カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる

中山道れおん

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ショッピングモールにて②

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 俺とのらはショッピングモールでウィンドウショッピングを楽しんだ。オシャレにあまり興味のない俺だったが、のらに連れられて入ったメンズの洋服を扱っているショップで、のらにコーディネートしてもらっているうちに、オシャレも意外と楽しいものだと思った。
  そのあとは、のらが夏服の新作をチェックしたいといって女性の洋服を売っているショップに入ったり、コスメやアクセサリー、文房具屋などを巡り、俺一人だったら絶対に行かないお店を何軒も回った。途中、のらは水着や下着を見たいと騒いでいたが、カノジョでない女子とそれらの物を見ることは、さすがに栞梨に対する罪悪感を強く覚えたので、ショップに入ることはなかった。
  楽しい時間だった。だが、栞梨に対する後ろめたい気持ちは常に付きまとっていた。しかし栞梨と二人きりで過ごすときの甘い空気とは違うと俺は感じていたため、後ろめたいことには変わりないが、それほと強くは思わなかった。やはり、これはデートではなく、気の置けない後輩と遊んでいるだけのような意識だった。だけどのらはいつもの数倍増しと感じるほどはしゃいでいて、その姿を見ると彼女にとってはデートなのだろうかと考え、複雑な心境になった。
  そうしているうちに、時間はあっという間に過ぎた。少しずつ日が傾き始めている。暗くならないうちに帰ろうと、俺はのらに告げた。後輩はまだ俺と遊び足りないみたいで不満そうだったが、「そうっすね。今日はわたしが晩ご飯を作らなきゃなので。そろそろ帰りますか」と了承してくれた。のらの両親は共働きで、母親が仕事で遅くなる日はのらがご飯を作っていると、以前に教えてくれた。中学生時代にのらが俺の家に来たとき、何度か手料理を食べたことがあった。たしかに料理する手際もよく、また味は中学生が作ったとは思えないほどに美味しかったことを思い出す。
 のらは帰るとは言ったものの、まだ不満そうだったので、俺は帰る前に本屋に寄ろうと提案した。長居をするつもりはもちろんない。一〇分ほど滞在して帰るつもりだ。
 のらは「えっちな本を買うんすか? それはセンパイの性癖を知るいい機会っすね」と俺をからかいつつも、笑顔で賛同してくれた。そうしてのらと軽口を叩きあいながら本屋へ向かっていると、突然のらが俺の手を引っ張って、人目につきにくい場所まで誘導した。

「なに? 急にどうしたんだよ」
 
 のらの突発的な行動に疑問を感じて訊ねた。のらは俺の顔色を窺うみたいに、ちらちらと俺に視線を送ってくる。そして聞きづらそうに、こんなことを確認してきた。

「……センパイ。あの、しぃちゃん先輩って今日、予定があるって言ってたんですよね」
「ああ。家族と出かけるって言ってたけど。それがどうかしたのか?」

  のらは顎に握りこぶしをつけて、なにかを考えているようだった。さっきまではしゃいでいたのらの態度が急変したことで、俺は状況がよく理解できず戸惑った。

「……あの、センパイ、今日は本屋には寄らずに帰りませんか?」
「え? どうした? 体調でも悪くなったのか?」
  
     のらの態度がおかしくなったのは体調のせいなのかもしれない。そんな考えが頭に浮かび、後輩のことが心配になった。そして、たしかこのフロアには救護室があったはずだと、顔あげて探した。そのとき俺は呼吸ができなくなった――。
  俺の視界に、家族と出かけているはずの栞梨が、正道と一緒に歩いている姿を捉えたからだ。
  頭から氷の入った冷水をかけられたみたいに、俺は全身に激しい痛みと震えを感じた。
  距離は離れていたが、栞梨と正道は楽しそうに会話をしているように見えた。家族とのお出掛けが早く終わり、ショッピングモールに来たら偶然幼なじみと出くわしたという雰囲気には思えなかった。それにカノジョは、帰るのは夜遅くになりそうだと、俺に事前にそう伝えていたのだ。時間はまだ日が暮れはじめたばかり。夜にはなっていない。だからいまが夜遅くだとは、とても俺には認識できなかった。

「……なんで……なんで……なんで」

   二人が一緒にいることの理由がわからず、俺は混乱した。
 なんで家族と出かけているはずなのに、正道とショッピングルームにいるんだ、なんで帰るのは夜遅くなると言っていたのに、こんな時間に正道といるんだ、なんでそんなに楽しそうな顔で正道と歩いているんだ、なんで、なんで、なんで……。たくさんの「なんで」が頭の中を覆い、あの名前の分からない感情が沸きおこりそうになる。だけど俺は――
 カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる。カノジョを信じる……。
   心の中で何回も呟く。栞梨を信じる。正道を信じる。大切な存在のカノジョと親友を信じる。俺が疑うようなことはなにもないんだ。だからひたすら信じる。やみくもに信じる。疑うことなどないと信じる。
  しかし、もう一人の自分が現れることを、俺は止めることができなかった。「見タダロ。コレガ現実ナンダヨ。アノ二人ハタダノ幼ナジミナンカジャネーヨ。気ヅケヨ。オ前ハ馬鹿ナノ。目ノ前ニアル事実ヲ受ケ止メロヨ。オ前ガ信ジタイノハ、ソンナ綺麗事ジャナイダロ。ダッテ――」と囁いてくる。俺は化け物に抗おうと、何度も「カノジョを信じる」と言い続ける。だが俺の中にいる醜い化け物は、俺にこう告げた。

「コレガ、オ前ガ信ジタイ現実ダモンナ」

 名前のない感情が俺の全身を駆け巡った。 

「……センパイ」

  のらに呼ばれた気がした。それがその日のショッピングモールでの最後の記憶になった。
  気がついたら、俺は自分の部屋で天井を見つめていた。
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