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名前の分からない感情②
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「なるほどー。立たなくて最後までいけなかったんすね」
「……そうだ」
のらは「ふむふむ」と真面目な顔で頷いていた。俺は詳細は省き、できるだけマイルドに話をした。そして話の最後にのらにはその事実だけを告げた。原因となったこととか、栞梨の感度がよかったことなどは話してはいない。それはカノジョのとてもプライベートな部分であり、たとえ大切な存在である後輩といえども話すことなどできないからだ。核心となる部分は口にはしなかったが、のらに話をすることで少しだけ心が軽くなった気がした。
「それで、原因はなんですか?」
のらは疑問を口にするが、まさか栞梨が正道の名前を呼んだなど言えるわけがない。当然俺はごまかした。
「うーん、緊張、かな。あのあとさ、ネットでいろいろ調べたんだ。やっぱり自分でも原因がわからないと気になるだろ。そしたら、緊張してそうなる人がけっこういるみたいで。それを知ってマジ安心した」
思いつくままに俺は口にした。自分でも、よくこんなにも平然とそれっぽいことを言えるものだと感心した。
「……そうですか。緊張ですか」
のらが突然おとなしくなった気がした。最後までいかなかったとはいえ、もしかして俺と栞梨のそういう話を聞いて落ち込んだのかと思った。やはりのらも本心では、俺のそう言う話は聞きたくはなかったのかもしれない。のらにせがまれて話したことだけど、あまり気落ちしてもらいたくないから、できるだけ明るく振る舞った。
「そうそう。原因は緊張。はい、というわけで俺はまだ童貞だ。よかったな、いじる材料が消えなくて。あ、だけど童貞はいじってもいいけど、緊張でダメだったっていうのはいじんなよ。さすがに俺も気にしてんだからさ」
俺は後輩が軽口を叩きやすいように、おどけてみせた。しかし、いつもならからかってきたりする流れなのに、のらは眉をひそめて、俺をじっと見つめていた。本気で落ち込んでいるのではないかと思い、不安が募った。
「のら? どうした? 具合悪いのか?」
「……うそ……ですよね」
「え? なにが? あ、緊張のことか。そんなわけないだろ。俺がどんだけ恥ずかしい思いをして、お前に打ち明けたと思ってんだよ。ホントだ。原因は緊張。さ、もうこの話はもう終わりにしようぜ」
本当のことは口が裂けても言えない俺は、この話を打ち切ろうとした。それにこの話を長引かせたせいで、増々のらが気落ちしたら、いたたまれなくて見ていられない。しかし、のらは話を終わらせてはくれなかった。さらにそれだけではなく、理解に苦しむようなことを言い出した。
「……わたし、分かるんですよ。センパイが嘘をついてるかどうかが」
「そんなわけないだろ。お前、なに。能力者なの」
のらの戯言に付き合わず軽口を叩いた俺に、後輩は疲れたように首を横に振る。
「そういうのじゃなくて。センパイの表情とか仕草で、嘘をついてるか分かっちゃうんです」
あまりにも真面目な顔でのらがそう言うから、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「い、いや、俺、自分で言うのもなんだけど、表情に変化ってあまりないし。これで分かるっていうなら、どんだけ俺のこと観察してるんだよって話だぜ」
のらは不思議そうに俺を見つめた。
「はい、いつも見てますよ。わたし、センパイのこと好きですから」
心臓が跳ねた。のらが俺に好意を抱いてくれてるのは知っているのに、胸の鼓動が早くなった。
「だからセンパイはわたしには嘘をつけないんです。いい加減、本当のことを教えてもらえますか?」
のらは怒りや苛立ちが込められているような瞳で俺を見つめた。ただ、その瞳の奥に慈愛に満ちた温かさも感じた。その瞳に見つめられると、一瞬のらだったら本当のことを話してもいいかという考えが頭をよぎった。だが、すぐに俺はその考えを否定する。こればかりは、たとえ大切な存在である後輩といえども、話していいものではない。のらは口が堅くて、ペラペラと誰かに話すような女子ではないことを俺は知ってる。だけど大切な存在であるカノジョのプライベートに関わることを、口にするわけにはいかない。大切な存在の後輩とカノジョ。どちらも俺にとって特別な存在だけど、いま俺が考えなければいけないのは、俺が話をすることで、誰が傷つくのかということだ。それは、もちろんカノジョで間違いない。
やはり俺は原因をのらには言うことはできない。絶対に話はしない。のらに嘘を見破られるのなら、俺は地蔵のように押し黙ることにしよう。小さな頃から慣れていることだ。俺はそう決意をした。
しかし、そのときいくつかの疑問が沸いてきた。俺が話をしないと決めたことはなんだ? それはもちろん栞梨が親友の名前を呼んだことだ。なぜそれは話してはいけないんだ? 大切なカノジョのプライバシーに関することだからだ。なぜカノジョは親友の名前を呼んだんだ? ……分からない。なぜあのとき惨めな気持ちになったんだ? ……おそらく自分の名前を呼ばれなかったからだ。なぜ自分をそんな気持ちにさせたカノジョのことを話してはいけないんだ?……それは……だから……最後に聞くけど、なぜあのとき正道のことを憎んだんだ?――のらが俺の部屋に入ってきてからは、どこかに隠れていた感情が蘇ってくる。あの名前の分からない感情が。俺は戸惑い、困惑し、不安に押し潰そうになり、頭の中にはっきりとした映像が、あの夜の出来事がフラッシュバックしてくる――そのとき突然、温かくて柔らかいなにかが俺の身体を包み込んだ気がした。
「……そうだ」
のらは「ふむふむ」と真面目な顔で頷いていた。俺は詳細は省き、できるだけマイルドに話をした。そして話の最後にのらにはその事実だけを告げた。原因となったこととか、栞梨の感度がよかったことなどは話してはいない。それはカノジョのとてもプライベートな部分であり、たとえ大切な存在である後輩といえども話すことなどできないからだ。核心となる部分は口にはしなかったが、のらに話をすることで少しだけ心が軽くなった気がした。
「それで、原因はなんですか?」
のらは疑問を口にするが、まさか栞梨が正道の名前を呼んだなど言えるわけがない。当然俺はごまかした。
「うーん、緊張、かな。あのあとさ、ネットでいろいろ調べたんだ。やっぱり自分でも原因がわからないと気になるだろ。そしたら、緊張してそうなる人がけっこういるみたいで。それを知ってマジ安心した」
思いつくままに俺は口にした。自分でも、よくこんなにも平然とそれっぽいことを言えるものだと感心した。
「……そうですか。緊張ですか」
のらが突然おとなしくなった気がした。最後までいかなかったとはいえ、もしかして俺と栞梨のそういう話を聞いて落ち込んだのかと思った。やはりのらも本心では、俺のそう言う話は聞きたくはなかったのかもしれない。のらにせがまれて話したことだけど、あまり気落ちしてもらいたくないから、できるだけ明るく振る舞った。
「そうそう。原因は緊張。はい、というわけで俺はまだ童貞だ。よかったな、いじる材料が消えなくて。あ、だけど童貞はいじってもいいけど、緊張でダメだったっていうのはいじんなよ。さすがに俺も気にしてんだからさ」
俺は後輩が軽口を叩きやすいように、おどけてみせた。しかし、いつもならからかってきたりする流れなのに、のらは眉をひそめて、俺をじっと見つめていた。本気で落ち込んでいるのではないかと思い、不安が募った。
「のら? どうした? 具合悪いのか?」
「……うそ……ですよね」
「え? なにが? あ、緊張のことか。そんなわけないだろ。俺がどんだけ恥ずかしい思いをして、お前に打ち明けたと思ってんだよ。ホントだ。原因は緊張。さ、もうこの話はもう終わりにしようぜ」
本当のことは口が裂けても言えない俺は、この話を打ち切ろうとした。それにこの話を長引かせたせいで、増々のらが気落ちしたら、いたたまれなくて見ていられない。しかし、のらは話を終わらせてはくれなかった。さらにそれだけではなく、理解に苦しむようなことを言い出した。
「……わたし、分かるんですよ。センパイが嘘をついてるかどうかが」
「そんなわけないだろ。お前、なに。能力者なの」
のらの戯言に付き合わず軽口を叩いた俺に、後輩は疲れたように首を横に振る。
「そういうのじゃなくて。センパイの表情とか仕草で、嘘をついてるか分かっちゃうんです」
あまりにも真面目な顔でのらがそう言うから、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「い、いや、俺、自分で言うのもなんだけど、表情に変化ってあまりないし。これで分かるっていうなら、どんだけ俺のこと観察してるんだよって話だぜ」
のらは不思議そうに俺を見つめた。
「はい、いつも見てますよ。わたし、センパイのこと好きですから」
心臓が跳ねた。のらが俺に好意を抱いてくれてるのは知っているのに、胸の鼓動が早くなった。
「だからセンパイはわたしには嘘をつけないんです。いい加減、本当のことを教えてもらえますか?」
のらは怒りや苛立ちが込められているような瞳で俺を見つめた。ただ、その瞳の奥に慈愛に満ちた温かさも感じた。その瞳に見つめられると、一瞬のらだったら本当のことを話してもいいかという考えが頭をよぎった。だが、すぐに俺はその考えを否定する。こればかりは、たとえ大切な存在である後輩といえども、話していいものではない。のらは口が堅くて、ペラペラと誰かに話すような女子ではないことを俺は知ってる。だけど大切な存在であるカノジョのプライベートに関わることを、口にするわけにはいかない。大切な存在の後輩とカノジョ。どちらも俺にとって特別な存在だけど、いま俺が考えなければいけないのは、俺が話をすることで、誰が傷つくのかということだ。それは、もちろんカノジョで間違いない。
やはり俺は原因をのらには言うことはできない。絶対に話はしない。のらに嘘を見破られるのなら、俺は地蔵のように押し黙ることにしよう。小さな頃から慣れていることだ。俺はそう決意をした。
しかし、そのときいくつかの疑問が沸いてきた。俺が話をしないと決めたことはなんだ? それはもちろん栞梨が親友の名前を呼んだことだ。なぜそれは話してはいけないんだ? 大切なカノジョのプライバシーに関することだからだ。なぜカノジョは親友の名前を呼んだんだ? ……分からない。なぜあのとき惨めな気持ちになったんだ? ……おそらく自分の名前を呼ばれなかったからだ。なぜ自分をそんな気持ちにさせたカノジョのことを話してはいけないんだ?……それは……だから……最後に聞くけど、なぜあのとき正道のことを憎んだんだ?――のらが俺の部屋に入ってきてからは、どこかに隠れていた感情が蘇ってくる。あの名前の分からない感情が。俺は戸惑い、困惑し、不安に押し潰そうになり、頭の中にはっきりとした映像が、あの夜の出来事がフラッシュバックしてくる――そのとき突然、温かくて柔らかいなにかが俺の身体を包み込んだ気がした。
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