魔王と配下の英雄譚

るちぇ。

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第1章 偽りの騎士

第2話 容赦はしない 3

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 いきなり村へ行くよりも、あの優しそうな子に声をかけてみた方がいいかもしれない。

「行くぞ、ウロボロス」
「畏まりました」

 走ってみると、これは意外とリアルの俺と同じくらいの速さだ。妙にしっくりくる。ただ全く疲れを感じない。スタミナという概念が無いのだろう。まぁ、それは慣れていけばいいか。むしろ便利ともいえる。
疲れないから追いつくのは簡単だった。早速、女の子に声をかけてみる。

「あの、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか?」

 どうやら言葉は通じるらしい。ゲームなら自動で認識可能な言語に変換してくれるのだが、そのシステムがこの世界でも機能しているのだろうか。いや、それはひとまずおいておこう。会話ができるというこの好機、絶対に逃したくない。

「あー……その、なんだ」

 でも声をかけてから困った。何をどう聞けばいいんだろう。言ってしまえばこの世界からログアウトできるか知りたい訳だが、想像してみろ。リアルで「俺はここからログアウトして真の世界に戻る!」とか叫ぶ奴がいたら。はは、絶対に近寄りたくない。そんなことは口が裂けても聞けない。では一体何を。そうだ、まずは当たり障りのない話から。

「えっと……その、ここの地名を教えてくれないか?」
「え? どうしてそのようなことを?」
「うー……えっと、だな」

 普通そう思うよね。今いる地名を教えてくれ、なんて、迷い込んだ人以外にあり得ない。でもそれを認めてしまえば、例えばそうだな、戦争でも起こっていたとしたら、たちまち警戒されてしまいかねない。スパイや工作兵と疑われてしまうだろうからな。それ以外にも予想だにしない困りごとが出てくるかもしれない。だが苦し紛れとはいえ一度発してしまった言葉だ。何かそれっぽい言い訳を考えないと。
 うんうん唸っていると、ウロボロスがスッと前に出る。何かいいアイディアがあるのだろうか。ここは任せてみる。

「早く答えなさい、この下等生物が」

 思わず横顔を見てしまう。まさか、と持ってしばらく見つめてみる。でも言葉は続かない。お茶目な冗談から入ったのだと思ったが、非常に残念ながらウロボロスは明らかに苛立ちを隠せない様子だった。これはアイスブレイクを狙ったんじゃない。明確な怒りをぶつけただけであった。
 待って欲しい。初対面の人にそんなことを言っちゃったのか、この人は。しかもこの世界について知るための足がかりになってくれそうな人に対して。

「ま、待ってくれ。ちょっとタイム!」
「あん、我が君。どちらへ?」

 腕を掴んで近くの茂みへ行こうとしたが、辺りは草原だ。丁度いい高さ、もしくは幅の草木なんて無いから、とりあえず女の子から距離を置いてウロボロスに詰め寄る。
 もうこうなってしまっては、待ってくれと言っても怒ってどこかへ行ってしまうかもしれない。最悪それはそれでいい。問題はウロボロスだ。次に誰かと接触した時も同様にされては話が進まなくなってしまう。

「あぁ……私はここで、ご寵愛を受けられるのですね」
「何を勘違いしている! 俺が言いたいのはそういうことではなくて!」
「そうですね、言葉は不要です。愛しています、我が君」

 ウロボロスが抱き着いてくる。ヤバい、本題が空の彼方へ飛んでいっちゃう。この感触はまずい。いや、甲冑が当たって痛いんだけど、痛みの向こう側を想像しちゃって、冷静な思考があわわわ。

「あのー……イチャイチャするのはいいんですけど」
「空気を読みなさい、小娘」
「いや! ナイス空気! よく聞いてくれた!」

 逃げないでくれたこと、そして様子を見に来てくれたことに感謝しつつ、ウロボロスから離れてカッコよく咳払いしてみる。これで威厳が多少なりとも回復しただろう。そう決め付けた。はい、この件はそれで終わり。そんな些細かつ痛くて穴に潜ってしまいたいくらいの問題はおいておくとして、ここを逃せば、この子とは完全に決裂してしまう。ではどうやって話を進めるべきか、なんてまた迷っていたらウロボロスにちゃぶ台をひっくり返されてしまう。もう自棄だ。思い付いたことをとにかくそのままぶつけて勝負するしかない。どう転んでも駄目になるのなら、いっそ当たって砕けてしまえ。

「俺たちは訳ありでな。ここにはお忍びで来たんだが道に迷っている。何か手がかりが欲しいんだよ」
「訳あり……ま、まさか。駆け落ちですか?」

 おぉ、勝手に想像を膨らませてくれた。そうだと言ってしまえば納得してくれそうな勢いである。ただ、一時的に納得してくれても結局は嘘だから、下手にあれこれ言い繕えばボロが出るかもと懸念する。してすぐに、ないなと思った。俺が口を挟む余地すら与えられずに、ウロボロスさんがこれでもかとラブラブっぷりを見せ付けてくれるだろう。言葉以上に行動が物を言う、ということだ。

「よ、よくぞ言ってくれましたね! そう、我が君と私は愛の逃避行の真っ最中なのです!」

 ほら、始まった。
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