カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる

中山道れおん

文字の大きさ
上 下
16 / 30

名前の分からない感情②

しおりを挟む
「なるほどー。立たなくて最後までいけなかったんすね」
「……そうだ」
  のらは「ふむふむ」と真面目な顔で頷いていた。俺は詳細は省き、できるだけマイルドに話をした。そして話の最後にのらにはその事実だけを告げた。原因となったこととか、栞梨の感度がよかったことなどは話してはいない。それはカノジョのとてもプライベートな部分であり、たとえ大切な存在である後輩といえども話すことなどできないからだ。核心となる部分は口にはしなかったが、のらに話をすることで少しだけ心が軽くなった気がした。

「それで、原因はなんですか?」

 のらは疑問を口にするが、まさか栞梨が正道の名前を呼んだなど言えるわけがない。当然俺はごまかした。

「うーん、緊張、かな。あのあとさ、ネットでいろいろ調べたんだ。やっぱり自分でも原因がわからないと気になるだろ。そしたら、緊張してそうなる人がけっこういるみたいで。それを知ってマジ安心した」

  思いつくままに俺は口にした。自分でも、よくこんなにも平然とそれっぽいことを言えるものだと感心した。

「……そうですか。緊張ですか」

  のらが突然おとなしくなった気がした。最後までいかなかったとはいえ、もしかして俺と栞梨のそういう話を聞いて落ち込んだのかと思った。やはりのらも本心では、俺のそう言う話は聞きたくはなかったのかもしれない。のらにせがまれて話したことだけど、あまり気落ちしてもらいたくないから、できるだけ明るく振る舞った。

「そうそう。原因は緊張。はい、というわけで俺はまだ童貞だ。よかったな、いじる材料が消えなくて。あ、だけど童貞はいじってもいいけど、緊張でダメだったっていうのはいじんなよ。さすがに俺も気にしてんだからさ」

   俺は後輩が軽口を叩きやすいように、おどけてみせた。しかし、いつもならからかってきたりする流れなのに、のらは眉をひそめて、俺をじっと見つめていた。本気で落ち込んでいるのではないかと思い、不安が募った。

「のら? どうした? 具合悪いのか?」
「……うそ……ですよね」
「え? なにが? あ、緊張のことか。そんなわけないだろ。俺がどんだけ恥ずかしい思いをして、お前に打ち明けたと思ってんだよ。ホントだ。原因は緊張。さ、もうこの話はもう終わりにしようぜ」

  本当のことは口が裂けても言えない俺は、この話を打ち切ろうとした。それにこの話を長引かせたせいで、増々のらが気落ちしたら、いたたまれなくて見ていられない。しかし、のらは話を終わらせてはくれなかった。さらにそれだけではなく、理解に苦しむようなことを言い出した。

「……わたし、分かるんですよ。センパイが嘘をついてるかどうかが」
「そんなわけないだろ。お前、なに。能力者なの」

  のらの戯言に付き合わず軽口を叩いた俺に、後輩は疲れたように首を横に振る。

「そういうのじゃなくて。センパイの表情とか仕草で、嘘をついてるか分かっちゃうんです」

  あまりにも真面目な顔でのらがそう言うから、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

「い、いや、俺、自分で言うのもなんだけど、表情に変化ってあまりないし。これで分かるっていうなら、どんだけ俺のこと観察してるんだよって話だぜ」

  のらは不思議そうに俺を見つめた。

「はい、いつも見てますよ。わたし、センパイのこと好きですから」

  心臓が跳ねた。のらが俺に好意を抱いてくれてるのは知っているのに、胸の鼓動が早くなった。

「だからセンパイはわたしには嘘をつけないんです。いい加減、本当のことを教えてもらえますか?」

  のらは怒りや苛立ちが込められているような瞳で俺を見つめた。ただ、その瞳の奥に慈愛に満ちた温かさも感じた。その瞳に見つめられると、一瞬のらだったら本当のことを話してもいいかという考えが頭をよぎった。だが、すぐに俺はその考えを否定する。こればかりは、たとえ大切な存在である後輩といえども、話していいものではない。のらは口が堅くて、ペラペラと誰かに話すような女子ではないことを俺は知ってる。だけど大切な存在であるカノジョのプライベートに関わることを、口にするわけにはいかない。大切な存在の後輩とカノジョ。どちらも俺にとって特別な存在だけど、いま俺が考えなければいけないのは、俺が話をすることで、誰が傷つくのかということだ。それは、もちろんカノジョで間違いない。
     やはり俺は原因をのらには言うことはできない。絶対に話はしない。のらに嘘を見破られるのなら、俺は地蔵のように押し黙ることにしよう。小さな頃から慣れていることだ。俺はそう決意をした。
    しかし、そのときいくつかの疑問が沸いてきた。俺が話をしないと決めたことはなんだ? それはもちろん栞梨が親友の名前を呼んだことだ。なぜそれは話してはいけないんだ? 大切なカノジョのプライバシーに関することだからだ。なぜカノジョは親友の名前を呼んだんだ? ……分からない。なぜあのとき惨めな気持ちになったんだ? ……おそらく自分の名前を呼ばれなかったからだ。なぜ自分をそんな気持ちにさせたカノジョのことを話してはいけないんだ?……それは……だから……最後に聞くけど、なぜあのとき正道のことを憎んだんだ?――のらが俺の部屋に入ってきてからは、どこかに隠れていた感情が蘇ってくる。あの名前の分からない感情が。俺は戸惑い、困惑し、不安に押し潰そうになり、頭の中にはっきりとした映像が、あの夜の出来事がフラッシュバックしてくる――そのとき突然、温かくて柔らかいなにかが俺の身体を包み込んだ気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!

コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。 性差とは何か?

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

処理中です...