カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる

中山道れおん

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名前の分からない感情③

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「センパイ。そんなに一人で苦しまないでください」

  のらの声が頭の上から聞こえた。どうやら俺はのらに抱きしめられているようだった。のらは俺の耳元で囁く。その言葉が俺の心を優しく包み込んでいくように感じた。

「わたし、嘘だけじゃなくて、センパイがどんな感情なのかもわかるんですよ」

  なぜかすぐに信じることができた。のらがそう言うのなら、本当なんだろうと素直に思えた。のらの胸に顔を埋められている俺は口を開くことができず、ただ黙って彼女の話に耳を傾ける。

「ホントは今日、センパイの初体験の話を聞いたら、ぱっと帰ろうと思っていたんです。でも、部屋に入ってセンパイを見たら考えが変わったんです。だってセンパイがすごく苦しそうで辛そうで不安そうだったから。なのに、わたしにはそのことを気づかせないように、我慢しているように見えたんです。それに気づいたら心配になって、わたし帰れなくなっちゃいました」

     俺の苦しい胸の内だけでなく、不安を隠していたことまでも、のらにバレていたみたいだ。両親ですらおそらく気づかなかったはずなのに。本当にのらには隠しごとはできないみたいだ。嘘だけではなく、感情までも見透かされているというのに、俺は不快になるどころか嬉しい気分だった。それはのらが大切な存在である後輩だからだろう。

「センパイを苦しめているものは、嘘をついたことと関係しているのは間違いないと思います。だからホントは事実を教えてほしい。わたしが協力して解決できることなら、センパイのためだったらわたしはなんでもする。センパイが苦しみから解放されるのだったら、わたしはなんでも出来る」

  のらがかけてくれる言葉の一つ一つが、俺の身体に取り込まれていくように感じられて、胸の内側からじんわりと熱くなってくる。だけど、これほどまで俺のことを気遣ってくれるのらに、あの原因の事実を教えてあげられなくて、俺ははがゆかった。

「でもセンパイ。もうあの原因の事実はわたしに教えてくれなくてもいいですからね。センパイがあんなに悩むほどのことだと分かりましたから。だからわたしなりに違う方法でセンパイの苦しさを和らげますね」

     俺の心の中を見透かしたかのように、のらは俺が嘘をついたことを理解を示してくれた。そしてのらの苦しさを和らげる方法というのは、きっといま俺を抱きしめていることだろう。その効果は覿面だった。

「でも、もう一人で苦しまないでください。わたしは、どんなときでもセンパイの味方ですからね。大好きです、右京先輩」

  一層強く俺の頭を抱きしめてくるのら。彼女の細い両腕にたっぷりと愛情が込められているのを感じた。そして俺はのらに頭を撫でられているうちに、いつしか彼女の胸の中で眠りについた。

  目を開けると、俺を愛おしそうに見つめるのらの顔が間近にあった。

「センパイ、おはようございます」

  寝ぼけ眼の俺にのらは微笑みかけた。俺が寝ているあいだに体勢を変えたみたいで、俺はのらに膝枕されていた。

「……俺、どれくらい寝てた?」
「んー、二時間くらいじゃないっすかね」

  のらは優しい手つきで俺の髪を撫でた。

「……その、悪かったな」
「ん? なにがです?」

  見慣れているはずののらの顔が、なぜか照れくさくて凝視することができなくなっていた。

「いや、その、膝枕してくれて。重くなかったか?」

  のらから視線を逸らして訊ねた。

「ぜんぜん大丈夫ですよ。それより、少し気分が楽になったみたいですね」

  せっかくのらを直視しないようにしたのに、彼女は俺の顔を覗きこんでくる。目が合うと、少しだけ胸の鼓動が早くなった。

「のら、ありがとな。あと、嘘ついてごめん」
「もうそのことはいいですよ。言いたくないことを無理に言わせようとして、こちらこそすみませんでした」

  のらに素直に謝られると、調子が狂うなと思いつつも、心の中でもう一度、感謝と謝罪の言葉を呟いた。

「だけど、また不安なことや苦しいことがあったら、一人で抱え込まないでくださいね」

   俺の手にそっとのらは自分の手を重ねた。温かくて柔らかい手だった。

「わかった。また迷惑かけるかもしれないけど、そのときは頼む」

  大切な存在の後輩を俺の悩みに巻き込むのは躊躇われたが、相手がのらだと思うと、不思議と頼りにしたいと思えた。

「別に迷惑じゃないっすよ。そのときが来たら、わたしがまた下半身を使って、センパイをスッキリさせてあげますからね」
「言い方! 太ももに頭をのせて寝ただけだから!」
「それに、ぷぷぷー。センパイの寝顔、ちょー可愛かったっすよ」

  スマホで寝ている俺の画像を見せてくるのら。

「おい! そんなもの早く消せ!」
「ダメですよ! 待ち受けにするんですから」
「恥ずかしいからやめてくれ!」

   いつもの調子で軽口を叩きあうと、あの夜に起こった出来事がささいなことだったような気がしてきた。


「さ、センパイ。残念ですが、美少女後輩の膝枕タイムは終了させていただきます」

  自分で美少女って言うなよとツッコミをいれる前に、のらは俺の頭をベッドに乗せて、スクっと立ち上がった。

「帰るのか?」

  なぜだか、のらと離れたくなくて声をかけた。

「さすがに、コンビニに行くって言って何時間も帰らなかったら、親が心配するっすからね。お、なんですか、センパイ。もしかしてわたしの太ももの感触がお気に召したんですか」

  のらはデニムのショートパンツからすらりと伸びた足を、手の平でぺちぺち叩いた。

「ちげーし。まあ、その、気をつけて帰れよ」
「ういっす!」

  のらがおどけて敬礼したあと、俺に背をむけた。

「のら、ありがとな」

 俺はその小さな背中に向けて、もう一度感謝の言葉を述べた。
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