カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる

中山道れおん

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名前の分からない感情①

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 栞梨と愛情を確かめ合っているときに、カノジョが親友の名前を口にした翌日。気がついたらときには栞梨は帰っており、俺は一人で膝を抱えてベッドの上に座っていた。ぼんやりとだが、朝に目を覚ました栞梨となにか会話をしたり、カノジョが作ってくれた朝ご飯を食べたり、「また学校でね」と言ってカノジョが家を去ったことは覚えている。しかし、俺がそのときなにを話したとか、朝ご飯の味だとか、カノジョが俺の家を去るときに自分がどんな気持ちだったとかは、何一つ覚えてはいなかった。栞梨が俺のことを心配している感じはなかった気がするので、混乱していることを外見からは判断できないように、うまく隠し通せたのだろう。そのことは幸いなことだと思った。気持ちの整理がついていないため、栞梨に対してどんな感情を抱けばいいのか、またどんな態度で接したらいいのかが分からないからだ。なにも分からないならば、いまは普段通りカノジョと過ごすほうがいい。俺にはそれが最良の策であると感じられた。
  昨夜のあの出来事が起こったあとから、俺の頭の中は「なぜ、栞梨はあのとき正道の名前を呼んだのか?」ということでいっぱいだった。その疑問を解決したい気持ちはあったが、そのことを考えるたびに、胸をかきむしりたくなるほど苦しくなり、 そのたびに目から涙が零れ落ちた。
  一六年間生きてきて、初めての感情だった。嫌なことがあって辛い思いをしたことは数えきれないほどある。悲しいことがあって切ない気持ちになったことも何度もある。だけど、いまの俺の心の中は、辛さや切なさ以外にも、もどかしさや情けなさ、ふがいなさ、惨めさなど、いくつもの感情が混ぜ合わされていて、俺はこの感情の名前を知らないし、どのように扱えばいいのかも分からなかった。
  さらにその色んなものが混ぜ合わされてできた感情を構成する一つに、間違いなく憎悪が含まれていた。それに気づいたとき、俺は自分のことをとても醜く思えて、吐きそうになった。
  憎悪の感情はこれまで生きてきて、何度も心の中に湧いてきたことがある。だから憎悪の感情を嫌っているわけではない。
  俺が吐きそうなほど胸糞が悪くなったのは、憎悪の感情を向けている相手が正道だったからだ。俺は親友にそんな気持ちを抱いてることに気づいて、気分が悪くなった。
 そして大好きな親友に憎悪の感情を抱いている自分に対しても、俺は激しく憎悪した。

「いなくなれ……いなくなれ……この世界から俺なんて……いなくなればいいんだ」

  俺はカーテンを閉めきった暗い部屋の中で、何度も何度もそう呟いた。

  翌日もその状態は続いた。親には心配をかけたくなかったから、食事のときは部屋から出て、親と一緒に食事をした。しかし、母さんには申し訳ないが、なにを食べても味は感じなかった。口に入れて、咀嚼して飲み込む。その動作を繰り返すだけだった。普段から、家でも仏頂面なのが功を奏したのか、母さんも父さんも、とくに俺の内面が混乱していることには気づかなかったようだった。いま誰かに心配されて声をかけられたら、俺の胸の中にある名前の分からない感情が爆発して、頭がどうにかなってしまいそうだった。だから、俺はなにも言われないこの状況に感謝をした。

  外にも出ずに部屋で一人で悶々としているうちに、ゴールデンウィークの最終日になった。いまだに胸の中にある名前の分からない感情と格闘中の俺は、明日行われる試験のために勉強をしていた。けれど、集中できるわけがなく、まったく捗らなかった。
  さっぱり頭に入ってこない教科書の文字を目で追っているとき、玄関で母さんが誰かと話をしている声が耳にはいってきた。あまり来客が多くない我が家なので、宅配便かなにかだろうと思っていたら、母さんの俺を呼ぶ声が聞こえた。

「右京! 良子ちゃんが来てるわよ!」

  声を弾ませて、母さんはのらの突然の来訪を告げた。

  誰にも会いたくはなかったから、昼寝をしているふりをしてやり過ごそうかと思った。だが、ゴールデンウィークも今日で終わり、明日からは学校が始まる。それはのらを含め、栞梨と正道と嫌でも顔を合わせなければいけないということだ。どんな気持ちでカノジョたちと過ごすことになるのだろうかと思案すると、気が重くなる。しかしよく考えてみると、気が重くなる相手は栞梨と正道であり、のらはそうではない。ならば、会うのが一日早くなるだけだ。そのように考え直した俺は、のらを部屋にあげることにした。そして、そのときなぜかのらと話をしたいと思っている自分がいることに気づいた。あれほど誰とも会いたくないと思っていたのに、とても不思議な気分だった。


「センパイ、ちっす! 相変わらず、センパイのママさんはノリがいいっすね。わたし、センパイのママさんだったら、センパイと結婚しても上手くやっていける自信あるっすよ」
  
     俺の部屋でクッションの上に胡坐をかいているのらは、いつもよりもテンションが高いように感じた。のらはキャミソールの上に薄手のカーディガンを羽織り、下はデニムのショートパンツで「コンビニに行くついでに寄ったんすよ」という言葉を裏付けるように、ラフな服装だった。
  のらは中学生の頃、何度か俺の家に来ていて、母さんとも面識があった。母さんはのらの明るくてさっぱりとした性格が気にいったのか、俺がいないときにも家に呼んでいたようで、あとでそのことを知り俺は非常に驚いた。だが、ここ一年ほどはのらも受験勉強が忙しく、まったく我が家に訪れていないらしかった。それで先ほど、久しぶりに母さんと会って玄関先で話が盛り上がったみたいだ。のらのテンションが高いのは、おそらく母さんと久しぶりに話をしたからだろう。

「へー、前よりも部屋キレイになってるじゃないっすか。あっ、そっか。栞梨さんが来たからか」
「おい! 母さんに聞こえるだろ」

  当然ながら、両親不在の日にカノジョを家に泊めたということは父母には言っていないので、のらの発言が耳にはいると非常にまずい。
  すると、のらは意地の悪い笑みを口元に浮かべる。

「ほうほう、そうすると、いまこの場においてセンパイの生殺与奪の権利はわたしにあるということっすね」

  蛇に睨まれた蛙のように、俺は固まってしまう。この小悪魔な後輩は、どうやら俺の弱みに付け込もうとしているようだ。
  のらはベッドに腰を掛けている俺の隣に座り、俺の顎を華奢な指で撫でる。そして、妖艶な瞳で俺を見つめた。

「ふふふ、それじゃあ、話してもらいましょうかね、セーンパイ」
「は、話すってなにをだよ」

  のらが俺になにを要求しようとしているのかが分からず、戸惑ってしまい声が上擦った。

「なにって、もちろんあれの話ですよ。あれの」
「あれ……?」

  まったく見当がつかないので、聞きかえす。

「もう! とぼけないでくださいよ。センパイとしぃちゃん先輩の初体験の話に決まってるじゃないすか!」

  よりにもよって、のらは俺がいま一番したくない話を要求してきた。

「ふふふ、忘れてはいないですよね? センパイには拒否権なんてないんですよ」
「くっ……」
「ほら、早くしないとママさんに言っちゃいますよー。ママさんたちが不在のときに、カノジョを家に泊めたことを」
 
 俺は大きな溜め息を吐いた。のらはこうやって脅してくるが、実際には実行しないだろう。人が本気で困るようなことをする奴ではないことを俺は知っている。だから話をはぐらかしてもよかった。しかし俺はのらにありのまま全てではないが、話をすることにした。のらは俺をからかうような態度とは裏腹に、その双眸は真剣で、けして興味本位や好奇心にかられて知りたがっているわけではなさそうだったからだ。なぜのらが俺の初体験の話を聞きたがるのかは、さっぱり分からない。俺だったら、想い人の初体験の話なんて絶対に聞きたくない。こう考えるのは俺が特殊なのか、それとも男子と女子で考えに違いがあるのだろうか。
  なんにせよ、どこか覚悟を決めたような後輩の瞳に急かされるように、俺はのらに話始めた。
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