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第3章 「暗い影」
「ネイを守りたくて」
しおりを挟む今日も今日とて、第一図書館の地下2階に篭り、俺はとある魔法の開発をしていた。本当は新しい効果を持つコードの理解を深めたいところだが、事情が事情。こちらを優先させる事にした。
選んだのはエッセンス。今回は対象を個人から範囲に広げてみようと思う。そこで、以前ノエルに見せて貰ったフレイム・フィールドのコードの出番である。
まず、ファイア・アローとインフェルノを比べた時のように、前者との共通点を排除する。攻撃魔法という枠組み、火属性、そして今回は威力や魔力量の部分も除いておく。そうして残った明かな相違点こそ、対象の選択の部分になるという訳だ。
見比べてみると、どちらも変数になっている。ただ、大きさが違う。以前は自由度と表現していたが、ここまできたのだ。もう少し突っ込んで見てみよう。
大前提として、ファイア・アローは単一の目標を狙い撃ち、フレイム・フィールドは範囲を焼き尽くす。「単一」と「範囲」、違いはここであり、単純に表現できそうなのは前者だ。実際、そっちの方が短い文字列である。
「……これは」
じっと見ていてピンときたのはグラフの座標。そんな表現になっているように見える。そういえば攻撃魔法はヒールと違って必中ではない。なぜか。対象が違うのだ。攻撃魔法は地点を狙うだけだから、そこに対象がいないと当たらない。一方でヒールはどこにいようと当てられる。対象を人に設定している。
あれ、パッと思い付いた考えを進めてみたけど、これはこれで発見かもしれない。ノートの端にメモっておこう。
それはさておき、ファイア・アローはそんな感じ。目標点を座標指定する働きが組み込まれている。恐らくこの文字列の前が、その式になっているに違いない。そしてフレイム・フィールドとこの部分は全く同じだ。つまり座標の指定方法が違うだけ、という事になる。
グラフという考えでまた見比べてみる。なるほど、見えてくる。範囲攻撃の指定方法は座標であって座標ではない。とある二点を結んでできた線を二つ組み合わせて、その中を全てと設定できるらしいな、これは。
「……範囲指定の仕組みは分かった」
後はこの座標の基準点がどこにあるかという事。これは蛇足にも思えるけど、この自由度を極力減らせれば、それだけ魔法を速くでき、かつ低コストに抑えられる。
どうすれば分かるだろう。試してみるか。適当に変数を1、1と固定値にして、あ、ここは屋内だったな。火属性魔法を使ったらボヤ騒ぎになってしまう。雷属性魔法ならいいか。
「ライトニング」
右斜め前に雷が発生した。距離は右、前にそれぞれ約1mだ。分かりやすくて助かる。一応、固定値を2、2にしてみると、予想通り、右、前にそれぞれ約2mとなった。この事から、俺を基準として右、前方向がプラス、左、後ろ方向がマイナスの設定になる。
さて、ここから何が言えるかというと、俺は支援魔法士だ。ものによっては、後方に気を回す必要はない。前方だけで十分ならば、変数に制限を加える事ができる。問題は手の加え方だけど、これ見よがしに式の中に条件設定ぽい個所がある。ここを前方だけになるように設定して、あえて後ろにライトニングを放ってみる。うん、エラーを出した。完璧だ。
「これで範囲指定の問題はクリアした……って、ノエル?」
顔を上げると、目の前にノエルの顔があった。目が合うと少しだけ安堵したような表情をしてくれたのも束の間、盛大に溜め息を吐かれた。
「やっと気付いたの? もう、どれだけ呼びかけたと思っているのよ」
「残念ですね、シン様。折角の愛の言葉も聞こえていなかったのでは?」
「そうよ、私の愛の言葉が……って、し、シャノン!」
「申し訳ありません。ロマンチックな場面を想像していたら、つい」
相変わらずのようで安心した。
2人が言い合いするのを眺めて、落ち着いたところで尋ねてみる。
「どうかしたか?」
「それはこっちの台詞よ。ネイはどうしたのよ?」
「あー……そういう事か」
そういえば、クロイツ家の力でここは鍛錬しても良くなったんだっけ。奇抜過ぎるルールだからすっかり忘れていた。
「たぶん、走りに行っているんじゃないかな?」
今日は晴れ。こんな良い天気の日中なら、あいつは喜々として外へ飛び出して行く。どうしてあんなに日差しを浴びても真っ白なままなのか、不思議過ぎるくらい頑張っているだろう。
「ふーん、走りにねぇ……。まぁ、いいわ。それで、今日はどんな魔法を作っているの?」
「あぁ、もうすぐ出来るから楽しみにしていてくれ」
「そう? じゃあ、私も勉強を始めるわ」
俺も作業に戻る。エッセンスは情報群の動きを見るための魔法だ。目指すのはこれの範囲指定。例えばこの図書館全体を対象とすると、全ての人の動きが手に取るように分かるようになるはずだ。
対象を範囲にして、威力や魔力量を調整してみる。失敗。それもそうか、図書館全体としてしまうと、対象者たちの数によって必要な力が変わるだろうから。
この問題をどうやって解決したものか、と考えて、すぐに答えは見付かった。参考にするのは可変量ヒール。あれと同じように、威力、魔力量を変数にする。対象1人につき、と、待てよ。そこまで精密にする必要はあるのだろうか。今の目的を果たすだけなら、もっと単純にできる。
この発想を基にして威力、魔力量を変数にして試してみる。またしても対象は図書館全体。その中で、カーペットにかかる圧力や風の流れ、本の位置など、図書館における変化から生徒たちがどう動いているのか把握する事に成功した。完成だ。
「よし、できた!」
「あら、出来上がったの?」
有難い事に、ノエルが反応してくれる。
「あぁ、こいつがあれば姿を消している敵を見付け出す事ができる」
「へぇ……それは凄いわね」
いまいち想像できていなさそうな顔をしているな。よし、論より証拠だ。魔法式を渡して使ってみて貰う。今回は変数に図書館全体が当てはまるように設定してある。
「いいか、この通りに使ってみてくれ」
「分かったわ。えーと……フィールド・エッセンス……って、何よ、これ!?」
ノエルが驚愕の声を上げてくれる。すぐに魔法を強制的に終了させて、睨み付けて来た。
「どういう事なの!? この図書館にいる人の動きが全部……全部分かるじゃない!」
「そ……そこまで睨まなくても」
「うるさい! これじゃあプライベートも何もあったものじゃないわ! 貴方、覗きでもするつもり!?」
言われて気付く。確かに、覗きに使える。更に言えば、ストーカーにも活用できてしまうな。
「悪用できるのは否定できないけど使い方次第だろ、それは」
「じゃあ、どういう使い方を想定しているのよ!?」
「そうです。ノエル様のお風呂を覗こうなんて、ウェルカムですよ」
「そうそう、私の風呂ならウェルカム……って、どうしてそうなるの!?」
「あ、いけません。さっき読んだ漫画の台詞が」
相変わらず、ここぞという所でやってくれるね、シャノンは。でもお陰でノエルは少し落ち着いたようだ。
「いいか、さっきも言ったけど、これは姿を消した敵を見付けるのが目的の魔法だ」
「あ……言っていたわね、そんな事。でも、どうしてそんな魔法が必要なのよ?」
「あらゆる場面を想定しておかないと。見えない敵なんて来られたら、太刀打ちできないだろうが」
「それはそうでしょうけど……特殊過ぎない?」
特殊と言われると否定できないな。姿を消す敵なんて、暗殺者以外には思い付かない気がする。しまった。勘のいいノエルなら気付かれてしまうかも。
「もしかして、例の生徒会役員が殺された事件を気にしているのかしら?」
あぁ、弁解の余地なく繋げられてしまった。生徒会役員が殺された、なんて大事件だ。知っていても不思議じゃないし、俺がこんな魔法を作っていたら無理もないか。本当は余計な心配をかけたくなかったんだけど。
待てよ。仮にノエルが「ハサン」というダイイングメッセージまで知っていたとしても、そこからノエルには至れないはず。それならこの場は、こう言って切り抜けられるのではないか。
「あぁ……まぁ、な。ネイの事を守ってやりたいし」
「あー、そういう事ね。ごちそうさま」
よし、切り抜けた。
さて、これは直感だけど、この事件にハサンは関係ない。でもネイは深く関わるだろう。あいつがハサン家の人間だとすれば、面白くないと思ったり、真相を確かめようとしたりする可能性がある。
「……あ」
マズい。どうして気付かなかった。ノエルはもう殺人事件を知っている。ネイも知っているかも。そして探し回っている可能性も。
思い至った瞬間、俺は走り出していた。
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