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第3章 狂気の科学者

3-6 橋上攻防戦

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橋の崩落部を挟んだ西側。
そこでは、ヒカルが乗る車、遠くから狙いを定める凱人、そしてその中間に立つ啓二、という戦いの構図になっていた。

(まずいな……これでは完全に一対一だ。しかも、ヒカルを守りながら戦うことになる僕の方が不利、ってところか。)

両手で護星棍を握りしめた啓二。
緊張のあまり心臓が早鐘を打つ。
それでもなお、目の前の敵からは決して目を離さない。

「ウオオオオオオオオ!!」

凱人が咆哮を上げ、今度は右腕の巨大なハンマーを垂直ではなく、啓二に向かって水平方向に振り回す。

「はっ!」

啓二は軽やかなバックステップでそれを避けると、

「せえええいっ!!」

ガラ空きとなった凱人の右腕側面を目がけ、護星棍を斜めに振り下ろし、強烈な一撃を叩き込んだ。

「グオオオオッ!!」

凱人は大きくよろめき、脚をもつれさせる。
が、反応はただそれだけ。
痛がる素振りは全く見せず、肉体へのダメージがあるようにはとても見えない。

(機械の腕を攻撃してもあまり意味がないな。であれば、生身の体を狙わないと……。)

啓二はじっくりと凱人の動作を観察し、攻撃の機会を伺う。





一方、エリカ達が残された橋の東側。

白衣の女はポケットに突っ込んでいた手を抜き出す。
そこに握られていたのは、奇抜な色と形をした一丁の銃。
全体が水色とピンク色というパステルカラーで塗装され、上部からは謎のアンテナが突き出ている。
銃口はラッパのように先に向かって大きく広がり、見た目だけで言ってしまえばまるで玩具のよう。

「うっふふふ!ウチが新しく発明したこの『ワンダー・ライフル』の威力、早速キミで試してみることにしようか。さあさあ、お楽しみの始まりだ!もうゾクゾクして仕方がないよ~。」

白衣の女がエリカの頭部にラッパのような銃口を向けると、

「エリカ、あの陰に隠れろ!」
「ええ!」

アレイスターの指示を受け、エリカは近くにあった黒いコンテナの後ろに飛び込んだ。

「なるほどなるほど、コンテナを盾にしようってことだね。でもそれで安心だと思ったのかな?甘い甘い!ワンダー・ライフルにかかれば、そんなものは無駄なのさっ!」

白衣の女は狙いをコンテナに移して引き金を引くと、ピュイーンという甲高い機械音が響く。
同時にラッパのような銃口から虹色の光線が放たれ、一直線に黒いコンテナに命中。
その背後で様子を窺うエリカは、

「何も起こらな……えっ、嘘でしょ!」

信じられない現象を目の当たりにした。
光線が当たったコンテナはふわりと宙に浮かび上がると、まるで自分の意思が宿ったかのように、エリカを狙って高速で落下。

「わっ!」

とっさの判断でエリカは左横に避け、危うく難を逃れた。
地面に激突したコンテナは鈍い音を立てて一回転した後、橋上から海へと落下。
轟音を立て、海面から高々と水しぶきが舞い上がる。

「今のは何……?あの銃、一体どうなっているの!?」
「オレにはまるでコンテナが操られて、エリカに襲い掛かってきたように見えたぜ。」

驚きの言葉を交わすエリカとアレイスター。
正面に立つ白衣の女は金色の髪をかき上げると、手に持つ奇抜な銃にキスをした。

「ご名答!このワンダー・ライフルが放つ光を命中させれば、当たった物体を少しの間だけ自由自在に操作できるのさ!すごいだろう?超天才だろう!?ほらほら、ウチをもっともっと褒めて崇めてくれていいんだよ~!」
「へっ、確かにスゲーのかもしれねぇな。けどよ、あいにくテメェのお遊びに付き合ってる暇はねーんだ。」
「そうそう、何とかして早く啓二さんのサポートに回らないとね。」

アレイスターとエリカが反抗的な答えを返すと、

「そうかいそうかい、キミ達凡人にはワンダー・ライフルの素晴らしさが全く理解できないようだねぇ。ああ、ウチはとっても悲しいよ。そんなキミ達は――こうしてあげる!」

白衣の女はすぐ近くに停車していたダンプカーに銃口を向け、虹色の光を照射した。
するとダンプカーは急発進し、エリカを轢き殺さんと猛スピードで迫り来る。

「はっ!」

エリカは大きく横っ飛び、間一髪でダンプカーを避けたが、

「まだまだ、これで終わりだと思ったら大間違いだよ!」

白衣の女は続けざまに銃を撃ち、虹色の光線がエリカの頭上を通過する。
エリカが振り向いた先にあったのは一台のショベルカー。
その運転席に光線が命中すると、畳まれていた長いアームが突然伸び、先端のバケットがエリカを襲う。

「― 我が魔導の杖よ、鋼と化せ! ―」

杖の強度を上げて受け止めるも、バケットの押す威力はあまりにも強く、エリカの力では抑えきれない。

「きゃあっ!」

エリカの体は大きく弾き飛ばされ、橋桁の端、海に落ちかねないギリギリの位置に仰向けで打ち付けられた。

(早くこの状況を何とかしないと、啓二さんが危ない!よく考えるのよ、私――)

即座に立ち上がったエリカはローブの汚れを払うと、すぐ近くにあったコンテナの裏に身を隠した。

「おやおや、恐れをなして隠れちゃったのかい?腐蝕の魔女ちゃんも大した事ないねぇ。じゃあ今のうちに、もっともっと面白いことをしちゃおうかな~!キャッハハハ!」

白衣の女は嬉々とした声を上げると、おもむろに左腕の電子機器を操作した。





「こ、これは……」

橋の西側で護星棍を構える啓二は固唾を飲む。
相対する凱人の腕がまたもや機械音を立て、見る間にガチャガチャと組み変わってゆく。
しかも今度は右腕だけでなく両方の腕。

右腕にあったハンマーの代わりに出現したのは巨大なスタンガン。
尖った二つの電極の間には、稲妻のような青白い電流が絶えず流れている。

左腕の先からは、竹刀のような太さと長さの黒い棒が突き出す。
その全体はバチバチと強い電気を帯びて明滅し、見るからに危険すぎる代物。

「ウグアアアアアアアア!!」

凱人は獰猛な声を発しながら両腕を広げて爆走する。
取り立てて工夫のない、ひたすらに猪突猛進な突撃。
しかし、背後にヒカルの乗る車が控えている以上、啓二はその攻撃を避けることができない。

(どうする――!)

悩んだ末に、啓二は両腕を伸ばして正面へと護星棍を突き出す。

「伸展!」

そして短く声を発すると、如意棒のように棍の先がするするっと伸び、凱人の生身の胸を強打した。

「ゴハアッ!」

嗚咽を漏らして凱人の足が止まる。

「せいやっ!」

すぐさま啓二は腕を引き、再び護星棍で強く刺突。

「これでも――食らえ!!」

間髪入れず、さらにもう一度全力で胸を突く。

「ガハアアアッ!!」

何度も反撃を受けた凱人は、後ろに大きくよろめいて尻もちをついた。
その胸にはくっきりとした赤いアザができ、口からの吐血が橋を赤く濡らす。

(機械の腕じゃない、生身の胴体には攻撃が通りそうだ。これなら――)

安心した啓二が構えを解いた瞬間、

「グ、グオオオオオオオオオ!!」

その隙を待っていたかのごとく、凱人が前方へと飛び掛かった。
左手から伸びる、電気を帯びた長い棒を鋭く振り下ろす。
焦る啓二は慌てて護星棍を掲げ受け止めるが、

「うぐっ!」

棍を伝って電気が体を駆け巡り、感電の痛みに体を震わせた。
至近距離、棒と棍がぶつかり合った状態で、さらに凱人は右手のスタンガンを突き出す。
啓二の首元に迫る、バチバチと火花を散らす青白色の電流。

「そう……は……させるかっ!」

渾身の力で護星棍を前に押し込む啓二。
その反動で大きく後ろに跳び、間一髪のところで難を逃れた。

(あれだけ激しく胸を突いたのに、平然と反撃してくるとは……。痛みを全く感じていないのか?もしそうなら、かなり厄介だな。さてどう戦うか……)

痺れと痛みが残る体をさすりながら思案する啓二の元に、

「啓二!大丈夫!?」

ヒカルの叫び声が届いた。
車の窓を全開にして、不安そうに顔を突き出している。

「僕は絶対に負けたりしない、心配しなくても大丈夫さ。だからもう少しの間だけ、我慢して待っていてくれるかい?」
「でも、でもこのままじゃ啓二が危ない……!わたしだって魔女なんだから、少しは戦えるわ!」
「分かった。じゃあもし、もし僕が本当に追い詰められたら、ヒカルの魔法でサポートしてほしい。それまでは車の中でじっと隠れていること。これでいいかい?」
「任せて!啓二がピンチになった時は、わたしが助けてあげるわ。」

焦るヒカルをなだめ終わると、啓二は凱人へと向き直った。
そして自分自身に言い聞かせるかのように小さく呟く。

「早く決着をつけないとな、ヒカルを戦わせずに済むように……」

徐々に頭上を覆い始める灰色の雲。
暗い橋桁の上、冷たい潮風が啓二の頬を不気味に撫でた。





対岸で繰り広げられる男二人の戦いを、コンテナの陰から見つめていたエリカ。

「凄いわね啓二さん。あんな恐ろしい男を相手に、今のところは互角に戦っているように見えるわ。」
「しっかし凱人の腕は何でもアリだな。あのイカレた女のことだ、もっとヤバい武器を仕込んでるに違いねぇ。今は何とかなってるが、この先はどーだか……」

アレイスターの懸念を聞いたエリカは、真剣な表情で提案する。

「――アレイスター、あなたなら橋の亀裂を越えて、反対側まで飛んで行けるわよね?」
「おっ、それはつまり、オレに啓二の援護をしろってことか?別に構わねーけど、エリカは一人であの女と戦うことになるぞ。いけるのか?」
「私なら大丈夫よ、そんな簡単にやられたりはしないわ。いざとなったら腐蝕魔法もあるしね。それよりも、ずっとヒカルちゃんを守りながら一人で戦っている啓二さんの方が心配だわ。」
「おっしゃ!じゃあオレは啓二のフォローに回るぜ。途中で『助けて~、アレイスター!』なんて情けねぇコト言うんじゃねーぞ。」
「ふふふ、アレイスターこそ怖くなって逃げたりしないでよ?」

方針が決まるとアレイスターは緑色の羽根を広げ、橋の西側へと飛び立った。
頭上では雲の数が増え、風も少しずつ強まる中、崩落部を越えて一直線に啓二の元へと向かう。

アレイスターを見送ったエリカがコンテナの裏から姿を現すと、気付いた白衣の女が声をかける。

「ほうほう、相棒の虫クンを向こうに送り込んだのかぁ。でもムダムダ。スーパー凱人クン相手には何の役にも立たないと思うよ~。それよりも、キミ一人でウチとやり合う気かい?まったく大した自信だねぇ!」
「馬鹿にしないで。あなたの相手なら、私一人だけで十分よ。」
「アッハハハ!その威勢がいつまで持つかなぁ?生意気な魔女は――さっさと殺してあげるよ!」

白衣の女はパステルカラーの銃を素早くエリカに向け、引き金を引いた。
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