カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる

中山道れおん

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信じるキモチ

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 ゴールデンウィークが終わり、あっという間に二週間が経過した。ゴールデンウィークの最終日にのらに抱きしめられたことで、俺は落ち着きを取り戻すことができた。そのため栞梨や正道と一緒にいるときでも、いままでと同じように振る舞えることができた。
 しかし、通学中の電車の車内で栞梨と正道が楽しそうに笑いあっている姿を見ると、頭の中で二人はもしかして幼なじみ以上の関係なのではないかと、勘ぐってしまうこともあった。毎回ではないが、何度かそんなことを思ってしまった。そのたびに、そんなわけないと自分に言い聞かせ、二人に疑いの視線を向けたことを心の中で謝罪した。
 そんなふうに、たまに栞梨と正道の関係を疑ってしまうことはあったものの、その他はとくに自分の心情に大きな変化はなく、二人とはこれまでと変わらずに楽しい時間を過ごすことができている。だから俺の学校での生活は、あの出来事の前後でそれほど変化はないと言えるだろう。
 一方、学校から帰り、自分の部屋で一人になると、いままでと同じとはいかなくなっていた。悪夢のようなあの夜の出来事を頻繁に思い出すようになったからだ。栞梨が正道の名前を呼んだあの夜のことを。そのたびに胸が苦しくなった。そのたびにあの名前の分からない感情に襲われ、気分が悪くなった。だがそういうときは、のらに抱きしめられたことを脳内に蘇らせて、あの夜の記憶をすぐに打ち消すようにした。不思議なことにのらの温もりを思い出すだけで、落ち着くことができた。そして胸の苦しみが消えたあと、俺はこの場にいないのらに向けて「ありがとう、のら」と呟く。自分でもなぜかはわからないが「のら」と口にすると、胸の奥のほうが温かくなる気がして、それが妙に心地良かった。
 
   こうして、なんとか普段通りに過ごすことができていたわけであるが、何日過ぎてもあの夜の出来事のことを思い出してしまうのが辛かった。のらに抱きしめられたことを頭に浮かべて打ち消すという方法で対処はできる。だけど辛い記憶など、思い出さないに越したことはない。やはりなぜあの夜、栞梨は正道の名前を呼んだのかをはっきりさせないと、俺はずっと思い出してしまうのかもしれない。では直接、栞梨に訊ねるのかというと、あの夜のカノジョの様子からは無意識で名前を口にしているように見える。栞梨に勇気を出して聞いてみても、あのときは意識が朦朧としていたから覚えてないと言われる可能性は非常に高い。その答えを聞いても、納得できるわけがない。無意識に口にしていたのならば、それなりの理由が存在するはずだからだ。一度だけなら俺の名前と幼なじみの名前を間違えただけだと納得できるが、数えきれないほど何度も間違えるとは考えにくい。その理由を俺は知りたい。
 思考を巡らせて、なぜ栞梨は無意識に幼なじみの名前を呼ぶに至ったのか、その理由を考えた。だが、頭に浮かんでくる理由はろくでもないものだった。その理由とは、栞梨と正道が幼なじみ以上の関係を持っているという理由だったからだ。つまりあの夜、栞梨は意識が朦朧とするほど夢中になっていたために、いつも関係を持っている相手の名前を呼んだということだ。そう考えると合点がいった。
  そこまで考えて、俺は慌てて考えを払うように首を横に振った。考えた理由が大切なカノジョと親友を侮辱する最低の理由だったから。
 もうこれ以上は考えるのはやめよう。二人のことをこれ以上、疑うのはよそう。こんな最低の理由を考える自分を俺はどうしても許せないんだ。だからこれからは、栞梨と正道のことをなにがあっても信じよう。あの夜の出来事は、カノジョのただの言い間違いで、栞梨と正道は仲のいいただの幼なじみなのだと。
  きっと俺と栞梨の関係が深まっていくほど、あの夜の出来事を思い出すことは減っていくはずだ。だから、俺は栞梨と一緒に過ごす時間をもっと増やして、たくさんカノジョを喜ばせて、笑わせて、ずっとカノジョを大切にする。俺は栞梨のことが好きなんだ。
  なにがあっても俺はカノジョを信じる。
  だからもうあの夜の記憶は心の奥にしまい込むんだ。
  俺はそう決意して、拳を強く握った。
 
  俺はさっそく栞梨との関係を深めるための行動に移った。といっても、たいしたことではない。カノジョをデートに誘うだけだ。だけど、二人だけの時間を増やすことは、いまの俺にとってとても意義のあることだ。ささやかでも楽しい時間を積み重ねていくことで、二人の関係はより深くなると思うからだ。


「栞梨、今度の日曜日、久しぶりにどこか出かけないか?」
 
 帰りの電車の車内で栞梨に提案する。学校に行くときとは違い、帰りは俺と栞梨だけの場合が多い。正道とのらは学校の友人と放課後によく遊びにいくので、俺たちよりも帰宅する時間が遅いことが頻繁にあるからだ。いまも俺と栞梨の二人で帰っている。この時間もいまの俺にとってはカノジョとの関係を深める大切な時間だ。

「わー、お外でのデートって久しぶりだね! 行く行く!」

  手の平を合わせて、ぱぁっと花が咲いたようにカノジョは笑顔になる。しかしなにかを思い出すかのように、人差し指でこめかみを押さえた。

「ん? ちょっと待ってね。今度の日曜……? あー 右京くん、ごめん。次の日曜日はダメだ……」

  栞梨はガクっと肩を落とした。

「予定入ってんの?」
「うん、その日は家族でお出掛けするの。あーあ、こんなことだったら、行くって言わなきゃよかった」

  大きな溜め息を吐く栞梨。

「そっか。家族とのお出掛けじゃ仕方ないな。じゃあさ、その次の日曜はどう? あと来週の水曜の夜とか――」

  俺は少しでもカノジョと過ごす時間を増やしたい一心で、栞梨と予定を合わせるのに必死になった。がっついているみたいで、引かれるかなと心配したが、栞梨は俺のそんな態度を喜んだ。

「えへへー、なんか右京くんが私にたくさん会いたがってるみたいで、嬉しい」

  栞梨は子犬みたいな丸い瞳を細めて、はにかむ。

「あ、もしかして」

  なにか思い出したのか、カノジョは俺の耳元に口をつける。

「お泊りデートのときの続きがしたくて、焦ってるのかな」

  小声で囁いてきた。あの夜以来、栞梨は大胆になったようだった。八重歯を見せていたずらっぽく笑った。

「……そんなんじゃないから」

 俺はからかってきたカノジョに向けて、力なくそう答えた。 お泊りデートという言葉を聞いたせいで、胸の奥にしまい込んだはずの、あの夜の出来事を思い出してしまったからだ。「のら」と心の中で後輩に呼びかけた。

「右京くん、あの、もしかして、まだあのこと気にしてるの?」

  栞梨は眉を下げて、俺に訊ねてくる。

「……あのこと?」

  栞梨が言う「あのこと」がなにを指しているのかは、話の流れですぐにわかった。だけど俺は聞き返した。栞梨のほうから聞いてくることに困惑したからだ。栞梨が「あのこと」を訊ねてくるのは、あの夜のカノジョは意識が朦朧としていないということなのだろうか。俺がそう思い込んでいただけなのだろうか。じゃあ、もしいま俺が「あのことを、まだ気にしている」と返事をすれば、理由を教えてくれるというのだろうか。喉がカラカラに乾く。そして閉じ込めたはずの理由を聞きたい欲求が、這い出てこようとしている感じがした。身体に悪寒が走った。だがすぐに「あのこと」を俺が勘違いをしていたことが判明して、その欲求は再び心の奥底へと沈んでいった。
      栞梨は頬を赤らめて、躊躇いがちに口を開く。

「えと、ほら、右京くんのが、ね」

  それを聞いて、カノジョの言う「あのこと」とは、あの夜の俺の下半身の状態だということを理解した。そしてやはりカノジョは無意識で名前を呼んでいたのだろうと、改めて思った。なぜなら栞梨は俺の下半身を思い出して照れたのだろうと感じられたからだ。もしも、俺の下半身がああいう状態になった原因を知っているのであれば、恥ずかしさは栞梨自身に向けられるはずなのだから。

「あー、いや、その、栞梨。ごめん、あともう少しだけ待ってて欲しい」

  俺はまだカノジョと続きをする気にはなれなかった。栞梨が考えている理由とは異なるが、結論は同じなので、正直な気持ちを伝えた。

「そっか。でもあんまり気にしないでね。私も気にしてないし。それに、右京くんだったら、私はいつでもいいよ」

  カノジョにこんなことを言われて、男冥利につきるはずなのに、俺の心にはさざ波一つ立たなかった。そのことに気づき、俺はひどく落ち込んだ。世界一可愛い俺のカノジョに誘われているというのに。
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