魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第12話 激昂のカルマ 5

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 これはカルマの策略である。最初から圧倒されていると思われれば逃がしてしまいかねない。だからこそ最初に花を持たせてやったのだ。これは舐めプではない。もうステータスチェックを終えて、知っているから。ドミニオンズでも中々に高位の魔法やスキルまでも模倣しているものの、どれをどう組み合わせようとも、到底自分には及ばないということを。

「さて、お遊びはここまでにしようかのう」

 カルマたちが腰に手をやると、ドレスのスカート部分が全て外れる。その下は真っ黒なスパッツであった。上はそのまま残っていてアンバランスだが、先ほどと比べれば雲泥の差があるくらい動きに制限のかからなさそうな恰好である。そして地上、空中を問わず、皆一様に獣が獲物に狙いを定めたかのように屈み込んだ。

「待たせたのう、我が下僕共よ。舞台も役者も整った。その胸の内に秘めた殺戮の衝動……今、存分に解き放つがよい。スキル発動、エンドレス・ワルツ」

 空に、大地に、あちこちにピシリと音を立てて亀裂が走り、ガラスのように砕け、異世界へと通じる闇が姿を現す。その大口が開くや否や、カルマたちは揃って悪魔のような笑みを浮かべ、ためらい無く飛び込み姿を消した。

「――そら、いくぞ」

 漆黒の光が駆け抜ける。それは余りにも速く、予測不可能なタイミングで、ありとあらゆる方向から飛び出しては別の穴へと消えて行った。それが秒間1000発である。一発、二発ならまだ、いや、ウロボロス本人ならいざ知らず、偽者なぞにカルマが遅れを取るだろうか。絶対にあり得ない。つまり防御する暇すら与えず、一方的に、ズタズタに切り裂いていく。

「そんな……我が君に頂いた大切な体に――!」
「――黙れ」

 偽ウロボロスは全て終わってからようやく攻撃されたことを、自分自身の体がどうなってしまったのかを認識し、絶望した。見るも無残な状態だ。あちこちに深い傷が幾重にも刻み込まれている。まだ原型を留め、こうして立っていられるのが不思議なくらいだ。
 もしも彼女がウロボロスの内面まで完璧に模倣していたとすれば、絶句するのも当然だろう。なにせ、盾を突破された時用にステータスを高めてあるというのに、魔法師と信じて疑わないカルマの物理攻撃でこんな状態になったなど、信じられるはずがない。あり得ない。嘘だ。きっと、そんな言葉がグルグルと頭の中で渦巻いているだろう。そんな顔をしている。
 その光景は痛快であるはずだったのだ、カルマにとっては。しかし偽者の吐いた言葉は絶対に聞き流せないもので、怒りに身を任せて更なる追撃をしかける。

「よりにもよって……その呼び名を口にするとは……っ!」

 情け容赦は元より無かったのだが、それでも、ウロボロスと瓜二つな姿をしているために、カルマは程ほどにしていたつもりだった。心理的なブレーキがかかっていたのだ。そっくりさんとはいえ、ウロボロスが苦しんでいる姿など見たくないから。だからこそ1000回も攻撃を叩き込んでも原型を留められるよう努めた。しっかりと狙いを定めてそうなるように工夫したのだ。
 今はそんなブレーキなんてかけていない。問答無用の殺戮ショーをフルスロットルで繰り広げる。具体的には、先ほどの3倍の速さで、今回は関節や筋肉など、破壊すれば悲惨な状態になること間違いない個所を徹底的に、丁寧に、順番に切り刻む。それら全てを破壊し尽くしてからは、地面へズルリと落ちていく肉片を確実に狙い撃っていく。

「……こんなものか」

 光が過ぎ去った後には、ボロ雑巾のようになった偽ウロボロスが倒れていた。その体は、ボロボロ、という表現すら綺麗に思えるくらいにグチャグチャだった。手足なんて上等な物は当然のようにもう存在しない。まだ首から下に垂れ下がっている肉片が、数秒前にはどんな名前の肉だったのかすらわからない状態だ。
 そんな惨状を見て、カルマは自分でやったことにも関わらず、少しばかり罪悪感を覚えていた。頭では偽者だとわかっていても、いくら怒りに身を任せても、それでも顔だけは綺麗に残してしまったように、非情にはなり切れないらしい。

「盾持ちでありながらこの様とは……いい気味じゃのう。今、自白するならば、命だけは助けてやろう」

 だからこれは最後通告というよりも、カルマ自身の願望だったのかもしれない。こいつ自身の口から、自分は偽者だと、そう言ってくれたのなら悩むことなくひと思いに始末できるから。しかしそんな願いは届くはずもなく、

「どうして……? 私は……最強の盾になるべくして育てて頂いたのに……」

 偽ウロボロスは、もう動かなくなった体を何とか動かそうと、必死にもがくように頭だけ振り回していた。ただしその理由は、生への渇望でなければ、現実への拒絶でもない。絶望だった。ユウに育てられたのに期待に応えられなかった。ただその一点についてのみ思うことがある様子で、そんなことを繰り返し呟いている。
 ここまでされてはカルマも認めざるを得なかった。こいつは外観だけでなく内面まで模倣されているのだと。そうでなければ、この死が目前に迫った状況で、どうしてその内容で絶望できるだろう。偽物だと自覚していたのなら、ここはカルマにすり寄ってくる場面ではないか。助けてくれと、仲間だろうと、そんな風に情に訴えて命乞いしてくるはずだろう。

「……この期に及んでも、なお騙るか」

 カルマはそんな偽ウロボロスの顎を蹴り上げ、髪を掴み、その体ごと持ち上げて顔を近付ける。もはや苦痛よりも絶望の方が強いのはやはり本当らしい。呻き声すら上げず、苦悶の表情を浮かべたままだった。

「ここまでの執念を見せられては、いささか情も湧いてくるのう」
「だから……私は……」

 なんて温いことをやっているんだろうと、カルマは自分自身の振る舞いに失笑する。この戦いは皆が見ている。後ろでは如月が記録とやらをしていて、その主にも伝わるのだろう。いずれはユウにも話がいくに違いない。不届き者を完膚なきまでに叩き潰す。肉片ひとつ残さずに。そう息巻いて任せて貰っているのに、なんだ、この様は。顔だけとはいえ情けをかけて残してしまうなど、甘えているだけではないか。

「ふふ、故に遊んでやったじゃろう?」
「あ……遊び……?」

 だから、せめてこの状況を生かしてできる精一杯の心理的な苦痛をプレゼントしてやることにした。いくらかズレがあるとはいえ、こいつはウロボロスの記憶や心まで持っているに違いない。ならば、盾持ちとしてのプライドはそっくりそのままユウへの敬意や感謝、愛に直結している。カルマはそこを叩くことにした。

「ワシを魔法師と言ったじゃろ? どうじゃった? 魔法師の通常攻撃でズタボロになった気分は」
「そ……そうです。貴女は、近接戦闘は苦手のはず……」
「もしもそうならお遊びではないか。貧弱な攻撃で倒れる? 盾持ちが? はは、なんじゃ、その不条理は。ウロボロスに限って、それはあり得ぬ!」

 言いながらカルマは自己嫌悪に陥って、力任せに偽ウロボロスを叩き付けてしまう。無理だった。嘘でも、この不届き者を苦しめるためであろうとも、大切なウロボロスのことを悪く言うような発言をこれ以上続けるのは、どうしても無理だった。
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