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カノジョと親友①
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厚手のコートの出番が減り、昼間なら長袖のシャツ一枚でも過ごせるようになってきた春休みのある日、俺はカノジョである市川栞梨の家にお邪魔していた。
栞梨の家には付き合う前から何度か訪れていたので、今回が初めてというわけではない。しかしいまだに栞梨の部屋にいると落ち着かない気持ちになる。なにげなく置かれている小物であったり、カーテンやベッドのシーツの色であったり、そこかしこに男子の部屋との違いが見られるため、女子の部屋にいるということを意識してしまうからだ。
俺に姉や妹がいれば、多少は女子の部屋に対する免疫がついていたのかもしれない。だが残念ながら俺は一人っ子で、さらにはこれまでに入ったことがある女子の部屋は栞梨の部屋のみである。慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうだなと思った。
そんなふうにどこかソワソワした気持ちで栞梨の部屋で勉強している俺たち。別に勉強が好きだというわけではない。できれば外で思い切り遊びたい気持ちのほうが強い。
ただ俺たちが通っている高校が県内でトップの進学校であるため、春休みといえども課題が大量に出されていて、さらにその課題が範囲の試験が春休み明けに行われることになっているのだ。
なので俺たちは天気のいい春休みの一日を、こうして部屋にこもって勉強しているというわけだ。
昼下がりの陽光が窓から注ぎ込まれて、部屋全体を温かく照らしている。栞梨の両親は外出中で、いま部屋で二人っきりである。健全な男子高校生としては、カノジョの部屋で二人きりというこの状況で、勉強以外になにもしないというのはとても不健全なことのように思える。しかしいまの俺は煩悩を捨て去り、ただひたすらに勉強に励んでいる。見た目だけでなく心まで「地蔵」となり最終解脱に成功した、というわけではない。
栞梨の部屋に二人きりなのは確かなのだが、俺の隣で真剣な表情で数学の問題に取り組んでいるのが栞梨ではないからだ。
「なあ右京、この問題の答えってなんでこうなるんだ」
シャーペンで頭を掻きながら、隣に座る成田正道は俺に質問をしてきた。
「ああ、だからこの問題は――」
数学が苦手な正道に俺は問題の解き方を解説する。
正道は俺が高校に入学して初めてできた友達だ。スポーツ万能でクラスでもムードメイカー的な存在の正道。運動音痴でクラスでもあまり目立たない俺とは真逆の奴だ。しかしなぜか気が合って、いつの頃からか二人で行動することが増えていった。
とはいえ、いくら二人で行動することが多い俺たちとはいえ、俺のカノジョの部屋で二人っきりでいるというのは異常な状況である。ただ、これにはきちんとした理由があるのだ。
「右京くん、まーくん、お茶入ったよー」
この部屋の主である栞梨が、三人分のティーカップとクッキーのはいった容器をトレイに載せて戻ってきた。もともと栞梨の部屋で三人で勉強会を開いていたのだが、休憩中のお茶の用意をするためにカノジョは一時的に席を外していたというわけだ。
「栞梨、ありがとう」
「うん。はい、どうぞ」
栞梨ははにかみながら、俺にティーカップを差し出して、隣に腰を下ろした。
「しぃ、俺のは」
「まーくんのはそこにあるから、自分で取って」
「俺の扱い雑じゃね?」
正道は苦笑しながらティーカップに手を伸ばす。
「当たり前でしょ! カレシと幼なじみのどっちを大切にするかなんて、分かりきってることじゃない!」
「え? 幼なじみじゃないの?」
「カレシに決まってるでしょ! ねー右京くん」
栞梨は正道に見せつけるように、俺の腕にしがみついてくる。
俺もカノジョの期待に応えるように「カレシが幼なじみに負けるわけねぇよ」と得意げに言い放つ。
でも、さすが幼なじみなだけあって息の合ったやりとりだ、といつものように内心では少し嫉妬し、また感心していた。
そう、栞梨と正道は物心がつく前から一緒に成長してきた幼なじみだ。幼稚園、小中学校、そして高校も一緒。しかも家が隣同士というマンガやラノベでしかお目にかかったことがない設定まで持ち合わせている。この二人を主人公とヒロインにした物語が創れそうなほどだ。だけど、現実では栞梨は俺のヒロインであり、正道は俺の恋敵などではない。それどころか、正道にいたっては、俺と栞梨の仲を取り持ってくれた恩人である。正道がいなかったら、いや正道と親友になっていなかったら、俺と栞梨はいま付き合ってることはないと断言してもいいくらいだ。それくらい俺は正道に感謝していた。
「まったく仲がいいのはいいけど、あんまり見せつけるなよな」
俺と栞梨を見て、正道は苦笑しながら呆れたように言う。
「えへへー、悔しかったらまーくんもカノジョ作ればいいんだよ」
「そうだぜ、お前モテるんだから、カノジョの一人や二人なんてすぐ出来んだろ」
「いやいやモテねーっつーの。というかカノジョ二人も作ったらまずいだろ」
正道は否定したが、実際のところ校内で女子からの人気が高い。スポーツ万能で人当たりもよく、加えて爽やかな外見のイケメンだ。おまけに高校一年にして生徒会の書記まで務めている。生徒会で会計を務めている栞梨とも共通する点が多く、とんでもなくハイスペックな幼なじみ同士だと思う。
正直なところ、正道が栞梨の幼なじみだと知ったときは、俺の恋は絶対に実ることはないと覚悟をしたくらいだ。なぜなら栞梨と正道は傍から見ても、お似合いの二人だったから。だから俺は、栞梨を好きなことを正道に伝える前に、正道は栞梨のことが好きなのかと尋ねた。親友の想い人であれば、俺は諦めようと思った。しかし正道はまったく栞梨に対して恋愛感情がないようで、あっさりと俺の質問を否定した。そのときの様子からも、照れや恥ずかしさ、また好きであることを隠してるようにはいっさい見えなかった。ただ、またその質問かと、少しうんざりしているようには見えた。おそらく幼なじみということだけで、これまでに何度となく同じ質問をされてきたのだろう。俺の質問はただのひやかしではなく確認のためだったとはいえ、そのときの俺は正道に対して申し訳ない気持ちになった。
こうしてその質問の答えが信じるに値すると思えた俺は、正道に栞梨に対して好意を抱いているということを伝えたわけだ。そして積極的に俺と栞梨が付きあえるように行動してくれたのだ。本当に正道がいなければ、いまの俺と栞梨の関係はなかっただろう。親友よ、ありがとう。
ちなみに正道がカノジョを作らないのは、学生のうちは学業に専念したいからだそうだ。どこかのアイドルグループかよ!
栞梨の家には付き合う前から何度か訪れていたので、今回が初めてというわけではない。しかしいまだに栞梨の部屋にいると落ち着かない気持ちになる。なにげなく置かれている小物であったり、カーテンやベッドのシーツの色であったり、そこかしこに男子の部屋との違いが見られるため、女子の部屋にいるということを意識してしまうからだ。
俺に姉や妹がいれば、多少は女子の部屋に対する免疫がついていたのかもしれない。だが残念ながら俺は一人っ子で、さらにはこれまでに入ったことがある女子の部屋は栞梨の部屋のみである。慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうだなと思った。
そんなふうにどこかソワソワした気持ちで栞梨の部屋で勉強している俺たち。別に勉強が好きだというわけではない。できれば外で思い切り遊びたい気持ちのほうが強い。
ただ俺たちが通っている高校が県内でトップの進学校であるため、春休みといえども課題が大量に出されていて、さらにその課題が範囲の試験が春休み明けに行われることになっているのだ。
なので俺たちは天気のいい春休みの一日を、こうして部屋にこもって勉強しているというわけだ。
昼下がりの陽光が窓から注ぎ込まれて、部屋全体を温かく照らしている。栞梨の両親は外出中で、いま部屋で二人っきりである。健全な男子高校生としては、カノジョの部屋で二人きりというこの状況で、勉強以外になにもしないというのはとても不健全なことのように思える。しかしいまの俺は煩悩を捨て去り、ただひたすらに勉強に励んでいる。見た目だけでなく心まで「地蔵」となり最終解脱に成功した、というわけではない。
栞梨の部屋に二人きりなのは確かなのだが、俺の隣で真剣な表情で数学の問題に取り組んでいるのが栞梨ではないからだ。
「なあ右京、この問題の答えってなんでこうなるんだ」
シャーペンで頭を掻きながら、隣に座る成田正道は俺に質問をしてきた。
「ああ、だからこの問題は――」
数学が苦手な正道に俺は問題の解き方を解説する。
正道は俺が高校に入学して初めてできた友達だ。スポーツ万能でクラスでもムードメイカー的な存在の正道。運動音痴でクラスでもあまり目立たない俺とは真逆の奴だ。しかしなぜか気が合って、いつの頃からか二人で行動することが増えていった。
とはいえ、いくら二人で行動することが多い俺たちとはいえ、俺のカノジョの部屋で二人っきりでいるというのは異常な状況である。ただ、これにはきちんとした理由があるのだ。
「右京くん、まーくん、お茶入ったよー」
この部屋の主である栞梨が、三人分のティーカップとクッキーのはいった容器をトレイに載せて戻ってきた。もともと栞梨の部屋で三人で勉強会を開いていたのだが、休憩中のお茶の用意をするためにカノジョは一時的に席を外していたというわけだ。
「栞梨、ありがとう」
「うん。はい、どうぞ」
栞梨ははにかみながら、俺にティーカップを差し出して、隣に腰を下ろした。
「しぃ、俺のは」
「まーくんのはそこにあるから、自分で取って」
「俺の扱い雑じゃね?」
正道は苦笑しながらティーカップに手を伸ばす。
「当たり前でしょ! カレシと幼なじみのどっちを大切にするかなんて、分かりきってることじゃない!」
「え? 幼なじみじゃないの?」
「カレシに決まってるでしょ! ねー右京くん」
栞梨は正道に見せつけるように、俺の腕にしがみついてくる。
俺もカノジョの期待に応えるように「カレシが幼なじみに負けるわけねぇよ」と得意げに言い放つ。
でも、さすが幼なじみなだけあって息の合ったやりとりだ、といつものように内心では少し嫉妬し、また感心していた。
そう、栞梨と正道は物心がつく前から一緒に成長してきた幼なじみだ。幼稚園、小中学校、そして高校も一緒。しかも家が隣同士というマンガやラノベでしかお目にかかったことがない設定まで持ち合わせている。この二人を主人公とヒロインにした物語が創れそうなほどだ。だけど、現実では栞梨は俺のヒロインであり、正道は俺の恋敵などではない。それどころか、正道にいたっては、俺と栞梨の仲を取り持ってくれた恩人である。正道がいなかったら、いや正道と親友になっていなかったら、俺と栞梨はいま付き合ってることはないと断言してもいいくらいだ。それくらい俺は正道に感謝していた。
「まったく仲がいいのはいいけど、あんまり見せつけるなよな」
俺と栞梨を見て、正道は苦笑しながら呆れたように言う。
「えへへー、悔しかったらまーくんもカノジョ作ればいいんだよ」
「そうだぜ、お前モテるんだから、カノジョの一人や二人なんてすぐ出来んだろ」
「いやいやモテねーっつーの。というかカノジョ二人も作ったらまずいだろ」
正道は否定したが、実際のところ校内で女子からの人気が高い。スポーツ万能で人当たりもよく、加えて爽やかな外見のイケメンだ。おまけに高校一年にして生徒会の書記まで務めている。生徒会で会計を務めている栞梨とも共通する点が多く、とんでもなくハイスペックな幼なじみ同士だと思う。
正直なところ、正道が栞梨の幼なじみだと知ったときは、俺の恋は絶対に実ることはないと覚悟をしたくらいだ。なぜなら栞梨と正道は傍から見ても、お似合いの二人だったから。だから俺は、栞梨を好きなことを正道に伝える前に、正道は栞梨のことが好きなのかと尋ねた。親友の想い人であれば、俺は諦めようと思った。しかし正道はまったく栞梨に対して恋愛感情がないようで、あっさりと俺の質問を否定した。そのときの様子からも、照れや恥ずかしさ、また好きであることを隠してるようにはいっさい見えなかった。ただ、またその質問かと、少しうんざりしているようには見えた。おそらく幼なじみということだけで、これまでに何度となく同じ質問をされてきたのだろう。俺の質問はただのひやかしではなく確認のためだったとはいえ、そのときの俺は正道に対して申し訳ない気持ちになった。
こうしてその質問の答えが信じるに値すると思えた俺は、正道に栞梨に対して好意を抱いているということを伝えたわけだ。そして積極的に俺と栞梨が付きあえるように行動してくれたのだ。本当に正道がいなければ、いまの俺と栞梨の関係はなかっただろう。親友よ、ありがとう。
ちなみに正道がカノジョを作らないのは、学生のうちは学業に専念したいからだそうだ。どこかのアイドルグループかよ!
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