魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

文字の大きさ
上 下
63 / 176
第1章 偽りの騎士

第11話 ウロボロスの愛 5

しおりを挟む
 顔色はまだ青い。具合が悪いのだろうに、それでも、きっと自分自身の体調など眼中になく、ただ俺のことだけを心配しているんだろうな。そんな表情をしている。

「どうなさったのですか? どこか痛みますか? 私で良ければ何でもして差し上げます」

 嬉しいと感じてしまった。あぁ、そうさ、泣きたいくらい嬉しいだろうさ。自分のことなんて二の次で、こんな状態でも心配してくれるんだぞ。嬉しくないはずがない。でも、喜ぶ自分が憎くてたまらない。そうさせているのは他でもない俺なんだから。生きていると言わせて、こんなにも慕わせて、さぞいい気分だろうな。全て思い通りになっているのだろうから。

「なぁ……本当はどう思っているんだ?」
「……申し訳ありません。仰る意味がわかりません」

 だから頼むよ。本心を聞かせてくれ。そうすればきっと夢から覚められるから。俺は弱くて、ここまで自分の醜さを理解しても相応の贖罪はできそうにないから。だから頼むよ。いっそ突き放してくれ。そんな悲しげな顔をしないでくれ。どこまで心を奪ってしまったんだ、俺は。

「頼むから……本当の気持ちを聞かせて欲しい。俺のことを……その、憎んでいるだろ?」
「な……っ! そ、そのようなこと、絶対にあり得ませんっ!」
「……あるんだよ、きっと。だって、お前たちの全ては俺が設定したんだから」

 性格、人となり、心。そういった類の全ては、俺に好意を持つよう設定文で強要しているのは紛れもない事実だ。どこまで影響しているのか正確にはわからないものの、その返答も、俺の望んだ通りになっているかもしれない。むしろそう考える方がずっと自然だろう。

「せ……設定……」
「あぁ、そうだ。俺を慕ってくれるのは、俺を愛していると設定文に入力されたからだろ? そのせいで、こんなボロボロになるまで……」

 ウロボロスはうつむき、肩を震わせた。その頬を涙が伝う。とめどなく流れ、顎から垂れて落ちていく。
我ながら酷いな。これじゃあ魔王と罵られて当然だ。そんな称号を贈ってくれた奴らを恨んだ時期もあったが、その目に狂いは無かったのだろう。せめて罪を受け入れるために直視すればいいのに、見ていられなくて目を背けてしまう。

「私を……データと、そう申されるのですか?」
「今は生きている。それは理解している。ただ、その大本は俺が作ってしまったから……」

 ウロボロスがスッと離れていく。そうだ、これでいい。ウロボロスは生きている。ならば、俺なんかに束縛されていいはずがない。もっと自由であるべきだ。
そうだ、ウロボロスだけでなく皆もそうであるべきだ。仕えてくれることが嬉しくて考えないようにしていたけど、根底の意思まで縛り上げるなんて、ブラック企業でもやれない悪魔の所業なのだから。

「……我が君、覚えておいでですか? 初めてお会いした時のことを」

 唐突に、ウロボロスはそんなことを聞いてきた。初めて会った時、それはきっと、ドミニオンズでの事だろう。忘れるはずがない。あの日に広場で起きていた質の悪いイベントが、俺にとって、そしてきっとウロボロスにとっても、大きな転機だったのだから。
 ドミニオンズでは、主のいなくなった配下は一定時間経つと永久にロストする。言うなれば死ぬ。その特性から、捨てられた配下が消えるのを見物するという最低最悪のイベントが度々開かれていた。
 あの時、その主役だったのはウロボロスだ。希少な天才型に生まれた故に、主は周囲から袋叩きに遭った。だから捨てられて、そして数々のプレイヤーの手に渡っていくことになる。だがその度に主は袋叩きに遭っていき、終いには不幸をもたらす配下と罵られて、誰にも拾われなくなったのだそうだ。
 風の噂で聞いていた。面白くないと感じてはいた。でも、いつも誰かが引き取っていたし、厄介ごとには巻き込まれたくないし、見て見ぬ振りをしていた。だから今回も大丈夫、そう信じていた。でもなぜか、その時は妙に心がざわついて、普段なら絶対に行かないイベントに参加してしまう。
 ウロボロスの上にはウィンドウが表示されており、そこに、永久ロストまでの残り時間が表示されている。今回は誰も引き取りに行かないらしい。皆、今か今かと消えるのを待っているだけのように見える。
 遂に、残り時間が1分を切った。おい、誰も拾わないのかよ。ガタガタに育てられたけど、それでも天才型だぞ。喉から手が出るくらい欲しい人材だろうに。それなのに、無情にも残り時間は30秒、20秒、10秒と減っていく。
 会場は静まり返った。まるで年末のカウントダウンを見守るようにして、でも実際には、間もなく迫る酷い愉悦を前に、誰もが悪い顔をしていた。

「潮時かな……」

 最悪の場合、もう二度とドミニオンズにログインできなくなるだろう。たかがデータ。そう言われるだろう。馬鹿な奴だ。そう陰で囁かれるだろう。でもだからって、こんな悲しいことがあっていいものか。例えゲームであっても、データであっても、こんな世界は嫌だと思ったんだ。

「私を拾ってくれませんか?」

 あの時はただのデータだったから、泣くことも、すがることもせず、そんな無機質なメッセージを表示してくるだけだった。残り時間3秒。この3秒で決める決断が、今後の俺の人生を大きく狂わせてしまうだろう。
 ゲーム如きに何を言っているんだ、と笑われるだろうか。ならこう返そう。ゲーム如きにすら本気になれないで、どうして現実世界で本気になれるだろうか、と。

「あぁ、お前は最後の希望なのかもしれない」

 だから迷わなかった。誓ったんだ。例え心中することになっても構わないから、こんな悲しいことはあって欲しくないんだと、ためらいなくイエスを押して、そして――
 懐かしいことを思い出したものだ。あれからの日々も鮮明に思い出すことができることばかりである。風当りは強くて、たくさんのトラブルが起きたけど、それら全てを乗り越えてウロボロスを育て上げたんだ。

「あの時、私は初めて救われました。我が君に拾って頂いて、育てて頂いて……とても、とても幸せでした。設定して頂くずっと前からこの思いは変わっていません。だから――」

 ウロボロスは顔を上げる。悲痛な顔で、涙も拭わず、全身を震わせている。本心だった。設定なんかでは決められないと思えるくらいに、それは、紛れもない本心だった。

「――大好きです! 愛しています! データでも、下僕でも構いません! ですが、この思いだけは……私だけのものです!」

 本当に俺は最低だな。それすらも設定文で操作した可能性がある、なんて思ってしまった。いや、そもそも、もはやそんな話はどうでもいいじゃないか。設定なんか無くったって、俺とウロボロスが過ごしてきた日々は間違いなくある。そうして積み重ねてきたものがあればこその、本心なんだろうから。

「……俺も、そう信じる」

 抱き締めてしまう。強く、強く。ウロボロスの体はとても華奢だった。でもしっかりとした芯の強さもあった。これだけ強く抱き締めても絶対に折れないだろうと思えるくらいの強さが、確かにあった。だから大丈夫。その思いに嘘偽りなんて無いんだって心から信じられる。もう疑わない、絶対に。

「例え設定をどのように弄られようと、誰が何と言おうと、私の思いはあの時から始まっています。きっと一目惚れだったんですから。ずっと、ずっと……お傍にいさせてください」
「ありがとう……本当に、ありがとう」

 どれくらいそうしていただろう。感極まって抱き着いてしまったことが何となく恥ずかしくなって、バッと離れた時には、もう涙は乾き切っていた。今度は気まずくて顔を見られそうにない。俺はなんて大胆なことをしてしまったんだろう。あぁ、穴があったら入りたい。
 でも、どうせ恥ずかしい思いをするのなら一度で済ませておいた方が身のためだ。それに、ここでこれを言っておくのはウロボロスのためでもある。もうひと踏ん張りだ、頑張れ、俺。

「なぁ、ウロボロス。お願いだ。俺を慕ってくれるのは嬉しいけどさ、倒れるのはやめてくれ。生きているんだろ? 万が一のことがあったら……」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。この身はもう私1人のものではありません。以後、気を付けます」
「そ……そうか、それなら……いいんだ」

 何はともあれ、言いたいことは伝えた。随分な返しをされた気がするものの、ここまでしたら、そう思われても仕方あるまい。ウロボロスとなら、まぁ、そういう関係になっても嫌ではない。

「これからも末永くお仕えさせて頂きますね、我が君」

 そう言ってくれたウロボロスは、これまで見た中で最高の笑みを見せてくれた。一瞬、ゼルエルの顔が頭の中でチラついたのだが、それはまぁ、今は考えるのを止めておこう。今だけはウロボロスのことを一番に考えてあげたい。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

ハリボテ怪獣ハンドメイドン

第一回世界大変
ファンタジー
特撮怪獣映画が大好きな中島宗作は、ヒーローショーのアルバイト中に熱中症で倒れて意識不明になってしまう。 気が付けば謎の空間にいて、神様から「どんな怪獣にも一瞬で変身できる能力」をもらって異世界に転生ことに。 いざ使ってみると、視界は真っ暗、動きにくいし、おまけに暑い。彼がもらったのは「どんな着ぐるみ怪獣にも一瞬で変身できる能力」だった。 相手はゴブリン、スライムとおなじみのザコからコカトリスにゴーレム、はたまた魔王を名乗るドラゴン。果たして宗作は着ぐるみ怪獣で迫りくるリアルモンスターを倒せるのか……。 *カクヨムさんでも投稿しております *小説家になろうさんでも投稿しております

【完結】引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
身寄りがなく、高卒で苦労しながらヘルパーをしていた美玲(みれい)は、ある日、倉庫の整理をしていたところ、誰かに呼ばれて異世界へ召喚されてしまった。 目が覚めた時に見たものは、絶世の美男、リュストレー。しかし、彼は偏屈、生活能力皆無、人間嫌いの引きこもり。 苦労人ゆえに、現実主義者の美玲は、元王太子のリュストレーに前向きになって、自分を現代日本へ返してもらおうとするが、彼には何か隠し事があるようで・・・。 正反対の二人。微妙に噛み合わない関わりの中から生まれるものは? 全39話。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

 殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ

熊吉(モノカキグマ)
ファンタジー
こんなアラフォーになりたい。そんな思いで書き始めた作品です。 以下、あらすじとなります。 ────────────────────────────────────────  令和の世に、[サムライ]と呼ばれた男がいた。  立花 源九郎。  [殺陣]のエキストラから主役へと上り詰め、主演作品を立て続けにヒットさせた男。  その名演は、三作目の主演作品の完成によって歴史に刻まれるはずだった。  しかし、流星のようにあらわれた男は、幻のように姿を消した。  撮影中の[事故]によって重傷を負い、役者生命を絶たれたのだ。  男は、[令和のサムライ]から1人の中年男性、田中 賢二へと戻り、交通警備員として細々と暮らしていた。  ささやかながらも、平穏な、小さな幸せも感じられる日々。  だが40歳の誕生日を迎えた日の夜、賢二は、想像もしなかった事態に巻き込まれ、再びその殺陣の技を振るうこととなる。  殺陣を極めたおっさんの異世界漫遊記、始まります! ※作者より  あらすじを最後まで読んでくださり、ありがとうございます。  熊吉(モノカキグマ)と申します。  本作は、カクヨムコン8への参加作品となります!  プロット未完成につき、更新も不定期となりますが、もし気に入っていただけましたら、高評価・ブックマーク等、よろしくお願いいたします。  また、作者ツイッター[https://twitter.com/whbtcats]にて、製作状況、おススメの作品、思ったことなど、呟いております。  ぜひ、おいで下さいませ。  どうぞ、熊吉と本作とを、よろしくお願い申し上げます! ※作者他作品紹介・こちらは小説家になろう様、カクヨム様にて公開中です。 [メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記]  偶然公爵家のメイドとなった少女が主人公の、近世ヨーロッパ風の世界を舞台とした作品です。  戦乱渦巻く大陸に、少年公爵とメイドが挑みます。 [イリス=オリヴィエ戦記]  大国の思惑に翻弄される祖国の空を守るべく戦う1人のパイロットが、いかに戦争と向き合い、戦い、生きていくか。  濃厚なミリタリー成分と共に書き上げた、100万文字越えの大長編です。  もしよろしければ、お手に取っていただけると嬉しいです!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

処理中です...