20 / 30
ショッピングモールにて②
しおりを挟む
俺とのらはショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しんだ。オシャレにあまり興味のない俺だったが、のらに連れられて入ったメンズの洋服を扱っているショップで、のらにコーディネートしてもらっているうちに、オシャレも意外と楽しいものだと思った。
そのあとは、のらが夏服の新作をチェックしたいといって女性の洋服を売っているショップに入ったり、コスメやアクセサリー、文房具屋などを巡り、俺一人だったら絶対に行かないお店を何軒も回った。途中、のらは水着や下着を見たいと騒いでいたが、カノジョでない女子とそれらの物を見ることは、さすがに栞梨に対する罪悪感を強く覚えたので、ショップに入ることはなかった。
楽しい時間だった。だが、栞梨に対する後ろめたい気持ちは常に付きまとっていた。しかし栞梨と二人きりで過ごすときの甘い空気とは違うと俺は感じていたため、後ろめたいことには変わりないが、それほと強くは思わなかった。やはり、これはデートではなく、気の置けない後輩と遊んでいるだけのような意識だった。だけどのらはいつもの数倍増しと感じるほどはしゃいでいて、その姿を見ると彼女にとってはデートなのだろうかと考え、複雑な心境になった。
そうしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。少しずつ日が傾き始めている。暗くならないうちに帰ろうと、俺はのらに告げた。後輩はまだ俺と遊び足りないみたいで不満そうだったが、「そうっすね。今日はわたしが晩ご飯を作らなきゃなので。そろそろ帰りますか」と了承してくれた。のらの両親は共働きで、母親が仕事で遅くなる日はのらがご飯を作っていると、以前に教えてくれた。中学生時代にのらが俺の家に来たとき、何度か手料理を食べたことがあった。たしかに料理する手際もよく、また味は中学生が作ったとは思えないほどに美味しかったことを思い出す。
のらは帰るとは言ったものの、まだ不満そうだったので、俺は帰る前に本屋に寄ろうと提案した。長居をするつもりはもちろんない。一〇分ほど滞在して帰るつもりだ。
のらは「えっちな本を買うんすか? それはセンパイの性癖を知るいい機会っすね」と俺をからかいつつも、笑顔で賛同してくれた。そうしてのらと軽口を叩きあいながら本屋へ向かっていると、突然のらが俺の手を引っ張って、人目につきにくい場所まで誘導した。
「なに? 急にどうしたんだよ」
のらの突発的な行動に疑問を感じて訊ねた。のらは俺の顔色を窺うみたいに、ちらちらと俺に視線を送ってくる。そして聞きづらそうに、こんなことを確認してきた。
「……センパイ。あの、しぃちゃん先輩って今日、予定があるって言ってたんですよね」
「ああ。家族と出かけるって言ってたけど。それがどうかしたのか?」
のらは顎に握りこぶしをつけて、なにかを考えているようだった。さっきまではしゃいでいたのらの態度が急変したことで、俺は状況がよく理解できず戸惑った。
「……あの、センパイ、今日は本屋には寄らずに帰りませんか?」
「え? どうした? 体調でも悪くなったのか?」
のらの態度がおかしくなったのは体調のせいなのかもしれない。そんな考えが頭に浮かび、後輩のことが心配になった。そして、たしかこのフロアには救護室があったはずだと、顔あげて探した。そのとき俺は呼吸ができなくなった――。
俺の視界に、家族と出かけているはずの栞梨が、正道と一緒に歩いている姿を捉えたからだ。
頭から氷の入った冷水をかけられたみたいに、俺は全身に激しい痛みと震えを感じた。
距離は離れていたが、栞梨と正道は楽しそうに会話をしているように見えた。家族とのお出掛けが早く終わり、ショッピングモールに来たら偶然幼なじみと出くわしたという雰囲気には思えなかった。それにカノジョは、帰るのは夜遅くになりそうだと、俺に事前にそう伝えていたのだ。時間はまだ日が暮れはじめたばかり。夜にはなっていない。だからいまが夜遅くだとは、とても俺には認識できなかった。
「……なんで……なんで……なんで」
二人が一緒にいることの理由がわからず、俺は混乱した。
なんで家族と出かけているはずなのに、正道とショッピングルームにいるんだ、なんで帰るのは夜遅くなると言っていたのに、こんな時間に正道といるんだ、なんでそんなに楽しそうな顔で正道と歩いているんだ、なんで、なんで、なんで……。たくさんの「なんで」が頭の中を覆い、あの名前の分からない感情が沸きおこりそうになる。だけど俺は――
カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる……。
心の中で何回も呟く。栞梨を信じる。正道を信じる。大切な存在のカノジョと親友を信じる。俺が疑うようなことはなにもないんだ。だからひたすら信じる。やみくもに信じる。疑うことなどないと信じる。
しかし、もう一人の自分が現れることを、俺は止めることができなかった。「見タダロ。コレガ現実ナンダヨ。アノ二人ハタダノ幼ナジミナンカジャネーヨ。気ヅケヨ。オ前ハ馬鹿ナノ。目ノ前ニアル事実ヲ受ケ止メロヨ。オ前ガ信ジタイノハ、ソンナ綺麗事ジャナイダロ。ダッテ――」と囁いてくる。俺は化け物に抗おうと、何度も「カノジョを信じる」と言い続ける。だが俺の中にいる醜い化け物は、俺にこう告げた。
「コレガ、オ前ガ信ジタイ現実ダモンナ」
名前のない感情が俺の全身を駆け巡った。
「……センパイ」
のらに呼ばれた気がした。それがその日のショッピングモールでの最後の記憶になった。
気がついたら、俺は自分の部屋で天井を見つめていた。
そのあとは、のらが夏服の新作をチェックしたいといって女性の洋服を売っているショップに入ったり、コスメやアクセサリー、文房具屋などを巡り、俺一人だったら絶対に行かないお店を何軒も回った。途中、のらは水着や下着を見たいと騒いでいたが、カノジョでない女子とそれらの物を見ることは、さすがに栞梨に対する罪悪感を強く覚えたので、ショップに入ることはなかった。
楽しい時間だった。だが、栞梨に対する後ろめたい気持ちは常に付きまとっていた。しかし栞梨と二人きりで過ごすときの甘い空気とは違うと俺は感じていたため、後ろめたいことには変わりないが、それほと強くは思わなかった。やはり、これはデートではなく、気の置けない後輩と遊んでいるだけのような意識だった。だけどのらはいつもの数倍増しと感じるほどはしゃいでいて、その姿を見ると彼女にとってはデートなのだろうかと考え、複雑な心境になった。
そうしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。少しずつ日が傾き始めている。暗くならないうちに帰ろうと、俺はのらに告げた。後輩はまだ俺と遊び足りないみたいで不満そうだったが、「そうっすね。今日はわたしが晩ご飯を作らなきゃなので。そろそろ帰りますか」と了承してくれた。のらの両親は共働きで、母親が仕事で遅くなる日はのらがご飯を作っていると、以前に教えてくれた。中学生時代にのらが俺の家に来たとき、何度か手料理を食べたことがあった。たしかに料理する手際もよく、また味は中学生が作ったとは思えないほどに美味しかったことを思い出す。
のらは帰るとは言ったものの、まだ不満そうだったので、俺は帰る前に本屋に寄ろうと提案した。長居をするつもりはもちろんない。一〇分ほど滞在して帰るつもりだ。
のらは「えっちな本を買うんすか? それはセンパイの性癖を知るいい機会っすね」と俺をからかいつつも、笑顔で賛同してくれた。そうしてのらと軽口を叩きあいながら本屋へ向かっていると、突然のらが俺の手を引っ張って、人目につきにくい場所まで誘導した。
「なに? 急にどうしたんだよ」
のらの突発的な行動に疑問を感じて訊ねた。のらは俺の顔色を窺うみたいに、ちらちらと俺に視線を送ってくる。そして聞きづらそうに、こんなことを確認してきた。
「……センパイ。あの、しぃちゃん先輩って今日、予定があるって言ってたんですよね」
「ああ。家族と出かけるって言ってたけど。それがどうかしたのか?」
のらは顎に握りこぶしをつけて、なにかを考えているようだった。さっきまではしゃいでいたのらの態度が急変したことで、俺は状況がよく理解できず戸惑った。
「……あの、センパイ、今日は本屋には寄らずに帰りませんか?」
「え? どうした? 体調でも悪くなったのか?」
のらの態度がおかしくなったのは体調のせいなのかもしれない。そんな考えが頭に浮かび、後輩のことが心配になった。そして、たしかこのフロアには救護室があったはずだと、顔あげて探した。そのとき俺は呼吸ができなくなった――。
俺の視界に、家族と出かけているはずの栞梨が、正道と一緒に歩いている姿を捉えたからだ。
頭から氷の入った冷水をかけられたみたいに、俺は全身に激しい痛みと震えを感じた。
距離は離れていたが、栞梨と正道は楽しそうに会話をしているように見えた。家族とのお出掛けが早く終わり、ショッピングモールに来たら偶然幼なじみと出くわしたという雰囲気には思えなかった。それにカノジョは、帰るのは夜遅くになりそうだと、俺に事前にそう伝えていたのだ。時間はまだ日が暮れはじめたばかり。夜にはなっていない。だからいまが夜遅くだとは、とても俺には認識できなかった。
「……なんで……なんで……なんで」
二人が一緒にいることの理由がわからず、俺は混乱した。
なんで家族と出かけているはずなのに、正道とショッピングルームにいるんだ、なんで帰るのは夜遅くなると言っていたのに、こんな時間に正道といるんだ、なんでそんなに楽しそうな顔で正道と歩いているんだ、なんで、なんで、なんで……。たくさんの「なんで」が頭の中を覆い、あの名前の分からない感情が沸きおこりそうになる。だけど俺は――
カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる……。
心の中で何回も呟く。栞梨を信じる。正道を信じる。大切な存在のカノジョと親友を信じる。俺が疑うようなことはなにもないんだ。だからひたすら信じる。やみくもに信じる。疑うことなどないと信じる。
しかし、もう一人の自分が現れることを、俺は止めることができなかった。「見タダロ。コレガ現実ナンダヨ。アノ二人ハタダノ幼ナジミナンカジャネーヨ。気ヅケヨ。オ前ハ馬鹿ナノ。目ノ前ニアル事実ヲ受ケ止メロヨ。オ前ガ信ジタイノハ、ソンナ綺麗事ジャナイダロ。ダッテ――」と囁いてくる。俺は化け物に抗おうと、何度も「カノジョを信じる」と言い続ける。だが俺の中にいる醜い化け物は、俺にこう告げた。
「コレガ、オ前ガ信ジタイ現実ダモンナ」
名前のない感情が俺の全身を駆け巡った。
「……センパイ」
のらに呼ばれた気がした。それがその日のショッピングモールでの最後の記憶になった。
気がついたら、俺は自分の部屋で天井を見つめていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

俺と代われ!!Re青春
相間 暖人
青春
2025年、日本では国家主導で秘密裏に実験が行われる事になった。
昨今の少子化は国として存亡の危機にあると判断した政府は特別なバディ制度を実施する事により高校生の恋愛を活発にしようと計ったのだ。
今回はその一組の話をしよう。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!
コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。
性差とは何か?

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる