった。名前はグリーフシードという。

「なるほど、これが……万が一の場合の切り札ですか」

 これはアイテムであり、その効果はあらかじめ指定しておいた動作をノータイムで行えるようにするものだ。魔法やスキルをセットすれば詠唱やキャストタイム無しで使用できる。渾身のひと振りならばもう振り抜き終えている状態になる。
 これまでの常識、いや、今後も変わることのない普遍の常識だろうが、強力な攻撃には相応の溜め時間かその代償を支払う必要がある。当然だ。最強の一撃がポンポン撃たれたのでは、ゲームバランスも戦略もあったものではない。だが、これはそんな常識を覆しうる、まさに革新的なアイテムだ。しかも小さいため使用したことを悟られにくいのもポイントである。
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