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第2章 「魔法士の矜持」

「決闘開始」

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 聖グリモワール大学にはコロシアムの形をした決闘場がある。その昔、コロッセウムと呼ばれていた円形の闘技場とそっくりの外観だ。段々になっている観客席には、多数の生徒たちが詰めかけている。

「頭でっかち君とクロイツ家の次期当主の一戦だ」
「あぁ、見ない訳にはいかないな」
「これで魔法士の成績優秀者が決まる」

 生徒たちは口々にそんな事を言っている。シンとネイが負けて、ノエルたちが勝つことを望んでいる。いや、他に想像すらしていない。

「大体にして、ノエルさんが魔法に関する知識、理解力で凡人に劣るはずがない」
「そうそう、どうせカンニングでもしたんだろ」
「ようやく白黒付けられる訳だ」

 なぜなら彼らはこのように考えている。凡人は名家の人間に勝てない、と。もしも勝てたとしても、何らかの不正行為があったに違いない、と。
 そんな光景を彼女、ゼノビアは司会席として設けられた最前列から見上げていた。

「……不愉快だね」
「何を今さら。こうなるのは分かっていただろう?」

 その隣にいるのは講師プリシア。彼女らがこの決闘の司会、解説を務めるのである。
 本来、決闘にそんな役は不要だ。必要なのは審判。開始の合図をして、危険そうなら止めるくらいで良い。
 だが、そうもいかない事情がある。シンは支援魔法士だ。この場にいる99%の生徒たちの知らない魔法を扱う。厳正な監視体制の中で行われたはずの筆記試験にすら文句を付ける輩が詰めかけている以上、未知の魔法など使おうものなら、それだけで大ブーイングだろう。

「そう……ですね。今回ばかりはカルナに感謝かな」

 そこで特例中の特例として、カルナが生徒会長権限で強引に設けたのだ。ゼノビアたちの役割を。ただ、条件はとても厳しい。支援魔法に精通していて、場が混乱しても収拾可能、更に厳正な審判までこなせる人物となると、そうはいない。この学校中を探して、ようやく見つかった2人と言っていい。

「そうだ、余り重く捉え過ぎるな。なるようにしかならんさ」
「……分かりました」

 いつもの冷静な表情を崩していないものの、ゼノビアも人の子だ。言葉の節々から隠し切れない怒りが滲み出ていたのだった。

「どれ、愛弟子の初舞台だ。存分に楽しませて貰おうか」

 一方、見た目は幼女ながら中身は大人のプリシアは、大人の余裕を見せていた。ゼノビアと違い、全く怒りを感じさせない表情、言葉遣いである。ただ、彼女にも譲れないものがある。その尻の下には、今日もまた多数の本が積み重なっていて、座高が少々調整されていたのだった。

 決闘場の様子はこのような感じであった。後は定刻になったら両タッグが舞台に上がるのみ。

「ネイ、作戦は頭に入ったか?」
「えーと……えーと……うん。大丈夫だよー」

 俺たちはそんな喧噪など気にしない。気にしている余裕が無い。時間が無くて、今、ネイに作戦を覚えて貰おうと必死になっていから。筆記試験ばりの問題用紙を受け取って確認する。うん、バッチリ。

「よし、ありがとう、ネイ。これで勝てる」
「そ、そーなのー? 勝てるならいいけどさー、頭を使うのは大変だったよー」

 腕を取られて、肩に頭を乗せられる。心なしか、いつもより体温が上がっている気がした。熱があるのだろうか。心配になって額に触れると、別にそんな事はない。まさか頭を酷使したせいなのか。

「あははー、流石にそれは酷いよ、シン。僕は元気いっぱいさー」
「そ、そうか? それならいいけど……だったら試合前にくっ付くなよ」
「ようやく来たんだもん。僕たちの晴れ舞台が。ドキドキしちゃっておかしくなりそう。触ってみる? 僕の心臓、凄い事になっているよー」
「……どさくさに紛れて胸を揉ませようとしているな?」
「あれれー、揉みしだきたいのー?」
「そこまでは言ってない」

 大丈夫なのかと心配になるものの、その反面、いつも戻りに振舞ってくれて安心できる。この作戦は常軌を逸しているから。俺よりもネイの方が苦しいはずだから。
 悩んでいると、隣にかかる体重が重くなって、よく見ると全体重を押し付けられていて、倒れ込んでしまう。

「もー、なに辛気臭い顔をしているのさー?」
「そ……そんな顔をしていたか?」
「……大丈夫。大丈夫、大丈夫だよー」

 抱きかかえられて、頭を撫でられる。その瞬間、俺は理解した。胸が高鳴っていたのだと。不安に押し潰されそうになっていて、胃まで気持ち悪くなっていたのだと。

「僕だってさ、正直に言うと恐いかもしれない。でも大丈夫なんだ。だってシンがいるんだもん。困った事があれば何とかしてくれるでしょ?」
「はは、それは責任重大だ」
「だからね、シンも頼っていいんだよ? 僕、それに応えられるくらい強くなったつもりだから」
「あぁ、そうだな。そうだった」

 大切な事を忘れていた。俺たちは2人で1人。辛いときは寄りかかれる。頑張れるときはお互いのために。だからこそ、1人でウジウジ悩むなんて無意味だ。

「なぁ、ネイ。勝つぞ、この戦い」
「はーい、任されたー」

 最後にギュッと抱き締め合ってから、俺たちは決闘場へと移動する。歓声が聞こえる。俺たちが出ても変わらぬ、大きなままの。期待されていないんだ。誰も彼も、ノエルが勝つと思っているのだろう。
 既にノエルの方は来ていたらしい。ミノタウロス戦で見せたのと同じローブ姿で、舞台から見下ろしている。

「来たわね、シン」
「ようこそお出で下さいました、お二方」

 隣にはシャノンの姿もある。飛竜の皮を使った軽量装備だ。盾無しの片手剣を持っていて、あのスタイルは間違いない。本気の装備である。
 上等だ。
 この勝負、お互いの全てを賭けるのだから、本気上等。

「あぁ、待たせたな。勝つ準備を整えて来た」
「僕たちの絆の力、見せてあげるよー」

 口調は軽い。だが、ネイの目がすっと細まり、雰囲気がガラリと変わり、隣にいるだけで全身の毛が逆立つ程の戦士のオーラを放つ。

「それは良かったわ。それじゃあ、早速始めましょうか」
「あぁ、やろう」

 俺たちも舞台へと上がった。
 観客は凄まじい数だ。空席が無い。そして、誰も彼もがノエルを応援しているのだとわかった。

――ノエル、ノエル、ノエル

 そんなエールが飛び交っているから。覚悟はしていたけど、少し心にくるな、流石にこれは。

「本当は言わないつもりだったけど……」

 でも外野など全く気にする様子なく、ノエルはしみじみとした口調で語りかけてくる。

「改めて言っておくわ。貴方には這い上がれる力がある。無限の可能性がある。いつか至れる。魔法士の極地にさえ」

 魔法士の極地。まさか、ノエルの口からそんな大それたワードが飛び出すとは。しかも俺に向けて言ってくれるとは。

「そう言って貰えるのは嬉しいよ。でも……悪いな。その期待には応えられない」
「えぇ、そうね。そうでしょうとも。でも……見えないから何なのよ? 負けたからどうなのよ?」

 見えない。負けた。それはミノタウロスに限らず、敵の俊敏な動きを全く目で追えない事。俺の克服し難い弱点の事を指しているのだろう。

「そのとき届かなかっただけじゃない。許したくない。認めない。私を越えた貴方が、私が目指した貴方が、魔法士の道から外れるのを……どうして指を咥えて見ていられるのよ……っ!?」

 そうだな、そうだった。自分の弱点など魔法でどうにでもできる。そう信じて座学だけは死ぬ気で頑張った。でも頑張り切ったとは言えない。俺ですら。だったらなおの事、一緒に努力していたノエルは認めてくれないだろうな。

「ありがとう、ノエル。お前の信念は紛れもない本物。その思い、痛いくらい伝わっている。だからこそ俺も応えたい。支援魔法士としての矜持をかけて」
「……言ったわね? いいわ、見せて貰おうじゃない。支援魔法士としての矜持を」

 ノエルが片手を上げると、それに合わせて決闘場のマイクが入る。ピーという機械音の後、知っている声が聞こえてきた。

「あー、あー、マイクテス、マイクテス。ゴホン。この決闘の司会、審判を務めさせて貰う講師のプリシアだ」
「同じく、生徒会より代表してゼノビアだ」
「知っての通り、決闘に不正は一切あり得ない。だが、それでも目に見えた公平性を持って貰えるように、異例の司会と審判が2人もつく事になった――っと、ゼノビア? こ、こら、私のマイクを取るな!」

 マイクがぶつかる音が何度か、そして聞き取れない声で何かのやり取りが行われたらしい後、先輩の声が聞こえてくる。

「確認するまでもないが、あえて言わせて貰おう。これは生徒会長権限による最大限の措置である。故に、決闘の結果に対して異議・不服等あるのなら、カルナに直談判するように。それもできず陰口を叩いているところを発見した場合、現生徒会に対する侮辱と判断し、最大級の返礼を持って応えよう。これはカルナからの直々の要請でもある。各自、肝に命じるように」
「……だ、そうだ。全校生徒諸君、死にたくなければこの結果こそ真実だと思っておけよ」

 今の言葉、皆はどうか知らないが、はっきりと俺にはわかった。先輩が怒りを滲ませてくれていた事に。嬉しかった。しかも生徒会長の御墨付きである。

「では、諸々の事情も説明した事だし……そろそろ始めて貰おうか」

 ノエルは杖を、シャノンは片手剣を構える。ネイは俺の方をチラリと見て、一瞬だけいつもの笑顔を浮かべてくれてから、拳を握った。
 作戦を頭に思い浮かべる。大丈夫だ、やれる。信じろ。見ようとするな、見定めろ。速い戦闘はネイに任せて、俺は俺にしかできない事をやるだけだ。

「決闘開始!」
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